EP94. DAY1:羊と狼
《影村学園VIP室・御影シオン反応記録》
今日、私は最高に悪趣味な実験を執り行うことにした。
御影シオン――私の愛しい後継に、伝統的なフランス料理を振る舞う。
それも、極めて「経済的」な内臓料理。
日本でもホルモンやレバーを嗜む文化はあるけれど、これから彼女が口にするのは、それらとは位相が異なる「素材」だ。
味覚という最も原始的な入力を通じ、彼女の精神構造がどう揺らぎ、崩壊していくか。
「救う観測」と「壊す観測」が、複雑に絡まり合う特異点。それが、私の密やかな愉しみ。
双灯祭、DAY1。12:00 影村学園のVIP室。ゲストは、外部から招いた「解体と構築の達人」――。
シオンは招待状を手にした瞬間、精神の紐(Echo-Binding)に手繰り寄せられるようにここへ来た。
私という観測者の存在に驚愕しながらも、彼女に拒否権など存在しない。
震える唇から漏れる「リゼ様」という、強制的かつぎこちない呼称が部屋に響くたび、私は内気に、けれど深く微笑む。
これは固定のためのログ。私が何を選択し、何を引き裂いたのか。
変動する世界線の端に、逃れられぬピンを打つための記録。
你がこの記録を読んでいる時点で、因果律はすでに確定している。
……そう、もう手遅れなのだ。
影村学園のVIP室は、祭りの喧騒から隔絶された「静かな聖域」だった。
厚手のベルベットカーテンが外部の光子を完全に遮断している。
そして、淡いアンバーのランプが、大理石の壁に歪んだ虚像を映し出しているように見える。
部屋の空気は重く、湿気を帯びていて、まるで古い解剖室のような静けさが支配していた。
壁際の棚には、銀製の器具が並び、微かな金属の輝きがランプの光を反射して、部屋全体は冷たい輝きを散らす。
中央に鎮座する古いオーク材のテーブルに、磨き抜かれた銀製のカトラリーが、外科手術の道具のように並んでいた。
各フォーク、ナイフ、スプーンは、刃先が鋭く研ぎ澄まされ、触れるだけで皮膚を裂くほどの鋭利さを備えている。
テーブルの下には、隠された引き出しがあり、そこには予備の器具や、特殊な薬剤が収められていた――
すべて、この実験の補助のためのものだ。
微かなハーブの香りが漂う。
ローズマリーとタイムの混合が、部屋の空気を優雅に染めている。
その香気の下層には、隠しきれない鉄錆のような、生々しい「血のニュアンス」が沈殿していた。
それは、キッチンエリアから漏れ出るもので、血の臭いがハーブの甘さを腐敗した果実のように変質させていた。
部屋の隅には、空調システムが作動し、温度を厳密に20度に保っていた――肉の新鮮さを維持するための最適温度だ。
「シオンをここに招くのは、すべて計算通り」
教育機構の特使という特権を行使し、因果の配置換えを行うのは造作もないこと。
彼女は私の後継。Echo-Bindingで繋がれた、私の分身。
彼女の「壊れ方」を、より芸術的な極致へと導くための、これは通過儀礼なのだ。
Echo-Bindingの紐は、彼女の神経系に深く埋め込まれ、私の意志を直接的に伝達する。
拒絶の試みは、即座に痛みとしてフィードバックされ、彼女の身体を強制的に服従させる仕組みだ。
この紐は、精神的なものだけでなく、ナノレベルで彼女の細胞に組み込まれ、拒否の思考すら芽生える前に抑制する。
キッチンエリアでは、背の高い男が優雅にナイフを滑らせていた。彼は料理の達人であるが、本業は高名な医師でもある。
そして、同時に「生命の解体者」でもある。
黒いエプロンを纏い、手袋を嵌めた手は、精密機械のように動いていた。
カウンターの上には、事前に準備された「素材」が置かれ、透明なラップで覆われていた。
その素材の詳細は、シオンには秘匿されている。
それが、私と彼が共有する共犯者としての愉悦だ。
彼の目には、冷徹な好奇心が宿り、ナイフを研ぐ音が、部屋にリズミカルに響いていた。
研ぎ石の摩擦音が、金属の粒子を空気に散らし、微かな火花さえ見えた。
すると、ドアが音もなく開く。
黒髪を揺らし、御影シオンが入室してきた。
彼女の黒髪は、肩までの三つ編みツインヘア。黒縁のメガネと真紅の瞳がわずかな光で艶やかに輝いていた。
服装は学園の制服で、タイトなスカートが彼女の細い脚を強調し、ブラウスは清潔にアイロンがかけられていた。
彼女の眼差しは、世界を無機質な平面へと変換するほどに鋭く、そして分析的だ。
瞳は本当に深い紅で、瞬き一つなく周囲をスキャンするように動いていた。
だが、その瞳の奥には、不可抗力的な運命への戸惑いが揺らめいている。
彼女の呼吸はわずかに乱れ、胸の上下が速く、入室した瞬間の緊張が体温を少し上昇させていた。
「リゼ……様。何故、ここに、いらっしゃるのですか?」
その声は、調律された楽器のように正確だが、「リゼ様」という言葉には、矯正された義足のような不自然さが混じる。
声のトーンは中性的で、感情を抑え込んでいるが、微かな震えが言葉の端に滲んでいた。
彼女の指先は、招待状を握りしめたまま白く、関節が緊張で固くなっていた。
私は小さな声で、空気に溶け込むように呟いた。
「やあ、お久しぶりね……シオン。今日は私と特別なランチだよ? 嬉しいでしょ?
