第36話 予測不能な決着
【エサリカ村外れ・旧鉱道付近の森】
カン、カン、カン、カン、カン、カン…
どこからともなく、無機質で規則正しい音が響き渡り続ける。金属音のようでいて、鍛冶屋の金槌でも、武器が擦れる音でも、ましてや魔法でもない。音の出所は不明。
冒険者たちだけでなく、トロールさえも戦闘を中断し、きょろきょろと周囲を見回している。
ティナ「な…なに…?」
ティナが、震える声で呟いた。目に涙を浮かべながら両手で頭を抱えていた後衛のヒーラーたちも、恐る恐る顔を上げる。今度は村の方向から、ゴォォォォ……キィィィーーー!!と金属同士が擦れ合うような、耳障りな音が重なって響き始めた。
「お、おい!なんだあれ!?」
冒険者の一人が叫び、ステラたちも反射的に振り返る。
エサリカ村の方角から『やたらと長いなにか』が、轟音を立てながら一直線に迫ってきていた。正面には、眩い光が二つ。獣の目のように、こちらを正確に捉えている。
「こ、こっち来るぞ!?」「速すぎる!見たことねえスピードだ!」
魔術師たちが即座に詠唱を始める………そして、彼らはすぐに悟った。
「ダメだわ、みんな避けて!!」「この速さ……防御魔法じゃ防ぎきれない!!」
プワアアアアアアアアアン!!
耳を裂くような警笛が、夜の森を貫いた。同時に冒険者たちの前を縫うように、地面に謎の軌道が浮かび上がる。
ガタン、ガタンゴトン、ガタン――!
地面を震わせながら猛スピードで戦場に突っ込んでくるのは、巨大で、異様に長い鉄の塊。その正面部分には、オームス世界の住人には読めない文字で、こう書かれている。
《特別快速・新宿経由 湘南新宿ライン》
現れたのは、10両編成の通勤電車。
プワァァァン!!とけたたましい警笛を鳴らしながら、風圧で立っていられないほどの速度で、冒険者たちとトロールの間に突如敷かれた線路を一直線に突っ切っていく。
もはやそこにいる全員の理解が、完全に追いつかない。
突風に煽られ、冒険者たちは思わず身を伏せる。ステラたちはもちろん、ティナたち後衛はその場にへたり込んだまま、涙を浮かべて、眼前を通過していく鉄の怪物を見送るしかなかった。
そして、ほんの一瞬だけティナには見えた。
車両の一つの扉付近。昼間、外交官の帽子から現れていた死んだ目の集団が、内側でぎゅうぎゅうにひしめき合っているのが。
ティナ「あ、あれって…」
ティナはかすれた声で呟く。
一方トロールも、自分とほぼ同じ高さの電車が引き起こす猛烈な突風に煽られながら、必死に踏みとどまっていた。
ステラ「……いやいやいやいや!!?なによこれ一体!!」
たまらず、ステラが叫んだ直後。
ドォォン!!
地響きを立て、トロールが地面に倒れ伏す。
電車が旧鉱道の入口前、何もない空間に突然裂けた歪みへと、先頭車から吸い込まれるように消えていく中、通過直後の逆巻く強風を真正面から浴びた巨体がついにバランスを失ったのだ。
電車が完全に通過し、次元の裂け目へと消え去る直前、車掌がこちらに向かって、なにがどう安全だったのか不明だが安全指差確認をしている姿だけが見えた。赤いテールランプの光が尾を引き、それを最後に、電車は完全にオームス世界から姿を消す。
森には、風の音と、呆然とした呼吸音だけが残っていた。
「……今の…夢か?」
誰かが、かすれた声で呟く。
グ、グォォ……
突風に煽られ倒れ伏していたトロールが、なおも起き上がろうとする。だが、それを許さぬ声が響いた。
「今だ!!みんな離れて!!!」
落雷呪文の詠唱を終えていた魔術師が、杖を天へ突き上げる。
「天を裂く雷よ。その怒りの稲妻にて、滅せよ!」
直後、夜空が白く裂けた。
ズガァァァァァン!!
轟音とともに、一筋の稲妻がトロールの背へと直撃する。閃光が森を昼のように照らし出し、空気が焼ける匂いを放った。トロールは苦悶の咆哮を上げ、巨体が激しく痙攣し、四肢が地面を掻く。
ハッと我に返ったステラが、すかさず冒険者たちに指揮する。
ステラ「今よ!!前衛、総攻撃!!」
ステラは剣を構え、全力で駆け出す。
「行くわよ!!」
仲間たちが続く。剣、斧、槍が一斉に振り下ろされ、突き立てられる。それぞれが、確実に終わらせるための一撃を放つ。やがてトロールの巨体は、起き上がることすらできず、地面に沈み込んでいた。
森に残ったのは、焦げた土の匂いと、荒い呼吸音。先ほどまでの轟音が嘘のような静寂。
ステラ「はぁ…はぁ…た、倒した……」
ステラが息を切らしながらつぶやく。
ハンス「終わった…んだよな?」
槍使い・ハンスが思わずつぶやく。
次の瞬間。
「うおおおおおお!!」
冒険者たちの歓声が、夜の森に響き渡る。
「何がなんだかわかんねえけどとりあえず勝ったぞー!!」「なんだったんだ!?あの鉄でできた大蛇は!?」「ドラゴンより、よっぽど速かったぞ!」「ああ…八大神よ……感謝します…!」
口々に叫びながら、皆が勝利を分かち合う。張り詰めていた緊張が解け、後衛のヒーラーたちも思わず抱きしめ合った。
剣を鞘に納めながら、大きく息を吐くステラに、ドラークが声をかけた。
ドラーク「ステラ、なんとか村は守れたな。……だが、あれは一体………」
ステラ「さっきの鉄の怪物が何かは知らないけど…」
大きくため息をつき、半目になって答えた。その額には、はっきりと青筋が浮かんでいる。
ステラ「出所については……だいたい、見当はついてるわよ」
そのとき村の方角から、複数人が駆けてくる足音が聞こえ始めた。
ステラは、その音を聞いて、さらに深く息を吐いた。




