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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
第三章 EXIT&SYNC/双灯祭前決戦編

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82/94

EP87. Dual Lumen前夜 会議

 記録者 岡崎ユウマ


 このログは、たぶん俺の観測ログの中でも、いちばん「会議」という単語が似合う夜の記録だ。


 双灯祭の前日。

 今年は一日じゃない。二日間フルフルでやることが決まっている。


 天城の生徒会室に、NOXと生徒会とChrono-Labと保健班がぎゅうぎゅうに詰め込まれて、

 「楽しいほう」と「笑えないほう」の議題を、二日分まとめてテーブルに並べていった。


 前半は、まだよかった。

 ・タッグ将棋トーナメント「盤上干渉戦」――全8チーム参加/初日が予選(A〜Dブロック)

  二日目が本戦(準決勝・決勝)。天城代表はミナト&ハザマのタッグ。

 ・演劇『シュレディンガーの仮面』――一日目:前編/二日目:後編の二部構成

 ・ミームメイド喫茶 COE――両日とも、基本同じタイムテーブル

 ・紅華バルーン演出――二日間通しで、空をピンク過多にしない条件の再確認


 紅茶をこぼしたり、こぼさなかったりしながら、

 “祭り”と呼んでいい種類の話を、ちゃんと設計していく作業だった。


 問題は後半だ。


 EXIT:CODE と Dual Lumen 同期イベント。

 影村側の「脱出ゲーム」として提出されているそれが、

 どこまでいっても W1 の骨格を引きずっていることは、俺たち NOX にはわかっていた。


 しかも今年は二日構成になったせいで、

 ・1日目 15:00:EXIT:CODE(体験版/安全フェーズ)+ 同期イベント(ライト版)

 ・2日目 15:00:EXIT:CODE(本番フェーズ)+ Dual Lumen Sync Session(フル仕様)


 ――という形で、「15時」という時間にますます意味が集約されてしまっている、

 という事実に、この夜ようやく全員が気づくことになる。


 だからこの会議は、

 ・「怖いのに安全」なラインを、二日間トータルでどこに引くか

 ・二日とも 15:00 に組み込まれた EXIT:CODE/Sync イベントを、どうやって別物として制御するか

 ・それでもなお、その時間を“処理の時間”じゃなくて、“止める手順を書く時間”として上書きできるか

  ――を、全員で確認する場になった。


 この前書きは、あくまで「ログの外側」に座っている俺からの補足みたいなものだ。

 本編の中の俺は、いつも通り、冗談を言ったり、メイド喫茶の被害者枠に回ったり、

 綾白ひよりの名前をうっかり嬉しそうなトーンで呼んで怒られたりしている。


 けれどページをめくっていけばわかると思う。

 この生徒会室の空気が、どこで“祭りの準備”から

 “二日間の戦争前の天気予報”に変わったのか。


 これは、Dual Lumen が本当に始まるひとつ手前。

 「二つの灯り」で照らされる前に、俺たちがあらかじめ握りしめておいた避難経路の記録だ。


 ——では、観測ログをどうぞ。


 紅茶は、こぼれたり、こぼれなかったりする。


 双灯祭 前日 NOX&生徒会合同最終ミーティング

 ——「楽しいほうの議題(二日分)」


 記録者:岡崎ユウマ(N.O.X.)



 0. 開会——二日分の地獄マラソンへようこそ


 天城総合学園・生徒会室のドアノブは、今日も場違いなほど品のいい金色をしている。

 ——回した瞬間に悟る。

 世界はいつだって、理論より騒音で進む。


 この部屋に来るのも、これで何度目だろうか。

 ・初回:企画出しカオス回

 ・二回目:方向性を“だいたい”決めた回

 ・三回目:草案を「これでいきましょう!」で押し切った回


 そして今日は、その全部に実印を押す “二日間版・最終調整”。


 長机の上には、ポットから立ち上る紅茶の湯気と、クッキーの皿と、

 二日分のタイムテーブルが刷られた紙の山。


 ドアを開けた瞬間——


 「お待ちしておりましたわぁぁぁ〜〜〜!!

  本日っ! 双灯祭メイン企画・二日間合同最終ミーティングでございますの!!」


 ホールニューワールドみたいな声量。

 王冠+紅茶+若干の爆発音、フルセット。


 ティーカップがひとつ犠牲になる。

 その瞬間にはもう、野々村ハザマが無言で“次のカップ”を召喚していた。

 物理の破壊と事務の再生が同時進行する部屋。今日も平常運転。


 僕ら N.O.X. も、もう“外部ゲスト”じゃない。常連客だ。

 天城生徒会と NOX、そして影村側との “Dual Lumen” は、すでにひとつの系だ。



 議題一覧(2days版)


 壁面スクリーンに、今日の議題リストがホログラムで浮かぶ。

 1.タッグ将棋トーナメント「盤上干渉戦」最終確認(全8チーム/予選=初日/本戦=二日目)

 2.演劇『シュレディンガーの仮面』二部構成と安全確認

 3.ミームメイド喫茶「Cafe of Entropy(COE)」両日運営最終確認

 4.紅華女学院バルーン演出(二日間通し)条件再確認

 5.EXIT:CODE & Dual Lumen Sync Session

 (※1日目/2日目それぞれの15:00枠の扱い)


 サツキが胸を張って宣言する。


 「これまで何度もお付き合い、ありがとうございましたわ!

