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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
第三章 EXIT&SYNC/双灯祭前決戦編

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EP78. 一週間前の警告

 記録者 綾白ひより


 ——光は、いつも私より先に走る。

 DLPのランプ臭とサイン波、ケーブルの静電気。

 準備佳境の匂いは、体の奥のメトロノームを勝手に早回しする。

 私は“最終調整”だと自分に言い聞かせて、レンズキャップを親指で弾く。

 メイは束線、ユーラーは液体のふりをして機材の上で伸びる。


 あの日の“同期”が脳の奥でまだ点滅している。

 天城側のあの人と、音も線も繋がってないのに、意味だけがぴたりと重なったときの、背骨の温度差。

 あれを“偶然”と言い切るには、私の呼吸がそれを否定している。


 そこへ「こんにちは」

 御影シオン会長。ロビーの空気が一段だけ冷え、ユーラーが固体化して肩に飛び、短く威嚇した。


 ロマンは二番。人が一番。その順番で、今日も回す。


 ——双灯祭まで、あと一週間。


 照明の角度はすでに“本番仕様”。

 DLP 6000lm のランプ匂いが廊下まで漏れて、音響のサイン波が天井の梁でやわらかく反射する。

 準備佳境の独特の熱気。

 **私たちは今日が“最終調整”**だと信じていた。


 仮上映を終えて、私はレンズキャップを親指で弾く。

 メイはケーブルを束ね、ユーラーはプロジェクタの上で液体風に伸びていた。

 喉が乾いているのに、水の味がしない。集中しすぎた時の症状。


 ——そのとき。


 「こんにちは。最終調整、拝見しました」


 均等な声が、ロビーの空気を一段だけ冷やした。


 御影シオン。影村生徒会長。

 この人は、“来るときは必ず理由が二つ”あるタイプだ。

 今日は「視察(表)」と「確認(裏)」の空気。


 というか……顔を見た瞬間、黒猫のユーラーが固体化した。

 背を丸め、私の肩に跳び乗って「シャッ」と短く切る。

 猫は正直。威嚇は一拍だけ、けれど鋭い。


 シオンは猫を完全に無視して、淡々と続けた。


 「先日のテストも確認しました。

  ——無事に成功するといいですね」


 “成功”の部分だけ、音の高さが半音上がる。

 祈りじゃない。監査の語尾だ。


 「ありがとうございます。当日は……もっと普通にやります」


 私は笑った、つもり。

 でも口角が引きつってるのを自覚した。


 「普通、というのは一番難しいです。

  特に“前と同じ状態”を維持するのが、いちばん」


 あの“同期”が起きた日——

 私と、天城の岡崎ユウマくんの視線が重なった瞬間。


 背骨の奥がざわつく。

 シオンはその場面を完全に把握している声の出し方をした。


 受付台に、黒い封筒が置かれる。


 「これは、緊急時の連絡先。

  祭期間中、どちらの学校でも直接通じます」


 「どちらの学校でも?」

 境界を越える権限。

 つまり、“何かある”と本気で予測している顔。


 身体の芯がわずかに冷えた。


 「会長……今日ここに来たのは、“成功を祈って”ですか?

  それとも、“事故の可能性を量りに”ですか?」


 私の声が、たぶん刺々しかった。


 シオンは目だけで笑って、声は笑わない。


 「両方です。

  映画は光学。祭は人学。

  光は嘘をつけるけれど、人はもっと巧妙ですから」


 その返事は、どう聞いても“敵意じゃなく警戒”。

 でも、向けられている先は私たち映研なのか?

 それとも——私とユウマの“同期”現象なのか?


 胸がざわつく。

 ユーラーが肩で震えて、爪を立てた。

 メイが、無音で私の袖を引っ張る。

 「落ち着こ」の合図。


 私は深呼吸して、空気の味を確かめた。金属の匂い。


 「綾白さん。

  あの“同期”……偶然、ですか?」


 心臓が跳ねる。


 「…………」


 言葉が出ない。

 私はカメラを持ち直すふりで視線を逸らす。


 そのとき——

 ユーラーがさらに濃く威嚇した。「——ッシャア!」


 メイが慌てて前に出る。


 「会長、猫が威嚇してるのは“光量過多”のせいです。

  あの子、舞台の明かりが苦手なんですよ。ね、ユーラー?」


 ユーラーは完全に嘘だと言うように、私の肩で丸くなった。


 シオンは猫にも、人の言い訳にも動じず、ただ一言。


 「……偶然でないなら、なおのこと。

  ——無事に成功するといいですね」


 二度目の“成功”は、

 まるで「もしもの事態」を想定している人の声。


 そして、三歩だけ前へ出た。


 「双灯祭は、多くの人が“光に酔う”場です。

  だからスタッフは、誰がどこにいるか

  最初に明確にしておいた方がよいですから」


 それは単なるアドバイスじゃない。


 “誰かがいなくなる可能性”

