EP46. #笑いの安全装置はどこへ消えた
最初に言っておく。俺は“笑い”で世界を遠ざけるタイプの実況者だ。
ヤバい現実でも、語尾に「w」を付ければ、ギリ人間でいられる。
——そう信じてた。
けど“あの日”、黒沼カイトと、もう一人の名前(御影シオン)を聞いた瞬間、笑いの安全装置がカチリと外れる音がした。
このログは、俺の“配信者としての声”が、少しだけ沈黙に負けた夜の記録だ。
——銃声の残響って、案外、綺麗なんだ。
そんなことを思ってしまった自分が、いちばん怖かった。
***
きっかけは、掲示板だった。
「G4R—Ghost for Reality」って名の、ゲーム実況と戦略考察スレ。
匿名だけど、常連はだいたいわかる。
その中にいた一人——黒沼カイト。
ハンドルネームは「Ka1t0」。
俺はその頃、笑いで世界を照らすタイプの実況者を気取っていた。
殺伐としたマッチでも冗談を言いながら配信して、視聴者に「草」って言わせて、
それで一日がちょっとだけ軽くなるような、そんなテンション。
カイトは違った。
チャット欄に「あとキル3でフルスコア。精度8割」って、ただそれだけを書いて去る。
数字でしか感情を語らないタイプ。
でも——戦闘技術だけは、桁違いだった。
俺は、そういうストイックさに少し憧れてたんだと思う。
だから、オフ会の誘いを断らなかった。
「リアルFPS、見に来ない?バーチャルじゃ再現できない臨場感があるんすよ」
カイトのDMには、地図のリンクと時間だけが貼ってあった。
『リアルFPS(仮)オフライン実況記録』
——トウタ視点ログ
(スレタイトル:【朗報】今日のオフ会、現実すぎて草)
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1 :名無しさん@観測中:
オフ会きた。会場でっっっか。
東京ドーム……マ? てか外壁に謎のセンサー生えてるんだが。
出入口ゲートに金属探知、荷物検査二段構え。映画じゃなくて現実です(震)
——ここまでは、いつも通りのノリ。
FPS実況者として、俺の“お約束”はテンポと悪ふざけ。
黒沼カイトも、そのスレの古参。
語尾に「w」が多く、理屈より臨場感。
最初は気が合った。いや、“合っていた”が正しい。
3 :黒沼K:
「よう、トウタ! 本物の“戦場”見せてあげるっす」
このDMから、歯車は現実に噛み合いはじめた。
オフ会の現場
会場入口で金属探知。
スタッフが「安全ですから」と笑う——フラグ折れてない。
中に入った瞬間、脳内BGMが無音に切り替わる。
床一面にセンサーマット。
壁のスリットには赤外線トラップ。
天井から吊られた360度の巨大モニターに、100人の一人称視点が蜂の巣みたいに並んでいた。
ケーブルが脈打つ。空調が唸る。光が乾いている。
「これ……普通のサバゲーじゃなくね?」
俺が言うと、カイトは肩をすくめて笑った。
「違う違う、“再現型FPS”っすよ。
——痛みも報酬の一部に含めてるwww」
冗談だと思った。
でも最初の発砲音で、前方のプレイヤーが膝から落ちた。
スーツのポインターが白熱し、その着弾部位が視覚化される。
呻き声はマイクで増幅。観客席は一瞬の静寂のあと、歓声。
「おい、これ本気で痛いぞ!」
「だからリアル。実戦性の検証っすよ」
モニター上部にキルログが流れ、ダメコンの数値が踊る。
“笑って実況できる空気”は、最初の着弾で蒸発した。
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27 :トウタ@実況中:
「やべぇ、これちょっと違うぞ……!」
「カイト、お前、どこまでやる気だ!」
※配信のノリで声出た。現地スタッフに注意された(すみません)
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ルール(後出しジャンケン方式)
•50対50 バトルロイヤル。
•安全地帯は時間で縮小、外圧エリア残留で自動失格。
•中央セーフゾーン占拠で勝利。ただし常時スモーク+ドローン監視。
•マップ各所に無人砲台、ランダムで両陣営に敵対。
•スーツのポインター被弾が可視化、痛覚フィードバックあり。
•観戦ステージでは全POVを同期配信、遅延ほぼゼロ。
——結論:ステージ自体が敵。
天井ライトが赤に変調、BGMが戦術ノイズに切り替わる。
床下から衝撃波が低く鳴り、観客の体幹が揺れる。
「観測ライン、同期完了」
モニターの上部に、その文字がにじむ。
ここはもう、“遊び場”じゃない。
44 :黒沼K:
「やっぱ最高だろ? 現実って、痛いほど綺麗っす」
