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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
第三章 EXIT&SYNC/双灯祭前決戦編

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EP69. 凍結宣言-優しさの欠片をまだ嘘と呼べないから-

 報告をするたび、言葉が体温を奪う。

 俺は、数字と理屈でしか語れないリーダーだ。

 だから今日も、嘘をつく代わりに——黙っている。


 チイロ、ミサキ、トウタ、ミナト、レイカ。

 五人の顔を前にして、俺は“W1干渉の凍結”を告げるつもりだ。

 本当の理由は、言えない。

 鞘の外で見た世界は、語れば伝染する。優しさを毒に変える。

 それがアスミの作った“鞘”の本当の意味だと、ようやく理解したから。


 彼女が何を代償に生き延びたのか——俺はもう知っている。

 だが、今ここでそれを言葉にしてしまえば、世界はまた割れる。

 だから俺は、リーダーとして“凍結”を選んだ。

 優しさを守るために、優しさを隠す。

 その矛盾が、胸の奥でずっと鳴っている。


 あの日、アスミの部屋で見た光の残滓。

 59%の温もりは、今も俺の指に残っている。

 だが、誰にも触れさせられない。触れたら壊れる。


 ——伝えるべき真実と、守るための嘘。

 その境界線の上に、今日の会議を開いた。


 ——夕方の教室。

 廊下のガラスは朱から群青へ移るグラデーション。

 机の上に広げた時間軸のスプレッドシートを指でなぞる。


 俺はチイロに問いを投げた。

 「W0→W1→W2。どれも“同じ祭り”を軸にしてるのに、開催タイミングがズレてる。

  W1は初秋、W2は晩秋。りうのログ(W0)は季節不明。

  日付を調整すれば同じイベントに見えるのに、系統的にズレてる。……何でだと思う?」


 チイロはしばらく沈黙して、机の上の光を指先でいじる。


 「“ズレ”って、時間の誤差だと思ってるでしょ?」

 「違うのか?」

 「たぶん、観測者の同期ミス。

  ——W0で“夢野りう”が観測を始めた瞬間、時間の基準点が定まった。

  でも、彼女は“合同学園祭”っていう概念の外側しか記録してない。

  つまり、“いつ開催されたか”は確定してないの」


 俺は一瞬眉をひそめる。

 「観測が曖昧だと、歴史の位置が浮くということか?」

 「そう。観測者が日付を固定しなかったから、W1では早まって死を引き起こす構成。

  W2では遅れて生を延ばす構成として、世界が再配置された。

  ——つまり、ズレてるんじゃなくて、“世界がふたつの位相に解けた”」


 「位相分離……」と呟く。

 チイロは頷く。

 「簡単に言うと、W1は“過去を正すための早送り”の世界。

  W2は“未来を観測するための巻き戻し”の世界。

  同じイベント(双灯祭)が、それぞれの時間観測目的に従って異なる位相点にスナップされてるの。

  だから、どちらが“本当の開催日”かは決まらない」


 俺はスプレッドシートのセルを閉じ、指を止めた。

 「りうのログが曖昧だったのは偶然じゃない。

  ——観測を始めた時点で、“日時”って情報を犠牲にしてでも、“意味”だけを残したんだな」


 チイロは窓の外を見た。

 夕日がグラフの端で血のように滲んでいる。

 「うん。りうは“祭り=境界”としてだけ定義した。

  だから、その境界は“いつでも起こり得る”。

  それが、W0→W1→W2をつなぐ唯一の連続性。

  私たちがズレてるんじゃなくて、世界が“同じ瞬間を三回観測している”だけ」


 ゆっくり頷く。

 「つまり、“時期のズレ”は、観測の揺らぎ。

