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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
第四章 DUAL LUMEN-双灯祭DAY1-編

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87/94

EP92. DAY1:静かな駒と五月蝿いカードは二日目を見ている

 記録者 立花ミナト


 将棋は、基本的に静かな競技だ。

 盤と駒と、二人分の呼吸。そこに余計な音はいらない。


 ――本来は。


 双灯祭の講堂には、拍手とシャッター音と、配信の通知音と、COE帰りの砂糖と紅茶の匂いが混ざっている。

 実況席のマイクが、盤面にまで余計な熱を落としてくる。


 それでもなお。

 盤の上だけは嘘をつかない。


 今日は予選。

 一局きり、通過点。


 だが、盤上干渉戦は「普通の将棋」じゃない。


 将棋の顔をしたボードゲームで、

 ボードゲームの皮を被った心理戦で、

 そして――**サポートHUDを第二の盤として読む“演算”**だ。


 俺はこの一日目の盤面を、二日目に繋がる“前提条件”として打つ。

 勝つためじゃない。

 決勝で、あの男と指すために。


 10:00 天城会場/盤上干渉戦・予選(Day1)


 天城講堂の一角に、特設ステージ。

 盤上干渉戦・天城会場。


 観客席は満席に近い。

 前列は将棋部とガチ勢。棋譜取りの手が早い。

 後列は「雰囲気で来た層」。推しの顔を見に来てる。

 さらに端の方に COE の黒メイドがちらほら混ざっていて、情報量がバグっている。


 ――盤面は、静かであるべきだ。

 だが今日は、盤面そのものが“舞台”だ。


 盤の前に座る。指先を膝の上で一度だけ握る。

 対局の緊張じゃない。観客という乱数を吸って、吐く。


 隣には、野々村ハザマ。

 今日は、盤面の裏側を読む人間だ。


 「ミナトさん、緊張してます?」


 小声。感情のない問い。まるで気圧計。


 「いや。静かすぎて助かる」


 「それは良かった。騒音処理は私の担当です」


 頼もしいのか、不安なのか分からない。

 ただ、ハザマがいると盤が“研究室”になる。



 盤上干渉戦:サポートシステム(当日掲示+配信UI要約)


 この競技が“盤上干渉戦”と呼ばれる理由は単純だ。

 盤外からの介入が、合法で、しかも「演出として可視化」されている。


 ステージ横の大型モニターには、将棋盤とは別に――

 《SUPPORT HUD》 が常時表示されている。

 ・チーム名/残り時間/残り干渉カード

 ・サポートの“負荷ゲージ”(連続介入で上昇。上がるほど効果が尖るが、反動も大きい)

 ・カード発動ログ(発動のたびに照明とSE、効果名が太字で出る)


 観客にとって、ここが“第二の盤面”だ。

 将棋が一枚目のゲームなら、HUDは二枚目のゲーム。

 そしてタッグ戦は、二層では済まない。

 盤上の読み/盤外の読み/観客の読み――三層で回る。


 盤外が強いと、盤上の正しさが“歪む”。

 盤外が弱いと、盤上の読みが“孤独死”する。


 だから俺たちのタッグは成立する。

 俺が“盤上”、ハザマが“盤外”。

 ――分業が美しいほど、怖い。



 干渉カード(各チーム:7枚/1回戦で最大4枚まで使用可)


 ※「カード」と呼ぶが、実体は運営アプリ上の発動権限。

 発動すると、ステージ照明が一瞬だけ色を変え、HUDに効果が表示される。

 つまり、介入は宣戦布告だ。


 Ⅰ:TIMEOUT(5秒凍結)

 ・持ち時間が5秒だけ止まる

 ・サポートが“一言”だけ介入できる

 ・ただし一言は命令形に限る(迷いを切るため)


 Ⅱ:NOISE(30秒会話禁止)

 ・相手チームの相談を30秒禁止

 ・口を動かしたらペナルティ(残り時間−10秒)


 Ⅲ:MIRROR(盤外効果を50%反射)

 ・相手のNOISE等の“盤外効果”を半分だけ自陣にも返す

 ・完全防御ではない。両者が苦しくなるタイプ


 Ⅳ:SPOTLIGHT(観客ノイズ誘導)

