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第26話 一本後のにするのも、勇気

【エサリカ村・ジパング大使館】

ししおどしのカコンという乾いた音や、竹林を揺らす風のざわめきをかき消すほどの悲鳴が、静かな庭に響き渡っていた。


ノノ「無理無理無理!!ぜったい無理ですぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」


縁側にへたり込み、両手を前に突き出したノノは、ぶんぶんと首を横に振る。


ステラ「まあまあ、そう言わないで。ノノが頼りになるのよ」


ノノ「旧鉱道ですよね!?夜ですよね!?音がするとか、正体不明とか……もう全部ダメなやつじゃないですか!!」


ステラは縁側に腰を下ろし、苦笑しながら続ける。


ステラ「だからこそ『調査クエスト』なのよ。いきなり突っ込んで戦うわけじゃないからさ」


ノノ「戦うとかじゃなくて!そもそも場所が怖いんですよぉぉぉぉぉ!!」


少し離れたところで、その様子を見ていたハンスが、ぽりぽりと頭を掻く。


ハンス「……なあステラ。この子、想像以上に拒否反応すげえな?」


ステラ「まあ、予想は正直してたけどね…」


ドラークは腕を組み、低く唸る。


ドラーク「怯えている、というより……危険を正確に嗅ぎ取っているようにも見えるな」


ノノ「そ、そんな高尚なものじゃありません!!ただ怖いだけですぅ!!」


ティナはノノのそばに静かに近づき、しゃがみ込む。


ティナ「……ノノさん。聖堂では、『恐れを知る者ほど、仲間を守る』と教えられます。恐れる、というのは……とても大切な資質です」


ノノ「そ、そうじゃなくて……!普通にいきたくないんですぅぅぅぅ!!」


そこへ、いつもの穏やかな笑みを浮かべ、巻物を手にしたナオが歩いてくる。


ナオ「まあまあ、ノノ。せっかくステラが、ノノを頼ってきとんねんから、いったったらええやんか」


ハンス、ドラーク、ティナの三人は、彼を見た瞬間、揃って言葉を失う。


ノノ「そんなああああ!梅原様までぇぇぇぇぇ!!じゃあせめて……ついてきてくださいいいいいい!!」


ナオ「いや、俺なんか一番、調査クエストに不向きな人間やんかいな」


ステラ「それは……ほんとにそうだと思うわ……」


ステラは半目になり、ナオの頭上を見やる。


彼の帽子のクラウンはすでに開いており、中からは無数の人影が半身を帽子から溢れるように乗り出し、その背後には鉄製の扉がせり出している。人々は扉の内側へ向かって、ぎゅうぎゅうと押し合っていた。


『神奈橋~、神奈橋です。地下鉄○○線はお乗り換えです』


帽子の中から、機械的な音声が流れ出す。群衆の先頭では、紺の制服を着た駅員が、必死な顔で乗客を扉へ押し込んでいく。帽子の上は、完全に朝の通勤ラッシュと化している。


ナオ「これ人の多さ、過去最多ちゃうかいな」


ステラ「今のその帽子の状態……。カイが見たら、泡吹いて気絶するわよ?」


ノノ「あ……ああ……」


『6番のりばから○○行き発車しまーす!ドア閉まりますんでもっと奥へお願いしまーす』


女子高生「マジきついんだけど~。ツケマとれそう、マジ萎える~」


サラリーマン「はあ…今日の会議のプレゼン憂鬱だなぁ」


OL1「あの課長マジで嫌味しかいってこなくてさ~」


OL2「わかる~、ネチネチの実でも食べてんじゃないのって感じよね~」


ハンスは帽子の上の光景をしばらく凝視し、ようやく口を開いた。


ハンス「……な、なあ。あれ、なんかの儀式か?」


ドラーク「武器を持たず、逃げもせず、ただ耐え続けて押し合う集団……理解に苦しむ」


ティナ「……争いでも、暴動でもありませんね。……でも、全員目が死んでます……」


ステラ「ナオちゃん、アンタが出てくると話進まないのよ!?ていうか、なにその扉は!」


ナオ「いや~俺も知らんけど、気ぃ付いたら頭の上でひしめきあっとんやわ」


ステラ「知らんで済む話じゃないでしょ!!帽子の上から死んだ目の集団がぎゅうぎゅう詰めで出てきてるって、意味わかんないわよ!!」


『危ないですので、黄色い線の内側にお下がりください』


ティナ「黄色い線……結界か何かでしょうか…?」


ハンス「いや、多分違うと思う」


ナオは、ノノに視線を向けて声をかける。


ナオ「……なあ、ノノ」


ノノは、びくっと肩を震わせる。


ノノ「は、はい……」


ナオは自分の帽子を指さして、続ける。


ナオ「この人らは多分、『今日やらなあかんこと』を果たすために、どこかへ向かっとる最中なんやと思うんよ」


ノノ「やらなきゃ…いけないこと…?」


ナオ「見てみぃな。この人ら、文句たれながらも、愚痴こぼしながらも、誰も逃げ出してへんやろ?」


ドラーク「ふむ」


ナオ「ノノのビビりやけど、その分人一倍慎重な性格なのは、長い付き合いの俺がよう知っとる。その慎重さはノノが持ってる才能の一つや」


ナオは、少し間を置いてから、穏やかに言葉を継いだ。


ナオ「慎重やからこそ、ノノは音や雰囲気の違いに気づけるやろ?そういうちっちゃい違和感を見つけるのは、勢いで進む人間やなくて、一歩ずつ確かめられる人間のが向いとる」


ドラークが、ゆっくりと頷く。


ドラーフ「……事前に危険を嗅ぎ取れる者が一人いるほうが、パーティの生存率は高い」


ハンス「それは言えてるな…」


ナオ「今回のクエストは、倒すことが目的ちゃう。『何がおるか』、『何が起きとるか』を知ることや」


帽子のツバを軽く摘まみ、ナオは微笑む。


ナオ「せやから、誰よりも慎重なノノが必要なんや思うで。なあステラ?」


ステラ「その通りではあるんだけど…」


言いかけたその瞬間。

帽子の上で必死な顔をした駅員が、ピーーーーッ! と笛を吹いた。次の瞬間、ぎゅうぎゅうに人を詰め込んだ鉄の扉が、プシューッと音を立てて、ゆっくりと閉じる。


ドラーフ「……見ているこっちが息苦しくなる光景だな」


ステラは視線を逸らさぬまま、額に手を当てる。


ステラ「息苦しいどころの話じゃないわよ。あれ、誰一人助けを求めてないのが一番おかしいのよ」


駅員は扉が完全に閉まったのを確認すると、赤い旗を軽く振って掲げた。ガタン、ゴトンと音を立てながら、扉はゆっくりと帽子の中へ引っ込んでいく。最後に駅員が左右を指さしながら、その姿もまた帽子の中へと消え、パタンと帽子が閉じた。


静寂が戻る中、ノノは胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、ゆっくりと、口を開こうとしていた。

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