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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
観測部編

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58/94

EP58. 観測部、世界線の片隅で。

 ……アスミ。


 ほんっとに、まだ思い出せんの?

 いや、ちょっと待って、まさかのゼロ・リコール? 

 白鷺ハルナだよ、白鷺ハルナ。

 あの「何食べたらそうなるの」ってレベルの体温発光体。

 おまけに観測部のカロリー源で、私のツッコミ担当で、リリの成長請負人だった女だぞ。

 どうやったらそんな存在をキャッシュごと消去できるの。


 ……はぁ。

 だめだ、これもう理論じゃ説明つかん。

 “記憶喪失”って言葉がかわいそうなほどだわ。


 いいか、アスミ。

 これから話すのは退屈の死因と世界線の青春の話。

 つまり、あんたの頭の中の“空白領域”を再観測するセッション。


 耳の穴、ちゃんと開けとけ。

 ノートも取れや。

 もう一度言う――白鷺ハルナを思い出せ。


 では、語る。

 私、ミーム女子神こと雲越チイロが、観測部という名の狂気と友情のデータをここに再生する。

 笑うなよ。

 これが、君が忘れてるはずの、君の世界線だ。


 放課後の理科準備室。

 窓の外では運動部が「根性=等式」の誤用を叫び、廊下では吹奏楽部がA=440HzをA=気分で微調整している。

 ここだけ空気の温度勾配が別。

 白衣とカップラーメンと理論書と、未払いの青春が同居する部屋――観測部。

 つまり、私の神殿であり、無意味の楽園であり、混沌の箱庭。


 「チーちゃん、また机の上がカオスなんだけど!」

 ハルがドアを押し開けるなり、ビーカーを退けて私のノートPCを覗き込んだ。

 ハニーブロンドにピンクのメッシュ、反射率が室温と相関して上昇。

 室内照度は据え置きなのに、見た目の明るさだけ +3EV。 この人はいつも光学を裏切る。


 「カオスじゃない、創造初期段階」

 「言い訳が哲学過ぎるのよ」

 ハルがケラケラ笑って、カーディガンを椅子に掛ける。

 その一連の“普通”が、なぜか世界を整える。

 整備士みたいな陽キャ。

 しかも全身フルチューンの見た目。

 相変わらず、なに食べたらその発育?許さん。


 私は机の紙層を一枚剥がし、今日のメモを新しくする。

 右隣では、アスミが静かにノートPCを起動。

 画面には例のタイトル――『時間観測の非対称性』。

 眉間にしわ+口角0.0°=完全思考モード。

 (可愛いけど近寄りがたい指数、今日も高め)


