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第50話 アポなし内見はやめようね

【エサリカ村・ジパング大使館】

朝の陽射しが、縁側の板張りを柔らかく照らしていた。

風に揺れる竹林のざわめきと、遠くから聞こえる村の鍛冶屋の金槌の音、馬の足音が重なり、穏やかな朝の気配を運んでくる。


縁側には、ナオとノノの姿があった。


ナオは縁側に腰を下ろし、両手を上に伸ばして大きく背伸びをする。

その隣でノノは正座のまま、湯飲みを両手で包み込み、湯気をじっと見つめていた。


ナオ「……はぁ」


大きく息を吐き、空を見上げる。


ナオ「たまには、こういう時間もええのぉ」


ノノ「は、はい……。最近、ちょっと慌ただしかったですし……」


そう言いながらも、ノノの肩はまだ少しこわばっている。

それに気づいたナオは、苦笑まじりに声をかけた。


ナオ「ノノ、口ではそう言うてるけど、肩に力入っとるで。リラックスしぃな」


ノノ「なんか……油断したときに……帽子が開きそうで……」


その時だった。


「こんにちは~」


やわらかな声が門の方から聞こえてきた。

振り返ると、ミルミル亭の制服姿のリラが、籠を抱えて立っていた。

籠の隙間から、甘い匂いがふわりと漂ってくる。


リラ「お二人とも、ちょうど休憩中みたいですね」


ナオ「おお、リラさん。その匂い……また何か試作かいな?」


リラ「はい!今度お店で出してみようかと思う、新作のお菓子です。よかったら食べてみてください!」


ノノ「えっ……!い、いいんですか……?」


リラはにこっと笑い、縁側に籠を置いた。


リラ「もちろん。しっかり感想、聞かせてね」


ノノ「……あ、ありがとうございます……!」


ノノの表情が、ぱっと明るくなる。

リラが籠を開こうと身を屈めた、その瞬間。



パカッ



全員「あ………」


ナオの頭上で帽子のクラウンが開いた。ナオは茶を一口啜り、ゆっくりとノノに視線を向ける。


ナオ「すまんなノノ。綺麗にフラグ回収や」


帽子の中から、ぬっと二人の男が半身を乗り出してきた。

一人はスーツ姿で、『〇〇不動産』と書かれたバッジを胸に付けた男。

もう一人は、やたら大きな間取り図を抱えた私服姿の男だった。


不動産屋「いかがでしょうか?こちらの物件」


客「おお~、なかなか……思ってたより日当たり良さそうですねぇ」


不動産屋「こちらですね、7SLDKの築浅木造平屋建て。離れとお庭も付いておりまして、大変おすすめの物件でございます」


ナオ「待て待て待て待て!!」


真下から、ナオが即座にツッコミを入れる。


ナオ「なに自分ら、しれっと大使館の内見始めとるねん」


不動産屋は、ナオのツッコミにもまるで動じることなく、説明を続ける。


不動産屋「母屋は六部屋が和室、一部屋が洋室でございます。風呂・トイレ別、書斎としても使える納戸を兼ね備えております」


ナオ「その納戸、もう俺が書斎として使っとるわ」


リラは状況を飲み込みきれないまま、籠を抱え直して小首をかしげた。


リラ「えっと……ナオさん……? もしかして……ここ、お引っ越しされるんですか?」


ナオ「せぇへん。断じて、せぇへん」


即答だった。


客「でも風呂トイレ別なの、いいですねぇ。俺、あの三点ユニットってどうも苦手で」


ノノ「ゆ……ゆにっと……?」


不動産屋「あちらの離れですが、工房・道場・趣味部屋など、用途は幅広く対応可能です。音も気になりません」


ナオ「あっちは今たまたま使っとらへんだけで、貸す気も売る気もあれへんわ」


そこで客が腕を組み、うーんと唸る。


客「でもなぁ……。俺、洋室派なんだよなぁ。一部屋だけっていうのは、ちょっと」


ノノ「そ……そこは、帝国のお客様用の応接室なんですが……」


客「あ、あと。この間取り図に書かれてるこの『BHD』って、何の意味ですか?」


リラ「び……BHD……?」


不動産屋はその質問に、にこやかな笑顔で答えた。


不動産屋「ああ~、その表記はですねぇ。B(帽子から)H(人が)D(出るかも)、という意味でございます」


一瞬の沈黙。


ナオ「お前らのことやないかい!!」


思わず、頭上の二人組に向かってツッコミを入れる。


客「え~~~?それって、いわゆる曰くつき物件って意味じゃないんですか?」


ナオ「お前らの存在が曰くつきやねん。今まさに心理的瑕疵物件になっとるわ、この大使館」


客は間取り図を持つ手を止め、眉をひそめた。


客「……うーん……」


不動産屋「ほかにも、いくつか特記事項がございまして」


不動産屋は間取り図の端を指で叩く。


不動産屋「こちらですね。“帝国の要人が定期的に訪れる可能性あり”」


客「えぇ………」


ノノ「え、えっと……ここ一応……大使館、なので……」


客「それで……お家賃は?」


リラ「家賃は聞くんですね…」


不動産屋はもったいぶるように一拍置き、間取り図を胸に当てて深く息を吸った。


不動産屋「それでは、こちらの物件!気になるお家賃は――」


ドゥルルルルルル……

帽子の中から、なぜかドラムロールが響き渡る。


ナオ「誰が鳴らしよんねんこの音」


ノノ「は、発表会みたいですね……」


リラ「……ちょっと、緊張します……」


シャーーーン!


不動産屋「月額、18万5千円でございます!!」


直後、どこからともなく謎のBGMが響き渡った。


リラ「……えん?」


ノノ「どこの……通貨単位……なんでしょうか…」


客はゆっくりと間取り図を畳み、深く息を吸い込んだ。



客「……よぉし!絶対に住まない!!」



拳を握りしめ、断固たる決意の表情。


ナオ「いや売り物件ちゃうって最初から言うとるやろ。何わけわからん価格設定しとんのや」


不動産屋「なるほど…。大変、残念でございます。では次の物件へご案内いたしますね!」


そう言って二人はスッと帽子の中に引っ込んだ。



パタン



大使館に静寂が戻ってきた。


ナオ「…すまんな、リラさん。湯、沸かしなおすわ」


リラ「いえいえ。私もお手伝いしますよ」


ノノ「……や、やっと……お菓子……食べれそうですね……」


ナオ「いやほんまにな。朝から勘弁してほしいわ、この帽子」


縁側には、何事もなかったかのように、穏やかな朝の光が差し込んでいた。

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