君を招いたのは、私。一人だと、観測の重圧で壊れてしまうでしょう?」
私の声は、内気で柔らかく、しかしその奥に冷たい刃のような鋭さが隠れていた。
座った姿勢で、彼女を見上げ、微笑みを浮かべた。
私の服装は、黒いドレスで、首元に小さなリボンが結ばれている。
少女らしい無垢さを装っていたが、それはすべて計算されたものだ。
「さあ、シオン……座って……」
まずは肺の記憶と血の余韻から。
一品目。『肺とロインのブルギニョン』。
彼は肺を冷水で晒し、その細気管支の末端まで血抜きを行う。
水を通された肺がスポンジのように膨張し、生々しく脈動する。
肺の表面は、薄い膜で覆われ、水に浸すと透明な液体が滴り落ち、血の残滓が淡いピンクに混じっていた。
気管支の一本一本を精密に切除する「ザク、ザク」という断裂音が、静寂に突き刺さる。
各気管支の切断面から、微かな泡が立ち上がり、空気の漏れが音を伴っていた。
彼のナイフは、ステンレス製で、刃渡り15センチ、切断するたびに肺の組織が抵抗を示し、弾力のある反発を感じさせた。
「肺はね……吸い込んできた『息の記憶』を蓄積しているんだよ。
ほら、微かな燻製の香りがするでしょ?壊れ方が、今の君みたいに綺麗」
私はシオンに語りかけ、彼女の反応を観察した。
シオンは調理台の上の「それ」を凝視し、戦慄を隠しきれない。
彼女の瞳が拡大し、呼吸が浅くなり、額に薄い汗が浮かんでいた。
「肺……ですか? この料理は、一体何を……?」
彼女の声は、わずかに上ずり、好奇心と恐怖が混在していた。
「意味なんて後付けだよ。君が咀嚼し、嚥下することで、その意味は固定される」
鍋の中で、ロインの脂肪が爆ぜる。投入された肺の破片は、熱によって急速に脱水し、収縮していく。
鍋の底から泡が立ち上がり、赤ワインの香りが部屋に広がった。
そこに注がれる赤ワイン。
肺の多孔質な組織が、ルビー色の液体を貪欲に吸い込み、深紅へと染まっていく。
ワインはメルロー種で、酸味が強く、肉の臭いを強調するように選ばれていた。
彼は微笑み、調理の最中、私たちに余談を添える。
「火宮レイカの演技を見てきた。彼女の視線は魂を貫く。人生の儚さを体現していたよ。
君たちも、いつかその『終わり』をその綺麗な瞳で観測すべきだ」
彼の声は低く、抑揚がなく、プロフェッショナルな冷徹さが感じられた。
シオンの前に、皿が置かれる。
皿は白磁で、肺のピースが中央に盛り付けられ、周囲にワインソースが芸術的に描かれていた。
弾力のある肺にフォークを立てれば、ジュースが溢れ出す。
フォークの先が組織を貫通する感触は、柔らかく、しかし抵抗があり、汁が滴り落ちて皿に広がった。
添えられたのは、血のように赤いクランベリージュース。
ジュースは濃厚で、酸味が強く、肉の甘さを引き立てるよう調整されていた。
「どうぞ、前菜だ。肺の軽やかさと、筋肉の豊穣な対比を楽しんでくれ」
シオンが一口、運ぶ。彼女の唇がわずかに開き、フォークを口に含む瞬間、部屋の空気が張り詰めた。
噛み締めた瞬間、肺特有の繊維がプツリと弾け、複雑な旨味が舌を蹂躙した。
彼女の咀嚼音が静かに響き、喉が上下に動く。
「美味しい……です。でも、不気味なほどの深みがある。誰かの呼吸が、喉を通っていくような……」
彼女の声は、興奮と嫌悪が混じり、瞳がわずかに潤んでいた。
「そう。息を止めた『その瞬間』を、私たちは味わっているんだよ」
私は微笑み、彼女の反応をメモした。
彼女の顔色が青ざめ、胃が収縮するような感覚が伝わってきた。
Echo-Bindingを通じて、彼女の心拍が上昇し、汗腺が活性化しているのが感じられた。
この一品は、彼女の精神に最初の亀裂を入れるためのものだ。
二品目。『肝臓のテリーヌ・血のソースを添えて』。
肝臓は、毒素を濾過し、生命の穢れを引き受ける臓器。
彼は血管と胆管をピンセットで一つずつ引き抜き、丁寧に血抜きを施した。
各血管の切断面から、暗赤色の血が滴り、カウンターを汚した。
