第54話 マーケティング茶番劇
【エサリカ村・市場】
東通りには色とりどりの露店が並び、野菜の青い匂いと焼きたてのパンの香りが混ざり合っていた。
そんな市場の人波を縫うようにして、リラとノノが歩いている。
リラは買い物籠を腕にかけ、慣れた手つきで露店を見て回っていた。
ノノはその隣で、ミルミル亭の仕入れメモを握りしめながら、少し慌てた様子でついていく。
リラ「ノノちゃんありがとうね。お店の買い物に付き合ってくれて」
ノノ「い、いえ……。いつもお世話になってますので……これぐらいは……」
リラ「ふふ。助かるわ。今日はスープ用に玉ねぎと人参、それから葉物も少し欲しいのよね」
ノノ「は、はい……。あと……ベーコンも……あったら……」
リラ「ふふ。ノノちゃん、ベーコン好きだもんね」
ノノ「そ、そういうわけじゃ……!あの……その……お客さんが喜ぶかなって……」
リラ「はいはい。そういうことにしておくわね」
ノノは頬を赤くしながら、慌てて視線を逸らした。
二人は穏やかな会話を交わしながら、次々と露店を回っていく。
そんな中、ノノはふと通りの少し先に視線を向けた。
ノノ「あれ……?」
リラ「どうしたの?」
ノノ「……なんだか……あそこ……人が、集まってます……」
二人が見た先。
市場の一角に、明らかに異様な人だかりができていた。そこだけ妙に密集していて、村人たちが肩を寄せ合うように集まり、何かを囲んでいる。
時折、笑い声まで聞こえてくる。
ノノ「何かの……イベントですかね……?」
リラ「そうかもしれないわね。行ってみましょうか」
二人は籠を抱え、その人だかりへ近づいていった。
人混みの隙間を縫うように進み、ついに中心が見える位置まで辿り着く。
そして、そこにいたのは。
ド派手なピンク色のエプロンをつけ、おばちゃんパーマのカツラを被り、買い物かごを抱えた梅原ナオだった。
ノノ「う、梅原様……!?」
リラ「ナオさん……一体、何を……?」
しかも、帽子は地面に置かれ、クラウンが開きっぱなしになっている。
そこからは、なぜかラジカセがせり出しており、スーパーで流れていそうな陽気なBGMが場違いなほど元気に鳴り響いていた。
♪~♪
ナオは完全に役に入りきった様子で、露店の野菜を手に取ったり戻したりしながら、真剣に悩み続けている。
ナオ「いやほんま今日の献立、どないしょうか迷うわぁ~」
そこへ、野菜の刺繍が施された立派なエプロンを着たリザードマンの店主が、露店の奥から出てきた。
店主「いらっしゃい、奥さん!何をお探しで?」
ナオ「ああ店員さん、ちょっと聞いてええ?今日なぁ、ほんま献立が決まらへんねん。困ったわぁ」
店主「献立に悩んでるなら、うちの野菜を使って……そうだな。“野菜たっぷりミネストローネ”とかどうだい?」
ナオ「ミネストローネねぇ……ええやないの!……あら、やだ!!」
ナオはわざとらしく大げさに驚きながら、トマトを手に取って人だかりの方へ見せつけた。
ナオ「ちょっと!見てやこれ!このトマト、めっちゃピカピカやん!」
店主「そうだろ!?朝一採れたてだぜ!」
それを見ていた村人たちは、思わず感嘆の声を漏らす。
村人A「たしかに……あそこの野菜、鮮度良さそうだな」
村人B「ちょっと店主が怖いから、近寄りづらかったけど……」
村人C「なあ、あれナオさんじゃねえか?外交官の……」
ノノとリラは半目になり、その光景を眺め続ける。
ノノ「う……梅原様。一体、何をやってるんですか……」
リラ「たぶん……お客さんの呼び込み……じゃないかしら……」
店主は小声でナオに声をかけた。
店主「だ、旦那ぁ……。これはさすがに恥ずかしいんだが……」
ナオ「おっちゃん何言うとんねんな。あの幽霊たちも『掴みが大事』や言うとったやろ。今めっちゃ客が興味持ってくれよるで」
店主「それは確かにありがてぇんだけどよ。幽霊の助言を参考にすんなよ……!」
だがナオは構わず続ける。
ナオ「ほんでも最近トマト高いのよ~。アタシ、なかなか財布の紐が固いわよぉ?」
店主「その点は安心してくれ、奥さん!ここの野菜は全部、俺が育てた奴をそのまま持ってきてる。だから最安値で出せるぜ!」
店主は値段が書かれた木札を、人だかりに見えるように高々と掲げた。
ナオ「えええ、それほんま!?こんな質良くて、値段もこんなに安いなら……もらうわ!トマト三つもらえる?」
店主「毎度あり!こっちの葉物もいいぜ。スープに入れたら甘いぞ!」
そのやりとりを見て、村人たちの反応が少しずつ変わっていく。
村人A「あの安さなら……私も欲しいわね」
村人D「顔はこええけど……意外と気さくなんだな……」
村人C「なあ!俺にも人参とカブ売ってくれ!」
村人E「私はキャベツほしいわ!!」
最初は遠巻きだった人だかりが、じわじわと動き始めた。誰かが一歩近づけば、次の誰かもつられて歩を進める。
笑いながら眺めていた者も、いつの間にか籠を手にしていた。
村人A「……え、こんな安いの?」
村人B「この鮮度でこの値段なら、買わない理由がないな……」
村人C「おい、俺もそれくれ!」
村人D「ちょっと待って、俺も葉物!二束!」
店主「お、おう!ま、毎度あり!!」
リザードマンの店主は一瞬呆けたような顔をしたが、次の瞬間には必死に手を動かしていた。
袋を開き、野菜を詰め、代金を受け取っては釣り銭を返す。
その手が止まる暇はない。
露店の前に列ができ、次々に声が飛び交う。
店主は汗をかきながらも、声を張り上げて応じ続けた。
それは彼にとって、人間の村で初めて『ちゃんと商売ができている』瞬間だった。