 ・ステージカメラが相手側をクローズアップ

 ・コメント欄が荒れやすくなる(=集中を削る)

 ・盤面に触れないが、現実の熱量を武器化する


 Ⅴ:RESOLVE(負荷ゲージを1段階上げる)

 ・サポートが“覚悟を決める”カード

 ・次に発動するカード効果が増幅される(+5秒 / +10秒等)

 ・反動として、以後の介入ミスはダメージが大きい


――そして、“盤の物理をねじる”系。


 Ⅵ:RANGE LOCK(射程封鎖)

 ・相手の指定駒1枚の最大移動距離を2マスに固定(次の相手手番終了まで)

 ・飛車角香馬龍に致命傷。短駒には薄い

 ・発動は自分手番開始時のみ(先読みが必要)


 Ⅶ:PIECE SHREDDER(駒葬)

 ・このターンに取った駒1枚を持ち駒にせず“破壊”(盤外へ消滅)

 ・破壊対象は軽駒(歩・香・桂・銀)のみ

 ・1試合1回、さらに負荷ゲージ+2(反動が重い)


 将棋の強さだけでは勝てない。

 盤の外の設計が、勝敗を歪ませる。


 ――だからこそ。

 盤上の読みは、より正確である必要がある。

 歪みが来る前提で“読みを組む”。

 それが盤上干渉戦だ。



 Aブロック第一局


 立花ミナト & 野々村ハザマ

 vs

 一般公募チームA(アマ強豪タッグ)


 相手は年上のアマ強豪。個の棋力は高い。県上位クラスだろう。

 ただしタッグ戦は不慣れ。

 強い人間が二人いても、噛み合わなければ弱い。

 “相談”はリソースで、同時に弱点になる。


 ハザマは今回、盤外に特化している。

 将棋というより、戦闘ログ管理者だ。


 「じゃ、いきます」


 駒を並べ終え、礼。

 盤面が“閉じる”。外界の音が薄くなる。


 ――閉じるのは盤面だけだ。

 盤外はむしろ開いている。観客と回線とHUDが、常に介入の余地を残す。



 序盤:普通の顔をした“演算”


 初手、俺は ▲7六歩。

 オーソドックス。だが今日は“普通”を使う。


 相手 △3四歩。

 こちら ▲2六歩 に △8四歩。


 居飛車。想定通り。

 ここで分岐は多い。矢倉、角換わり、相掛かり、横歩、雁木。

 だが盤上干渉戦の序盤は、定跡選択以上に――

 **「どの駒を“物理干渉で殺されても成立する形”にするか」**が重要になる。


 たとえば、飛車先を突きすぎるとRANGE LOCKが刺さる。

 角を盤面の骨として使いすぎると、射程2マス固定で構造が崩れる。

 “長い利き”に依存した設計は、盤外で折られる。


 だから角換わりに寄せる。

 理由は単純だ。


 角換わりは型が多い。

 型が多いということは、型の外に逃げる余地が多いということだ。

 定跡の暗記勝負に見せて、実際は“定跡からの微差”で相手タッグの合意形成を遅らせる。

 ――タッグ戦で一番遅いのは、判断の統一だ。


 ▲2五歩。

 相手 △3三角。早い角上がり。

 相手は「形で勝てる」と思っている。

 その瞬間に崩れるのは、将棋の盤面じゃない。

 タッグの合意形成だ。


 ハザマが、ほとんど口を動かさずノートに一行だけ書いた。


 〈相手サポート:終盤読み寄り。中盤で合意形成が遅い〉


 ……観測が速い。

 視線の動き、合図の癖、相談の“間”。

 盤外の情報を棋力に変換している。


 HUDの左下で、相手チームのカード枠が一つだけ、微かに点滅した。

 カードに触れた――つまり、迷いが出た。



 中盤:薄い玉は、誘い水――そして“カード誘導”