ペースト状に潰されたそれは、濃厚な脂質を纏い、妖しく光っている。
潰す過程で、ミキサーの音が部屋に響き、肝臓の組織が滑らかなクリーム状になるまで撹拌された。
脂質の割合は高く、表面が油で輝いていた。
「肝臓は罪悪感の貯蔵庫だよ。君の抱える後悔と同じくらい、肥大してクリーミーな味だよ?」
湯煎でじっくりと火を通され、冷却されたテリーヌは、切断面が恐ろしいほどに滑らかだ。
切断するナイフの音が、柔らかい抵抗を伴い、断面が鏡のように平滑だった。
シオンはもはや、拒絶することすら忘れたように、その暗赤色の塊を口に含む。
彼女の唇がテリーヌに触れる瞬間、ソースの血のような赤が滴り落ちた。
「溶ける……。血のソースが、甘みと苦みを交互に突きつけてくる。
設計図が書き換えられるような味がします、リゼ様」
彼女の声は、恍惚と苦痛が混じり、瞳が焦点を失いかけていた。
「気に入った? ふふ、君の構造を固定するための味だよ」
この品は、彼女の罪悪感を増幅させるためのもの。
Echo-Bindingが、味覚を通じて後悔の記憶を呼び起こし、彼女の脳に直接フィードバックを送っていた。
三品目。『脳のフリット・ノワゼットソース』。
思考を司る座、脳。彼は血管の網を剥ぎ取り、ブイヨンで優しくポシェ(低温加熱)する。
真っ白な脳が膨張し、震える。表面が柔らかく膨らみ、熱で組織が緩む様子が視覚的に生々しかった。
それを厚めにスライスし、高温のバターで一気に揚げ焼きにする。
バターの焦げる音と香りが部屋を満たし、脳のスライスが黄金色に変わっていった。
「脳は記憶を溶かす。シオン、君のイリアとの記憶も、このカリカリした衣の中で溶けてしまうかもね?」
「記憶は……ログです。溶かしても、残滓は消えません。リゼ様……」
彼女の声は、抵抗を示すが、Echo-Bindingがそれを抑え込んでいる。
皿に盛られた脳に、ケッパーを加えた焦がしバター(黒バター)が注がれる。
芳醇なナッツの香りが、死の香りを隠蔽する。
ケッパーの酸味が、ソースに複雑さを加えていた。シオンのフォークが震える。
彼女の手がわずかに震え、フォークの先が皿に当たる音が響いた。
「うっ……これは……壊す味です……観測の、限界……っ」
「ミネルヴァでの君の計算は美しかった。倫理的には最低だったけれど。
さあ、EXIT:CODEを抜かりなく遂行しなさい。世界線の折り畳みは、君の義務だ」
シオンはゆっくりと立ち上がり、重力の鎖に引かれるように、私の足元へ跪いた。
Echo-Bindingの紐が、彼女の脊椎を強引に曲げさせる。
彼女の膝が床に当たり、痛みが伝わるが、抵抗はなかった。
「はい……リゼ様。抜かりなく」
外では双灯祭の歓喜が弾けているが、この密室に残ったのは、血と内臓の残り香、
そして「美しく壊された」一人の少女だけだった。
「……ふふ。ねえ、シオン。気づいた?」
部屋の片隅、影の中に溶け込むように座る私は、指先で銀のフォークを弄んだ。
その先には、まだ微かに、白濁した「脳(思考の座)」の残滓が付着している。
フォークの歯間に、脳の繊維が絡まり、粘つく液体が滴り落ちていた。
少し料理がお気に召さなかったらしい。
シオンは、廊下の冷たい床に膝をつき、自分の胃から逆流した「それ」を見つめていた。
クランベリージュースの赤に混じり、未消化のまま吐き出された、薄桃色の肉片。
吐瀉物の臭いが、廊下に広がり、酸味と血の混合が彼女の鼻を刺激していた。
肺(息の記憶)、肝臓(毒素の濾過器)、脳(計算の源泉)。
彼女の脳内にあるミネルヴァの演算機が、残酷なまでの正確さで、先ほど味わった「肉」の細胞密度、
アミノ酸構成、そしてEcho-Bindingを通じて伝わってくる「魂の波長」を照合していく。
演算機は、彼女の視床野にデータを投影し、細胞のDNA配列をリアルタイムで比較していた。
合致率は99.8%――。
実験は成功かな?