  本日は“決めるだけ”!! 新しく増やしませんわよ、多分!!!」


 「“多分”が一番怖いんだよな……」


 小声でメモに残しておく。

 後で役に立つタイプのノイズだ。



 1. 将棋トーナメント「盤上干渉戦」——タッグ戦・全8チームと“決勝の相手”


 まずは、ここ最近いちばん時間を食ってきたやつから片付けるのがセオリーだ。


 ハザマが端末を操作し、共有済み資料を呼び出す。

 タイトルが表示される。


 『双灯祭特別企画 盤上干渉戦タッグトーナメント

  ——全8チーム・二日間構成』


 「議題1、『盤上干渉戦』については、

  前回までに《名称》《会場》《持ち時間》《実況》《配信レーン》までは仮決定済みです。

  本日は二日間のトーナメント形式と組み合わせを含めて“最終確定”とします」


 ホログラムに、ざっくりした構造が出る。

 ・出場チーム:全8タッグ

 ・天城代表チーム

 → 立花ミナト & 野々村ハザマ

 ・影村代表チーム

 → 葉暮ソウタ & 影村情報処理研究会エース

 ・一般公募タッグ:4チーム(学外・OB・近隣校混成も含む)

 ・そのほか“ミステリースロット枠”(※一般参加)

 ・形式:二日間トーナメント

 ・Day1:A〜D ブロック予選(4ブロック × 各2チーム・1局勝負)

 ・Day2:準決勝2局 + 決勝1局(+時間が余ればエキシビション)

 ・実況:亞村トウタ

 →「盤上干渉戦専属ミーム実況」として正式任命

 → COE からの“拉致”は正規ルートとして処理済み


 さらに、トーナメント表が拡大される。


 Aブロック:

 A1:天城代表(ミナト&ハザマ)

 A2:一般公募チームA


 Bブロック:

 B1:一般公募チームB

 B2:一般公募チームC


 Cブロック:

 C1:一般公募チームD

 C2:一般公募チームE


 Dブロック:

 D1:影村代表(葉暮ソウタ&情報処理研エース)

 D2:一般公募チームF


 準決勝:

 Semifinal1:Aブロック勝者 vs Bブロック勝者

 Semifinal2:Cブロック勝者 vs Dブロック勝者


 決勝:

 Semifinal1 勝者 vs Semifinal2 勝者


 「……これ、“A1 と D1 が勝ち上がる前提で組んでない?」と俺。


 サツキがウインクする。


 「“前提”ではなく、“設計”ですわ!

  天城代表と影村代表が二日目の決勝で当たる可能性が最大化されるように、

  ブロック分けを調整しただけですの!」


 「それを世間では“ガチガチのフラグ構造”って呼ぶんだよ」


 チイロがひょいっとソファの背もたれの上から顔を出す。


 「だってさ〜〜、“幽霊戦”の続き、

  ミナト vs ソウタを決勝でやらない理由がないじゃん?

  A ブロックでミナト&ハザマが勝って、D ブロックでソウタが勝って、

  Day2 の朝から“準決勝モード”、昼前には“決勝モード”でさ、

  “盤上 Dual Lumen 決勝戦”って構図、

  それを“ロマン”と言わずして何と言う?」


 アスミがノートを指でトントンしながら補足する。


 「一応、一般枠も“ガチ勢”を混ぜてあるから、

  形式上はどのブロックからでも決勝に出られるようになってる。

  でも、A1 と D1 に『優勝候補』ラベルが最初から貼られているのは事実ね」


 ハザマが淡々と続ける。


 「運営側としても、

  Day2 の決勝カードを『天城代表 vs 影村代表』に寄せたほうが

  配信の視聴数、現地動員、安全管理ともに読みやすいので……」


 「安全管理の理由で決勝カードを設計するな」


 「“どこの誰かも知らない一般ペア”が決勝に上がるより、

  顔と指し回しが分かっているミナトさん&ソウタさんのほうが、

  リスク計算がしやすいのは事実です」


 それはそうなんだけどさ。


 サツキが、くるっとミナトの方に向き直る。


 「ミナトさん!!

  出場については前々回の会議で了承済みだけれど……

  今日はあらためて、“二日間トータルで”。本当に、やる? やりますの??」


 ミナトは、少しだけ息を整えてから答える。棋士モードの前の静けさ。


 「“幽霊戦”(@hak_sou)で途中になった勝負、

  一日じゃ足りないのはわかっていた。

  初日で雑に終わらせるくらいなら、二日かけてちゃんとやる」


 「天城代表は、ミナトと私のタッグで固定でいいですね」


 ハザマが淡々と言う。


 「私は盤面構造の解析と、

  “対ソウタ用のノイズ”を責任持って準備します」


 「ノイズって堂々と言うなよ」


 チイロがニヤニヤしながら割り込む。


 「雲越式リズム特訓も、屋上スス板スパーも、

  二日間分の体力テスト込みで組んでるからね。

  葉暮ソウタ対策は、あとは“本番モード”に入るだけ」


 アスミが、さらっと要点をまとめる。


 「一日目は“崩し”と“情報取り”メイン。

  二日目は“詰め”と“見せ場”重視。

  で、前回合意済み。

  ・テンポずらし

  ・“綺麗すぎる囲い”は避ける

  ・勝ちに行く瞬間を“言語化しない”

  ——この3つは両日共通。それで問題なし?」


 「ああ」


 ミナトの返事は短いけど、迷いは無い。


 「実況については、トウタくんで確定でよろしいかしら?」とサツキ。


 トウタが、COE 資料の山の向こうからひょこっと手を挙げる。


 「『盤上干渉戦・公式ミーム実況』、ありがたく拝命しました〜。

  Day1 は“8チーム入り乱れカオス編”、

  Day2 は“天城 vs 影村・決勝デスティニー編”って感じで!

