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第63話 非公式な顔合わせ

【エサリカ村・ミルミル亭】

使者の目が、わずかに愉快そうに細まった。


使者「卿も同様のお考えかと存じます。あのお方は、過度に堅苦しい作法をあまり好まれませぬので」


その声音は穏やかだが、次の一言だけわずかに低くなる。


使者「ただ『互いに本音で語れる場であること』を望まれております」


妙な緊張感が、店内を静かに満たした。

ナオは笑顔を崩さず穏やかに答える。


ナオ「その点に関してはご心配なく。うちは客人をもてなせる準備だけは、無駄に整っておりますので」


言葉の端に、わずかな遊びを残す。

そして、わざとらしく自身の被る帽子を軽く叩いた。


その所作に、ステラは吹き出しそうになるのを必死に堪える。


(もてなすというより、困惑を招きそうだけど……)


使者はその仕草を見逃さない。だが、あえて追及もしない。


使者「……なるほど。では、そのようにお伝え申し上げます」


ナオはゆるやかに頷いた。


ナオ「こちらこそ。五日後の昼、ジパング大使館にてお待ち申し上げます」


両者、同じ角度で礼を交わす。


使者「では、私はこれにて失礼致します。皆様方、お食事中にお邪魔致しました」


くるりと踵を返し、男は雨の外へと出ていった。


扉が閉まる。

カラン、とベルの音。


ようやく張り詰めていた空気が、ふっとほどけた。


カイ「……なんだか、すごい緊張感でしたね」


ノノは胸に当てていた手を、そっと下ろす。


ノノ「……すごく静かでしたけど……なんというか怖かった、です……」


ステラがようやく大きく息を吐いた。


ステラ「でもナオちゃん、その帽子を“もてなし要素”として誇示してよかったの?また話してる最中に変なのが出てきて暴走する未来しか見えないんだけど」


ナオは椅子の背にもたれ、帽子のつばを指でなぞる。


ナオ「ほんでも、向こうもそれを期待してるような物言いやったで。『本音で話したい』言うなら、隠す理由もあらへんやろ?」


ステラは腕を組む。


ステラ「だからって、あの混沌を“もてなし枠”に入れる必要ある!?」


ナオはニッと笑う。


ナオ「要はインパクトよインパクト。無難な雑談で終わったら、それこそ今後――」


ほんの少し目を細めた。


ナオ「『ああ、こいつ扱いやすい無個性な男だな』で終わる」


カイが頷く。


カイ「最初で印象固定されるのは、たしかに怖いっすね」


ナオ「やろ?最初の一手で『退屈しない奴』って刻まなあかん」


そこまで言うと、ナオは帽子を脱ぎ、手に持った。

シャムロックのバッジがついたシルクハットが、卓上の灯りを受けて静かに光る。


ナオ「それを証明するには、こいつはうってつけやろ?」


カイ「インパクトだけなら……一度見たら一生忘れられないレベルっすね」


リラはカウンター越しに苦笑いを浮かべる。


リラ「ま、まあ……一歩間違えれば、国際問題になりかねませんけど……」


ノノが小さく言う。


ノノ「た、たしか……帝都の会談のときも……調整官の方は、変わり者だって……」


ステラ「あーそうだそうだ!ハヌスさん言ってたわ!」


ナオ「あの使者の口ぶりからしても、堅物の官僚って感じやない。陽気やけど、それでいて人をよう見とるタイプなんちゃうかな」


そこまで言うと羽織の懐に手を入れ、封書を取り出した。


ナオ「まあ、とりあえずこれ読めば――グラバー卿がどんなお方なんか。おおよその見当はつくやろ」


封筒をひらひらと振る。

雨音が静かに続く中、一通の手紙がカウンターの上に置かれた。



一方その頃。



【村外れ・街道】

雨は小降りになっていた。


石畳を踏みしめ、先ほどの使者は黒塗りの立派な馬車の前へと戻る。

キャラバンが使うような粗末な幌馬車ではない。扉には、誇らしげにバロア帝国の紋章があしらわれている。


使者は静かに扉を開け、乗り込んだ。


使者「伝えてまいりました、グラバー卿」


車内には、ゆったりと足を組む男。

金色のウェーブヘアに、整えられたカイゼル髭。深い緑のスーツに、やや崩した赤いシャボタイ。


陽気な笑みを浮かべた男。

ジェームズ・グラバーが、片眉を上げた。


グラバー「ご苦労。どうだったかね?梅原ナオという男は」


使者は雨に濡れた身体を拭きながら、小さく息を吐く。


使者「喫茶店におりました。しばらく“例の混沌”が起きておりましたので、頃合いを見て接触いたしました」


グラバーの目がきらりと光る。


グラバー「ほう!それはいい!で、どうだった?例の帽子の混沌とやらは」


使者は、言葉を選ぶように一瞬間を置く。


使者「……はあ。なんとも名状し難い、理解に苦しむ光景でして」


グラバー「ほう?」


使者「噂は耳にしておりましたが、まさか本当に帽子から生身の人間が出てくるとは思いませなんだ」


グラバーの口元がゆっくり吊り上がる。


グラバー「……人間が?」


使者「ええ。しかも三名。加えて、酒場らしきカウンター席まで同時にせり出しておりました」


馬車の中に、一瞬の沈黙が流れた。

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