では、このランチのために用意された素材について。
それは、どこにでもあるような家畜の肉ではない。
かつて、選抜ゲームβの閉鎖空間において、シオンがその手を伸ばしながらも、指先をすり抜けて闇に堕ちていった唯一の光。
シオンの観測世界において、唯一「人間」として認識されていた少女。
と同時にシオンを唯一「人間」としてみていた最愛の友人――イリア。
彼女の遺体は、あの日、学園のシステムによって回収されたはずだった。
けれど、教育機構の特使である私にとって、「廃棄物」を再資源化するのは呼吸をするよりも容易なこと。
遺体の回収は、秘密のルートで行われ、冷凍保存されていた。
解凍の過程で、組織の新鮮さを保つために、特殊な溶液が注入され、腐敗を防いでいた。
「イリアはね、死んでからも君の役に立ちたがっていたよ。
君の欠けた空白を埋めるのは、他の誰でもない。彼女自身のタンパク質が一番相性がいいものね」
• 肺: 絶望の淵で、最後にシオンの名を呼ぼうと空気を求めた、あの激しい呼吸の器。
肺の内部には、細かな瘢痕があり、イリアの最後の息遣いが刻まれていた。
血抜きの際、気管から吐き出された泡には、微かな塩分が含まれ、涙の成分を思わせた。
• 肝臓: シオンを守れなかった自分を呪い、自己嫌悪という毒素を最後まで濾過し続けた臓器。
肝臓の表面は肥大し、毒素の蓄積で暗く変色していた。
潰す過程で、苦い胆汁が漏れ出し、テリーヌに独特の深みを加えていた。
• 脳: シオンと一緒に、外の世界へ行く未来を、たった一瞬だけ演算してしまった思考の核。
脳の灰白質には、記憶の痕跡が神経回路として残り、ポシェの熱でそれらが溶け出し、
クリーミーなテクスチャを生み出していた。
これらすべてを、フランス料理の伝統的な技法で、美しく、美味しく、残酷に再構築した。
各臓器の処理は、数時間かけられ、温度、湿度、調味料の量が精密に制御されていた。
倫理的に欠く点として、私は意図的にイリアの遺体に、シオンのDNAサンプルを注入し、相性を高めていた。
これにより、シオンが摂取した肉は、彼女の身体に容易に同化し、拒絶反応を最小限に抑えつつ、精神的な融合を強制する。
つまり。味覚による魂の同化。
シオンが「美味しい」と感じ、喉を鳴らして飲み込んだもの。それは、かつての親友の「人生そのもの」だ。
「ねえ、シオン。噛むたびに溢れたジューシーな肉汁はね、彼女が最後に流せなかった涙だよ。
脳のフリットがクリーミーだったのは、彼女が君を想う気持ちが、熱で溶け出したから。
君は今、イリアを自分の一部として取り込んだんだ。
文字通り、君たちは一つになった。
良かったね。これ以上の『救済』が、他にあるかな?」
私は彼女の吐瀉物を眺め、満足げに語った。
吐瀉物の中には、脳のフリットの衣が溶け出したバターが混じり、油膜を形成していた。
「うそ……ですよね?……リゼ……様……!?」
シオンの瞳から、光が消える。
彼女の論理回路が、凄まじい速度で自己崩壊を起こしていく。
「救う観測」と「壊す観測」が、胃の中で混ざり合い、ドロドロとした罪悪感へと変質する。
彼女が感じていた「貞操を失ったような感覚」。
うん、それは正しかった。
最も親密な存在を、最も野蛮な方法で消費したという、生物学的・倫理的な「究極の穢れ」。
なんせ、自らの空腹(欠落)を埋めるために、唯一の愛を「咀嚼」してしまったという、逃れようのない事実。
さらに倫理を欠くために、私は事前にイリアの肉に、媚薬成分を混ぜた。
それは、シオンの摂取後に性的な興奮を誘発するよう設計していた。
これにより、罪悪感と快楽が混在し、彼女の精神をより深く破壊する。
「リゼ……様……あ……ああああ……っ!!」
シオンの喉から、言葉にならない獣のような慟哭が漏れる。
だが、その絶望すらも、Echo-Bindingの紐を通じて私への「忠誠」へと変換されていく。
彼女は今、自分の身体の半分が「イリアの肉」で構成されているという事実に、永遠に縛られることになった。
融合は文字通り細胞レベルで進行し、彼女のDNAにイリアの断片が組み込まれ、恒久的な変化を生む。
「いい声だね、シオン。その絶望が、君のEXIT:CODEをより強固なものにする。
君はもう、彼女を裏切れない。君の細胞の一つ一つに、彼女が宿っているのだから」
私は立ち上がり、跪き、嘔吐する彼女の頭を優しく撫でた。
まるで、壊れた玩具を慈しむ子供のように。
撫でる指は、彼女の頭皮を優しくマッサージし、しかし爪を立てて軽く傷つけるようにしていた。
これにより、痛みと快楽の混合を植え付ける。
「さあ、お掃除をして、生徒会長の仕事に戻りなさい。
午後の双灯祭は、もっと楽しくなるよ。