  ちゃんとテンション二段構えで行ってみる!」


 「“デスティニー編”って不吉な単語くっつけるのやめてくれる?」


 サツキが、チェックボックスに印を入れる。


 「では、“盤上干渉戦タッグトーナメント”については、

  Day1:A〜Dブロック予選/Day2:準決勝+決勝 の構成で最終確定としますわ!」


 指先を天井に向けて叫ぶ。


 「勝利角!! 二日かけて、しっかり上げていきますわよ〜〜!!」


 勝利角。

 今年の双灯祭、だいたいこの単語で片がつくのが怖い。



  2. 演劇『シュレディンガーの仮面』——二部構成と安全の再確認


 「続きまして〜〜!!」


 紅茶をギリギリこぼさずにカップを掲げながら、サツキが第二議題に突入する。

 今日の紅茶は、まだ生存中。奇跡。


 「前回の“演劇部門決定会議”で採択された

  『シュレディンガーの仮面 —The Phantom in Superposition—』!

  今年は二部構成になりましたので、その進行と安全面の最終確認に入りたいと思いますの!」


 ホログラムには要点が並ぶ。

 ・会場:天城講堂(Chrono-Scope 教育版の分岐対応)

 ・構成:

 ・Day1:前編(出会い〜観測の揺らぎまで)

 ・Day2:後編(干渉〜結末まで)

 ・コンセプト:「観客の観測で舞台が揺らぐ“観測型悲恋劇”」


 主な役回りは前に決めた通り。

 ・歌姫 リナ=シュタイン……レイカ

 ・ファントム(観測を拒む観測者)……俺

 ・技術主任オルフェ…………ミナト

 ・“最後の観測者”…………ミサキ


 レイカが椅子の背から少し前に身を乗り出す。


 「前編と後編で、観客の“体力”と“メンタル”に負荷かかるから、

  そこの安全だけもう一回確認したいの」


 ミサキが白衣の袖を整えつつ、端末を開く。


 「はいはい、“二日に分けた悲恋”って名乗る以上、

  “二日に分けた安全”も担保されてるかチェックね」


 ハザマが、安全項目を読み上げる。

 ・照度:各回ごとに観客数と年齢層から自動制御

 ・音響:Day2 後編でも、共鳴峰が立たない帯域制限は維持

 ・Chrono-Scope 分岐:

 ・Day1 の選択が Day2 に“軽く”影響する演出のみ

 ・重い分岐は封印(観客の人生は分岐させない)

 ・緊急時:

 ・Day1/Day2 どちらも「暗転→通常照明」へのフェイルセーフを統一

 ・EXIT:CODE 側の導線とは物理的に交差させない


 「以上、前回会議で合意済みの二日間運用案です。変更希望があれば、今のうちに」


 ミサキは短く目を通してから頷く。


 「医療班としては、これなら二日連続公演でもギリOK。

  “美しく死ぬ”のは舞台上だけ。

  現実側は、二日かけてテンション上げて、

  せいぜい喉潰すくらいまでで止めること」


 レイカが笑って片目をつぶる。


 「観客は誰も殺さないから大丈夫!

  死ぬのは照明と、私の喉と、ユウマのメンタルだけ!」


 「照明はだいたい犠牲だからね……」

 (物理的事実)


 「メンタルを“Day2でとどめ刺す”前提でキャスティングするのやめないか?」


 誰も同情してくれない。いつも通りだ。



 3. ミームメイド喫茶「COE」——両日運営とドレスコード


 「はいは〜〜い! 次、COE!!」


 議題が切り替わる前に、チイロが前のめりで手を挙げる。

 ホログラムには例のロゴ。


 Cafe of Entropy — 可愛いは秩序を殺す —


 今年はこれを二日間通しでやる。

 俺の胃も通しでやられる。


 ハザマが要約する。

 ・NOX × 生徒会 共同企画

 ・両日とも

 ・午前:09:00〜11:00 通常営業

 ・昼:13:00〜14:30 集中営業

  (※15:00枠は両日とも EXIT:CODE/同期イベントに譲る)

 ・構造は一日目・二日目とも同じ

 ・Order側(礼法&理論接客)担当:アスミ中心

 ・Chaos側(ミーム接客)担当:チイロ・ミサキほか、二日目のみレイカが舞台衣装で接客


 問題の衣装のほうは、前回の「ピンク地獄全滅会議」で決着済みだ。

 ・黒ベースのロングメイド

 ・高襟・露出控えめ

 ・裾重め/銀トリム

 ・転倒リスク低


 「二日間ともこれで行く、で合意だったよね?」とミサキ。


 チイロが、まだ諦めきれない顔で言う。


 「Day2 限定“ピンク地獄・最終形態”案とか——」


 「——没。

  Day2 ほど“ちゃんと黒でいてほしい日”はないから」


 アスミの即答。

 EXIT:CODE 本番が Day2 の 15:00 にあるのを知ってる顔だ。


 COE の細かい安全条件(来場密度/導線分離/クールダウンスペースなど)は

 前回と同じなので省略。

 二日分のシフト表だけ、ハザマが新しく配る。


 「両日とも、午前中は COE、午後はそれぞれ別のメイン企画に分散、という形で確定です」


 アスミが観測ログに小さく一行書き込む。


 〈COE:Day1/Day2 とも“黒メイド定常状態”。羞恥ピークは試着会時点で終了済み〉


 ……俺は、そのログを見なかったことにした。



 4. 紅華女学院バルーン演出——二日間分の条件


 議題4。

 去年「ピンク空ジャック」をかましてきた紅華女学院。


 今年は二日間通しで空を飾る代わりに、条件をガチガチにすることで合意した。


 条件は前回とほぼ同じだが、「二日間連続」を前提に微調整されている。

 ・ピンク単色ジャック禁止(両日とも)