  でもその揺らぎの差が、1200人の死と、生き延びたアスミを分けた。分けてしまった」


 チイロは静かに言った。

 「——だから、今回の双灯祭は“W2の観測試行”。

  もう一度、同じ場所を“見る”実験。

  でも、もし世界がまた観測者を選ぶなら……次は、誰が見る番なんだろうね?」


 教室の蛍光灯が一瞬ちらついた。

 時間が、どちらの位相に属しているのか分からなくなる。




 俺はメンバーを招集した。

 ——放課後の理科棟。窓際の机に、俺は配線を片付けずに空白をつくった。

 ここにアスミはいない。意図してそうした。

 白い蛍光灯の下に並ぶのは——チイロ、ミサキ、トウタ、ミナト、レイカ。

 双灯祭(天城×影村の合同学園祭)は二週間後。

 だが、俺たちの議題は“今、凍らせること”だ。


 まず、数式から言う。感情はあとだ。

 1. 報告(リーダー視点・技術仕様)

 •対象:W1干渉宣戦布告(以下、W1-DoI)。

 •前提:アスミ独白に付与された“優しい編集”の鞘を0.5だけ外した試験(シミュレーション層)。

 •結果:鞘外0.5層で観測した成功率の大幅低下と、因果核の硬化を確認。

 •結論:W1-DoIは成功確率が閾値未満(我々の倫理設計で許容不能)。一時凍結とする。

 •目的:W2(現行世界線)双灯祭の安全化と、“位相ズレ”の再計測に人的リソースを回す。


 ここまでが、アスミ抜きで共有できる限界だ。

 “何が見えたか”を語れば、彼女の独白の重力まで暴いてしまう。

 今日はそれをしない。俺がそう決めた。


 「……ふむ、まずは“理屈”ね」

 チイロが頬杖をつき、緑のボールペンの頭で机をコツリと叩いた。

 俺が隠している意図を、彼女だけは察している。俺を庇うために、あえて“賑やかし”を入れる顔だ。



 2. 古のミーム的解説(トウタ要望/チイロ翻訳)


 トウタがスマホを持ち上げる。

 「ユウマ、スレ立てたいから**“わかるやつにもわかる”**やつ頼むわ!古のミームで!」


 チイロが椅子をくるりと回し、満面のスレ民スマイル。

 「おけ。**“2000年代掲示板テンプレ”**で説明しまーす」


【質問】合同学園祭(双灯祭)の開催時期が世界線でズレるの、なんで?

【回答】“観測者が日付を決めてないから”だよ!

 りう(W0)のログは“合同学園祭=ヤバい境界イベント”ってタグだけ付けて日時を未定義。

 すると世界は——

 ・W1:早送り版(イベントが前倒し→危険度が最大化する並列)

 ・W2:巻き戻し版(イベントが遅延→準備の余地が生まれる並列)

 っていう位相分離を起こすわけ。


 さらに今回、アスミ独白の鞘を0.5剥がしたら、“やさしさ補正”が半分溶けて罠の角が戻った。

 結果、攻略成功率は“見かけの数字より実質が下がる”。

 つまり、今つっこむのは地雷。凍結が吉。

 以上、AAは省略な。


 トウタは親指を立てた。

 「完璧。スレタイトルは《双灯祭、位相分離説。今は動くな》でいく。

  とりあえず“まず双灯祭越えようぜ”って書くわ。炎上しても守る」


 ミナトがすでにホワイトボードを取っている。

 「補遺を書く。理論版も必要だ」


 3. 理論メモ(ミナトの要約)

 •観測基準:W0(りう)=意味優先/日付未定義。

 •相転移:未定義属性が**W1(早期確定)/W2(遅延確定)**の二位相へ。

 •鞘外0.5層:アスミ独白の情動平滑が半減→**“最短で折れる”**因果が復帰。

 •政策:W1-DoIは凍結。W2双灯祭に行動資源を集中。

 •余談:ユウマの説明は乾燥度が高い。**加湿器チイロ**が必要。


 「最後の余談いるか?」俺が眉を上げる。

 ミナトは無表情で頷いた。「学内会議録は湿度管理が重要だろ?」



 4. 舞台で例える(レイカ要望)