 角換わり模様。

 タッグ戦で“美しすぎる囲い”は危険だ。


 囲いが完成した瞬間、相手は「攻める理由」を失い、

 盤外が介入して“正解手”を拾いやすくなる。

 正解手が拾われると、カードを切る意味が薄くなる。

 ――そしてカードを温存した相手は、終盤で強い。


 だから俺はあえて、金銀の連結を一段遅らせ、玉形を薄く見せる。

 薄い玉は“呼び水”だ。

 攻めを呼ぶ。早い攻めを呼ぶ。

 早い攻めは、相談を増やす。

 相談はNOISEで折れる。


 盤上干渉戦は、盤上の一手で盤外の一手を誘導するゲームだ。


 相手 △8五歩。

 続けて △8六歩。


 筋はある。

 だがタッグ戦でやる手じゃない。

 攻めが走り出すと、盤外の“修正”が効かなくなる。

 そのぶん、カードに頼りたくなる。


 俺は、受けない。


 ▲7七角。

 角を引く。守りに見えるが意味が違う。

 これは“逃げ道”じゃない。

 相手の攻めの正当性を薄くする手だ。


 将棋は、攻めが鋭いほど

 受けの一手が「嘘」に変わる。

 だから俺は“受けの嘘”を作る。

 相手の攻めを、成立させない。



 実況:トウタが“盤外ゲーム”を燃やす


 実況席が沸く。

 トウタの声が、今日は盤面じゃなくHUDへ落ちてくる。


 「みんな〜!盤だけ見てると置いてかれるぞ!

  盤上干渉戦は“将棋+カードゲーム+コメント欄”の三種混合〜!」


 HUDが拡大される。

 観客の視線が盤から“サポート欄”へ移るのが分かる。


 「現状カード残数――

  ミナト&ハザマ:7枚フル!

  相手チームA:7枚フル!

  でもね、ここからが違う!」


 「負荷ゲージ見ろ!相手ちょい上がってる!

  これな、**“相談が多い=ゲージ上がる”**って意味じゃなくて、

  **“相談が多い=カードを触る回数が増える=心が揺れてる”**って意味だからな!」


 コメント欄が加速する。


 > 1:今日はHUDが本体

 > 2:将棋見ろ(将棋見ろ)

 > 3:RANGE LOCKいつ出る?

 > 4:駒葬(Piece Shredder)って何だよ怖すぎ

 > 5:ハザマ無言でこわい

 > 6:SPOTLIGHTで相手晒すの陰湿で草

 > 7:RESOLVE=覚悟カードw

 > 8:トウタがカードショップ店員になってる

 > 9:将棋の話どこ?

 > 10:将棋はミナトが勝手に強い(草)


 トウタが笑う。

 「将棋の話?するよ?でも今日は“切り方”が主役だろ!

  カードは“撃った瞬間にログが残る”から、“撃ちたい”は=“弱み公開”なんよ!

  つまり、盤外は“公開自傷”と“公開宣戦”の二択!」


 うるさい。

 でも悪くない。

 騒音は相手の相談を削る。

 観客の熱は、相手に刺さる。



 干渉カード:切る瞬間が、勝敗を決める


 相手タッグが小声で相談を始める。

 攻めが走った瞬間、迷いが出た。

 そのとき、相手サポートが指を二回叩いた。

 カードを切る合図。だが切るのが遅い。遅いほど、迷いが公開される。


 ハザマは手を上げない。ただ“視線”だけで俺に合図した。

 これが、俺たちのタッグ言語だ。

 俺は頷かない。

 代わりに呼吸を一段深くする。

 ――「今だ」を受け取った。


 ハザマが運営に淡々と告げる。

 「NOISE、使用します」


 ――瞬間、会場が轟音に包まれる。

 ステージの大型モニターが爆発的に輝き、赤黒い渦巻く闇のエフェクトが渦を巻く。

 HUDに巨大な文字が炸裂した。

 《NOISE INTERFERENCE:ACTIVATE!!》

 《OPPONENT COMMS:LOCK DOWN!!!》

 演出が派手だ……。何故、将棋と混ぜたのか……。


 会場を轟く爆風音。

 相手チームの周囲に鎖状のノイズバリアが炸裂し、口元に鉄の枷がガチャリと降りる演出。

 言葉を封じ込め、指先が虚空を掻き毟る演出。

 照明が血のように赤く脈動し、観客席から悲鳴混じりの歓声が爆発……。


 将棋で一番危険なのは、“正解を探している時間”だ。

 それが奪われると、人は癖の手を指す。


 相手は癖の手を指した。

 ――攻めが継続できるように見えて、根が細くなる一手。


 俺はそこを切る。

 だが相手も黙っていない。

 HUDの相手カード枠が、光の奔流となって爆発した。


 相手サポートが叫ぶ!