 ・香料ゼロ

 ・視界ライン 15m 以上確保

 ・各日ごとのピーク演出は 10 分まで

 ・横断幕は「三校連名」まで


 アスミがさらっと補足する。


 「リリアンから、“二日間ぜんぶ守る”って言質はもらってる。

  **“天命レベルで”**って言ってたから、半分はネタ、半分は本気」


 「半分本気なのが一番怖いですわね!」


 サツキが笑う。


 ともあれ、紅華バルーンも二日間版で最終確定。

 ここまでは、ちゃんと「祭りの話」だ。



 5. EXIT:CODE & 同期イベント —— 二日分の15:00問題


 ホログラムのチェックボックスで、まだ空いているのは一つだけ。

 ・[ ] EXIT:CODE/Dual Lumen Sync Session(二日間 15:00枠)


 紅茶の温度は同じなのに、空気の比重だけが一段重くなる。


 アスミがタブレットをタップし、別の資料を前面に出した。


 「……じゃあ、最後。

  EXIT:CODE と、“同期イベント”まわりの最終確認。

  しかも、二日分まとめて行こうか」


 サツキも笑顔をキープしつつ、目の焦点を変える。


 「ええ。“楽しいだけでは済まないほう”の二部構成、ですわね」



 5−A.「本当は別にしたかった」案と、シオン&コウからの修正提案


 本当は、ここまでの設計だとこうだった。

 ・Day1 13:00〜

 ・軽い Dual Lumen Sync Session(“揺らぎ体験会”)

 ・Day1 15:00〜

 ・EXIT:CODE(体験版安全モード)

 ・Day2 13:00〜

 ・本番 Dual Lumen Sync Session

 ・Day2 15:00〜

 ・EXIT:CODE 本番フェーズ


 ——**「Sync と EXIT は時間をずらす」**のが、もともとの天城&NOX側の案。


 それをひっくり返してきたのが、

 影村会長・御影シオン + 天城副会長・藤党コウ 連名で届いた「最終タイムテーブル」だった。


 プロジェクタに、その表が映る。


 5−B.二日間タイムテーブル(影村案反映後)


 ◆影村学園側(最終案)


 Day1

 ・08:30 開会セレモニー(講堂)

 ・10:00 演劇部公演(自主劇)

 ・11:30 盤上干渉戦 予選(タッグトーナメント A〜D ブロック戦/影村会場分)

 ・13:00 映画研究会シアター

 ・15:00 Special:EXIT:CODE - Day1 Safe Phase

     + Dual Lumen Sync Light Session(天城・Chrono-Lab 接続)

 ・17:00 閉場


 Day2

 ・08:30 再開セレモニー(簡易)

 ・10:00 盤上干渉戦 本戦(準決勝・決勝)

 ・11:30 演劇部コラボイベント(※本戦の進行に合わせて時間調整可)

 ・13:00 フリー企画

 ・15:00 Special:EXIT:CODE - Day2 Core Phase

     + Dual Lumen Sync Session(本番)

 ・17:00 クロージング


 右上には、シオンとリリの名前。

 その下に、小さく——


 「※15:00枠は〈影村会長・御影シオン〉および〈天城副会長・藤党コウ〉間で

  “Dual Lumen の核となるシンクロ枠”として事前確定済み。」


 続けて、天城側。


 ◆天城総合学園側(影村案反映後)


 Day1

 ・08:30 開会セレモニー(中庭)

 ・09:00〜11:00 COE 通常営業

 ・10:00〜11:30 盤上干渉戦 予選(天城会場/タッグトーナメント A〜D ブロック戦の一部)

 ・11:30〜12:30 『シュレディンガーの仮面』前編(第1回)

 ・13:00〜14:30 COE 集中営業

 ・15:00 Dual Lumen Sync Light Session

     × EXIT:CODE - Day1 Safe Phase(オンライン接続)

 ・17:00 フリータイム


 Day2

 ・08:30 2日目スタートアナウンス

 ・09:00〜11:00 COE 通常営業

 ・10:00〜12:00 盤上干渉戦 本戦(準決勝・決勝/決勝カード想定:天城代表〈ミナト&ハザマ〉 vs 影村代表)

 ・12:30〜13:30 『シュレディンガーの仮面』後編(第2回)

 ・13:30〜14:30 COE 予備枠

 ・15:00 Dual Lumen Sync Session(本番)

     × EXIT:CODE - Day2 Core Phase

 ・17:00 クロージング


 タイムテーブル上、両日とも 15:00 の行だけフォントが太い。


 「……“案”じゃなくて“最終版”ってラベルになってますわ!

  ハザマ……? これは、どういうことですの??」


 サツキが眉を上げる。

 ハザマは、気まずそうに備考欄をスクロールする。


 「はっ……はい……えっと……付記がありまして、


  『※当初案では Sync Session と EXIT:CODE を時間分離していましたが、

   Dual Lumen の象徴性を高めるため、

   両日とも 15:00 に“灯りと処理”を同期させる案に変更しました。

   この変更は御影会長/藤党副会長間で協議済みです。』


   ……と」


 その一文を読み終わるより早く、椅子ががたん、と鳴った。


 「——協議済み“ですって”?」


 サツキが立ち上がる。

 王冠が、いつもより危険な角度で揺れた。


 「ちょっとお待ちなさいませ!?

  天城側の 15:00 枠を、“生徒会長不在”で最終確定扱いにするって、

  手順ガン無視もいいところですわよ!?

  しかも Dual Lumen の“核枠”ですのよ!?

  わたくし、生徒会長ですわよ!?

  いつから天城生徒会は、“副会長と他校会長のツーショット会議”で

  タイムテーブルを決める組織になりましたの!?」

 

 王族口調のまま、内容だけ完全にブチ切れている。


 「会長、落ち着いてください」


 ハザマが、両手を軽く上げて制止に入る。


 「これは“天城最終決定”じゃありません。

  あくまで『影村側からの最終案』です。

  “最終版”ってラベルも、向こうの書式そのままですから……

  効力が発生するのは、“ここで天城側が承認した後”です」


 「その言い方でもですわ!!