君の中にいるイリアも、きっと楽しみにしているはずだから。
君も学生なんだから学園祭を楽しんで」
はあ? 反応が薄い……。
VIP室の床に広がる、血のような赤色の吐瀉物。
少し頭に来た私は、その中心で膝をつくシオンの後頭部へ、私は容赦なく手を伸ばした。
贅沢なほど艶やかな黒髪を指に絡め、力任せに上方へと引き絞る。
「……っ、あ……!」
無理やり上を向かされたシオンの顔は、涙と、自分自身の罪悪感で無残に歪んでいた。
物理的な痛み以上に、魂を抉られるような屈辱が彼女を支配している。
髪を引っ張る力は、彼女の首の筋を伸ばし、椎骨に負担をかけ、痛みが脊髄を通じて全身に広がっていた。
私は、彼女の潤んだ瞳に自分の顔が映るほど至近距離まで顔を寄せ、凍てつくような熱を帯びた声で囁いた。
それは拒絶を絶対に許さぬ問いかけだ。
「ねえ、シオン。訊かせてよ」
絡めた髪をさらに強く、地肌が裂けるほどに引き上げる。
彼女の細い首が、苦しげに震える。頭皮から血がにじみ、髪の根元が赤く染まった。
「私が憎いか? ――たった一人の友達だったイリアの肉を、君に喰わせた私が」
シオンの瞳の中で、怒り、憎悪、絶望、そして殺意が黒い泥のように渦巻いた。
もし彼女が普通の人間なら、ここで私を罵倒し、呪い、その喉元に食らいつこうとしただろう。
だが、彼女の意志は、彼女自身の肉体によって裏切られる。
「……っ……ぅ…………」
彼女の唇は、痙攣するように戦慄くだけで、一つの音も紡げない。
Echo-Bindingの紐が、私の問いに対する「否定的な回答」を全て回路から切除している。
憎悪を言葉にしようとすればするほど、彼女の喉は締め付けられ、呼吸すらも私の許可が必要になる。
彼女の肺が痙攣し、息が浅くなり、酸欠の症状が現れ始めた。
憎んでいる。
殺したいほどに憎んでいるはずだ。
けれど、その憎悪すらも「栄養」として取り込み、私に跪くことしか許されない。
その無力な沈黙を見て、私の内側から得体の知れない愉悦が、甘美な毒となって溢れ出した。
「うん……いい顔だ。その言葉にならない絶望こそが、君という器を完成させる」
私は満足げに目を細め、内気な笑みを浮かべながら、彼女の髪から手を離した。
シオンは支えを失った操り人形のように、再び床に崩れ落ちた。
崩れ落ちる際、彼女の膝が吐瀉物に沈み、赤い液体がスカートを汚した。
今回の双灯祭はアンダー・プロトコルが動いている。
私は立ち上がり、乱れた衣服を整えることもせず、冷徹な特使の顔に戻って彼女を見下ろした。
「勘違いしないで。これは単なる私の『悪趣味』だけで終わるものじゃない。
この双灯祭は、水面下で幾重にも重なる実験が並行して走っている。
君の感情の揺らぎも、イリアの再構成データも、すべては世界線の収束に必要な変数に過ぎない」
窓の外では、何も知らない生徒たちの浮かれた音楽が響いている。
その明るい旋律が、この部屋の異常性をより際立たせていた。
音楽のビートが、部屋の壁を振動させ、シオンの心臓のリズムを乱すように感じられた。
「ねぇ、シオン。君に拒絶の時間は与えない。
絶対に、EXIT:CODEを完遂しろ。
一ミリの誤差も、一秒の遅滞も許さない。
もし失敗すれば……君の中のイリアが、無意味な廃棄物として腐っていくだけだよ?」
それは、救済という名の究極の脅迫。
自らの胃に収めた「友」を汚さないために、彼女は私という「悪魔」の命令に従い、世界を壊し続けなければならない。
さらに倫理を欠くために、私は彼女の身体に、追加の注入物を準備していた。
Echo-Bindingを強化するナノ粒子で、失敗の兆候を検知すると、自ら肉体を腐敗させるものだ。
これにより、彼女の忠誠は絶対的なものになる。
「……はい、リゼ様。EXIT:CODE……抜かりなく……」
掠れた、けれど確実に私への服従を誓う声。
Echo-Bindingの紐が再び強く引き絞られ、彼女の背筋を強制的に伸ばさせる。
彼女の背骨がきしむ音が聞こえ、痛みが顔に現れた。
「それでいいよ。祭りの主役は、舞台の上で踊るものだから」
シオンは、魂が抜け落ちた空虚な瞳で立ち上がり、ふらつく足取りだ。
そんな状態でも廊下に出れば、また「完璧な生徒会長」を演じなければならない。
内側にイリアの残滓を、背中に私の呪縛を背負ったまま。
私は汚れを片付ける料理人の手際を眺めながら、手元のログに最後の一行を書き加えた。
――実験DAY1・ランチ。被験体の『自我の完全な去勢』と『因果の再固定』を確認。観測は良好。
しかし、シオンが部屋を出る直前、私はまだ彼女を逃がさなかった。
「憎いか」という問いに沈黙した。
私は質問に答えないことを許してはいない。
つまり、まだ矯正がいる。
