第16話 TPOをわきまえない帽子
【バロア帝国・街道の関所付近】
馬車は小さな木造の関所へと近づいていく。
帝国の街道沿いにある州境の検問所で、武装した帝国兵が二人、こちらに気づいて手を上げた。
帝国兵1「州境検問です。ご協力お願いいたします」
帝国兵2「あ、ジパングの外交団の方々ですね。帝都からのお帰りですか?」
ナオ「どうもどうも。公務が一区切りつきましたんで、村に戻る最中ですわ」
帝国兵A「それはそれは!長旅お疲れ様です。申し訳ありませんが、規則ですので通行証の提示を」
ナオ「はいはーい。ちょっと待ってくださいな〜」
そう言うと、ナオの被るシルクハットのクラウンが、パカっと軽快な音を立ててひとりでに横へ開いた。
ステラ「……今さらなんだけど」
ステラは半目で帽子を指さす。
ステラ「重要な書類までそこに保管してるの、普通にヤバくない?」
ナオ「でもある意味、一番安全な場所やで?」
カイ「ナオさん以外、まともに干渉できそうな人間がいないって意味では……たしかに、安全……なんすかねえ……?」
右側に開いたシルクハットのクラウン。
どう見ても、普通の帽子ではあり得ない開き方だが帝国兵は冷静に対処する。
帝国兵1「行きの時もそこから出されてましたね…」
帝国兵2「もう驚きはしませんけど、やっぱり奇怪な帽子ではありますね」
ナオは帽子のツバを持って、にっこり笑う。
ナオ「まあ便利な収納グッズってとこですわ、ええと通行証は…」
ナオが帽子の中に手を突っ込もうとした、その瞬間。
カンッ
どこからともなく、聞き覚えのある乾いた音が一つ鳴った。
帝国兵1「……?」
帝国兵2「……今、何か音が?」
ステラ「……あ、やばい」
カイ「その前振り、絶対ロクなことにならないやつっす」
ノノ「も、もしかして……」
帽子の中から、黒い着流しに赤い隈取メイクを施した浪人が、半身だけ乗り出してきた。
菊左衛門「通行手形、拝見されたしッ!!」
ビシィッ!と見得を切って、バロア帝国の印章が押された通行証を帝国兵の目の前に突き出す。
『帽子の住人』こと、謎の浪人・菊左衛門。
ステラ「うわっ、出たッ!!」
ノノ「ひえっ……昨日の……こ、怖い顔の人……」
ナオ「ややこしいタイミングで出てこんでええ言うとるやろ、菊左衛門」
菊左衛門「何を申すか梅原殿!関所とは即ち舞台!通行とは」
ナオ「関所=舞台ってなんやねん」
帝国兵1「……ええと」
帝国兵2「その……通行証は確認できましたが……」
二人の視線が、帽子 → 菊左衛門 → ナオと、交互に往復する。
帝国兵1「……あの…こちらの方は?」
ナオ「帽子の中の人です」
帝国兵2「は?」
ナオ「なんていえばええんかなぁ。帽子の中に勝手に住んでる……」
菊左衛門「左様! 拙者、菊左衛門と申す!」
再びナオの頭上で見得を切る菊左衛門。
帝国兵1・2「ええ…」
カイ「なんすか……このなんとも言えない地獄絵図」
帝国兵の2人は考えるのを諦めたかのように口を開く。
帝国兵1「……一応、確認はとれましたので」
帝国兵2「通行は、許可いたします」
カイ「切り替え早すぎません!?」
帝国兵2「いや、あまり深く突っ込んではいけない気がして…」
ノノ「対処としては…正解だと思います……」
ナオは苦笑しながら、軽く頭を下げる。
ナオ「いや〜、えらいすんませんなぁ。うちの帽子が……」
そう言って、頭上に視線を向ける。
ナオ「ほれ、もう終わったから。はよ帰れ」
帽子の縁から身を乗り出していた菊左衛門が、むっとした表情で腕を組む。
菊左衛門「ぬぅぅ……今回は出番が少ないでござる」
不満げにそう言い残すと、菊左衛門はするりと帽子の中へ引っ込み、クラウンは何事もなかったかのようにパタンと閉じた。
一瞬の静寂のあと、帝国兵の一人が気を取り直したように咳払いをする。
帝国兵1「で、では……良い旅を!」
帝国兵2「村までの道は巡回済みです。どうぞ、お気をつけて」
ナオ「ありがとうございます。ほな、行かせてもらいますわ」
ナオは軽く帽子のツバに手を添え、御者台へと戻る。
彼らを乗せた馬車は、再び平原の街道を進み始めた。
去っていく使節団一行を見送りながら、帝国兵の一人が呟く。
帝国兵2「……あれ、日報に書くべきでしょうか?」
帝国兵1「いや、必要ない。書いたところで……上に説明できる気がせん」
二人はそれ以上何も言わず、職務に戻った。
関所を離れ、しばらくした後御者台で手綱を握るナオは、軽く息を吐いた。
ナオ「……はぁ。無事通れたなぁ」
ステラ「ほんと、話をややこしくすることに関してはある種の才能よね。その帽子」
荷台から、半目でツッコミが飛ぶ。
カイ「なんというか、あの二人の切り替え力がすごかったっすね……」
ナオ「必要以上に関わっても、ロクなことあれんからな」
ノノは馬車の縁に手を置いたまま、少し不安そうに帽子を見つめる。
ノノ「きょ…今日は、朝から…心臓に悪いです」
ナオ「わりと、いつもそうやろノノ」
冷めたお茶の入った湯呑を両手で持ちながら、ノノは視線を逸らす。
ノノ「……それでも……今日は、特にです……」
ステラ「分かるわ。今日は出てくるものの毛色がいちいち濃すぎるわ」
カイ「出先で一つは怪事件起こしますよね、俺ら」
ナオ「“怪事件”というよか“珍事”やけどな」
やがて街道の両脇に、背の高い針葉樹林が増えていき街道は平原を離れ、再び森に入っていった。