  その“案”を作る段階に、わたくしが呼ばれてないこと自体が問題ですわ!!

  “象徴性を高める”って、便利ワードで全部ごり押しするタイプの暴挙ですの!!」


 「そこは、私も“プロセスとしては不適切”だったと思います」


 ハザマは珍しく、はっきり言い切った。


 「ただ——今ここで感情的に全部ひっくり返すと、

  EXIT:CODE と Sync を分離する“もともとの案”に戻す前に、

  影村側との調整が丸ごと破綻します。

  シ 御影会長も藤党副会長も、“15:00 を合わせる前提”で

  他の企画を組み直してるので」


 「……だからって、“生徒会長を飛ばしていい理由”にはなりませんわ」


 「はい、なりません。

  なので、この場で“天城側の条件付き承認”として

  **『安全プロトコル』『非常停止権限』『外部観測ライン』を

  きっちり上乗せした上で、“改めて天城決定にする”**という形でどうでしょう」


 サツキはしばらく、ホログラムとハザマの顔を交互に睨みつけ——

 深く息を吐いた。


 「……わたくしのサインなしで“決定済み”と言わせる気はありませんわ。

  “ここで条件を叩きつけてから、天城が決めたことにする”——

  その形なら、ギリギリ飲んでさしあげます」


 「そのための今日の会議ですから」


 ハザマが、ようやくいつもの事務モードの声に戻る。


 そのやり取りを見届けてから、ようやく俺たち NOX が口を挟む余地が生まれた——

 最初に口を開いたのは、やっぱりアスミだ。


 「確かに、ちょっと待って。“協議済み”って何?

  その場に NOX 誰もいなかったけど?」


 「そうですわよ!わたくしも聞いてませんわ!?

  ねえ、コウくん……は今日いらしてませんけれど、

  いつの間にシオンちゃんとそんな根回しを?」


 ※質問は全部正当。

 ※答えを知っているのは、この場ではアスミだけだ。


 ICU のベッド脇で聞かされた「胃と真空を一本の管で繋ぐ」話。

 そこで指定された時間が、そのまま二日分の 15:00 としてホログラムに浮かんでいる。


 (やっぱ、そこ固定してきたか……)


 喉の奥が鉄っぽくなる。



 5−C.EXIT:CODE の二日構成と安全プロトコル


 ホログラムが、EXIT:CODE の企画書に切り替わる。


 EXIT:CODE 構成(最新版)

 ・Day1:SAFE PHASE

 ・30 名/回 × 2回転

 ・物理的危険ゼロ

 ・心理負荷:軽〜中

 ・「デスゲームっぽさ」は演出のみ


 ・Day2:CORE PHASE

 ・参加人数を Day1 より絞る

 ・心理負荷:中〜高(ただし医療班が許容した範囲内)

 ・操作系・ログ取得は本番仕様

 ・それでも誰も死なない構造に固定


 安全プロトコルは、日別にこうなる。


 共通安全プロトコル(Day1 / Day2)

 1.非常停止権限(三人割り)

 ・御影シオン(影村会長/ゲームマスター)

 ・矢那瀬アスミ(NOX/安全監査)

 ・二階堂サツキ(天城生徒会長)

 → 三者のうち誰か一人が「危険」と言った時点で、両日とも 15:00 枠の

  EXIT:CODE & Sync を一括停止

 2.外部観測ライン

 ・Control Room に「メタ視点モニタ」設置

 ・Day1:ライト構成/Day2:フル構成

 ・心拍・視線・歩行パターンを両日記録し、Day2の閾値調整に使う

 3.脱出口の保証

 ・両日とも「いつでも退出可」「退出のほうが優先」の紙面を配布

 ・合言葉“ログアウト”で即退避

 ・EXIT:CODE 室の物理ドアは常時開放可能+スタッフ常駐

 4.記録の管理

 ・個人特定不能な形のみ保持

 ・特に Day2 の生データは、一定期間後に破棄

 ・W1 のような「殺傷ログの永久保存」は禁止


 ミサキが、二日分まとめて慎重にチェックする。


 「Day1/Day2 まとめて見ると、**Day1 が“本番のための安全テスト”**になってるわね。

  このプロトコルちゃんと守るなら、ギリ許可」


 そこで、サツキがふっと息を吸った。

 王冠の影が、机の上にぴたりと落ちる。


 「……みなさん、まず一点だけ、明確にしておきますわ」


 声は明るく整っているのに、空気の温度だけが一段下がる。


 「この EXIT:CODE の“非常停止権限”……

  影村の御影会長、NOX のアスミさん、そして“天城生徒会長であるわたくし”——

  本来、これは“最初の設計段階”から共有されるべき項目ですわ」


 机の上の紅茶がぴしりと揺れる。


 「……なのに!