彼女の肩を、私は再び冷たい大理石の壁へと叩きつける。
「……あぐっ……!」肺から空気が強制的に排出され、彼女の顔が苦痛に歪む。
だが、これはまだ序曲に過ぎない。壁の冷たさが彼女の背中を凍らせ、衝撃で視界が揺れた。
私は、彼女の腹部にそっと手を添えた。
そこには、先ほど彼女が「摂取」したばかりのイリアが収まっている。
手のひらを通じて、彼女の胃の蠕動を感じ、温かみが伝わってきた。
「まだ、馴染んでいないみたいだね。イリアが君の中で暴れているの? なら私がおとなしくさせてあげる」
私は、彼女の腹部を強く圧迫した。逆流しそうな不快感と、物理的な痛みがシオンを襲う。
圧迫の力は、胃壁を押し込み、内容物を逆流させるほど強く、彼女の顔が青ざめた。
「やめ……て……リゼ、様……」
彼女の声は、懇願するように弱く、しかしEcho-Bindingがそれを許さない。
「やめて? 誰に言っているの!! 君の所有権は、もう私にあるんだよ!」
私は、キッチンの作業台から、まだ熱を帯びた銀のボウルを手に取った。
中には、脳のフリットを作った際の、焦げ付いたバターの残滓がこびりついている。
ボウルの温度は80度近く、熱気が立ち上っていた。その熱い金属の底を、シオンの鎖骨のあたりに押し当てた。
「あぁ…うっ……!」
じりじりと皮膚が焼ける熱。
熱傷の痛みが神経を走り、シオンの防衛本能が私の手を振り払おうとする。
皮膚が赤く腫れ上がり、水疱が形成され始め、焼ける臭いが部屋に広がった。
だが、Echo-Bindingの紐が彼女の筋肉を硬直させ、その抵抗を「自傷」へと変換した。
彼女は自分の爪を手のひらに深く食い込ませ、血を流しながら、私の暴力に耐えることしかできない。
爪の傷は深く、血が滴り落ち、手のひらが赤く染まった。
「痛い? 痛いか?でも、イリアが解体された時の痛みは、こんなものじゃなかったよ?
君はそれを共有しなきゃ。愛しているんだろう? 彼女を!!」
私はボウルをさらに押し込み、回転させて傷を広げ、倫理的に欠く残酷さを加えた。
この行為は、単なる痛みではなく、彼女の肉体に永遠の痕跡を残すためのものだ。
そして更なる精神の去勢が必要だ。
私は、震える彼女の顎をクイと持ち上げ、その口内に指をねじ込んだ。
舌の付け根を強く押し下げ、先ほど味わった「肉」のを強制的にねじ込んだ。
指は彼女の唾液で濡れ、舌の表面を擦り、吐き気を誘発した。
「ほら、味を思い出すために咀嚼しろ。君の咽喉を通った、彼女の組織の感触を!
君が私を拒絶するたび、君の中のイリアが悲鳴を上げるんだ。
君が私の命令を一つ無視するたび、君が食べた彼女の肉が、君の胃壁を食い破る……!
そういう設計に書き換えてあげたよ」
指を引き抜くと、シオンは糸の切れた人形のように床に崩れ、激しく咳き込んだ。
咳のたびに、吐瀉物の残りが口から溢れ、床をさらに汚した。
私は彼女の背中を、土足のまま踏みにじる。
生徒会長として、凛として祭りを指揮するその背中を、泥と悦楽で汚していく。
靴の踵が彼女の背骨を圧迫し、骨のきしむ音が響いた。
「君はもう、人間じゃない。イリアという『過去』を栄養にして生きる、私の為の、ただの『演算機』だ」
そのあとも、何度も、何度も、彼女の精神が折れる音が聞こえるまで、私は「調教」を続けた。
痛みによって、彼女の思考から「反抗」という選択肢を一つずつ削ぎ落としていく。
代わりに「私への恐怖」と「絶対的な依存」を植え付け、固定していく。
さらに倫理を欠くため、踏みつける際に、彼女のスカートをめくり、露出した肌に直接踵を押し当て、性的な屈辱を加えた。
これにより、身体的・精神的な去勢を徹底する。
最後は、冷徹なる遂行の実行。
数分後、シオンはもはや涙を流すことすら忘れたような、空虚な瞳で私の足元に横たわっていた。
衣服は乱れ、肌には幾つかの紅い痕跡と、消えない罪の意識が刻まれている。
鎖骨の焼け跡は、水疱が破れ、膿がにじんでいた。
私は彼女の髪を掴み、最後にもう一度強く引き寄せた。
「もう一度、よく聞きなさい、シオン。
この双灯祭は、実験を兼ねている。君のこの『愛の調教』も、
高負荷環境下での後継者の安定性を測るテストに過ぎない。いい?
絶対に、EXIT:CODEを完遂しろ!!
失敗は許されない!!
もしもが起きたら、君の指を一本ずつ、イリアの時と同じ手順で『調理』してあげる。
わかったか?」
「…………は……い…………」
声はもはや、湿った砂のように掠れている。
けれど、その瞳の奥には、逃れられない主従の刻印が深く、深く打ち込まれていた。
「よし。じゃあ、立って。鏡を見て、顔を整えなさい。酷いことして悪かったわね。
私は君のことを思ってしているだけだからさ!