 レイカが腕を組み、胸を張った。「舞台で例えて!あたしにも“間”で分かるやつ!」

 俺は数秒考えて、演出家の声色に切り替える。

 部屋の空気が、まるでリハーサル室のそれに変わる——

 埃っぽい照明の下、台本のページをめくる音が聞こえそうな。

「わかった、レイカ。W0は台本の“場面指示”だけ書いて、上演日は空欄のままの脚本家だ。

 りうのログみたいに、“合同学園祭=ヤバい境界イベント”ってタグだけ付いて日時が未定義。

 舞監(世界線)が勝手に解釈するから、座組は混乱するんだ。


 W1は——ゲネ(稽古本番)の前倒し版。

 照明がチカチカ点滅したまま、殺陣の振り付けも詰め切れてないのに、強引に初日を踏む座組。

 幕が上がったら、セリフが噛む、道具が倒れる、客席の空気が凍る。位相ズレの早期確定で、危険度が一気に最大化。

 鞘外0.5層を剥いだら、なおさらだ。あの“優しい編集”のクッションが半分抜けて、セリフのが容赦なく短くなる。

 演者(俺たち)は、息つく暇もなく“最短で折れる”因果の刃を食らう。観客(因果核)は待ってくれない。

 ——一瞬のミスで、カーテンコールどころか、舞台崩壊だ。


 一方、W2は公演順延の恵まれた並列。

 稽古時間が倍増して、照明の角度を微調整、殺陣の間合いを磨き、衣装のシワ一つまでチェックできる。

 ただ——“客入れのベル”は確実に鳴る。双灯祭の足音が近づいてくるんだ。

 準備の余地はあるが、油断すればW1の悪夢が忍び寄る。

 鞘外0.5層の試験? それは、“演者にだけ通し稽古の厳密台本を渡した”状態。

 普段の柔らかいリハ台本じゃなく、初演そのままの、セリフの隙間が針のように鋭いヤツ。

 情動平滑が半減して、罠の角がむき出しに戻る。成功率の見かけ数字は上がるけど、実質は地雷原。

 俺たちが今、W1-DoIを凍結するのは——初日を遅らせて、稽古を増やす。

 座組を壊さないための、演出家の判断だ。幕間を稼いで、W2の安全化に全リソースを回す。

 それが、再開のための“間合い”を取る術だ」


 レイカは目を輝かせ、ぱっと笑った。

 彼女の胸張りが、まるで舞台のスポットライトを浴びたみたいに、部屋を明るくする。

 「わかった! 超わかる! じゃあユウマは座長兼演出家。セリフ、ちゃんと覚えておいてね——救世主様!!」

 元気な声が、冷たい空気を一瞬だけ柔らかく溶かす。

 レイカはそこで、椅子から立ち上がり、即興でジェスチャーを加える。

 手を広げて“幕開き”のポーズを取り、続けて指を一本立てて“凍結の合図”を真似る。

 「でさ、凍結中はみんなで“オフステージ”の準備よ。照明係ミナトは位相モデルの再推定、衣装係トウタ

  スレで広報、音響係(私)はキューシート作って“危ない間”に警告灯入れるわ。ミサキは……メイク担当?

  ユウマの目、寿命三年分戻すやつ! チイロは——脚本補完のミーム女王ね。AAで“間”を埋めて!」


 彼女の言葉に、部屋が少しざわつく。

 トウタが「オフステージでスレ回すの、最高」と親指を立て、ミナトが「照明の角度、将棋の終盤に似てる」と呟く。

 レイカのメタファーは、ただの例えじゃなく、座組全体を繋ぐ糸になった。俺は小さく頷き、演出家の声から戻る。

 「了解。キューシート、頼むぞ。救世主のセリフ、飛ばさないようにな」

 レイカがウィンクを返し、座り直す。その笑顔に、双灯祭の足音が、少しだけ軽やかに聞こえた。



 5. 保健医モード(ミサキ)

