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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
観測部編

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59/94

EP59. 観測部、青春の干渉試験。

 雲越チイロ/記録者だよ!


 アスミ、覚悟しなさい。

 これは私の観測記録であり、君の忘却罪状書でもある。

 ハル、アスミ、リリ、そして私。

 ――この四人が、まだ“世界を真面目に遊べていた頃”の長い午後の記録。


 ……アスミ。

 お前、また“思い出せませんでした”の顔してるな。

 ほんとにどこに置いてきたの、あの放課後。

 ハルの声も、リリの皮肉も、あんたの小さな息づかいも、ぜんぶ“昨日のデータ”にしちゃったのか。


 私は何度も言ったよね、観測=干渉。

 記憶ってのは観測しなければ死ぬんだ。

 だから私は今から、もう一度だけ“干渉”してやる。

 四人が揃って笑ってた、あのありえないほどくだらなくて、それでいて世界の根幹を動かしてた瞬間を――もう一度。


 君が忘れた分だけ、私は喋る。

 君の時間が止まった分だけ、私は書く。


 どうか、読みながら少しでも胸が熱くなったら、それが“再起動”のサインだ。


 観測部第二弾、開幕する。

 覚悟しろ、忘却女王。

 今回も、君の心拍データを根こそぎ採取してやる。


 けど、今回の話は君に何を与えるかわからない。

 先に謝っとく。ごめんなアスミ。


 放課後、理科準備室。

 昨日のカップ麺と塩化ナトリウム、延長コードの埃っぽさ、そして青春の残り香が、換気扇の気まぐれと同居している。

 ガラス戸越しに差す光は、実験台のステンレスで一度冷え、そこから跳ね返って部屋を黄昏色の実験場に仕立てる。


 「チーちゃん、今日の机、マジのマジでカオスなんだけど」

 入室と同時にハルの笑い声。反射率+、体感温度+3℃、心拍+0.2。

 「カオスじゃない、創造初期段階といえ」

 「言い訳がいちいち文学」

 ハルはケラケラ笑いながらカーディガンを椅子に掛け、私のノートPCを覗き込む。

 金髪ハイライトのピンクが夕光を掬って、照明より明るい人間が完成する。


 窓際ではリリが定規で付箋の角度を45度から44度に修正している(なぜ)。

 「エントロピーが上昇してます……」

 「え、部屋が?」

 「心がです」

 「やっぱリリちゃん、文系!」

 「事実です」

 言いながら手元は止まらない。几帳面の権化。好き。


 そして中央、実験台の端でアスミがノートPCを開く。

 モニタには大書――『時間観測の非対称性』。

 眉間のしわは2本、口角は0°。完全思考モード。

 (可愛いのに近寄りがたい指数は今日も高め。研究的には希少個体)


 「アスミちゃん、昼からそれ?」

 ハルが覗き込む。

 「はい?過去改変の論理構造の、再設計を……」

 「出た、“過去に恋する女子”。可愛い。いやもう尊い」

 「ハル、言い方」

 「だってさ、ロマンじゃなく検証だもんね」

 「……はい」

 「うーん、この温度差。最高」


 私は頬杖を変え、観測を始める。

 四人の会話は、私の脳で同期信号に変わる。



 「今日はね、記憶干渉実験Ver.2.0をやるぞ」

 私が手を叩くと、三人の視線が集まる。脳内でミニ花火。

 「また危険そうな名札……」

 アスミが顔を上げる。

 「安全宣言。今回は五感再演法ね」

 「五感……?」

 「嗅覚と聴覚で“昨日”を“今日”に重ねる。

 リリ、音響データ」

 「完了です。昨日16:12のチャイム音を周波数補正、ループ化。雑音は−12dB」

 「優秀!」

 「褒められても、失敗すれば鼓膜破壊ですけど」

 「言い方がいちいちホラーやめて」


 ハルが黒板にチョーク。

 M(t+1) = M(t) + {ΔS × f(emotion)}

 「どう?チーちゃん」

 「式が可愛い。fが♡」

 「でしょ?」

 「“恋の数理モデル”で論文出そう」

 「査読に蹴られる」

 「でも見出しだけでバズる」

 「じゃあアスミちゃん、タイトル!」

 「え……“感情フィードバック系における恋愛非線形振動の再現性”……」

 「一瞬で天才。でも甘さゼロ!」

 「学術的に正確なだけです」

 「君たち、ほんとに中学生?」

 「ミーム的に言えば、知性が青春を侵食中しとるぞ」

 「侵食って言うな」


 私は笑いながら、心のノブを真剣に回す。

 ――この空気。これが観測部の核。

 笑いが潤滑油、理屈がエンジン、人間が燃料。

 回り続けるうちは、生きてる。



 実験の手順は三段。

 ①昨日のチャイムを再生。

 ②昨日の匂い(ミルクティー)を再現。

 ③昨日の言葉を“再演”。


 「つまり、“昨日”を五感でシミュレーション」

 アスミが復唱。

 「正解。戻るんじゃなくて重ねる♡」

 ハルが引き取る。

 「過去の面影をいまに貼る。一瞬、二つの時間が同時存在する錯覚を作るの」

 「錯覚……でも、それで行動確率が変わるなら、理論上は実用可能……」

 アスミの声が、珍しく熱を帯びる。

 リリはボリュームを0.7、高域を−2。準備完了。


 「始める。吸って――止めて――吐く。4–7–8」


 スピーカーから「昨日」が流れる。

 校舎の遠いチャイム、グラウンドの掛け声、吹奏楽の調律失敗、誰かの笑い。

 紙コップのミルクティーは、さっきより甘い。

 (嗅覚は記憶の最短経路。知ってる。けど、毎回驚く)


