第58話 世界一めんどくさい常連客
【エサリカ村・ミルミル亭】
お昼時の客で賑わうミルミル亭は、ナオの帽子からせり出したバーのカウンターと、そこに居座る二人組の異質すぎる存在感に、完全に呑まれていた。
店内の空気が一瞬止まり、あちこちの客がスプーンを落とし、フォークを止め、視線だけが一斉にその一点へ吸い寄せられる。
そんな中、ランチを頬張っていた冒険者パーティーは、思わず口の中のものを吹き出しそうになる。
大剣を背負った青年「な、なんだあれ!?シルクハットから人……てか、酒場みたいなの出てんだけど!?」
弓を背負った女冒険者が、口元を押さえたまま目を見開く。
弓使いの女「え、なにあの男の格好……。眼鏡も黒すぎるし……。修行中の司祭?」
ローブ姿の魔術師の男が、反射的に口を挟んだ。
魔術師「いや、司祭があんな格好するわけないだろ…」
盗賊風の少女が、帽子の中から半身だけ出ている赤いドレスの女を指さす。
盗賊の少女「……あの女も大概おかしいわよ……。あのドレス、場違いにも程がある……」
大剣の青年が、思わず呟く。
大剣の青年「どこぞの貴族の令嬢か?」
魔術師「令嬢が胸元あんな開けるか普通……?ていうか、帽子からでてくるわけないだろ」
弓使いの女が顔を引きつらせながら、ナオの方を見る。
弓使いの女「ていうか、あのシルクハットの人は一体何者なのよ…」
魔術師「たしか、異国の外交官だったと思うが……」
四人は無言で顔を見合わせた。
そして、スプーンを持つ手を止めたまま、再びそっとナオたちの方へ視線を戻す。
冒険者たちの視線がそっと戻る先。
カウンター席では、当の本人たちが何事もなかったかのように座っていた。
帽子のクラウンからせり出した黒いカウンター。その向こう側に、サングラスの男と赤いドレスの女。
そして、その真下に、頬杖をついた梅原ナオ。ナオはため息をつきながら、ミルミル亭のカウンターを指で軽く叩いた。
ナオ「……んで。おっさんら、いつまで居座るつもりやねん」
男はグラスを傾けたまま、淡々と言った。
男「朝日が街を照らす前に……このグラスの底に沈んだ“昨日”を、飲み干すまでだ」
ステラ「いや、意味わからん!!何言ってんのこの人!?」
女は楽しそうに笑い、横から口を挟む。
女「要するに、『夜明け前まで飲んでる』ってことよ」
カイ「いや、今もう昼ですって!!さっきもその話したっすよ!!」
ノノは小さく震えながら、オロオロとナオに声をかける。
ノノ「う、梅原様……この人たち……会話が通じてるようで……全く通じてない気が……!」
ナオ「安心せえノノ、俺も何言ってるんかわかってへんから」
ノノ「安心できません……!」
リラは引きつった笑顔を貼り付けたまま、必死に接客モードを保っていた。
リラ「え、えっと……コ、コーヒー……すぐにお持ちしますので……!」
ステラ「リラ!?まだ注文通そうとしてるの!?」
リラ「だ、だって……お客様ですし……!」
カイ「いや、あれをお客様扱いするの勇気ありすぎっすよ……」
カイは呆れたような顔で、リラにツッコむ。
男は静かに頷き、さらに意味深に続ける。
男「……この店の、少し湿った空気……嫌いじゃねえ」
ステラ「それ外が雨降ってるからでしょ!!」
ナオは冷めた紅茶を飲み干し、大きくため息を吐いた。
ナオ「あんたら、ほんまに何しに来たんや?」
女は赤い唇を歪め、挑発的な笑みを浮かべる。
女「ふふ……随分なご挨拶ね。私、初めて来たのよ?この人の“行きつけのバー”に」
ステラ「いやだからバーじゃないって、ここ!!」
ナオ「めっちゃ常連みたいな雰囲気出してくるけど、俺このおっさんとも明らか初対面やぞ」
カラン。
男の持つグラスの氷が鳴った。彼はグラスを軽く揺らし、窓の外に落ちる雨を眺める。
男「……店に来るのに、理由なんざいらねぇ。……居場所ってのは、探して見つけるもんじゃない」
サングラスの奥の目を細める。
男「気づいたら、そこにあるもんだ」
ステラは一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐに眉を吊り上げた。
ステラ「急にいいこと風に言うな!!」
カイ「それっすよ!!なんか名言っぽく締めた感出してますけど、あんたらの存在そのものが異常事態っすからね!?」
ナオは額を押さえ、思わず深いため息を吐いた。
ナオ「……自分の帽子ながら、出力するもんの振り幅自由すぎるやろ……」
ノノはオロオロと震えながら、恐る恐る女に視線を向けた。
ノノ「え、えっと……あの……」
女はノノの視線に気づくと、にっこりと微笑み返す。
女「なぁに?可愛いお嬢ちゃん」
ノノは少し怯えながらも、ずっと気になっていたことを聞こうとした。
ノノ「あの……この方の行きつけって……どういう……」
言い切る前に――
???「梅原殿!!」
張りのある声と共に、帽子のカウンターの奥から、もう一つの影がぬっとせり出した。
黒い着流し、赤の隈取。
帽子の住人――菊左衛門である。
ただでさえ異質な帽子の酒場に、和装の男が加わったことで、空間の混沌具合が一段階跳ね上がった。