 ミサキは手帳を胸に抱え、俺とチイロを交互に睨む。

 「……で。健康管理の立場から言います。凍結は賛成。でも!」

 彼女は一歩近づき、声を落とした。 「“この間のお泊まり”——なんかあったの?」

 空気がピンと張る。

 チイロは瞬きを一度だけして、“ミーム女子フルパワーの笑顔”を作る。

  「ありませーん! 事件も事故もロマンスもゼロ! ゼロ、OK?(親指)」

 ミサキはじりじり距離を詰める。

 「じゃあなんで、今日のユウマの目が**“一晩で寿命三年削った目”**なの??

  データじゃなくて、体の話してるの。睡眠、食事、心拍」


 チイロの笑顔が一瞬だけ固まる。ミサキはさらに畳みかけるように、声を少しだけ低くして続ける。

  「それにさ、お泊まりの前——チイロ、ランジェリーショップに行ってたよね? なんで? あれ、準備? それとも……」

 部屋の空気が、針で刺したみたいに尖る。チイロの目が珍しく大きく見開かれ、頰がわずかに赤らむ。

 いつもはミームの盾で弾くはずの矢が、今日は直撃したみたいだ。

 「え、なんでそれ知ってるの!? ミサキ、ストーカー? いや、待って、絶対偶然じゃ……!」

 トウタがスマホをカチカチ叩きながら、目を輝かせて割り込んでくる。

 「おおお、匂わせ全開じゃん! これスレ立て確定。

  タイトル《チイロのランジェリーミステリー:お泊まり編!凍結前に爆発?》で、AA付きで……」

 「やめて! トウタ、絶対やめて!!」チイロが珍しく声を張り上げ、トウタの腕を掴んで静止する。

 彼女の顔はフルパワー笑顔から、慌てふためく少女モードにシフト。

 緑のボールペンが机に落ちて、コツンと音を立てる。


 ミサキの表情が、そこから一変する。

 最初はただの好奇心の延長だった目が、徐々に細く、鋭く——そして、どこか震えるように歪む。

 ランジェリーショップ。

 彼女の頭の中で、それがただの可愛い下着屋じゃなく、大人の、妖しい光を帯びた店として浮かぶ。

 黒いレース、透ける生地、夜の匂いがする棚——そんなイメージが、ミサキの胸をざわつかせる。


 俺の疲れた目。お泊まり。チイロの慌てた顔。すべてが、繋がりそうで繋がらない糸のように、彼女の心を締め上げる。

 「待って……ランジェリーショップって、あの……アダルトなやつ?

  え、チイロ、何買ったの? ユウマの好みに合わせて?

  お泊まりで……着てたの? それでユウマの目があんなに……!」


 ミサキの声が、最初は低く抑えていたのに、だんだん高く、切羽詰まった調子になる。

 手帳を抱える手が白くなるほど握りしめ、視線が俺に——そしてチイロに——交互に突き刺さる。

 激怒? いや、それ以上。嫉妬の炎が、静かに、でも確実に燃え上がる。

 彼女の瞳に、わずかな涙の膜が張る。

 部屋の空気が、重く淀む。

 レイカが息を飲む音が聞こえる。ミナトは無表情のまま、ホワイトボードの端を指でなぞる。

 トウタのスマホ叩く音すら止まる。


 俺は内心、チイロの行動に少し引っかかる。ランジェリーショップ?

 なんであんな店に……お泊まりの準備?