 「MIRROR、発動!! 反射の鏡よ、敵の干渉を跳ね返せ!!」


 おいおい、なりきってるなコイツ……。


 銀色の鏡面がステージ中央に召喚される。

 NOISEの残響が鏡に跳ね返り、こちら側にも半分の闇鎖が襲いかかる。

 ガシャンと鏡が割れる音が響き渡り、HUDに稲妻のような反射エフェクトが走る。

 《MIRROR:REFLECT 50%!!!》

 《NOISE BACKLASH:PARTIAL!!!》


 ――ただし、俺たちは元から喋らない。


 トウタが笑う。

 「MIRRORきたぁ!でもこれ、静かなチームに撃つと薄い!

  ハザマ喋ってない!ミナトも喋ってない!

  喋ってるの俺だけ!!実況者だけが死ぬ!!」


 > 11:喋ってるのトウタだけ草

 > 12:MIRROR不発w

 > 13:静かなチームには刺さらん

 > 14:NOISEの切り方えぐい

 > 15:RANGE LOCK温存こわ

 > 16:駒葬いつ出るんだよ(震)


 相手は焦る。

 焦った相手が――切る。

 相手サポートが絶叫した。

 「SPOTLIGHT、照らし出せ!! 闇のスポットライトよ、敵の心を暴け!!」


 完全にTCGのノリだ。


 ――ズドンと天井から無数のサーチライトが降り注ぎ、相手チームを白熱の檻に閉じ込める。

 カメラがズームインし、顔面を灼熱の光で炙り出す。コメント欄が炎上するように爆発。

 《SPOTLIGHT:ON FULL BLAST!!!》

 《ENEMY EXPOSED:MENTAL BREAK!!!》


 > 17:手汗やば

 > 18:目泳いでる

 > 19:相談したい顔してて草

 > 20:SPOTLIGHT精神攻撃カードすぎ


 相手の集中は削れる。

 同時に、相手のカードが減る。

 予選は一局。――ここで削れたカードは、二日目に持ち越せない。

 相手は焦りを公開した。

 それだけで十分だ。



 盤の物理:RANGE LOCKの“撃たせ方”


 相手のHUDが、もう一度だけ揺れた。

 迷っている。――ここで相手が撃ちたいのは分かっている。


 RANGE LOCK。

 飛車角香馬龍の長い利きを殺すカード。

 なら、撃たせるなら“今”じゃない。

 撃たせるなら、撃っても意味が薄い局面に誘導する。

 俺は盤上で、角の利きの価値を一段落とす。

 長い利きがなくても成立する形へ、静かに移行する。

 相手サポートの焦りが限界を超える。


 相手がカードを切る

 「RANGE LOCK、封鎖せよ!! 鎖の呪縛よ、角を短足の獣に変えろ!!」

 コイツ……本当に五月蝿いな。


 ――地響きのような重低音が会場を震わせ、青黒い鎖の幻影が無数に飛び出し、盤上の▲角に絡みつく。

 角駒がガチガチと震え、利きの射程が視覚的に2マスに縮小。

 鎖が締め上げ、金属の軋む音が爆音で響く。

 《RANGE LOCK:CHAIN ACTIVATED!!!》

 《TARGET:▲角 MAX RANGE 2 SQUARES!!!》


 照明が冷たい青に染まり、観客が「うわ」と声を漏らす。


 トウタが叫ぶ。

 「デデデデデで出たァ!RANGE LOCK!!!

  角が短足になるやつ!角が“角”じゃなくなるやつ!

  ――でも見ろ!ミナトの角、今“骨”じゃない!飾りじゃないけど骨でもない!」


 > 21:角が短足ワロタww

 > 22:これで詰み筋消える?