  15:00 にすべてが集約されるという重大な設計変更を、

  “天城生徒会長を外したまま”進めた——

  その事実だけは、どう取り繕われようと、

  “蔑ろ”と呼ばれてしかるべきですの!!」


 アスミが視線をわずかに逸らす。

 俺たちNOX 側も、これは返す言葉がない。


 ハザマが口を開きかけるが——

 サツキは手をひらりと上げて制した。


 「ええ、ハザマ。

  あなたが悪いのでなく、これは“体制としての問題”。

  天城が、影村と対等に肩を並べるために越えてはいけない一線ですわ」


 その瞬間、彼女の“怒り”は、ただの感情ではなく

 生徒会長としての規律の声へと変わる。


 「ゆえに、わたくし二階堂サツキはここで正式に宣言します。

  ——天城生徒会は、

  EXIT:CODE と Dual Lumen の“非常停止権限”の実効性を、

  わたくし自身が責任を負って保証すると」


 王冠の周りに、目に見えない気圧のようなものが立ち上がる。


 「“誰かを死なせる可能性がある運営”に、

  サインを出した覚えはありません。

  必要とあらば、わたくしが真っ先に停止ボタンを押します。

  例え——御影シオンがそれを拒もうとも!」


(……っ)


 俺もアスミも、一瞬息が止まった。

 あの御影シオンに正面から言える者など、数えるほどしかいない。


 それでもサツキは、ふと柔らかく微笑む。


 「だってこれは“戦い”ではなく“祭り”ですもの。

  誰も死なないお祭りを運営すること……

  それが、天城生徒会長であるわたくしの“お役目ですわ」


 声の温度が、春の風みたいに変わった。


 「恐怖を煽る演出も結構。

  揺らぎも、観測も、干渉もよろしいですわ。

  でもね——

  子どもたちの命を守る役目は、わたくしが引き受けます。

  それは、光の天使でも悪魔でもなく、

  一人の生徒会長としての責任ですわ」


 その一言で、場の空気がふっと和らぐ。

 怒りの王冠は、いつの間にか“守護天使の輪”のように見えた。



 5−D.Dual Lumen Sync Session——二日分の「揺らぎ」の割り当て


 ハザマが同期イベントのタブを開く。


 Sync Session 構成(改訂版)

 ・Day1 15:00

 ・名称:Dual Lumen Sync Light Session

 ・内容:

 ・天城側:Chrono-Lab の干渉実験デモ(ライト版)

 ・影村側:映画研『観測と記録』ショート編集版

 ・揺らぎパターンは「弱め」に固定

 ・目的:

 ・事故的リンクだったあの日を、「軽バージョンの仕様」として囲い込む

 ・Day2 15:00

 ・名称:Dual Lumen Sync Session(本番)

 ・内容:

 ・Day1 の揺らぎデータを反映したフル仕様

 ・EXIT:CODE Core Phase と時間的に完全同期

 ・目的:

 ・「二つの灯りで、ひとつの影を写す」を、構造レベルで実行する


 ミナトが技術的に補足する。


 「揺らぎそのものは、両日とも事前共有した乱数パターンで動かす。

  Day1 はパルス弱め、Day2 はそこから“増幅した版”。

  ただしどっちも、“完全な直結”はしない。

  Sync と EXIT:CODE は論理的には分離してあって、

  両方同時に止められるけど、片方止めることもできるように設計してる」


 アスミは、ホログラムを見ながら呟く。

 「……それでも、両日とも 15:00 に揺らぎを集約したって事実は重い。

  Day1 でちゃんと“揺れ方”を見ておかないと、Day2 が丸ごとバグになる」


 W1 で「勝手に走り出したゲーム」を見てしまった身としては、

 先に枠を作ってから揺らがせるほうが、まだマシだ。



 ミサキが言う。

 「“片方だけ止める”ケース、Day2 で普通にありそうよね」


 そこで、サツキが静かに頷いた。


 「ええ。だからこそ、“天城と影村が同時に暴走しないように”、

  揺らぎの“弱・中・強”は、必ず天城側が再チェックしますわ。

  どれほど象徴性を重視しようと、“儀式の都合で危険値を上げる”ことは許しませんの」


 それは怒っているわけではない。

 まるで子供を諭す教師のような、

 けれど絶対に譲らない静かな強さだった。


 アスミも、それを聞くと素直に言った。


 「……ありがとう。

  それがあるだけで Day2 の怖さは、だいぶ変わる」


 サツキは小さく笑った。

 「アスミさん、あなたが“止める側”でいてくれるだけで

  わたくし、とても心強いですのよ?」


 (え……)


 アスミの耳が赤くなる。

 チイロがニヤニヤしながら「天使バフ入った」と小声でつぶやく。



 5−E.当日の役割分担と——メイド服問題(2days版)


 Sync と EXIT:CODE の構造が固まったところで、

 ハザマが**「個人タイムテーブル(二日分)」**を呼び出す。


 「では、主なメンバーの二日間の動きを最終確認します」


 ホログラムに、Day1 / Day2 の主な動線が並ぶ。



 ◆Day1(初日)ざっくり

 ・09:00〜11:00

 COE(通常営業)

 → メイン:チイロ

 → サポート:アスミ・ミサキ・トウタ

 ・10:00〜11:30

 盤上干渉戦 予選(天城会場/タッグトーナメント予選)

 → ミナト出場(COE から途中離脱)

 → サツキ・ハザマ:運営

 ・11:30〜12:30

 『シュレディンガーの仮面』前編(第1回)

 → レイカ・ユウマ・ミナト・ミサキ 出演/補助

 → アスミ:後方席で導線観測

 ・13:00〜14:30

 COE 集中営業(Day1)

 ・15:00〜

 Dual Lumen Sync Light Session × EXIT:CODE Day1 Safe Phase

 → 安全監査:アスミ

 → 外部観測:ユウマ・ミサキ・ハザマ・サツキ(交代要員含む)



 ◆Day2(二日目)ざっくり

 ・09:00〜11:00

 COE(通常営業 Day2)

 ・10:00〜12:00

 盤上干渉戦 本戦(準決勝・決勝)

 ・12:30〜13:30

 『シュレディンガーの仮面』後編(第2回)

 ・13:30〜14:30

 COE 予備枠/撤収準備

 ・15:00〜

 Dual Lumen Sync Session(本番) × EXIT:CODE Day2 Core Phase

 → 安全監査:アスミ

 → 外部観測:ユウマ・ミサキ・ハザマ+サツキ

 → システム責任(地下):コウ(※この場にはいない)



