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第13話 宿場町の夜

【宿場町・クロイツ】

数時間後。

ナオたちは森を抜け、街道沿いの宿場町である『クロイツ』へとやってきていた。

のどかな平原に囲まれた、大きな風車がランドマークの小さな町。

一行が辿り着いた頃には、すでに日が落ちていた。


ナオ「いや〜、日没までには着ける思ってたけど、暗なってもうたな」


ステラ「半分はあんたの帽子のせいだからね!?」


カイ「俺、今日ほんと、いろんな意味で疲れたっすよ……」


ノノ「人が多いのが……不思議と、心地良いです……」


ノノは馬車を引いていた馬の首をそっと撫でながら、ようやく肩の力を抜いた。


ナオ「まあまあそう言わんと、宿は取れたことやし飲みにでもいかんか?」


ステラ「どの口が言うんだ、どの口が!」


酒場は、地元の住人たちで賑わっていた。

木の梁に吊るされたランプの暖かな光、客たちの笑い声と、ジョッキが触れ合う音。


一行は壁際のテーブルに腰を下ろしている。


ナオ、ステラ、カイの前には、泡立つ琥珀色のエール。ノノの前には、深い紫色をした葡萄を絞って作ったドリンクが置かれていた。


ノノ「……これ、すごく美味しいです……」


小さく口をつけ、頬をほころばせるノノ。


カイ「クロイツは葡萄が有名っすからねえ。ワインにしても、ジュースにしても外れなしって帝都でも評判すよ」


ナオ「そういや、会談のときにギュースケンさんに渡された交易品目の一覧にも載ってたな〜。

クロイツ周辺の地域は気候が安定してて、生産量も品質もブレへんみたいや」


ステラが白い目でナオをみる。


ステラ「帽子のせいで忘れそうになるけど、ナオちゃんて外交官なのよね」


ナオ「忘れんでもろて...」


カイ「冷静に考えたら...無秩序の塊みたいな帽子被ってる人が、秩序を司る仕事をしてるって、どういうことなんすか……」


ナオ「矛盾しとるけど、おもろいやろ?」


カイ「おもしろくは...ないです」


ステラはエールのジョッキを一口あおり、乱暴に卓へ置いた。


ステラ「……はあ。ほんと、ギルドの魔物討伐のクエスト受けてる時のがマシに思える一日だったわ」


ナオはエールを一口飲み、帽子のツバを摘んで苦笑する。


ナオ「"使節団の付き添いクエスト"のがよっぽど平和的やろ」


ステラ「少なくとも、あっちは“何が出てくるか分からない”ってことはないもの」


カイ「今日のは……“何が出てきてもおかしくない”でしたからね……」


ノノは葡萄ジュースを見つめたまま、小さく頷く。


ノノ「……魔物さんの方が……まだ、理屈が通じそうです……」


ナオ「魔物より俺の帽子の方が厄介、みたいな扱いやめーや」


ステラ「事実でしょ...。少なくとも魔物は、突然見得を切ったり、『睨み』をきかしたりしないもの」


ナオ「それ言われたら、ぐうの音も出んわ...」


4人の笑い声が酒場の一角に響いた。


カイ「でも……ナオさん。あの時、刀を抜かずに鞘のままで受け止めたの、正直びっくりしましたよ」


ステラ「そういえば……私もナオちゃんが、その刀を抜いたところ見たことないかも」


その言葉を聞いて、ノノは一瞬だけ口を開きかけたが何も言わず、葡萄ジュースのジョッキに視線を落とした。


ナオ「まあ、抜かへんのは……ある意味、俺の信条みたいなもんやな」


カイ「信条……?」


ナオ「おう。刀を抜いたその瞬間、『交渉の余地』はなくなってしまうやろ」


ステラ「勝つか負けるかの話になる、ってことね」


ナオ「そうそう。言葉が通じる相手なら、できる限り武器を抜かずに話し合う」


少し間を置いて、静かに続ける。


ナオ「……それが一番平和的で。一番、難しい戦い方やと思っとる」


ステラはジョッキを傾け、一口飲んでから小さく息を吐いた。


ステラ「……ほんと、外交官らしいわね」


ナオ「そう言われると、悪い気はせえへんな」


ナオはいつもの穏やかな笑顔で返す。

ノノは木製のジョッキを胸元に引き寄せ、今度ははっきりとナオを見る。


ノノ「……だから……その刀を……最後まで、抜かれないんですよね……」


ナオ「……そうやな」


ナオは帽子のツバに指をかけ、軽く持ち上げる。


ナオ「ま、この帽子のせいで説得力は半減しとるけどな」


ステラ「自覚はあるのね」


カイ「そこは全力で否定してくださいよ」


ノノは小さく微笑み、葡萄ジュースを一口飲んだ。

少しの沈黙のあと、ステラがジョッキを持ち上げた。


ステラ「……まあ、なんだかんだ言っても」


一瞬だけ言葉を探し、肩をすくめる。


ステラ「全員無事に座ってこうやって飲めてる時点で、今日は上出来でしょ」


カイ「……それは、ほんとにそうですね」


ノノは少し迷ってから、葡萄ジュースのグラスを両手で持ち上げる。


ノノ「……今日は……えと……無事に今日という日が終わったことに……」


ナオは笑って、エールのジョッキを掲げる。


ナオ「ほなクロイツでの平和な夜に、乾杯や」


ステラ「そうね。“濃すぎる一日”に乾杯」


カイ「明日が普通であることを祈って……乾杯っす」


ノノ「……乾杯です……」


木製のジョッキが、音を立てて触れ合った。

酒場の喧騒の中で、その音だけが、やけに穏やかに響いていた。


宿場町・クロイツの夜はこうして更けっていった。

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