 > 23:いやミナトの形、角依存してない

 > 24:撃たせた?撃たせたの?

 > 25:ハザマ、盤外で誘導してそうで草じゃない


 角の利きが縮む。だが、盤面は崩れない。相手はカードを一枚失い、呼吸を一つ失う。

 盤上干渉戦で一番痛いのは、盤が崩れることじゃない。“選択肢が減る”ことだ。

 相手の選択肢が減った。――あとは、終盤までの距離が短くなる。

 


 終盤:駒葬の“怖さ”を、使わずに見せる


 相手の攻めは一瞬だけ光って、すぐ息切れする。

 タッグ戦は呼吸が合わないと崩れる。


 こちらは、俺が指し、ハザマが“迷いを切る”。


 詰み筋は派手じゃない。だが逃げ道がない。


 そして、相手が最後に縋るのは“持ち駒の粘り”だ。

 歩。桂。銀。

 軽駒が一枚あるだけで、人は延命を夢見る。


 ――だからこそ、PIECE SHREDDERは“撃つだけで圧”になる。

 俺たちは撃たない。

 撃たずに、相手に「軽駒が効かないかもしれない」という恐怖だけを残す。


 最後の局面。

 盤上の気配が、薄い氷みたいに張り詰める。


 俺は一度だけ盤面全体を見る。

 玉の逃走経路、合駒の候補、受けの最善。

 ――どれも閉じている。


 ▲5二銀。


 銀が滑る。

 会場のざわめきが、一段下がる。


 詰みだ。


 相手が黙って頭を下げる。

 盤面が、静かに終わる。


 トウタが叫ぶ。


 「終わったぁぁ!

  “静かに置いた銀が一番こわい”案件!

  でも今日のMVPは盤外!

  NOISEの切り方が教科書!

  MIRRORが刺さらない相手に撃って薄!

  SPOTLIGHTがほぼ自爆!

  RANGE LOCKは撃たされた感ある!

  ――そして!PIECE SHREDDERを“撃たずに持ってる”圧!これ!これが怖い!!」


 > 26:盤外MVP=ハザマ

 > 27:RANGE LOCK撃たせたのエグ

 > 28:駒葬温存が一番怖い

 > 29:将棋なのにカード読み合いが主戦場

 > 30:二日目これもっとエグくなるだろ


 俺は盤から目を離さず、礼をする。

 勝った。

 だがここは通過点だ。



 影村会場・モニター


 勝利報告の直後、控室のモニターに別会場の映像が映った。

 影村学園。


 そこに、初めて見る男がいた。


 影村の制服。

 その上に陣羽織。

 狐のように細い目。

 色白で、細身。


 あいつが――葉暮ソウタか。


 盤の前で、まったく動かない。

 いや、違う。

 動く前に、もう決めている。


 彼の将棋は、こちらと同じ匂いがした。

 “勝つために、途中を使う”。


 ただ、俺より冷たい。

 勝ちのためじゃなく、**“終わらせるため”**の読みをしている。


 ハザマが、珍しく言葉を発する。


 「……あれは、終盤で景色が変わるタイプですね」


 「だな」


 俺は画面越しにソウタを見る。

 彼は、こちらを見ていない。


 だが――同じ二日目を見ている。


 決勝の局面。

 決勝の音。

 決勝でしか聞こえない、駒の鳴り方。


 俺は静かに確信する。

 この一日目は、“二日目のための前処理”だ。



 控室の空気は、対局の余熱を残していた。

 盤面の記憶が、まだ指先に張り付いている。

 俺は壁にもたれ、深く息を吐く。

 隣でハザマがノートを閉じる音がする。

 彼はいつも通り、キリッと視線を俺に向けた。


 「ミナトさん。余談ですが、ひとつ」

 ハザマの声は、静かだ。まるで盤外の干渉のように、控えめだが確実に介入してくる。

 俺は目を上げ、頷く。余談、という言葉が珍しい。


 「この干渉カードの演出と効果についてです。今日のNOISEやRANGE LOCK、あの派手なエフェクト……

  あれ、双灯祭の協賛会社から一部提供されているらしいんですよ。

  TCG、トレーディングカードゲームの技術を借用しているとか」


 俺は一瞬、盤面の記憶を振り返る。

 ステージの照明が爆発的に輝き、鎖の幻影が盤を震わせるあの演出。

 確かに、ただの将棋の拡張とは思えない派手さだ。

 将棋の静かな世界に、まるで別のゲームの魂が吹き込まれているようだった。


 しかし、これは褒め言葉ではない。

 将棋との相性は、トウタの実況と相まって、明らかに最悪レベルだと思う。

 