 Day2 の行まで読み上げたところで、

 アスミの表情筋がぴたりと止まる。


 「ちょっ……ちょっと待って……!? Day2 の私のラインナップ、もう一回」


 ハザマがスクロールし直す。


 「えーと、Day2 の矢那瀬さんは——

 ・09:00〜11:00:COE 手伝い(軽め)

 ・12:30〜13:30:『シュレディンガーの仮面』後編を後方で監査

 ・13:30〜14:30:COE 撤収&EXIT:CODE 前ブリーフィング

 ・15:00〜:EXIT:CODE Day2 Core Phase 安全監査 兼 Sync 監視


  ……となっています」


 「つまり私は、

 ・午前:二日連続 COE でメイド

 ・昼:二日目は舞台後編の監査

 ・で、そのまま 15:00:EXIT:CODE 本番の“デスゲーム止める役”

  ……ってことになるんだけど?」


 チイロが机をばんばん叩きながら爆笑する。


 「最高じゃんそれ!!メイド服着替えるタイミング絶妙にない??(笑)

  **“二日連続メイド → 二部構成舞台監査 → Day2 でアンチ・デスゲーム監査官”**とか、

  構造として 120 点なんですけど!!?」


 「構造で褒めないで!?

  私のメンタルとフィジカルの耐久値を褒めて!!」


 ミサキが、冷静に、だが悪魔みたいな声で乗っかる。


 「でも、Day2 の EXIT:CODE を COE のコスのまま監査するの、

  視覚的にはめちゃくちゃ強いわよね。

  “黒メイドに監視される脱出ゲーム”って、トラウマにも効く」


 「医療用語で“効く”って言うな!!」


 俺は想像してしまって、ちょっとだけ笑う。


 EXIT:CODE のモニタ室。

 白衣のミサキ、スーツっぽい私服のハザマ、いつもの俺。

 そこに一人だけ、黒メイド(高襟)で真顔のアスミ。


 ——カオスだ。だが、嫌いじゃない。


 「ユウマ、笑った?」


 「笑ってない」


 「今、口角 2mm 上がった」


 観測精度がいちいち高すぎる。


 ハザマが、現実的な代替案を出す。


「でっ……では、Day2 については——

 1.朝の COE 持ち場から、アスミさんは 10:30 で離脱

 2.11 時台は控え室で完全休憩(仮眠可)

 3.後編舞台は“必要最低限の観測”に切り替え、ログは映像に任せる

 4.13:30 から EXIT:CODE 前ブリーフィングに専念

 5.その代わり、Day1 の COE での負荷を少し増やし、Day2 の午前は軽めにする」


 「そっ……それでお願いします」


 アスミが、心底ホッとした顔をする。

 チイロは全力で残念そうにため息。


 「くぅ〜〜、二日目メイド監査官、見たかった〜〜」


 「個人的嗜好で人の羞恥を設計しないで」


  とミサキ。でも、

  小声で「でも黒メイドで真顔のアスミ、私は普通に見たかった」とか付け足すのはやめてほしい。


 サツキが手を叩く。


 「では COE は、Day1/Day2 とも“午前メイン+午後集中”運用ですが、

  二日目はアスミさんの負荷を下げるために “幻の後半休憩枠” を設けますわ!」


 「ハッシュタグ #幻のCOE午後休憩 ……」とトウタが隅でつぶやいているのを、

  今日は聞かなかったことにした。



 5−H.“久しぶり”と、ブチ切れシスターズ


 議題の本筋がひと通り片付いたところで、Sync Session 関連の連絡事項がひとつ追加される。


 ハザマが何気なく言った。


 「それから、綾白ひよりさんと夕咲メイさんは、

  Sync Session の事前挨拶のため、明日早朝に一度こちらに来校するとのことです」


 —— 一瞬で、胸の内側のどこかがふっと軽くなった。


 「そっか。やっと直接会えるんだ」


 口から自然に出た言葉。

 自覚した時には、もう遅い。


 すぐ横で、二つの影が同時に動く。


 ミサキ:「“やっと”?」

 アスミ:「“やっと”、ね?」


 ダブルで語尾が鋭い。


 「ち、違う、その……技術的な意味でだよ、あくまで——」


 「技術的恋愛感情?」とミサキ。

 「量子的下心?」とアスミ。


 「そんな概念は存在しない!!」


 サツキが、なぜか感動した顔で手を叩く。


 「まあまあまあ!! 若いってよろしいですわね!!

  ロマン+干渉+嫉妬=双灯祭、って感じですわ!!」


 「その式でまとめるのやめて」


 ミサキはため息をつきつつ、結局いつもの医療者モードでまとめる。


 「……はいはい。

  “感情の乱れは当日パフォーマンスに影響する”から、

  ユウマの心拍管理は私がやる。

  アスミは、監査側の手順、今夜中にもう一回固めて」


「わかってる」


 アスミは、嫉妬も不安も、ぜんぶ“手順”に変換するタイプだ。

 それを僕は、頼もしいとも思うし、少しだけ怖くも思う。


 「ひよりに会うの、楽しみなのは事実だけどさ。

  それと、EXIT:CODEを安全にやりたいのは別の話だから」


 「“別”にしちゃダメ。同じだと思って設計しなさい」

 とアスミ。


 「そうよ。ユウマの感情ごと患者として診るから」

 とミサキ。


 ——二人とも、優しさの形が物騒だ。



 5−I.締め:祭りは、設計された“逃げ道”から始まる


 すべての議題にチェックが入り、ハザマが最後の行を読み上げる。


 「以上をもって、

  双灯祭・天城×影村×NOX 合同最終ミーティングを終了とします。

  EXIT:CODE・Sync Session・COE・盤上干渉戦・演劇、

 いずれも本日決定の内容で運用します」


 サツキが、立ち上がって紅茶を掲げる。

 ——今日に限って、ティーカップはこぼれない。


 「みなさん、本当にありがとうございますわ!