 いや、チイロのことだ、きっと何かミーム関連のネタか。

 ストレス発散の買い物だろう。……ま、深く考えない方がいいか。

 恋愛の匂いには、俺はいつも鈍い。世界線の位相分離みたいに、複雑な感情の糸は見えにくい。

 ただ、ミサキのこの様子は、明らかに異常だ。彼女の目が、いつもより脆く見える。


 「ミサキ、落ち着け」俺は静かに言う。

 手を軽く上げて、制止のジェスチャー。

 「チイロのプライベートだ。俺たちに関係ない。……お泊まりは、ただの作戦会議の延長。変な想像は、凍結しろ」


 ミサキは俺の言葉に、ビクッと肩を震わせる。視線が俺に固定され、唇を噛む。

 激怒の炎が、ゆっくりとくすぶる不安に変わる。彼女の心が、徐々にメンヘラの渦に落ちていく気配。

 手帳を胸に押しつけ、息を荒げながら、ようやく声を絞り出す。

 「わ、わかってる……ごめん、変なこと言っちゃった。でも、ユウマの体、ほんとに心配で……

  私、保健室で待ってるから。いつでも、来て。私だけが、ちゃんと守れるから……」


 その言葉の端に、独占欲の棘が刺さる。チイロが小さく息を吐き、笑顔を無理やり戻す。

 「ミサキ、ストーカー認定は撤回! でも、次は一緒に買い物行こうよ。普通の下着屋でさ。AAで癒す?」


 トウタが空気を読み、スマホをポケットにしまいながら

 「スレは……マジで封印。祭後で、平和なやつだけ」と呟く。


 レイカが「みんな、深呼吸!」と手を叩いて場を和らげようとするが、ミサキの視線はまだ俺に絡みついたまま。

 ミサキはそこで、チラッと俺の方を見る。俺の顔は——変わらず、ただの疲れたリーダーのそれ。

 変な動揺も、隠しきれない余裕の笑みもない。ただ、淡々と息を整えているだけだ。

 ミサキの目が一瞬細まるが、すぐに納得したように肩を落とす。


 「ふうん……まあ、いいけど。変なことじゃなくてよかった。でも、睡眠ログは絶対提出ね。

  ユウマの目、明日まで治らなかったら保健室強制送りよ。……約束、だよ?」


 俺は息を整えた。嘘はつかない。ただ、言わないだけだ。

  「……誰も、壊していない。壊す前に凍結した。今日の議題はそれだけだ、ミサキ」

 ミサキは数秒俺を見てから、視線をそらした。だが、その横顔に、かすかな影が差す。

 メンヘラの芽が、静かに根を張り始める。

  「……了解。でも、保健室はいつでも開いてる。君も、チイロも。特に、ユウマ」


 「ありがと」チイロが小さく手を振る。俺の隠蔽をやさしく受け流す壁になってくれている。

 トウタは肩をすくめて「スレは祭後で我慢するか」と呟く。

 空気が、少しだけ柔らかく戻る——が、ミサキの視線だけは、俺の背中に、熱く残る。



 6. 決定文リーダーとして


 俺は端末をホワイトボードにミラーリングし、決裁文を投影した。

 声は落ち着いて、短く、明確に。


 【決定】W1-DoI 凍結

 1.凍結期間:W2 双灯祭 終了→事後観測レビュー完了まで。

 2.情報統制:鞘外0.5層の詳細は**リーダーと監査チイロ**で封緘。

 3.準備行動:

  a. 双灯祭リスク低減策(人流誘導、演目入替、警報ライン可視化)

  b. 観測負荷の分散(一人あたりの“見る”回数の上限設定)

  c. 健康管理(睡眠ログ必須、負荷過多者は強制離脱)

 4.代替研究:位相分離モデルの再推定(ミナト主導/チイロ監査)

 5.広報:学内向けには**「安全強化週間」**として運用(トウタ広報)


