第61話 喫茶店で酒飲むな
お久しぶりです、ろんどです!
しばらく体調を崩しておりまして執筆が滞っておりました……。なので今後、不定期投稿になるかもしれませんがポツポツと話を進められたらと思います。
よろしくお願いいたします!
【エサリカ村・ミルミル亭】
ステラの嘆きが、梁にぶつかって震える。
だが当のハードボイルド男は、まるで自分だけ別の時間を生きているかのように、静かにグラスを指で回していた。
男「……この雰囲気、悪い気はしねえな。不思議と居心地がいい」
ナオ「誰もくつろいでええとは言うてへんぞ」
カイ「むしろ帰ってほしいっすよ...」
ノノ「……で、できれば……」
菊左衛門は腕を組み、満足げに頷く。
菊左衛門「ハードボイルド殿の名が決まり申した。これにて一段落にござるな」
ステラ「どこがよ!!なにも進展してないのよさっきから」
ナオは額を押さえる。
ナオ「こっちは酒の値上げの話しよっただけやのに、お前らが出てきて無駄に場を掻き回しとるんやろ」
ハードボイルド男が低く呟く。
男「酒か」
ハードボイルド男は隣の菊左衛門へわずかに顔を向けた。
男「……なあ、菊の字」
菊左衛門「ぬ?」
ハードボイルド男はサングラスの奥で目を細める。
男「出先で、いい酒が手に入ったんだ。……お前さんも飲むか?」
ナオ「"出先“ってなんやねん」
カイ「その帽子、どこかと繋がってたりしないっすよね……?」
菊左衛門の目が、わずかに輝く。
菊左衛門「ほう……。銘は?」
男はスーツの内側から細身のボトルを取り出した。琥珀色がランプの灯りを受け、静かに揺れる。
男「16年もののモルトウイスキーだ。水割りにするとうまい」
ノノ「……思ったよりも……まともそうなお酒です……」
菊左衛門は興味深げに眺める。
菊左衛門「ふむ。拙者、蒸留の類は疎い故……」
ハードボイルド男が栓を開けると、ほのかにスモーキーな香りが漂った。
男「クセは強え。だがな……燻る香りの向こうにほのかな甘みがある」
ナオが即座にツッコむ。
ナオ「自然な流れで人の頭の上で、酒盛り始めようとすんなや」
リラも困り顔で声をかける。
リラ「お、お客様……うちは喫茶店ですので、店内の飲酒は……」
男は静かに視線を落とした。
男「……コーヒーの香りが立つ場所で、ウイスキーは野暮ってもんか」
ステラ「そういう問題じゃないのよ!!せめて帽子の中でやりなさい!」
ナオ「ここで飲むのはやめてくれ。帽子の中のスナックとやらで好きに飲んでくれ」
その言葉を聞いてハードボイルド男は、わずかに口角を上げた。
男「菊の字。場所を変えるか」
菊左衛門「ふむ……粋とは場を弁えること。然り」
ステラ「“粋”を便利ワードみたいに使うな!!」
菊左衛門は腕を解き、鼻で笑う。
菊左衛門「だが、ハードボイルド殿。……酒だけでは足りぬな」
男「……何?」
ハードボイルド男が片眉を上げ、サングラスの奥の瞳をちらりと覗かせる。菊左衛門はビシッと見得を切って、隈取の目をくわっと見開く。
菊左衛門「カラオケができるのであれば、付き合おうぞ!!」
店内に微妙な空気が流れる。
ノノ「から……おけ?」
ナオ「やから、さっきから何やねんなその謎の設備は」
ハードボイルド男は低く笑った。
男「……任せときな。新曲も追加済みだ」
ステラ「曲!?ほんとなんの話してるのあんたら!!」
そう言ってウイスキーの栓を締め直し、空になったコーヒーカップをリラへ差し出す。
男「リラ嬢、いいコーヒーだった。苦味が立ってるのに角がねえ。……腕がいいな」
リラ「え、あ……ありがとうございます……」
頬がほんのり赤くなる。
ステラ「だから照れないの!!」
ナオは半目で見上げる。
ナオ「おーなんやお前ら、やっと帰るんか」
男は中折れハットを押さえ、わずかに笑う。
男「ああ...。邪魔したな、外交官」
ナオ「邪魔してる自覚はあったんやな」
男「あばよ、また来るぜ」
ナオ「いやマジで来んでええぞ」
返事も待たず、ハードボイルド男はすっと帽子の奥へ消えた。
続いて菊左衛門も半身引っ込み、内側からクラウンを支えながら顔だけ覗かせる。
菊左衛門「では皆の者、拙者もこれにて失敬!」
パタン。
帽子が閉じ、騒がしかった店内に静寂が訪れる。
数秒の沈黙の後、帽子のクラウンを押さえつけてナオがぽつりと呟いた。
ナオ「ところで……菊左衛門のやつ、一体何しに出てきたんや……?」
カイが両腕を肩の後ろに組んで答える。
カイ「酒の気配に反応しただけなんじゃないっすかね?」
ノノも小さく頷く。
ノノ「……特に、深い理由は……なさそうでした……」
ステラは呆れ顔で反応する。
ステラ「帽子から顔出す動機が軽すぎるでしょ、あの浪人」
リラはくすっと笑う。
リラ「でも……なんだか、お二人とも少し楽しそうでした」
ステラが即座に返す。
ステラ「リラのその順応力は一体なんなのよ」
もはやナオは心底とうでもよさそうな顔で反応する。
ナオ「まあ......変な奴ら同士、気が合うんちゃうか?」
そのやり取りを遠巻きに見ていた冒険者パーティーも、ようやく息を吐いた。
「俺ら、ほんと何見させられたんだよ……」
大剣を背負った青年が信じられないものを見たような顔で呟く。
盗賊の少女は椅子の背にもたれ、深く息を吐く。
「やっと帰ったみたいね。……長かった」
弓使いの女は、まだ帽子をちらちらと警戒しながら口を開く。
「でも、お酒とか出せるって思うと……ちょっと便利かも?」
その言葉に、魔術師が即座に顔をしかめる。
「やめとけ。被ってるだけで、頭の上から変なのが不定期に出てくるんだぞ」
想像してしまったのか、盗賊の少女が眉をひそめる。
「……無理。普通に気が狂うわ」
弓使いの女もぶるりと身を震わせた。
「うん、撤回。やっぱいらない」
一行は再び帽子を見た。
今は、ただの黒いシルクハットに戻っていた。