 「アスミちゃーん。昼からずっとそれ?」

 ハルが尋ねる。

 「はい。過去改変の論理構造を再設計してて……」

 「うわぁ、やっぱり言った。もうこの子、恋でもしてんのかってくらい“過去”に執着してる」

 「ハル、言い方www」

「だって可愛いんだもん、“過去に恋する女子”。ロマンチックすぎる♡」

 「ロマンじゃなく検証です」

 「その返しが理系すぎるのよ♡」


 ハルが机をコツンと叩いて笑う。

 笑いの一次モードが部屋の空気を揺らす。

 私は頬杖をついたまま、観測を開始。

 左斜め後方では、リリがノートに淡々と水平線を引き、その上に小さな文字で反論の種を並べはじめる。


 「矢那瀬の過去改変って、そもそも破綻してます」

 リリが、小声で、しかし確実に撃つ。

 「初期条件の再定義が矛盾するから。ね、チイロさん?」

 「うん、理論的には破綻。でも、感情的には成立する」

 「感情的……?」

 「人間って、“あのときこうしていれば”って思考実験を日常的にやってるでしょ。

  あれが“簡易版・過去改変”。無害なシュミレーションってわけ」

 「なるほど、それなら私も毎晩やってます!」

 「どんな?」

 「“昨日の夜食を食べなければ”という実験……」

 「リリ、それは世界改変より消化器官の問題な」

 「リリちゃん、真面目顔でギャグ落とすのやめて、私ツボる!」

 ハルが吹き出し、アスミの肩をぽんと叩く。

 「見てアスミちゃん、リリちゃんがボケを数式で包んでる!」

 「……普通に真剣に言ってるように聞こえますが」

 「真剣なギャグほど強いのよ。観測上、笑いのエントロピーは最大値に達する!」


 私はメモに記す。


 観測注記A:ハル、笑いで時間知覚を0.8倍に圧縮。室温換算+3℃。

 観測注記B:リリ、否定の初速→**“保留”**へ変換傾向。進化中。


――――


 「そういえばさぁ」

 ハルがノートを閉じ、唐突に話題を放る。

 「私、昨日**“記憶の上書き実験”やってみたんだ♡」

 「また危ないことを……」

 ムスっと、アスミが顔を上げる。

 「何を上書きしたんですか?」

 「給食の味噌汁の具。昨日の豆腐を、頭の中でワカメに変えてみた」

 「……何の意味が」

 「記憶って案外、味覚情報から簡単に書き換えられるの。チーちゃん、これが私の“記憶ベースの微改変理論”!」

 「理論という名の食レポでは?」

 「違うって。味覚の錯覚は情動と強く結びつく。

  Emotion = ΔMemory / ΔTime。ね? 式で言うとロマンあるでしょ♡」

 「うん。完全にバカロマンティック方程式ね」


 リリが、珍しく前のめりで手を挙げる。

 「それって、食べ物を通じた記憶介入……ありかもしれません」

 「リリちゃん、乗るの早い!」

 「面白い仮説は拾っておくべきです。否定から入ると未来を閉じるので」

 「ほら見てチーちゃん、リリちゃん、成長してる!」

 「リリのアップデート周期、意外と短い。アスミもそろそろパッチ当てような」

 「わ、私ですか?」

 「そう。君の“過去改変”論、もう少し手順が必要。いまのままだと、導出を三箇所飛ばしてる」

 「……そんなに飛ばしてません」

 「観測上、三箇所。位置情報付きで保管済み」

 「うっ……数えないでください……!」

 「はいミーム検出:反論時の耳の角度 +8°」

 「それデータ取らないでください!」


 ハルが机を叩いて、二波目の笑い。

 笑いは最高の同期信号。

 四人の呼吸が同期し、部屋がひとつの可愛いカオスになる。


――――


 ここで、私は永年の疑問を再度投げることにした。

 「で、いい加減正直に言ってさ、何食べたらその発育? 同い年の統計から逸脱してる。胸デカ過ぎだろ!」

 「たがら、朝はヨーグルト、昼はパン、夜は――勝利だって!♡」

 「だから、カロリー表に載ってないのだが!」

 「だから、真面目に言うと、遺伝子と睡眠と笑い声。あとチーちゃんの辛口ミームね♡」

 「私で育つな。私は私で育たんぞ」

 「育つよ。ツッコミはバストに効く(※個人の感想)」

 「査読:地獄」

 「今度は四人で行こう、地獄。可愛い地獄なら観光地♡」

 「お断りします」とアスミ。

 「言ってみようかな」とリリ。


――――