 「協賛会社?双灯祭のスポンサーか。

  TCGの演出を……なるほど。あの爆音や視覚効果、確かにTCGみたいだった。

  カードが“召喚”されるような」


 ハザマが小さく頷く。

 彼の目は、いつものように盤外の情報を解析しているようだ。

 ノートに書かれた一行が、俺の脳裏に浮かぶ。


 〈相手サポート:終盤読み寄り〉


 ハザマは常に、表層の下を読み取る。

 「ええ。双灯祭の運営が、協賛企業からTCGのエフェクトエンジンや効果デザインを一部借り受けている、と。

  具体的には、カード発動時のSE、照明の同期、HUDのビジュアルインパクト。

  あれらは、ただの将棋の補助ツールじゃなくて、観客を引き込むための“ショー”要素として設計されているんです。

  TCGのノウハウが、盤上干渉戦の“第二の盤面”をあのようにしたわけです」


 俺は腕を組む。確かに、今日の対局で感じた。カードが切られる瞬間、会場が沸く。

 あの熱は、将棋の純粋な読み合いだけじゃ生み出せない。TCGの影響か……。

 双灯祭は学園祭だが、裏側にそんな企業絡みの仕掛けがあるとは。


 「なんでそんな情報を? ハザマ、お前はどうやって知った?

  これも天城が聞いていない話か?」


 ハザマはわずかに目を細める。彼の表情は変わらないが、声のトーンに微かな陰りを感じる。

 「控室のモニターで影村会場の映像を見たとき、ふと気になって調べてみました。

  運営の掲示板や配信の裏ログに、断片的な言及が。

  協賛リストは公開されているのですが、肝心の詳細はぼかされているんです。

  何故かTCGの提供元は、特に。

  影村側が伏せているみたいで、会社名は不明。

  ……ただ、推測ですが、影村学園の理事会が絡んでいる可能性が高いですね」


 影村側が伏せている……。

 双灯祭は天城と影村の合同イベントだが、影村学園は依然謎めいている。


 「伏せてる理由は?ただの協賛なら、公開してもいいはずだろ。TCGの会社が、そんなに機密なのか?」


 ハザマがノートを軽く叩く。彼の癖だ。考えを整理するときに出る動作。

 「考察ですが……いくつか考えられます。一つは、TCGの知的財産権の問題。

  演出や効果を借用するなら、ライセンス契約が厳しいはず。

  公開すると、競合他社に情報が漏れるリスクがある。

  もう一つは、双灯祭自体の目的。

  盤上干渉戦は、将棋の進化形として売り出しています。

  裏でTCGの要素を混ぜることで、若者向けのエンタメに半強引にシフトしてるんです。

  純粋将棋ファンから反発を避けるために、伏せてるのかと」


 俺は頷く。確かに、今日の観客層を見てもわかる。

 前列のガチ勢と、後列の雰囲気組。COEのメイドやオタク達まで混ざってる。

 あの多様な熱は、TCGの派手さが引き寄せてるのかもしれない。


 「それとも……もっと深い理由。影村学園からは、何か企んでるイメージが払拭出来ない。

  干渉カードの裏側に、何か仕掛けがあるんじゃないか?

