第64話 動き出した調整官
【村はずれ・街道 元老院の馬車】
馬車の中に、一瞬の沈黙が流れた。
そして――
グラバーは腹を抱えて笑い出した。
グラバー「ハハハハハハ!!」
御者が思わず振り向くほどの大笑い。
グラバー「帽子から人間が三人!?しかも酒場ごと出てきたと!?面白いッ、実に素晴らしい!!」
使者はやや引き気味に続ける。
使者「加えて、彼らはごく自然に談笑しておりました。あたかもそれが日常であるかのように」
グラバーは顎に手を当て、目を細める。
グラバー「……それで?いったい、どんな連中だったのだ?」
使者はわずかに言葉を探す。
使者「そ、それが……」
一瞬、詰まる。
使者「見たことのない形の帽子を被り、黒すぎる眼鏡をかけた男が一人。胸元を大胆に開けたドレス姿の女が一人。そして――」
再び、言葉が詰まる。
グラバーが両手を組んで前のめりになりながら、にやりとする。
グラバー「そして?」
使者は覚悟を決めたように続けた。
使者「ジパング人が着ているような衣服に、派手な化粧を顔いっぱいに施した……珍妙な男が」
馬車の中が静まる。
使者「三名とも、半身だけを帽子から乗り出しておりまして」
グラバーは数秒、無言。
そして。
グラバー「……ははっ」
小さく笑う。
それが次の瞬間、再び弾けた。
グラバー「半身だけだと!? その状態で普通に談笑していたと!」
使者は真顔で頷く。
使者「正直、何を見ているのか理解に苦しみました」
グラバーは膝を叩いた。
グラバー「最高だッ!帝都の貴族どもに見せたら卒倒するぞ!」
そう言うと、グラバーはスーツの内ポケットから葉巻を一本取り出す。
慣れた手つきで火を点け、ゆっくりと煙を吐いた。
紫煙が馬車内に柔らかく広がる。
グラバー「アイツの被っていた時に比べて……、随分とパワーアップしてるみたいだねぇ。あの帽子も」
使者はわずかに目を伏せる。
使者「は、はぁ……」
困惑は隠しきれない。
グラバーは葉巻をくわえたまま、視線だけで問いかけた。
グラバー「で、肝心の彼はどうしていた?」
煙が細く揺れる。
グラバー「混沌に振り回されていたのか。それとも――混沌を振り回していたのか?」
使者は即座に答えられず、少し考える。
使者「……振り回されている様子は、ございませんでした」
グラバーの目がわずかに細まる。
使者「むしろ、あれを“日常”として受け止めているように見えました。その異常な3人組にも適当にあしらいながらも」
使者は思い出すように続ける。
使者「場の主導は、常に彼が握っておりました」
葉巻の煙が、ゆっくりと揺れる。
グラバー「ほう」
使者「周りの者たちは困惑しておりましたが、あの者は混沌の中心にいながらも妙に落ち着いておりました」
一拍おいて続ける。
使者「声を荒げることもなく、彼らを拒否することもなく。ただ、そこに“居るもの”として扱っていたのです」
グラバーは葉巻をくわえ直す。
グラバー「……混沌を恐れない、か」
使者「はい。恐れているようには見えませなんだ」
グラバーの口元が、わずかに吊り上がる。
グラバー「混沌を抱えてなお、笑っていられる男なのか。それとも、混沌を演出に使える男か」
その問いに、使者は小さく息を吸う。
使者「彼は、あれを“もてなしの準備”と称しておりました」
葉巻の煙が、ぴたりと止まったかのように見えた。
グラバー「……ほう、もてなし?」
使者「はい。『客人をもてなす準備だけは無駄に整っております』と」
使者は淡々と続ける。
使者「そう言いながら、あの帽子を軽く叩いておりました。……私には、あれを厄介事としてではなく、“演出の一部”として扱っているように見えました」
グラバーは葉巻を手に持ち、ゆっくりと煙を吐いた。
グラバー「あの混沌の帽子を“もてなし”と言い張る……か」
唇の端が、わずかに上がる。
グラバー「フフ……面白い」
窓の外の雨を眺めながら、どこか懐かしむように呟いた。
グラバー「あのじいさんも……あれを『場を和ませる魔道具』だと、頑として言い張っていた」
煙が、くゆりと揺れる。
グラバー「帝都の大広間で議員どもが凍りついておっても……。タコヤキ、だったか。あの帽子から出てきた丸い食べ物を、平然と笑いながら配っておった」
使者がわずかに眉をひそめる。
使者「……大広間で、でございますか」
グラバー「そうだとも」
楽しげに続ける。
グラバー「最初は皆、『得体の知れぬ球体を食すなど、正気の沙汰ではない!』と騒ぎ立ててな」
葉巻をくわえ直す。
グラバー「だが、あのじいさんは何事もなく頬張り、旨い旨いと笑ってみせた」
使者「そ、そのようなことが……」
グラバーは小さく笑う。
グラバー「気づけば議員どもは皆、皿を空にしていた」
馬車の中に静かな笑いが広がる。
グラバー「場の空気は一瞬で変わった。あれは魔術ではない」
青い目が鋭く光る。
グラバー「“笑い”を使った立派な外交だった」
足を組み直す。
グラバー「ハハッ!さすがはヤツの弟子だ。あの帽子を“もてなし”と言い張る胆力――」
ゆっくりと唇が吊り上がる。
グラバー「退屈はせんな、これは」
馬車は雨の街道を進み続ける。