 「はい、研究に戻る」私は手を叩く。

 「今日の議題は三つ。

 ①過去改変の“手順化”。

 ②記憶の微改変の安全弁。

 ③否定の導入角度を保留に変換する実践」


 アスミが姿勢を正す。

「①は、観測→情動→手順の三段ロケットで設計します。

 観測で対象を確定、情動で燃料を投入、手順で可逆な介入だけを許す」

「よろしい。」私は頷く。

「加えて、途中式を飛ばさないための空白観測を入れる。

 ノートに穴が出たら付箋。付箋が累積したら手順の再設計」

「……了解です、先輩」

「先輩って呼ばれるたびに寿命が伸びる」


 リリが②を引き受ける。

 「記憶微改変の安全弁は、三段階にします。

  赤:介入不可(トラウマ/アイデンティティ核)。

  黄:観察のみ(再演はするが書き換えない)。

  青:軽微介入可(味覚・匂い・BGM)。

  運用中に閾値を越えたら4–7–8呼吸でセッションを停止」


 「いいね、呼吸はAPIな」私は満足。

 「4–7–8はただの落ち着く儀式じゃない。記憶再演の鍵。

  吸4・止7・吐8で、過去の迷いを短く再演→現在の選択へ写像」


 ハルが③を巻き取る。

 「否定の導入角度は、**“保留”→“仮説”→“検証”**の三拍子。

  リリちゃん、最初から全否定しないで“可愛い保留”から入ろう!」


 「可愛いは余計です」

 「かわいいは正義、統計で証明したい!」

 「サンプルN=1」

 「私がN=2にしてあげる!」

 「ハルナさん、やめてください」

 (否定→保留、達成。ハルの人間工学、今日も強い)


――――


 「……ねぇチーちゃん。」

 ハルがふっと真面目な音程に落とす。

 「この部、将来どうなると思う?」

 「物理的には崩壊、精神的には継続、観測的には無限ループ」

 「うわ、答えが文学」

 「つまり?」

 「つまり、記録には残るってこと。誰かが忘れても、観測された瞬間がある限り、どこかで世界が覚えてる」


 そのとき――アスミの視線が一瞬、遠くにスリップした。

 思考でもなく、記憶でもない。

 “思い出せないものを思い出しそうな顔”。

 私は直感で口を閉ざす。ここはノイズではなく静寂を入れる場面。


 沈黙。

 ハルの笑いが、まだ室温を三度上げたまま空中で揺れている。

 リリのペン先が止まり、アスミの指先が微かに震える。

 私はメモに最後の一行を刻む。


 『観測部、本日の活動終了時刻 17:42。退屈は完全に死滅した』


――――


 片付けフェイズ。私はケーブルを巻き、ハルは髪をまとめ、リリは付箋を色別に並べ、アスミはノートを閉じる。

 その一枚上に、私のいたずら書きが残る。

 「過去=選択の固定化/未来=固定化の解除」

 アスミがそれを見つけ、わずかに口角が揺れた。

 0.5°。それで十分。


 ドアが閉まる。夕焼けの色が薄くなる。

 これが、四人が同じ温度で笑っていた季節。

 誰も「奇跡」とは言わなかったけど、世界は確かにこの瞬間だけ、美しい乱数を刻んだ。

 乱数は設計を壊すが、人生を動かす。


 観測ログを閉じながら、私は確信する――

 退屈は死に、記録は生きた。


 (雲越チイロ/息切れモード)


 ……はぁ、はぁ……。

 ……ぜぇ、ぜぇ……。


 なぁ、アスミ。

 これだけ喋って……これだけデータぶん投げて……

 まだ、思い出せないの……?


 (沈黙)


 ……おい。

 おいアスミ、目逸らすな。

 私、これもう理論より酸欠だぞ。

 観測室の酸素量より、君の記憶の方が薄いってどういうこと?


 ……はぁ。

 でも、わかる。

 その顔。

 眉間に小さく皺寄せて、どこか苦しそうにして、“思い出せそうで思い出せない”ってときの君の顔。

 それ、観測者が干渉を始めた証拠。


 ……で?

 (深呼吸)


 アスミ:「……あの、先輩。その後……四人は、どんな活動をしてたんですか?」


 ……っは、今それ聞く?

 いいよ、言ってやる。

 教えてやるさ。

 笑いすぎて実験レポートが涙で滲んだ、観測部の活動記録第二弾。


 次のページ、開くぞ。

 ――記録、続行だ。


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