第31話 音の正体
【旧鉱道内・奥部】
ステラ、ノノ、ハンス、ドラーク、ティナの五人は、闇に包まれた坑道の奥へ、慎重に歩を進めていた。
ゴン……ゴン……。
岩を叩く鈍い音が、振動として身体に伝わるほど確実に近づいてきていた。
ステラ「……いよいよ、核心に迫ってきたわね」
ドラーク「この音量、この振動……。やはり人の仕業ではあるまい」
ハンス「笑えねえな……。こんな音、オーガの棍棒でも出せねえぞ」
ティナは一歩前に出て、小さく息を整える。
ティナ「ステラさん。ここから先は、松明を消してください」
ステラ「……なぜ?」
ティナ「炎では、明るすぎて向こうにこちらの位置を知らせるようなものです。私の灯火魔法なら、必要な範囲だけを照らせます」
ステラは一瞬考え、すぐにうなずく。
ステラ「了解。みんな、消すわよ」
松明の火が消え、坑道は一瞬、完全な暗闇に包まれる。
ティナ「灯よ。我の行く先、淡く照らせ」
次の瞬間、ティナの掌から淡い光が浮かび、柔らかな白い光が、必要な範囲だけを静かに照らし出した。
ハンス「……おお。明るすぎねえのに、妙に見やすいな」
ドラーク「天井の亀裂も確認できる。落盤の危険は…問題なさそうだ」
ステラはそこで、先ほどから一言も発していないノノに気づいた。怯えている様子ではない。
彼女は無言で、光に照らされた壁と地面を目で追っていた。だが、その表情が徐々に青ざめていく。
ステラ「…ノノ?」
ノノ「……あの……削れ方が……ここだけ、違います」
そう言って、ノノは壁の一部を指さした。
ティナ「違う……?」
ノノ「はい……。叩いたんじゃなく……掴んで、引き剥がしたみたいな……」
ハンス「掴んで……?」
一瞬理解できずに、ハンスは眉をひそめる。だがすぐに、槍を強く握り直した。
ステラ「つまり……この岩の塊を、手で掴める大きさと力……」
ゴン……!
直後、今までで一番大きな音が響いた。
ドラーク「……来るな」
ドラークは、静かに斧を構える。
ステラ「全員、陣形を保って。前は私とドラーク、後衛はハンス。ティナとノノは後ろで援護を!」
ティナ「はい!」
ノノ「…は、はい!」
淡い灯火に照らされた坑道の先で前屈みの姿勢のまま、巨大な何かが一歩、踏み出した。
ズン……。
地面が揺れ、土煙が舞い上がる。
ステラ「……なによ…アレ…」
グォォォォォォォ…
地の底から響くような低い唸り声をあげる。
姿を現したのは……『はぐれトロール』。だが、その呼び名で片づけるには、あまりにも異様だった。
ドラーク「でかいな…」
ティナ「通常のトロールじゃありません…。ここまでの巨体、聞いたことがありません……」
この『オームス』において、トロールはギルド内でも比較的ありふれた討伐対象である。通常は2.5メートルほどの大型害獣に過ぎない。
だが、現れた個体は4メートル近い巨体を誇っていた。ステラたちの倍以上の体格。おおよそトロールとは思えないほど、隆起した筋肉と岩のような皮膚が、灯火を鈍く反射している。
トロールは手にした岩の塊を振り上げ、勢いよく岩壁に叩きつけた。砕けた石片が飛び散り、土埃が舞い上がる。
ハンス「……おいおい……あれ、叩いてるってレベルじゃねえぞ……」
ステラは息を殺し、剣の柄にそっと手を添える。
ステラ「いい?音の正体は確認できたわ。これ以上近づくのは危険すぎる。一度撤退して、ギルドに報告するわよ」
全員が、静かに頷いた。一行は足音を殺し、後退し始める。
カツンッ
しかし、ハンスが足元の大きな石を蹴ってしまった。
トロールが、ぐるりとこちらを振り向き、視線が合った。
ステラ「……ま、まずい!」
グウウウウウオオオオオオ!!
坑道を揺るがすレベルの咆哮をあげる。
ハンス「すまん…!俺のミスだ!」
ドラーク「退くぞ!ここでは分が悪すぎる!」
その声を合図に、パーティは一斉に走り出した。だが、トロールは狭い坑道をものともせず、一行を追撃し始める。
ティナ「ノノさん、こちらへ!」
ノノ「は、はい……!」
ティナに手を引かれ、ノノも必死に出口へ向かう。だが、体格差があまりにも違いすぎる。距離を少しずつ詰められていく。その時、ティナが叫ぶ。
ティナ「皆さん!耳を塞いでください!!」
全員が走りながら、とっさに耳を塞ぐ。次の瞬間、ドンッ!!と鈍い衝撃音がトンネル内を揺らした。ティナが事前に仕掛けていた魔法陣の上を、トロールが踏み抜いたのだ。
爆発自体は小さいものだが、その衝撃はトンネル全体に伝わる。
ゴゴゴゴゴ……!!
天井と壁が大きな音を立てて、岩盤が崩れ落ちる。ステラたちとトロールの間に、大量の岩と土砂が一気に崩れ落ち、通路を完全に塞いだ。
グォォォォォォ――!!
岩の向こうから、トロールの咆哮が響いた。