 空気の密度が変わる。

 時計の秒針が遅れたように見える。もちろん私の目の錯覚。でも、錯覚は立派なデータ。


 「……チーちゃん」

 ハルの声が低い。

 「これ、ほんとに“今”?」

 「観測上、“昨日”を今に重ねてる」

 「やば……なんか、泣ける」

 「リリ、データ」

 「取得。心拍+1.31、皮膚電気反応+、幸福指数上限突破」

 「幸福が飽和した……」

 アスミがぽつり。

 「“過去”と“今”が重なると、心が熱くなる」

 「それが干渉熱。そして――ハルナ温度」

 私は笑う。

 「君がまだ覚えてるはずの、あの温度」


 ハルが私の袖をつまむ。子どもみたいな力加減。

 「ねぇ、チーちゃん。このまま時間、止めとく?」

 「倫理審査にかけてから」

 「やだ。青春は直進」

 「いや、観測は手順」

 「二人とも、喧嘩しないでください」リリの正論の雨。

 「喧嘩じゃない、存在の相性」

 「それはそれで面倒」



 事故はいつも、小さな音で始まる。

 チャイムのループにノイズが混じった。1秒未満の過剰早送り。

 「……今、飛んだ?」

 私が言うより早く、アスミが呼吸を乱す。

 「4–7–8!」

 「吸4、止7、吐8!」

 全員でテンポを戻す。再演を止める鍵。


 ハルがアスミの背中をさする。

 「アスミちゃん、戻っておいで」

 リリはボリュームを0に落とす。「音停止、匂い換気」

 私が指パッチン。現在復帰の合図。

 秒針が通常速度に見える。よし。


 アスミは深呼吸を数回。頷いた。

 「……ごめんなさい、手順を飛ばしそうに……」

 「飛ばし癖が出かけただけ。止められた。それがプロ」

 「プロじゃないです、先輩」

 「じゃあプロ予備軍」

 ハルが笑って、アスミの額に指で×印。

 「再犯防止♡」

 「ハル、印つけるな!」

 「可愛いから問題なし♡」

 「可愛いは免罪符じゃないぞ!」

 「青春に限っては免罪符♡」

 「うるさい!」

 (この無駄口の温度が、命綱だ。私はわかってる)



 小休止。私は白衣のポケットからミントを四粒。

 「ふぅ、投与」

 「薬みたいに言わないでください、チイロさん!」

 「精神安定ミントです」

 「味覚介入に該当」

 「良い介入」

 「議事録に記載しました!」

 (ほんとに記載するな、リリ。好きだけど)


 空気が緩むと、バカ雑談が始まり、そこから真理が顔を出す。観測部の常。



 議題を再開。

 「本日の成果をまとめる」

 私は板書。字は汚いが真心はある。

 •A. 五感再演法:過去を重ねることで“いま”の行動確率分布が変位。

 •B. 安全弁:赤(介入不可)/黄(観察のみ)/青(軽微介入)。閾値超過時は4–7–8で停止。

 •C. 否定の導入角度:保留→仮説→検証。リリ、初速の「否定」を保留に変換成功。

 •D. 手順飛ばし:空白観測を義務化。導出の穴=付箋管理。累積で手順再設計。


 「青春の定義も決めようぜ」と、ハル。

 「ΔFix < 0 の持続時間」と、アスミ。

 「“固定化がほどけ続ける時間”です」と、リリ。

 「公式:青春=固定化解像度の低下期。よって楽しい」と、私。

 「人生、たまに賢いこと言うね、チーちゃん」

 「毎回言ってるだろ?」

 「いや、たまに」

 「そこは反証を出せ」

 「かわいいで上書き」

 「統計が壊れるわ!」

 (会話が踊る。私はドラム。楽しい)



 実験終了時刻が近づく。

 私は片付けフェイズの可視化が好きだ。

 ハルはケーブルを、リリは付箋を、アスミはノートを、私は退屈を片づける。

 四人それぞれの手元のリズムが、ひとつの曲になる瞬間がある。

 今日も来た。来た。


 アスミのノートの最上段。


 『観測部:退屈0%、危険3%、幸福97%』


 ――97%。

 この**空欄の3%**が、未来のすべてを裏返すって事実を、私はまだ知らない。

 (知ってても止めないけど。生き物だから)


 ……はぁ、はぁ……。

 ……ふ、ぅ……。

 だめだ、喋りすぎて脳が酸欠。

 私、こんなに呼吸荒いの、体育以来だよ。


 ……で、アスミ。

 今度こそ、思い出した?

 あの部屋の温度、ミルクティーの匂い、ハルの笑い声。

 リリの小さな「違うと思います」、そして君の、あの“何かを掴みかけた”顔。


 ――まだ、出てこない?


 ……なぁ、アスミ。

 君の中で世界が止まったままなら、私たちはどこにいたことになるんだろうね。


 (沈黙)


 ……やれやれ。ほんと、観測者泣かせだよ。

 でもさ、君の中のノイズが、今こうして少しでも揺れたなら、それで私は十分。

 だって――“揺れ”こそが観測の始まりだから。


 次は、ちゃんと続きを話す。

 君が呼吸を取り戻した、その隙間に。


 覚悟しておけ、アスミ。

 私はまだ、干渉をやめる気はない。


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