 まで含めた言い方だった。


 喉がぐっと締まる。


 「……会長は、私たちを警戒しているんですか?」


 言った瞬間、空気が止まった。


 シオンは、きっぱり首を振る。


 「いいえ。

  ——“あなたたちが知らない何か”の方を、です」


 それは敵意ではない。

 でも味は苦い。

 胃の奥が冷える。


 メイが一歩前に出て、空気の膜を張るように笑った。


 「会長、わたしたち、“人が一番・ロマンは二番”の方針でやってます。

  その順番、崩しません」


 「はい、崩さないでください。

  順番は、途中で“逆転”しがちなので」


 逆転。

 ——人の安全より演出が優先される瞬間。


 その言い方が、未来の事故報告書みたいに淡々としていて、ゾッとした。


 「では、準備を続けてください。

  当日——無事に、成功するといいですね」


 三度目の成功、会長が踵を返した瞬間、ロビーの照明が、ふっと明るさを取り戻した。

 誰もスイッチに触れていないのに。


 会長が去ったあと、私は息を吐き出した。


 「……ねぇ、メイ」


 「うん」


 「私、会長、苦手」


 メイは微笑んで、ユーラーの頭をぽんと撫でた。

 「わかる。ほんとに同い年なのかなぁー。

  ——あの人、“正しすぎる未来”を見てる目をしてるから」


 ユーラーが喉を鳴らす。24Hz。

 さっきより、少しだけ柔らかい。


 「でもね、ひよりん。

  あの人が今日来たの……“心配してるから”だよ。

  敵意じゃなく、警戒と準備の方」


 「……うん」


 メイは肩をすくめて笑った。


 「ひよりんが苦手なの、知ってるけどさ。

  あの人、あなたの“同期”現象……たぶん、本気で気にしてる」


 胸の中がざわざわして、

 私はレンズキャップを無意味に開け閉めした。


 光がスクリーンに当たり、

 反射した白が私の目の端をかすめる。


 ——無事に、成功するといいですね。


 あの声が、まだロビーの壁に残響している。


 成功とは何か。

 無事とは誰のことか。


 その答えは、今まだ白いスクリーンの向こうにある。


 

 御影シオンはロビーを去った……はずだった。


 でも、空気に残ったのは“警戒”というより、未知の匂いに触れた学者の鼓動だった。


 私の肩で丸くなったユーラーが、まだ低く喉を鳴らしている。

 威嚇ではなく、探るような低周波……

 まるで、そこに “もう一人の観測者” が立っているみたいに。


 「……ひよりん、さっきの会長、なんか変じゃなかった?」

 メイの声が小さく落ちる。


 「変、というより……怖かった。でも、それだけじゃなくて——」


 「“嬉しそう”にも見えた、でしょ?」


 図星だった。

 認めたくないけど、ほんの一瞬。


 シオンの視線が私とスクリーンのあいだに刺さったとき、

 あの人の瞳が微かに震えた。


 期待の震え。

 冷たい計算とは明らかに違う、熱。


 それは、まるで——

 これまで誰にも見せたことのない“内側の扉”が少し開いたような。



 シオンはたしかにこう言った

 「無事に、成功するといいですね」


 でも、あの語尾……

 あれは“祈り”でも“注意”でもなかった。


 あれは ——渇望。


 成功してほしいんじゃない。

 成功したら“何かが起こる”と期待している声。


 そして、あの一言の前後で、シオンの雰囲気が変わった。


 ほんの刹那、彼女の周囲の空気が“奥行き”を持ったように見えたのだ。


 光でも、風でもない。

 でも、確かに“時間”の奥側に触れたような。


 私は息を飲んだ。


 「……ひよりん?」


 「会長……なんか……“未来を思い出してる”みたいに見えた」


 「未来を……思い出す?」

 メイが眉を上げる。


 私だって意味が分からない。

 でも、そうとしか言えなかった。



 どうしてシオンは“期待”しているのか。

 ここ最近、妙なことが続いている。


 天城の岡崎ユウマくん。

 私と同期した“あの瞬間”。

 電気的にも光学的にも繋がっていなかったはずなのに、意味だけが同期した。


 ——干渉者、応答できる?

 ——観測者、聞こえる?