  去年の“敗北”を抱えたまま——新たなる希望の光を道標に!

  今年は“二つの灯り”で前に進みますの!

  Dual Lumen、開幕前夜! 勝利角、固定!!」


 拍手。

 笑い声。

 その裏側で、誰かの呼吸が、ごく僅かに震えている。


 15:00。

 そこに、「胃」と「真空」と「EXIT:CODE」と「Sync Session」がすべて集約される。


 その時間を、「処理の時間」にするか、「止める手順を書く時間」にするか——

 それを決めるのは、たぶん俺達だ。



 余白ログ:廊下/アスミ視点


 会議室を出たあと、廊下の光が、少しだけ白く見えた。


 ——打ち合わせは、戦争前の天気予報みたいなもの。

 晴れと告げられても、心のどこかで傘を握りしめる。


 W1の残響はまだ消えない。

 私の内側で、いくつかの場面が“再演”を虎視眈々と狙っている。


 そんな私の横で、ユウマは平然と——いや、平然を装って、

 さっき口にしたばかりの名前を、もう一度、心の中で転がしている。


 綾白ひより。

 観測と記録の向こう側から、こちらを見た子。


 ——観測と感情は同じ波形だと彼は言った。

 ええ、知ってる。

 だから、嫉妬もまた干渉なの。


 「ねぇ、アスミ」


 呼ばれて、私は傘の持ち手を握り直す。


 「何」


 「明日、ちゃんと“晴れる”といいね」


 「……天気予報は晴れだったわよ」


 「心のほうは?」


 「そこは、自分で観測しなさい」


 隣でミサキが、半分あきれ顔で割り込む。


 「はいはい。恋愛感情の観測は後回し、EXIT:CODEの手順が先ね」


 「わかってる」


 それでも、胸のどこかで、ひとつだけ小さな願いが生まれる。


 ——どうか、あの同期イベントが、

 “再演”じゃなくて“再構成”になりますように。


 可愛いも、ロマンも、嫉妬も、罪悪感も、全部ひっくるめて。

 それでも誰も死なない、“バカみたいな天気予報”でありますように。


 私は心の中で、メイド服の黒の裾を握る。


 ……そういえば、

 結局、当日も一度はメイド服を着なきゃいけないんだっけ。


 「……宇宙って、やっぱり、ほんとバカ」


 そう呟いて、私はログを閉じた。


 記録者:矢那瀬アスミ

 ……というわけで、会議お疲れさま。


 生徒会室でのあの会議は、正直に言えば、私にとってあまり“得意な種類”の場じゃない。

 人が多くて、情報が多くて、みんなそれぞれの正義とロマンをテーブルに出してくる。

 その全部を崩さないように見ながら、「最悪のパターン」だけは先回りして潰していく——

 そういう役回りは、嫌いではないけれど、あまり長時間続けると頭が焼ける。


 前半、私はそれでも多少は「祭り側」の顔をしていられたと思う。


 盤上干渉戦は、ミナトの“幽霊戦”に、ちゃんとした盤面を用意する試みだし、

 『シュレディンガーの仮面』は、観測と愛と自由を、美しい失敗として並べる舞台。

 COEは……メイド服の件はともかく、

 羞恥エネルギーを熱に変換して世界を少しだけ温める、悪くない実験だと本気で思っている。


 紅華バルーン?

 あれは、去年の「ピンク空ジャック」を生で浴びた身としては、

 よくここまで条件を飲んでくれたという感想に尽きる。

 リリアンの“天命レベルで守る”って言葉は、半分は誇張でも、半分は本気。それがある意味こわい。


 けれど、問題は、やっぱり後半。


 EXIT:CODEと“閾値同期セッション”。

 そして、15時。


 ICUのベッド脇で御影シオンから聞かされた「宣戦布告」。

 胃嚢と真空を一本の管で繋ぐ提案。

 そこで指定された時間が、そのまま生徒会室のホログラムに「15:00」として浮かんだ瞬間、

 私の中でいくつかの波形が一斉に立ち上がった。


 ユウマは、あの時間を「向こう側の光」と再び繋がる機会として、少しだけ救われて見ている。

 それ自体を、私は否定しない。

 彼が綾白ひよりに救われた部分があることも、知っているから。


 でも、その“救いの記憶”と

 御影シオンの「止めてみてください」という挑発と

 W1の“本当に死んだ人たちの影”が、全部同じ15:00に積み重なっているのも事実。


 だから私は、この会議を「楽しい前半」と「怖い後半」と分けて考えるのをやめた。


 盤上干渉戦も、舞台も、COEも、紅華も——

 全部をまとめて「15時を守るための前振り」だと決めた。


 前半で積み上げた“楽しさ”が、

 後半で必要になる“逃げ道”や“非常停止ボタン”を、ちゃんと正当化してくれるように。


 これを書いている時点では、まだ15時は来ていない。

 でも、タイムテーブルの上ではもう確定してしまっている。


 御影シオン。

 あなたが「止めてみてください」と言った時間を、

 私は**“止める手順を書く時間”**として上書きするつもりだ。


 可愛いも、ロマンも、嫉妬も、罪悪感も、全部ひっくるめて。

 それでも誰も死なない、バカみたいな天気予報で終わらせるために。


 ……ああ、それと。

 メイド服でEXIT:CODE監査室に入る案を、ちゃんと潰せたのは、不幸中の幸いだった。


 宇宙はだいたいバカだけど、

 たまにこちら側から殴り返してもいいはずだから。


 では、明日は双灯祭……

 ——観測と干渉の最前線で会いましょう。


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