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第67話 グラバー、来訪

【エサリカ村・ジパング大使館】

梅原ナオとジェームズ・グラバーの面会当日。

大使館の前に、帝国の紋章をあしらった立派な馬車が止まっていた。


グラバーはゆったりと馬車を降りると、御者と同行してきた使者に紙幣を差し出す。


グラバー「すまないが、君たちはここで待機していてくれ。……いや、どうせなら村の酒場で一杯やってきても構わんよ」


御者「え!? い、いえ……今は公務中ですので……」


グラバー「固いことを言うんじゃない。遠出というのはね、その土地の風土を身体で感じてこそ意味がある。これも立派な公務さ」


黒い外套を着た使者が半目で口を開く。


使者「それ、ただ閣下が“面会中に酒を飲んでも許される口実”を作りたいだけでは?」


グラバーはにやりと笑った。


グラバー「察しがいいな。優秀な部下を持つと助かるよ」


外套の裾を整え、彼は門へと歩き出す。

木造の門は質素だが、丁寧に手入れされていた。


左右には低い塀が伸び、その内側には整えられた和風の庭が広がっている。


砂利を敷いた小道。

両脇には小さな松や低木が控えめに植えられていた。


帝都の石造りの屋敷や庭園とはまるで違う。

静かで、落ち着いた空間だった。


グラバーは足を止めず、周囲を見渡しながら口笛を鳴らす。


グラバー「ほほう……これがジパング大使館か」


砂利の音を鳴らしながら石畳を進む。


グラバー「異国情緒というやつだねぇ!落ち着いているのに、妙に目を引く。実にいい」


門から玄関へ続く石畳を、やけに軽やかな足取りで進んでいく。


――その様子を見ていた御者と使者は、同時にため息を吐いた。


使者「なんで帝国の高官ともあろうお方が、他国の大使館に向かう道でスキップをされておるんだ……」


御者「閣下は……ほんとに、自由すぎるお方ですねえ」


その時。


玄関の引き戸が、静かに開いた。


そこには、黒いシルクハットを被った青年と、その隣に控える少女の姿があった。

グラバーは足を止め、二人を見比べた。


黒いシルクハットに西洋風のベストとネクタイ、その上から深緑の羽織を纏った青年。

腰には一振りの刀。


和と洋が違和感なく同居した、奇妙でありながら妙に整った装い。

背筋は柔らかく伸び、肩の力は抜けている。


グラバーは心の中で小さく頷く。


(ふうむ、なるほど。彼が“二代目の外交官”か)


茶色のショートボブの髪、黒のくノ一装束。

小動物のように落ち着かない様子で、指先をぎゅっと握りしめており、緊張しているのが見てとれる。

それでも青年の半歩後ろに立ち、きちんと頭を下げる姿には、真面目さが滲んでいる。


(このお嬢さんは側近…いや、書記官といったところか)


グラバーの口元が、ふっと緩む。


そして次の瞬間、ぱっと顔を輝かせ両手を大きく広げた。


グラバー「おお!君が梅原くんだね!会えて嬉しいよ!!」


ナオは穏やかに微笑み、軽く一礼した。


ナオ「お待ちしておりました。ジェームズ・グラバー卿。帝都より遠路はるばるようこそお越しくださいました」


その横で、ノノも慌てて頭を下げる。


ノノ「よ、ようこそ……ジパング大使館へ……!」


声が少しだけ上ずる。

グラバーはそれを見て、さらに楽しそうに目を細めた。


グラバー「いやいや、そんなに畏まらないでくれ!私の方こそ、ぜひ一度君と話してみたかったんだ」


そう言いながら、彼は二人の前まで歩み寄る。

玄関先で立ち止まり、改めてナオの帽子をじっと見上げた。


深緑のリボンタイと小さなシャムロックの飾りがついた黒いシルクハット。


グラバーの口元が、にやりと歪む。


(フフッ、あの頃と全く変わっとらんな。この帽子も)


ナオ「外は冷えますので、どうぞお入り下さ――」



パカッ


 

ナオが大使館の中へと促そうとした、その時だった。

黒いシルクハットのクラウンが、横にぱかりと開いた。


すると帽子の内側から、小さな支柱がにゅっと立ち上がる。

その先端に取り付けられていたのは、上から照らす小型のスポットライトだった。


カチッ。


まばゆい光が点灯する。


パッ、パッ、パッ。


続けて小さなフットライトがせり上がり横一列に展開した。


上と下から照らされ、帽子の開いた部分がまるで舞台のように浮かび上がる。


モクモクモク……


さらに帽子の中から、なぜかスモークまで噴き出し始めた。


玄関先――というより、ナオの頭上が一瞬にして演劇の舞台のような空間になる。


ノノ「な、なんですかこれぇ!?」


グラバーは目を輝かせた。


グラバー「おお!!」


その中央でゆっくりと、小さな台座がせり上がる。


スモークをかき分けるようにして、帽子の中から静かに姿を現したのは――


 

湯呑のお茶だった。


 

ただの湯気の立つお茶が入った湯呑。

しかしスポットライトとフットライトに照らされ、妙に色鮮やかに輝いている。


ナオはそれを見て、思わず深くため息を吐いた。


ナオ「いや出すタイミング早すぎんねん。打ち合わせとちゃうやんけ」


ノノ「そこなんですか!?というか梅原様、それ仕込んでたんですか!?」


その光景とやり取りを見て――


グラバーは腹を抱えて笑い出した。


グラバー「ハッハッハッハッ!!」


ナオは湯呑を帽子から取り出しながら、半笑いになる。


ナオ「いや、本当申し訳ありません。もうちょっと後になってから出す予定だったんですが…」


ノノ「謝るとこそこなんですか!?」


グラバーは笑いながらこたえる。


グラバー「いやいや、これは実に愉快だ!!」


彼はナオがもつ湯気の立つ茶を眺め、満足そうに頷く。


グラバー「帝都でも色々なもてなしを受けてきたが……帽子からせり上がるお茶は初めてだ!!」


のどかな村の小さな大使館の玄関先に、グラバーの笑い声がしばらく響き渡った。

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