 あれはただの偶然じゃない。


 なのに、シオンが見ていたのは “私”と“ユウマくん”の同期じゃなかった。


 彼女がもっと深く見ていたのは——


 アスミ先輩の目。


 あの日、打ち合わせ後の廊下で、アスミ先輩は“何かすごく遠いもの”を見ていた。

 天城でも影村でもない、もっと向こう。

 たぶん、時間の向こう側。


 シオンの瞳がそれを捉えた瞬間、あの人の心が一拍、跳ねたのを私は見た。



 シオンはアスミ先輩に何を切望しているのか


 シオンの声は静かだったけれど、その奥にある感情だけが、空気の裏で揺れた。


 ——もっと私を観測してほしい。


 そんな声が、言葉にならないまま肌に刺さる。


 シオンは人の感情を欲しがるタイプじゃない。

 むしろ距離を置く側の人間だ。


 でも、アスミ先輩の“遠くを観測する目”だけは、自分に向けてほしい。


 そんな欲望が、一瞬だけシオンの瞳で燃えていた。


 危険な火ではなく、知的な、純粋すぎる炎。


 それが私には怖かった。



 「ひよりん。あの人ね——あなたやユウマくんが怖いんじゃないのよ」


 「……じゃあ、何が?」


 メイはユーラーを抱えながら言った。


 「“新しい扉”が開きそうで、自分でも怖いんだよ、たぶん」


 「扉?」


 「うん。今までのどんな理屈でも説明できない現象。

  会長がずっと探してた“何か”に、二人が触れちゃったの」


 扉。

 新しい世界。


 さっきのシオンの残像と、ピッタリ重なる。


 私とユウマくんの同期現象。

 アスミ先輩の“遠観の眼”。

 それを見たシオンの震え。


 全部つながっていく。


 「……会長、何を考えてるんだろう」


 「分かんない。でもね、ひよりん」


 メイは言いながら、私の肩を指でつつく。


 「あなたのことが、いちばん気になるんだよ。

  “同期の片割れ”としてじゃなく——観測者として」


 ユーラーがもう一度だけ「ニャ」と鳴く。

 あの子にしては珍しい、“肯定の鳴き方”。



 私は正直、シオンが苦手だ。


 あの人は、未来を知りたがる目をしている。

 そして、人の心を公式みたいに扱う手つきをしている。


 でも今日——私は初めて、シオンが“怖いだけじゃない”ことを知った。


 彼女は、私とユウマくんの同期現象が、アスミ先輩の“遠観”と同じ領域に続くことに気づいてしまった。


 そして、その“扉”を——


 誰よりも開かせたいと思っている。

 誰よりも、自分がそこに触れたいと思っている。


 ……その渇望が、怖い。


 でも、少しだけ——私にもある。


 「ねぇ、メイ。……私たち、何かやばいものに触っちゃったのかな」


 「うん。でも大丈夫。やばいものは、映画にすると案外かわいくなるから」


 メイはそう言って笑った。

 ユーラーもゴロゴロ鳴いた。


 私はため息をひとつ落とし、スクリーンの白さを見つめる。


 ──シオンは期待している。

 私たちが開く新しい扉を。

 そして、アスミ先輩の“遠観の眼”が、いつか自分にも向くことを。


 その火を、私はまだどう扱っていいか分からなかった。


 会長が去ったあとも、「——無事に成功するといいですね」が壁で遅れて返ってくる。

 祈りの言い回しに見せかけた、予告の発音。

 成功の片方が企画で、もう片方が人だとしたら、どちらかが滑ったときに片方を救う導線まで含めた言葉。


 メイは言う。「あの人、ひよりん達を怖がってるんじゃない。扉を怖がってるんだよ」——たぶん正しい。

 私と天城の“同期”は偶然じゃない。アスミ先輩の“遠観”は、ここではないどこかの焦点距離だ。

 会長はその二つが同一直線上で結ばれる瞬間を見てしまった。


 だから私は決めた。番号札を作る。非常口を増やす。カメラは二系統、ログはオフライン複製。

 “誰も否定しない瞬間”——映像が美しすぎてチェックが止まるタイミングでは、私が先に手を上げる。

 ロマンは二番。人が一番。順番は私が守る。


 それでも白いスクリーンを見ていると、胸のどこかで、会長と同じ熱が小さく燃える。

 ——扉が、こちらを向く予感。怖い。でも、少しだけ嬉しい。ユーラーが24Hzで喉を鳴らす。

 私は笑って、すぐ真顔に戻る。

 光は先に走る。私は追いかける。

 “成功”の定義を、こちら側で書き換えるために。


 双灯祭まで、あと一週間。

 ——無事に、成功させよう。


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