第45話 通信技術の無駄遣い
【エサリカ村・ミルミル亭】
梅原ナオが幕府宛の報告書を書こうとしていた、その矢先。
何の前触れもなく、被っていた帽子のクラウンが開いていた。
ナオ「ここ数日、えらい大人しいなぁ思とったら。これやもんなぁ……」
嫌な予感が当たった、と言わんばかりにナオは呟く。
帽子の中からせり出してきたのは、ミニチュアサイズの艦橋と、金属の手すりに囲まれた甲板部分だった。
操舵室の窓、計器類、クルクルと回るレーダー。どれも模型のように小さいが、動きも音もやけに生々しい。
その艦橋を背後に構えるようにして、二人の男が甲板の縁から半身を乗り出してくる。
一人は、いかにも提督然とした軍帽姿の男。
もう一人は、水夫らしい軽装の男だった。
水夫「艦長!11時の方向に敵船が現れたという報告が!!」
艦長「なに!?よし、貸せ!」
艦長は勢いよく水夫の手から、筒状の何かをひったくる。
そのまま迷いなく、覗き込んだ。
直後、水夫が気まずそうに口を開く。
水夫「あ、艦長……すみません。それ、さっき使い切ったトイレットペーパーの芯です」
艦長「何を渡しとるんだお前は!!」
思わず艦長は叫び、芯を放り投げる。
艦長「そんなもの、さっさと捨てろ!」
水夫「いやだって、この艦……最近の街の公園ばりに、ゴミ箱全然ないんですもん~~~!」
情けない声で訴える。
水夫「ジュース一本買っただけで、空き缶の捨て場所探すのめっちゃ大変なんですよ~!」
艦長「何を訳の分からんことを言っている!!」
艦長は苛立ちを隠さず、水夫の胸元を指差した。
艦長「いいから、双眼鏡を貸さんか!!」
水夫「はいはい、どうぞ」
艦長は勢いよく双眼鏡を奪い取り、覗こうとした。
水夫「あーーーいててててててて!!」
艦長「首から紐を外しておかんか、馬鹿者が!!」
帽子の上で間抜けな悲鳴が響く。
その様子を、ミルミル亭の面々は言葉もなく見上げていた。
ステラ「………………」
リラ「………………」
ノノ「………………」
三人の視線は、帽子の上。
正確には、そこから半身を乗り出して言い争う二人の男に、釘付けになっている。
やがて、ステラがゆっくりと口を開いた。
ステラ「……ほらナオちゃん。面白いことが今まさにあんたの頭の上で展開されてるわよ、これ書きなさいよ」
ナオ「書かへん」
あまりにも即答だった。
ステラ「なんでよ!?」
ナオ「報告書やぞ!?将軍様に出す正式文書に、帽子からでてきた変な奴らのコントなんか書けるかいな!!」
ステラ「さっきまで『面白く書くのも外交術』とか言ってた人のセリフとは思えないんだけど!?」
ナオ「面白く書くとしても限度っちゅうもんがあるわ」
その間にも、帽子の中では騒動が続く。
艦長「もういい!味方の艦に信号を打て!」
水夫「アイアイサー!」
水夫は威勢よく返事をすると、どこからともなく信号灯を取り出した。
パシャッ、パシャッ
小気味よい音とともに、強い光が放たれる。
しかしその光は、海原ではなく、ミルミル亭の天井と壁を不規則に照らしていた。
木目の壁に、意味不明なモールス信号の光が放たれる。
ステラは思わず目を細める。
ステラ「ちょ、なに!?この人たち一体なにやってんの!?なんか無駄にまぶしいんだけど!」
リラ「え、これ……誰かを呼ぶための、召喚儀式だったりします……?」
ナオ「誰を呼ぶねん……ここ陸のど真ん中やぞ」
ナオは筆を握りしめたまま、はあと大きなため息をつく。
ノノが帽子の上の奇怪な行動をみながら、おずおずと口を開く。
ノノ「帽子の中の……どこかに……向けて放ってるつもりなんでしょうか……?」
ナオ「やとしたら、帽子の空間の中でやってくれ。なんでいちいち外に出てくるんや」
そんなツッコミをよそに。
水夫「送信、完了しました!!」
水夫は満足げに敬礼する。
艦長「うむ!さっそく返答が来たな。なんといっておる?」
ナオ「どこから返信来とるねん」
ナオの即ツッコミが入る。
水夫は目を凝らし、日の光が差し込んでいるだけの壁を見つめる。
水夫「え~~~~っと……『今日のお昼は、とんかつ弁当』だそうです!!」
一瞬、ミルミル亭の空気が止まる。
ステラ「は?」
リラ「……え?」
ノノ「と……とんかつ……?」
ナオ「なんで急に昼飯の話になるねん」
艦長の眉間に、深い皺が刻まれる。
提督「貴様……さっき、なんと信号を打った」
水夫「え? ああ……『今日の昼飯なんだっけ?』って送りました!」
艦長「緊急時に、しょうもないやり取りを!!モールスでするなぁぁぁ!!」
艦長の怒声が、店内に反響する。
艦長「さっさと打ち直せ!!」
水夫「はっ!!」
水夫は勢いよく姿勢を正すと、再び信号灯を構えた。
パシャ、パシャ、パシャパシャパシャ……
今度は、やたらと長い。さっきの倍どころではない。
天井一面が、断続的な光で埋め尽くされる。
ステラ「ちょっと待って、今度は長すぎない!?」
ノノ「しかも……さっきより……表情が迫真です……」
やがて信号灯が止まり、水夫は満足げに敬礼した。
水夫「送信、完了しました!!」
艦長「えらく長かったな、なんと打ったんだ?」
水夫は無駄に綺麗な瞳を輝かせ、笑顔で敬礼する。
水夫「えー……『俺のぶんのとんかつ弁当、勝手に食うなよ。あとで戻るから、ちゃんと残しとけよ。あ、あとごはん大盛りで』……と打ちました!」
提督「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
再び店内に怒号が響き渡る。
艦長「軍の信号網を何だと思っている!!緊急時に、弁当の確保を要請する者があるか!!」
水夫「で、でも艦長!前に『要点を簡潔にまとめて打て』って言いましたよね!?」
艦長「打つべき内容がそもそも間違っておるんだ!!」
帽子の上では、怒号と反論が入り乱れている。
そのやり取りを、ミルミル亭の面々は完全に無言で眺めていた。もはや誰一人、ツッコむ気力すら残っていない。
やがてナオは、頭上の混沌を「ないもの」扱いして、深く一度息を吸い、静かに筆先を紙に落とす。
ナオ「え~~~っと…『西の地より、変わらぬ日常と共に書を送る』と」
ステラ「この状況を『変わらぬ日常』に分類するの、やめてほしいんだけど」
ステラは半ば呆れながら、ぼそりと呟いた。




