第53話 夢に出そうな演出
【エサリカ村・市場】
朝市の喧騒の中。
誰も近づかないリザードマンの露店の上で、梅原ナオの帽子による営業妨害は続いていた。
幽霊1「とりあえず演出の方針は決まったけどさ。今度、衣装どうする?」
帽子の縁に肘をつき、幽霊たちは真剣な顔で話し合いを始めた。
相変わらず電子タバコをプカプカとふかしているその姿は、深夜のファミレスでネタを考えている芸人のようだ。
幽霊2「まあ、とりあえずこの白装束は却下だよな」
幽霊1「それはそう」
幽霊2「演出で溜めるだけ溜めて、満を持して出てきたのが“デフォルト幽霊”だとさ……」
幽霊1「『なんだよ』って一気にシラけるよな」
幽霊2「客が“あ、そういうやつね”ってなる」
幽霊1「う〜わ、最悪だわそれ」
ナオ「なんで無駄にこんな意識高いねん、こいつら……」
ナオは帽子の縁を指でトントン叩きながら、疲れ切った声で呟いた。
リザードマンの店主は状況が飲み込めず、ただ固まっている。
幽霊1「最近の若い子、手厳しいもんなあ」
幽霊2「ほんとそれよ。もう“怖がる側”のリテラシーが高い」
幽霊1「もっと派手めにいくか!」
幽霊2「じゃないと顧客のニーズに応えられる登場にならないし」
店主「顧客って言うな……!」
幽霊1「例えばさ。服じゃなくて、もういっそ――」
幽霊1は両手を大きく広げ、空中に円を描くようなジェスチャーをした。
幽霊1「顔をデカくした状態で、首から上だけ飛んでくるとかどう?」
幽霊2「おおっ」
幽霊1「この三角巾も外してさぁ。明らか死んでるって分かる顔色。目は焦点合ってない感じで」
幽霊1はその表情を実演してみせる。
シンプルに怖い。
幽霊2「あーもう、それだけでだいぶヤバい」
幽霊1「でも動きだけはスムーズで、速いんよ」
店主「やめろ怖い怖い怖い!!」
店主は想像してしまい、思わず頭を抱えた。
ナオは帽子のツバを摘み、半目で頭上の二人にツッコむ。
ナオ「なんでこいつら、脅かすことにだけ無駄に全力やねん。はよ成仏せえや……」
幽霊2「やべえ、今鳥肌立った!」
幽霊1「だろ!?」
幽霊2「俺でも怖えもん、そんなの!」
幽霊1「だろ!?だろ!?」
幽霊2「それ、採用だわ」
ナオ「いや採用って、お前らその状態になれんのかいな!?」
幽霊2「あ、あと最初の声かけも攻めるべきだと思う」
幽霊1「声かけ?」
幽霊2「『うらめしや〜』はもう古いっしょ?」
幽霊1「ありきたりだし、それこそデフォルトそのものだからな」
幽霊2「テンプレの時点で負け」
ナオ「幽霊界にもテンプレとかあるんやな……」
幽霊1「そこで俺、考えたんだけどさ」
幽霊2「うん」
幽霊1「会った一発目に、驚かせる側の名前を呼ぶとかどう?」
幽霊2「名前?」
幽霊1「しかも呼び捨て。それ以外は何も言わない」
幽霊2「……うわ、それ怖いわ」
幽霊1「だろ?」
幽霊2「いいねえ!!だいぶ攻めてんじゃない、それ!」
幽霊1「怖いのって、言葉少ない方が刺さるんだよ」
幽霊2「余白が怖い」
幽霊1「あと沈黙が怖い」
幽霊二人は電子タバコを帽子の縁に置き、勢いよく拳を握り合った。
ナオ「なんやねん、こいつら……」
店主「頼むからもう帰ってくれ……」
――数分後。
幽霊2「よし!方針も決まったし、いっちょ仕込みしに行くか。場所も墓じゃなくて、例の廃墟に拠点移そうぜ!」
幽霊1「よっしゃ!新しい心霊スポットとしてバズらせるぞお!!」
そう言い残し、幽霊二人は意気揚々と帽子の中へ引っ込んでいった。
パタン
クラウンが閉じ、露店の空気が一瞬だけ静まり返る。
先ほどまでの異様な会話が嘘のように消え、朝市のざわめきだけが戻ってくる。
店主「……お、俺、あとで聖堂にお祓いしてもらってくるわ」
心底疲れた声で呟く店主に対し、ナオはなぜか晴れやかな顔で親指を立てた。
ナオ「おっちゃん、俺ええこと思いついたで!」
店主「……な、なんだ? 絶対ロクなことじゃないだろ、旦那」
ナオは露店に並ぶ野菜を見渡し、にやりと笑った。
ナオ「あの幽霊たちを見習って、おっちゃんの野菜が売れるように俺らも“演出”をするんや!」
店主「え……演出……?」
パカッ
そう言うとナオは、ためらいもなく帽子のクラウンを再び開いた。
そして帽子の中へ、ずぼっと腕を突っ込む。
店主「旦那、一体何してんだ……?」
ナオ「たぶんこの辺にあったような気がするんやけど……」
帽子の中を探るナオの腕は、肘まで完全に消えている。
店主はその光景を見て、何度目かのため息をついた。
店主「……もうその時点で意味が分かんねえんだよなぁ……」
ナオ「あーっ、あったあった!!」
そう言って、ナオが帽子の中から引きずり出してきたのは、
ド派手なピンク色のエプロンと、おばちゃんパーマのカツラだった。
店主「……は?」
店主の口から、思わず困惑の声が漏れる。
店主「帽子から物が出てくるだけでも意味分かんねえのに、なんでそんなもん入ってんだよ……」
ナオ「細かいことは気にせんと!大事なんは客を引き付けることやで」
店主「引き付け方の方向性間違ってないか…?」
だがナオは聞く耳を持たず、ピンクのエプロンを広げて満足そうに頷いた。
ナオ「ええねんええねん!まずは足止めや!そこからが勝負や!」
店主「理屈が怖えよ……」
さらにナオは帽子にもう一度手を突っ込み、またゴソゴソと探り始めた。
店主「今度は何探してるんだ……?」
ナオ「……あった!」
そう言ってナオが引っ張り出したのは、野菜の刺繍が丁寧に施された、やたらと本格的なエプロンだった。
ナオ「これはおっちゃんが着る分やで」
店主「お、俺も着るのか……?なんでそんな都合よく、俺サイズみたいなのが……」
リザードマンの店主はエプロンとナオの顔を交互に見て、完全に嫌な予感に支配された。
店主「……なあ旦那。これ、本当に野菜売るためなんだよな?」
ナオ「当たり前やろ。外交官なめんなや?」
店主「外交官の信用が今どんどん落ちてる気がするんだが……」
彼の呟きは誰に届くこともなく、朝市の喧騒に虚しくかき消されていった。




