表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/72

第62話 帝都からの使者

【エサリカ村・ミルミル亭】

菊左衛門とハードボイルド男が帽子の中へ引っ込み、クラウンが閉じた後。

ナオは閉じた帽子を軽く叩き、小さく息を吐いた。


ナオ「ほんま、いつものこととはいえ……。曰く付き物件の大家か俺は」


ステラ「だいぶ曰く付きよ。事故物件どころじゃないわよ」


カイも呆れ果てたような顔をして、便乗する。


カイ「家というより、町ができてそうっすよね……下手したら自治組織もありそう」


ナオ「いやそれほんまにありえそうやねんけど…」


引きつった顔で自身の被る帽子を見上げる。


ノノ「少なくとも……お店がその中にできてるん……ですよね……?」


ナオ「おう。あと菊左衛門の演劇場もな」


ステラ「さらっと言ってるけどおかしいでしょ!?どんだけ広いのよ、その帽子の中の空間!!」


そのとき――


カラン、と扉のベルが鳴る。

店内の空気が、すっと切り替わる。


リラ「い、いらっしゃいませ!」


入ってきたのは、外套を纏った壮年の男だった。仕立ての良い黒服に、落ち着いた佇まい。しかし目だけは鋭い。

男は一度店内を見渡し、特徴的なシルクハットを見て、ほんの一瞬だけ理解したような目をした。


外套の男「……失礼。ジパング大使館を訪ねたのだが、留守でしてな。大使の梅原殿はおられませぬかな?」


ナオはゆるく手を挙げる。


ナオ「あー、私です。昼休憩中でして。すいませんなあ。何かご用件で?」


男は浅すぎず深すぎぬ一礼をする。その所作だけで、場慣れしているとわかる。


男「元老院より参りました使いでございます。とある方より、手紙と言伝を預かっております」


その言葉を聞いて、ナオは羽織を整え、姿勢を正す。

帽子のつばを摘まんで、いつもの柔らかい笑みを浮かべる。


ナオ「それはそれは、えらい遠いところをご足労おかけいたしました。それで、その“とある方”とは?」


男はナオの近くまで歩を進め、封蝋の施された封筒を差し出す。

封蝋には、バロア帝国の紋章と個人の印章。


男「東方貿易圏調整官、ジェームス・グラバー卿よりにございます」


カイ「グラバー卿...?」


ステラはその名前を聞いてハッとした表情になる。


ステラ(東方貿易……。帝都の会談でハヌスさんが言ってた……)


ナオもその名を聞いて、一瞬だけ目が鋭くなる。


ナオ「これから我らジパング国との外交窓口を担われる、帝都のお方ですね?」


使者は静かに頷いた。


使者「左様にございます。卿は、今後ジパング国との交易・外交を調整されるお立場。ゆえに――貴殿とは一度、顔を合わせておきたいと」


ミルミル亭の空気が、ほんのわずかに引き締まる。

ナオは封筒を受け取りながら、軽く笑った。


ナオ「今回は非公式にって、ことですか?」


使者「はい。卿は『肩書きを置いて話してみたい』と申しておりました」


ステラはノノ、カイ、リラに小声で囁く。


ステラ「それってつまり値踏み、ってことよね……?」


カイは腕を組み、扉の方をちらりと見る。


カイ「まあ十中八九そうっすよね。肩書きなしでお茶しようなんて……どう考えても、人となりのチェックっすよ」


リラは少し不安そうにナオを見やる。


リラ「でも……いきなり圧をかけるよりは、柔らかい入り方ですよね?怖い方、では……なさそうですけど」


ノノは小さく震えながらナオの方に目を向ける。


ノノ「う…梅原、様…」


しかし当のナオは、まるで昼下がりの雑談でもしているかのように、丁寧に受け取った手紙を羽織の懐へと収める。

帽子を軽く整え、使者へ向き直った。


ナオ「卿からのお誘い、光栄の極みです。まさかこちらからご挨拶に伺う前に、お声がけいただけるとは」


柔らかな笑み。だが姿勢はすでに外交官のそれである。


ナオ「それで……日時はいかがいたしましょうか?」


使者は一礼の姿勢を保ったまま続ける。


使者「それについて、卿より日取りの提案を預かっております」


ノノはぎゅっと胸の前で両手を握る。


使者「五日後の昼。此の州内の視察行程を終え、エサリカ近郊に滞在予定とのこと。その折に、非公式の席を設けられればと」


ナオは一瞬だけ目を細め、すぐに柔らかな笑みに戻る。


ナオ「なるほど」


カイとステラが小声で話す。


カイ「……視察のついでに来る感じっすね」


ステラ「向こうは段取り済み……って感じね」


ナオは少し考えてから、使者に向き直る。


ナオ「承りました。五日後の昼にて問題ございません」


そして、わずかに言葉を区切る。


ナオ「差し支えなければ……。場所は、この村のジパング大使館にてお迎えしたく存じますが、いかがでしょうか」


わずかに空気が張る。それは“こちらの拠点に招く”という意味を含む問いでもある。

使者はその意図を理解しているように、視線をまっすぐ返す。


使者「卿も『梅原殿の拠点を一度この目で見てみたい』とも仰っておりました。ゆえに、大使館にて問題ございませぬ」


ステラは小さく息を吞み、ちらりとナオを見る。

ナオは穏やかに笑う。


ナオ「ありがとうございます。ならば大使館にて、非公式の席をご用意いたします。『肩書きは外す』とのことですので、堅苦しい儀礼は控えめに」


使者の目が、わずかに愉快そうに細まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