第20話 これ、振込先どこなん?
【エサリカ村・西通り】
外から聞こえたやけに張りのある声に、3人と数人の客が窓越しに店の外を見渡した。
ミルミル亭のある西通り、その向かい数軒先にある馬屋の前。
そこではどう見ても、世界観と噛み合わない光景が広がっていた。
梅原ナオの被る黒いシルクハットのクラウン。それが横に大きく開いており、その中から小型クレーンのブーム部分だけが伸びて出てきていた。
その脇では、グレーの作業服に『安全第一』と書かれた黄色いヘルメットを被った男が、半身だけ帽子から乗り出した状態で、両手を大きく振りながら声を張り上げていた。
誘導員「オーライ!オーライ!はい、そのまま!あー、もうちょい左!左!!」
帽子から伸びたクレーンの先には、カイが作った例の魔導具。
丁寧に縄と金具で固定された魔導式の氷室が馬車の荷台から、地面に置かれた台車の上へと、慎重に降ろされていく。
「……なんだ、あれ」「鉄でできた鳥......?魔物の類...?」「あら〜、ナオさん帰ってきてたのね〜」
馬屋の前には、気づいた村人たちやクエスト帰りの冒険者パーティが何事かとわらわらと集まり始めている。カイと馬屋の主人は、その中心で揃ってクレーンに吊るされた魔導具を真顔で見つめていた。
カイ「いや、もう俺どこからどうツッコんだらいいのかわかんないんすけど...」
オークの馬屋の主人は、腕を組んだまま、感心したようにクレーンのブームを見上げる。
馬屋の主人「なあ、坊主よ」
カイ「はい?」
馬屋の主人「この伸びる鉄の棒、いくらで売ってるんだ?」
カイ「何買おうとしてるんすか!順応力高すぎません!?あとこれ、多分この世界のものじゃないっすから!!」
馬屋の主人は、まるで聞いていない様子で、顎に手を当てて唸る。
馬屋の主人「でもよ、荷を浮かせられて、壊すことなく下ろせるんだろ?これを使えば荷下ろしの人員と時間の負担が減らせるじゃねえか!」
カイ「いやいやいや、もっと疑問に持つことあるでしょ!!?」
その横で、混沌の当事者であるナオは、クレーンに吊るされて宙に浮くカイの試作品を見上げながら、のんびりとつぶやいた。
ナオ「は〜便利なもんやのお」
カイ「何他人事みたいなこと言ってるんすか!?それナオさんの頭上から伸びてるんすよ!?」
ナオ「いや〜ほんでも役に立っとるからええやんかいな」
カイ「朝の半裸男から始まって、この半日でいろいろ起こしすぎなんすよ!その帽子」
ミルミル亭の窓越しに、そのやりとりを眺めながら、ステラ、ノノ、リラの三人は、ほとんど同時にため息をついていた。
ステラ「……あれ、もうツッコむ気力も失せてきたわ」
ノノ「……い、いつものこと……ですよね……たぶん……」
リラは苦笑いを浮かべながら、カウンターへと戻っていく。
リラ「まあまあ。あの帽子の騒がしさも含めて……この村の日常だから」
ステラ「……リラの順応力も、正直ちょっと怖いわ」
リラは一度立ち止まり、振り返って二人に微笑んだ。
リラ「でもね。ああやって村の中が少し騒がしいと『ああ、ちゃんと今回も帰ってきたんだな』って思えるのよ」
一拍置いて。
リラ「おかえりなさい。二人とも」
二人は顔を見合わせて、静かに笑う。
ステラ・ノノ「……ただいま!」
一方、馬屋の前。
ナオの被る帽子から伸びていたクレーンによる積み下ろし作業が終わり、カイの試作品は台車の上に無事収まっていた。
誘導員「はい!オッケー!!梅原さん、積み下ろし完了しました!」
ウィーン、という音を立てながら、帽子の中へとクレーンのブームが引っ込んでいく。その脇で、ヘルメットを被った誘導員が、真下にいるナオへ声をかけた。
ナオ「おー、頼んだ覚えはあれへんねんけどなあ〜。ま、とりあえずご苦労さん」
誘導員「それではこちら、納品書になりますのでサインお願いいたします!」
カイ「……納品書とか、あるんだ……」
ナオは差し出されたバインダーを受け取り、さっと署名して返す。
ナオ「これでええんかいな?」
誘導員「ありがとうございます!領収書は後日、この帽子宛にFAXで送りますんで!」
ナオ「FAXがなんやか分からんけど……ありがとうな〜」
誘導員「では失礼しまーす!」
パタン
誘導員も帽子の中へ引っ込み、帽子のクラウンは静かに閉じた。
カイ「……今のやり取りで一番理解できなかったの、FAXなんすけど」
ナオ「俺もや」
そのとき、ミルミル亭の扉がカランカランと小気味よいベルの音を立てて開いた。
リラ「二人ともー!ご飯の準備できてますよー!」
ステラ「ナオちゃん、また変なことして遊んでないで早くきなさいよ!シチュー冷めちゃうわよ」
ナオは帽子のつばに手を添え、穏やかに笑って手を振る。
ナオ「おー、今から行くわなー!」
カイもひとつため息をつきながら、やれやれといった表情で、その後を追った。
開いたミルミル亭のドアから、食欲をそそる焼きたてパンとシチューの香りが、店内から外へと漂っていた。