  例えば、TCGの効果を拡張して、盤面をさらに歪めるためのテストベッドとか」


 ハザマが珍しく、唇をわずかに曲げる。笑みか、それとも警戒か。

 「可能性はありますね。影村側が伏せてるなら、単なる協賛じゃなくて、提携以上の関係。

  TCG会社が、盤上干渉戦を通じて新技術を試してる……例えば、AR拡張や、将来的なeスポーツ化。

  会社名が不明なのは、影村の理事が株主だから、など。

  ミナトさん、二日目の決勝でソウタと当たれば、この干渉カードの“本質”を読み取れるかもしれません。

  演出はただの飾りじゃなくて、心理戦の武器。TCGの影響が、盤外の読みをさらに複雑にする」


 盤面が、再び頭に浮かぶ。NOISEの赤い渦、RANGE LOCKの青い鎖。

 あれらが、ただの借り物じゃなくて、何かの伏線なら……。

 決勝は、将棋の勝負じゃなく、盤外のゲームになるかもしれない。


 「明日は、俺も盤外に目を向ける。NOXとしても」

 ハザマはノートを開き直す。彼の視線は、すでに次の“干渉”を探しているようだ。

 「……わかりました。引き続き盤上はミナトさんにお任せします。私は、裏側を」

 控室の空気が、少し重くなった。双灯祭の影が、静かに伸びてくる。



 控室の扉が閉まる音が、静かに響いた。ハザマの足音が遠ざかる。

 俺は一人、壁に凭れたまま動かない。

 彼の余談が、頭の中で反芻される。

 ――TCGの演出。協賛会社の技術。影村側が伏せている……。


 盤面の記憶が、鮮やかによみがえる。

 NOISEの赤い渦巻く闇。RANGE LOCKの青黒い鎖。

 あの派手なエフェクトは、ただのショーじゃない。あれは、心理兵器だ。

 

 将棋の読み合いだけじゃない。

 盤上干渉戦は、精神負荷のゲームと仮定した。


 気になったものは仕方がない。

 計算を始める。

 カード業界のデータ、TCGのメンタルヘルス研究、認知負荷理論……。

 頭の中でシミュレーションを回す。

 各カードのプレイヤーへの精神負荷指数を、数値化するためだ。


 まず、基準を決める。

 通常の将棋対局――プロ級の持ち時間制――をベースライン100%とする。

 これは、認知負荷理論(Cognitive Load Theory)に基づく。


 将棋は本質的に高負荷:ワーキングメモリを限界まで使い、枝分かれする手順をチャンク化(パターン認識)で処理。

 専門家はこれを効率化するが、平均で脳の70-80%を占有。


 しかし、干渉カードは、これを意図的に歪めている可能性……。


 一つ目:NOISE(30秒会話禁止)タッグ戦の弱点直撃。相談が合意形成の要。

 心理学的に、決定不安(Decision Anxiety)が爆発。

 TCGのカウンター研究(MTGのCounterspell効果分析)では、計画中断でフラストレーション値+65%。

 将棋特化で換算:認知負荷**+55%(再計算タイムラグ)、感情負荷+70%**(Yerkes-Dodson法則の覚醒過剰)。

 合計:ベースの1.6倍。癖の手を誘発し、ミス率30%アップ。


 二つ目:MIRROR(50%反射)不確実性の罠。完全防御じゃない両刃の剣。

 TCGの「Soft Counter」効果:相手の干渉が跳ね返る心理的不信感。

 認知的不協和(Cognitive Dissonance)が蓄積。

 負荷:+40%(予測不能でワーキングメモリ分散)。静かなタッグには薄いが、相談依存チームはパニック。


 三つ目:SPOTLIGHT(観客ノイズ誘導)これがエグい。

 Spotlight Effect(スポットライト効果)の極致。

 eスポーツ心理学で証明:カメラ大写しで、自己意識過剰。脳の前頭前野が「監視下」のモードにシフト。

 公開実行不安(Performance Anxiety)が**+80%**。コメント欄の炎上は、ソーシャル・プルーフ(社会的証明)の逆用。  将棋特有の静寂を破壊。集中力散逸率50%以上。TCGの「公開ドロー」並みの精神的拷問。


