第52話 閑古鳥の八百屋
【エサリカ村・市場】
東通りで毎朝開催される朝市。
数多くの露店が立ち並び、ありとあらゆる商品が並んでいる。野菜、薬草、肉、魚――そのほかにも冒険に必要な武具や装備品など。
エサリカ村の朝市は、いつもと同じ賑わいを見せていた。
しかし、そんな中。
まるで結界でも張られているかのように、誰も立ち寄らない露店が一つだけあった。
店主はリザードマンの男。
前に並べてあるのは、新鮮な野菜や果物である。瑞々しい葉物、まだ少し土のついた根菜、早朝に収穫した豆。
品質だけなら、むしろ朝市でも上位に入るであろう品々。それなのに、売れる気配はまるでない。
店主「はあ……今日もダメか」
そこへ、シャムロックのバッジをつけたシルクハットを被った男が、気楽な調子で歩いてきた。
ナオ「おー、おっちゃん。どないや、売れとるかー?」
店主は声をかけてきた男、梅原ナオを一瞥して静かに首を横に振る。
店主「ああ、旦那。見ての通り閑古鳥よ。俺みたいなもんは、人間の村は向いてねえのかもしんねえな」
ナオ「なんでや?野菜どれも新鮮でうまそうやんかいな」
ナオは並んだ野菜を手に取ってみる。
瑞々しく、甘みがありそうなトマトであり、本当に悪いところが見当たらない。
店主は少し黙り込み、気まずそうに視線を逸らした。
店主「……まあ、理由は分かってんだよ。理由は……」
そう言って店主は、自分の顔を指差した。
鋭い牙、鱗、爬虫類特有の瞳孔。確かに、初見の人間には怖いと感じる造形だろう。
ナオ「まあ正直、否定はできんかもしれんな。この辺やと獣人種は珍しいしなぁ」
店主「だろ?」
店主は深く息を吐いた。
そして、さらに言葉を続けようとした瞬間――
店主「……いやでも、今日に限っては……それ以上に」
ナオ「ん?」
店主は露店の外、通りを歩く村人たちの視線を見て、眉をひそめた。
店主「……アンタがいるせいで余計売れない気がする」
ナオ「はぁ?」
店主はナオの頭の上、もとい帽子を見上げた。
開いた帽子のクラウンから、白装束に三角巾という、いかにも「THE・幽霊」という格好をした二人組が、半身を乗り出したまま、のんびり電子タバコを吸っていた。
煙がふわりと漂い、朝市の爽やかな空気を微妙に台無しにする。
通りを行く村人たちは露店に視線を向けることすら避け、足早にその場を通り過ぎていく。
誰一人、近づこうとしない。
ナオ「……もしかして今、俺が客を追い払っとる?」
店主「外交官が営業妨害してたんじゃ世も末だぜ、旦那」
そんな二人の会話などお構いなしに、幽霊(?)たちは帽子の縁でだるそうに愚痴をこぼし続けていた。
幽霊1「最近さ~、マージでみんな怖がらなくてさぁ」
幽霊2「わかるわかる。最近の若い子、めっちゃ冷めてるよな~。ビビらねえんなら肝試し来んなって話なんだわ」
ナオ「肝試し来た人らに文句言う幽霊、初めて見たわ……」
店主は状況が理解できず、引きつった顔でナオを見た。
店主「なあ旦那……こいつら、なんなんだ?幽霊……なのか?ゴーストの類か?」
ナオ「いやまあ、俺もよくわからんけど……会話の内容的に幽霊なんちゃうか」
幽霊1「第一さぁ、俺らこんな使い古されたデフォルトの格好で驚いてもらおうっていう魂胆が、そもそも浅はかなんじゃね?」
幽霊2「だよな。正直これ着て出てきたら、逆に安心感あるまであるわ。ワンチャン、コスプレイヤーって思われてそう」
幽霊1「ド〇キとかで売ってそうだよなこれ。墓場でこんなコスプレしてる奴らいたら、普通に通報案件だけど」
そこまで言って、二人は揃って電子タバコを吸う。
ふわりと吐き出された煙が、朝市の空気に溶けて消える。
店主「……いや待て待て待て」
店主は帽子を指差し、半ば叫ぶように言った。
店主「なんで帽子の中にゴーストがいるんだよ!?しかもなんか見たこともねえパイプ吸ってるし!!」
店主の声は朝市の喧騒の中でも妙に通り、周囲の視線が一瞬だけこちらに集まった。
だが村人たちはすぐに顔を背け、何も見なかったことにするように足早に去っていく。
幽霊2「いや、俺、思うわけよ」
幽霊2は電子タバコを指でくるりと回しながら、妙に真面目な顔をした。
幽霊2「もうこの白装束、演出として古いわ」
ナオ「幽霊が演出とか言うな」
幽霊1「まあ、それは俺も思ってるわ。今の幽霊って、ほんっとギリギリまで出ないじゃん?」
幽霊2「そうそうそう!!いきなりドーン!って出るんじゃなくて、『焦らす』のが主流なんよ!」
幽霊1「ラップ音とか?」
幽霊2「そうそう!!そういう、最初に顧客に対して『ん?』って思わせる印象付けが大事なわけ」
ナオ「なんでマーケティングみたいな言い方しとんねん」
幽霊2「で、次に対象から離れた場所で物を落とす。これで掴みはバッチリだ」
店主「掴みってなんだよ……ただただ怖ええよ」
幽霊1「はあ~なるほどなぁ。姿は見せないけど、でも足音だけ鳴らすとかは?」
幽霊2「それよそれ!『何かがいる』っていう事実を相手に植え付ける」
幽霊1は帽子の縁で、指を鳴らした。
パチン
ナオ「なんかいちいちムカつくな、こいつら……」
店主「頼むから俺の店の前でその会議やらないでくれ……」
しかし幽霊たちは、こちらの事情など知ったことではないとばかりに話を続ける。
幽霊1「よし! とりあえず演出はその方針でいくとして」
幽霊1は満足げに頷き、ひと息つくようにまた電子タバコを吸った。
幽霊1「で、衣装どうする?」
店主「頼むからもう帰ってくれお前ら!!」
リザードマンの店主の虚しい悲鳴が、朝の市場に響き渡った。




