第62話 帝都からの使者
【エサリカ村・ミルミル亭】
菊左衛門とハードボイルド男が帽子の中へ引っ込み、クラウンが閉じた後。
ナオは閉じた帽子を軽く叩き、小さく息を吐いた。
ナオ「ほんま、いつものこととはいえ……。曰く付き物件の大家か俺は」
ステラ「だいぶ曰く付きよ。事故物件どころじゃないわよ」
カイも呆れ果てたような顔をして、便乗する。
カイ「家というより、町ができてそうっすよね……下手したら自治組織もありそう」
ナオ「いやそれほんまにありえそうやねんけど…」
引きつった顔で自身の被る帽子を見上げる。
ノノ「少なくとも……お店がその中にできてるん……ですよね……?」
ナオ「おう。あと菊左衛門の演劇場もな」
ステラ「さらっと言ってるけどおかしいでしょ!?どんだけ広いのよ、その帽子の中の空間!!」
そのとき――
カラン、と扉のベルが鳴る。
店内の空気が、すっと切り替わる。
リラ「い、いらっしゃいませ!」
入ってきたのは、外套を纏った壮年の男だった。仕立ての良い黒服に、落ち着いた佇まい。しかし目だけは鋭い。
男は一度店内を見渡し、特徴的なシルクハットを見て、ほんの一瞬だけ理解したような目をした。
外套の男「……失礼。ジパング大使館を訪ねたのだが、留守でしてな。大使の梅原殿はおられませぬかな?」
ナオはゆるく手を挙げる。
ナオ「あー、私です。昼休憩中でして。すいませんなあ。何かご用件で?」
男は浅すぎず深すぎぬ一礼をする。その所作だけで、場慣れしているとわかる。
男「元老院より参りました使いでございます。とある方より、手紙と言伝を預かっております」
その言葉を聞いて、ナオは羽織を整え、姿勢を正す。
帽子のつばを摘まんで、いつもの柔らかい笑みを浮かべる。
ナオ「それはそれは、えらい遠いところをご足労おかけいたしました。それで、その“とある方”とは?」
男はナオの近くまで歩を進め、封蝋の施された封筒を差し出す。
封蝋には、バロア帝国の紋章と個人の印章。
男「東方貿易圏調整官、ジェームス・グラバー卿よりにございます」
カイ「グラバー卿...?」
ステラはその名前を聞いてハッとした表情になる。
ステラ(東方貿易……。帝都の会談でハヌスさんが言ってた……)
ナオもその名を聞いて、一瞬だけ目が鋭くなる。
ナオ「これから我らジパング国との外交窓口を担われる、帝都のお方ですね?」
使者は静かに頷いた。
使者「左様にございます。卿は、今後ジパング国との交易・外交を調整されるお立場。ゆえに――貴殿とは一度、顔を合わせておきたいと」
ミルミル亭の空気が、ほんのわずかに引き締まる。
ナオは封筒を受け取りながら、軽く笑った。
ナオ「今回は非公式にって、ことですか?」
使者「はい。卿は『肩書きを置いて話してみたい』と申しておりました」
ステラはノノ、カイ、リラに小声で囁く。
ステラ「それってつまり値踏み、ってことよね……?」
カイは腕を組み、扉の方をちらりと見る。
カイ「まあ十中八九そうっすよね。肩書きなしでお茶しようなんて……どう考えても、人となりのチェックっすよ」
リラは少し不安そうにナオを見やる。
リラ「でも……いきなり圧をかけるよりは、柔らかい入り方ですよね?怖い方、では……なさそうですけど」
ノノは小さく震えながらナオの方に目を向ける。
ノノ「う…梅原、様…」
しかし当のナオは、まるで昼下がりの雑談でもしているかのように、丁寧に受け取った手紙を羽織の懐へと収める。
帽子を軽く整え、使者へ向き直った。
ナオ「卿からのお誘い、光栄の極みです。まさかこちらからご挨拶に伺う前に、お声がけいただけるとは」
柔らかな笑み。だが姿勢はすでに外交官のそれである。
ナオ「それで……日時はいかがいたしましょうか?」
使者は一礼の姿勢を保ったまま続ける。
使者「それについて、卿より日取りの提案を預かっております」
ノノはぎゅっと胸の前で両手を握る。
使者「五日後の昼。此の州内の視察行程を終え、エサリカ近郊に滞在予定とのこと。その折に、非公式の席を設けられればと」
ナオは一瞬だけ目を細め、すぐに柔らかな笑みに戻る。
ナオ「なるほど」
カイとステラが小声で話す。
カイ「……視察のついでに来る感じっすね」
ステラ「向こうは段取り済み……って感じね」
ナオは少し考えてから、使者に向き直る。
ナオ「承りました。五日後の昼にて問題ございません」
そして、わずかに言葉を区切る。
ナオ「差し支えなければ……。場所は、この村のジパング大使館にてお迎えしたく存じますが、いかがでしょうか」
わずかに空気が張る。それは“こちらの拠点に招く”という意味を含む問いでもある。
使者はその意図を理解しているように、視線をまっすぐ返す。
使者「卿も『梅原殿の拠点を一度この目で見てみたい』とも仰っておりました。ゆえに、大使館にて問題ございませぬ」
ステラは小さく息を吞み、ちらりとナオを見る。
ナオは穏やかに笑う。
ナオ「ありがとうございます。ならば大使館にて、非公式の席をご用意いたします。『肩書きは外す』とのことですので、堅苦しい儀礼は控えめに」
使者の目が、わずかに愉快そうに細まった。