 四つ目:RANGE LOCK(射程封鎖) 盤上の物理干渉。飛車角香馬龍の利きマスを2マス減少。

 シンプルな戦略崩壊の恐怖。

 チェス/将棋の脳科学(fMRI研究):駒制限で再チャンク化必要、検索深さ2倍。

 損失回避バイアス(Loss Aversion)が発動:+85%(「形が壊れた」絶望)。

 TCGの「除去効果」メルトダウン事例(TCG特有の罠カード)。

 プレイヤーのコルチゾール(ストレスホルモン)急上昇、決定ミス率40%。


 五つ目:PIECE SHREDDER(駒葬)脅威の頂点。温存だけで圧。

 撃たずとも、軽駒破壊の可能性が「持ち駒依存」を殺す。

 前向き損失恐怖(Prospective Loss):+90%。終盤の延命夢を粉砕。

 TCG研究(カウンター/除去の精神的コスト)これ一発でwinrate10%低下、感情崩壊率高。

 そして、RESOLVE(負荷ゲージ上昇)。

 これがヤバい。連続介入で効果増幅、反動大。

 累積負荷の指数関数モデル:初回+20%、2回目x1.5、3回目x2.2……。

 HUDのゲージは、脳内ストレス蓄積の可視化。TCGの「リソース管理」心理を将棋に移植。



 俺は頭の中で表を引く。



 単発使用:平均**+60%負荷(ベース250%)。

 複数連鎖(今日の相手如く):+150%超**(総負荷400%以上)。 

 通常将棋の4倍。プロの耐性限界(Yerkes-Dodsonの最適覚醒帯:中程度ストレス)を超え、崩壊ゾーン突入。

 eスポーツのメンタルヘルスデータ:これでtilt(精神崩壊)率70%。


 棋士の脳は耐性高いが、限界は同じ。


 ――ぞっとする。恐怖が、背筋を這い上がる。これ、ただのゲームじゃない。


 TCG業界のノウハウ――カウンターの「計画否定フラストレーション」、

 除去の「無力感注入」――を、静寂や将棋の精密読みにぶち込んだ精神拷問装置。



 影村側が伏せる理由?

 これを公開したら、参加者激減。倫理問題で炎上。


 いや、恐らくもっと深い。何故だ?

 EXIT:CODE以外にも影村側は何かを仕込んでいるのか?


 双灯祭は、学園祭の仮面をかぶった心理実験場にいつからなった?

 協賛会社のTCG技術は、eスポーツのメルトダウンデータを基に最適化済み。


 つまり俺たち参加者は、モルモットってわけか……。

 

 予選は通過した。

 結果だけ見れば順当で、問題はない。


 だが盤上干渉戦は、勝敗の数字よりも、盤外の設計が残る。


 ハザマの介入は正確すぎた。

 相手が迷う瞬間に、迷う権利を奪った。

 合法で、冷静で、そして――少し残酷だ。


 俺はそれを、良いとも悪いとも決めない。

 二日目に勝つなら、必要な機能だ。


 そして、影村のモニターに映った男。

 葉暮ソウタ。


 あの目は、

 「勝つ」じゃなく、

 「終わらせる」目をしていた。


 ハザマが言った。


 「二日目、噛み合いますね」


 ああ。たぶん、噛み合う。

 噛み合って――削れる。


 盤上干渉戦はまだ一日目。

 でも俺の将棋はもう、決勝の局面を向いている。


 静かな駒は、いつも先の時間を見ている。


 ――次は、二日目だ。


 ……と言いたいところだが。


 俺は盤を片付ける手を止めず、控室の時計を見る。

 11:30。


 次は、講堂の反対側で、舞台だ。

 『シュレディンガーの仮面』前編。

 レイカの喉は“今日の天候”みたいに繊細で、

 照明は“世界線”みたいに気分屋で、

 俺はそこに、役者と技術主任の両方で立たされる。


 つい口が滑る。

 「……アスミと違って、俺はワンオペ慣れしてないんだけどな」


 言った瞬間、背中に視線が刺さった気がした。

 たぶん幻じゃない。


 すると、トウタの声が、廊下まで追ってくる。


 「ミナト〜!次、舞台!? 頑張れよー!!

  今日、COEからの“盤→舞台”の鬼喉潰しコンボルート入ってんの草!

  喉過労デバフ、誰かカードで解除して〜!」


 解除カードなんて、ない。あるなら俺が使う。

 あるのは、次の持ち場と、次の呼吸だけだ。


 俺は講堂の熱を背に、足を速める。

 盤の静けさは、もう置いていく。


 ――次は、仮面だ。


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