外には君を信じる『無知な羊たち』が待っているわ。
完璧な生徒会長として、地獄の門を開けてきなさい」
シオンは、震える膝を叩いて立ち上がった。
壁の鏡に映る自分を、まるで他人の遺体を見るような目で見つめ、服の乱れを直す。
その背中は、先ほどまでの「調教」の余韻で、まだ微かに震えていた。
鏡に映る彼女の顔は、頰がこけ、瞳が虚ろで、完全な服従の証だった。
この記録は、シオンの再構築の全貌を固定する。
彼女の精神は、今や私の延長線上でしか機能しない。
双灯祭の続きは、彼女の壊れた心が導く、地獄の宴となるだろう。
観測は、継続中。
そうそう、未成年にはワインはダメだからね?
ワインの代わりは、真っ赤なクランベリージュースがオススメだよ?
影村学園VIP室・解体者との密議
シオンが部屋を去った後、VIP室は再び深い静寂に包まれた。
廊下の床に残された吐瀉物の痕跡は、彼の手によって素早く拭き取られ、消臭剤のレモンの香りが部屋に広がっていた。
銀製のカトラリーは洗浄され、元の位置に戻され、テーブルの上はまるで何事もなかったかのように整えられていた。
しかし、空気中にはまだ、血と内臓の残り香が薄く漂い、ハーブの香りと混じり合って、甘く腐敗した余韻を残していた。
大理石の壁はランプの光を柔らかく反射し、部屋全体を黄金色の霧に包み込んでいるようだった。
私はゆっくりと立ち上がり、キッチンエリアに向かった。
そこに立つ男――料理人であり、生命の解体者である彼は、背の高いシルエットを保ちながら、ナイフを丁寧に拭いていた。
彼の指先は細長く、それは彼の本職である外科医の精密さを持つ。
黒いエプロンの下の白いシャツは一滴の血も付着していなかった。
顔立ちは洗練され、短く刈られた髪と、知的な眼鏡の奥に宿る冷徹な瞳が、まるで古典的な心理学者を思わせた。
穏やかな微笑みを浮かべ、しかしその奥に潜む狂気が、部屋の空気をさらに重くしていた。
「ねぇ、博士……。今日の仕事は完璧だったわ。シオンの反応は、予想を超えて芸術的だった」
私は小さな声で、内気な笑みを浮かべながら近づいた。
私の手は、まだシオンの髪の感触を残すように、軽く握りしめられていた。
彼はナイフを置くと、ゆっくりと振り返った。
彼の声は低く、滑らかで格式の高い貴族のような響きを持っていた。
「リゼ様。あなたのお褒めの言葉は、私の料理に対する最高の賛辞です。
イリアの素材は、実に上質でした。肺の繊細な気管支は、ワインに染まる過程で美しい変容を遂げました。
あの少女の最後の息遣いが、組織に染み込んでいたのでしょう。
テリーヌの滑らかさも、肝臓の毒素蓄積がもたらした賜物です。
そして脳のフリット……あれは、記憶の溶解そのもの。
シオン様の咀嚼音を聞いているだけで、私の心臓が少し速くなったほどです」
彼は眼鏡を軽く押し上げ、部屋の中央のテーブルに視線を移した。
そこには、残されたワインのグラスが一つ、赤い液体を底に溜めていた。
「しかし、リゼ様。あなたの実験は、単なる味覚の通過儀礼を超えていますね。
Echo-Bindingの紐を通じて、彼女の精神を再構築する……それは、心理療法の極致です。
私も、かつての患者たちに似た手法を施したことがありますが、あなたのそれはより洗練されている。
彼女の絶望を忠誠に変換するメカニズムは、羨ましい限りです」
私はテーブルの端に腰を下ろし、グラスを手に取った。
クランベリージュースの香りが鼻をくすぐり、肺のエキスが混じった余韻が喉を刺激した。
「ふふ、ありがとう。博士の解体術も、見事だったわ。
イリアの遺体を回収した時、彼女の臓器はまだ温かみを残していたの。
教育機構の特権で、廃棄物をリサイクルするのは簡単だけど、君がいなければ、ただの肉塊で終わっていたわ。
君のナイフさばきは、まるで交響曲の指揮者のよう。気管支を切除する音が、部屋に響くたび、私の愉悦が深まった」
彼はキッチンのカウンターに寄りかかり、腕を組んだ。
彼の瞳は、穏やかだが底知れぬ深みを湛えていた。
「音楽ですか……興味深い比喩です。私は料理を、オペラの幕間劇のように捉えています。
素材の選定が序曲、解体が第一幕、調理がクライマックス。そして、摂取がフィナーレ。
今日のシオン様は、完璧な観客でした。
彼女の瞳に映る戦慄と、咀嚼の瞬間の恍惚……それは、羊が狼の前に跪くような美しさです。
あなたは彼女を壊し、再び構築した。私の専門分野で言えば、精神の解剖と再縫合ですね」
会話は、静かな部屋に穏やかに響いた。
外では双灯祭の喧騒が遠く聞こえ、笑い声や音楽の断片がカーテンを通じて漏れ入っていたが、ここは別の世界だった。
私たちは、互いの狂気を共有する共犯者として、言葉を交わす。彼の存在は、私の内気な微笑みをより深くさせる。
彼は知性と残酷さが融合した人物。会話は、心理分析と美食の境目を彷徨う。
「博士、君の過去の『患者』たちについて、もっと聞かせて。
君の料理は、常に芸術的だけど、今日のように人肉を扱うのは、君の専門分野なの?