 読み上げ終えると同時に、全員の端末に署名依頼を送る。

 ピロン、ピロン、と承認音が重なり、最後に——チイロが俺の画面を覗いていた。

 狐みたいな目で、そっと頷く。**“まだ言わない”という俺の選択に、“まだ守る”**という答えで返す。



 7. それぞれの声


 「よっしゃ!」トウタが立ち上がる。

 「スレは**“凍結でOK、次の手は現実整える”で回すわ。変な煽りはミュート**。まず双灯祭越えようぜ」


 「将棋の練習もしないと」ミナトが淡々と続ける。「終盤力の鍛錬は**“間合い管理”**。祭の導線にも効く」


 「座長ー!」レイカが再度手を挙げる。

 「舞台のキューシート、私が作る。**“危ない間”**に警告灯入れるから、セリフ飛ばさないでね、救世主様!!」


 ミサキは俺のそばに立ち、低い声で囁いた。

 「……ほんとに大丈夫? “見えたもの”は、あなた一人で持たないで」


 「持たない」俺ははっきり言った。

 「分ける。タイミングだけ、俺が決める」


 そのやり取りを、チイロが黙って見ていた。

 彼女は小さく息を吐き、軽口を一つだけ置く。

 「ユウマの**“閉鎖回路”は、“共同回路”**に換装した方が燃費いいからね。ほら、皆で担ぐ」


 笑いが起きる。わずかだけど、救いの音だ。


 8. 余白(語らないこと)


 ——ここにアスミはいない。

 俺が今語らなかったのは、彼女だけが生き延びたW1の結末でも、**鞘外0.5で覗いた“刃の角度”**でもない。

 俺が語らなかったのは、**俺自身が“まだ押していないボタン”**の存在だ。

 押せば、次に進む。だが、それは今日じゃない。双灯祭の後にする。

 彼女の優しさを、もう一度だけ、道具ではなく灯りとして扱うために。



 9. 散会前の確認


 「最後に、もう一つだけ」俺は全員を見回した。

 「凍結は“退却”じゃない。“準備”だ。W1に向かう日は、いつか来る。その時、誰一人、偶然で死なせない」


 沈黙が、賛同の静かな形に見えた。

 承認の音は、もう要らない。


 「——解散。各自、現実を整えろ」


 椅子が擦れる音。扉が開き、冬の手前の風が入る。

 トウタは廊下へ出ながら振り返り、「スレ立て完了したらリンク投げる」と手を振った。

 ミナトはボードを抱え、「将棋は終盤からやる」と去る。

 レイカはステップを踏み、「セリフ、頼んだよ、座長!」

 ミサキは保健室バッグを肩に、**“開いてるよ”**と目で告げた。


 最後に残ったのは、俺とチイロ。


 「……ありがとな」

 「ん。“隠す”の、独りでやると歪むから。私が外側で“笑い声”やっておく」


 「助かる」


 チイロは扉の前で振り返り、ひそっと笑う。

 「ねえ、ユウマ。“まだ押さないボタン”——押す時は、合図して。『了解』って言うから」


 「……了解」


 扉が閉まる。

 窓ガラスの向こう、双灯祭の足場が組まれていく。

 俺は端末を閉じ、机の上の空白をそのまま残した。

 空白は、凍結の形だ。

 そして、再開のための余白でもある。


 夜、ひとりでログを閉じた。

 画面に残ったのは、五人の署名と「了解」の文字列。

 この文字たちは、信頼の証であると同時に、俺への“静かな刃”だ。

 彼らは信じてくれた。だからこそ、俺が傷つく。


 鞘の外を覗いたとき、理解したことが一つある。

 ——優しさは、観測の敵だ。

 だが同時に、優しさを失った観測は、ただの解剖になる。

 アスミが残した“優しい嘘”は、残酷な真実の壁の前で最後に残った人間の形だ。

 俺はそれを否定できない。


 言わなかった言葉が胸に溜まる。

 チイロの笑い声、ミサキの詰問、トウタのスレ立て宣言、ミナトの淡々とした理屈、レイカの舞台の呼吸。

 そのすべてが、W2の“まだ生きている”証拠だ。

 ——だから、今はまだいい。

 俺が痛むうちは、この世界は続く。


 アスミ。

 お前の独白は、もう俺だけが読めるレベルじゃない。

 でも、必ずもう一度“共同観測”に戻す。

 優しさを罪ではなく方法にするために。


 次にあのボタンを押すとき、

 俺はたぶん、もう少し優しい嘘のつき方を知っていると思う。


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