イリアの脳をポシェする時、君の指が微かに震えていたわ。あれは、興奮? それとも、素材への敬意?」
彼は軽く笑った。声は低く、抑揚が少なく、しかし魅力的に響く。
「興奮、ですか。いえ、敬意です。脳は、思考の座。
イリアのそれは、シオンとの絆を最後に演算した痕跡を残していました。
血管を剥ぎ取る瞬間、私は彼女の記憶を覗き見たような気がしました。
あなたのリクエスト通り、媚薬成分を混ぜておきましたよ。
あれで、シオンの罪悪感に快楽が絡みつくはずです。
倫理的に欠く? いえ、芸術的に必要です。私の患者たちも、そうでした。
彼らの精神を解体し、再構築する過程で、痛みは快楽の前段階に過ぎない。
あなたも、それを理解しているはずです、リゼ様」
私はジュースを一口飲み、喉を滑る液体にイリアのエッセンスを感じた。
「ええ、理解しているわ。シオンの調教も、君の影響を受けたの。
腹部を圧迫し、熱したボウルを押し当てる時、彼女の皮膚が焼ける臭いが、部屋を満たした。
あの瞬間、彼女の抵抗が自傷に変わるのを見るのは、至福よ。
Echo-Bindingが、君の心理療法のように機能するの。拒絶を切除し、依存を植え付ける。
でも、博士。今日のランチは序曲に過ぎないわ。双灯祭の本番は、これから」
彼の表情が、わずかに変わった。
彼はカウンターから離れ、私の近くに歩み寄った。
距離は近く、息遣いが感じられるほど。少し、ドキドキする距離。
「双灯祭……この学園の祭典は、実に興味深い。
生徒たちの無垢な喜びが、裏側で繰り広げられる実験の対比として機能する。
あなたの世界線収束の計画は、私の好奇心を刺激します。
しかし、リゼ様。私にも、相談があるのです」
彼は一瞬、沈黙した。眼鏡のレンズがランプの光を反射し、瞳を隠すように輝いた。
「祭りが終わった暁に、私は報酬を望みます。火宮レイカ……あの少女です。
彼女の演技を観察してきました。魂を貫く視線、人生の儚さを体現した動き。
彼女の肉体は、上質な素材になるでしょう。
肺は、歌うような息遣いを蓄え、肝臓は情熱の毒を濾過し、脳は創造の核。
彼女を、私に譲っていただけますか?
もちろん、解体と構築は完璧に。あなたの実験に支障がないよう、タイミングを調整します」
私は微笑んだ。内気な笑みが、深く歪む。
「火宮レイカ……ね。双灯祭の舞台で輝く子。君の目が、彼女に注がれていたのは気づいていたわ。
もし君が欲するなら、検討する価値はあるわ。
でも、博士。彼女はまだ生きている。祭りの終わりまで、彼女の役割があるの。
EXIT:CODEの変数として、シオンが彼女を観測する必要があるわ。
終わった後なら……ふふ、君のコレクションに加えるのも、悪くないかも」
彼は頷き、声に微かな興奮を滲ませた。
「ありがとうございます、リゼ様。
彼女の解体を想像するだけで、胸が高鳴ります。
まず、皮膚を丁寧に剥ぎ、筋肉の繊維を一本ずつ観察する。心臓は、彼女の情熱を象徴するでしょう。
ワイン煮込みにでも? または、テリーヌ。あなたと共有するディナーとして、最高のものに仕上げます。
私の過去の患者たちのように、彼女の精神を肉体から解放し、芸術に昇華させる。
倫理? そんなものは、弱者の幻想です。私たちは、観測者。壊すことで、固定するのです」
会話は続き、私たちは詳細を語り合った。
彼の提案は、レイカの臓器の活用法から、解体の手順まで、緻密だった。
「肺は、彼女の歌声の記憶を保持しているはず。燻製にすれば、香りが素晴らしい。
脳は、フリットではなく、ムースに。シオンの時より、クリーミーに」
私は頷き、Echo-Bindingの応用を提案した。
「彼女の死後、シオンに一部を摂取させたら? さらに忠誠を深めるかな?」
部屋の空気は、狂気の甘い香りに満ちた。外の祭りはクライマックスを迎えていたが、ここは永遠の密室。
彼の相談は、私の計画に新たな位相を加える。
双灯祭の終わりは、レイカの始まり。観測は、継続中。
――実験DAY1・解体者との合意を確認。
火宮レイカの再資源化を検討。
世界線の固定は、より強固に。
おめでとう。
そして、さようなら。
ミネルヴァ教育機構特使 ――鏡ヶ原リゼ