——この一言で、何かが折れた。
カイトの目は“FPS上級者”の集中ではない。
“殺しを設計する側”の焦点距離だ。
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フェーズ終盤(実況モード/息が上がる)
101 :トウタ@実況中:
「残り12。中央セーフゾーン、視界ゼロ。
スモーク濃度上昇、熱源サーチが乱れてる。
砲台が……おい、稼働アルゴリズム切り替わってない? 嘘だろ?」
プレイヤーが走るたびに観客が沸き、痛みの声が演出に包摂され、画面の赤いハイライトが綺麗に見えてくる。
——それがいちばん怖い。
「これが人間の進化っすよ。トウタ。
“倫理のバフ”なんて、戦場じゃデバフなわけで」
カイトは笑う。スクリーンの赤光で輪郭が歪む。
「笑えるかよ、こんなの」
「笑えよwww。お前は“実況者”だろ?」
——刺さった。
どんな比喩でも、どんな編集でも、この場の“現実”は軽くならなかった。
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終演
勝敗が決まっても、拍手は薄い。
数名が医療班に運ばれ、残った観客は“見てはいけない”を見た顔で出口へ。
それでもカイトは笑っていた。
「トウタ、見ただろ?人は痛みでしか現実を覚えられない。これが俺の作りたい“ゲーム”なんっす」
言葉が返らない。
“リアル”って、そこまで欲しかったのか。
再生ボタンのない現実は、ただ喉に引っかかった。
121 :トウタ@帰宅中:
「今日のオフ会、ガチでトラウマ級」
「あいつ、もう“ゲーム”やってない」
「ゲームの形をした現実を作ってる」
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——実況タイトル:
【#オフ会後日談】黒沼カイト、そして“影村の生徒会長”の話【マジで洒落にならん】
配信タグ:#ChronoTalk #戦場の笑い方
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コメント欄は元気。
「トウタ〜」「例のオフ会どうだった?」「ネタくれ!」
——それだよ。
みんな笑い話を期待してる。
俺はいつもの癖で笑いながらマイクを掴む。
「やばかった。ドーム規模、100人同時バトロワ。
痛覚フィードバック付き。——“命のチュートリアル”」
《何それ草》《事件やん》《リアルFPSこわ》
「そう、リアルFPS。黒沼カイト、あの男が中心だった」
言葉にした瞬間、胸の奥が重くなる。
マイクのノイズが、鼓動の代わりを始めた。
正直、カイトは“いいやつ”だ。
ノリも話も合う。
FPS談義の熱量は、他の誰とも違った。
——でも熱の向きが違う。
俺にとってゲームは笑いの拡張現実。
死は編集できる。やり直しが効く。
カイトにとってゲームは現実に足りない痛みの補填。
「本物の緊張感がないと、生きてる意味ないっしょ?」
その笑顔は、少し寂しくて、少し怖い。
「で、そっからがまたやばい」
俺は声を落とす。
「カイト、影村学園の生徒会にいる。
その会長が——御影シオン」
《聞いたことある》《天才一年》《影村の怪物》
「その“怪物”って表現、たぶん正解。
小柄で穏やか、喋りは柔らかい。
でも目の奥が計算式。
ホワイトボードに**『EXIT:Consensus』**って書いて、痛みを“光”で扱うって言ってた」
《どういう意味?》《サイコ?》《哲学?》
「知らん。でもやばい。
“信頼を数値化して、それを光に変換する展示”。
カイトはノリノリ。
『今回は安全設計』って言うけど、
あいつの安全は“壊れないギリギリまで壊す”の意味」
コメントが静まる。
《笑えねぇ》《実験やん》《トウタ逃げて》
俺は笑う。
でも喉の奥で、笑いが空回りする。
「怖いんだよ。
カイトの笑いは痛みと同期してる。
あいつにとって“笑う”は“引き金を引く瞬間”。
俺にとって“笑い”は世界を遠ざける防波堤」
《カイト今どこ?》《双灯祭=天城×影村?》《アスミ出るやつ?》
矢那瀬アスミ——その名前で背筋が冷えた。
“観測者”がいれば、構造は閉じる。
シオンと交われば、カイトは何かを撃つ。
「……俺は距離置く。
でも、次の双灯祭で“痛みの展示”があったら、
その後ろにカイトがいる。
そしてもっと後ろには——」
ライトがちらつき、録画ランプがノイズを吐く。
「——“出口のない出口”を作る天才少女がいる」
《御影シオン=構造の魔女》《黒沼カイト=現実を燃やす火種》《亞村トウタ=実況する影》
俺はマイクを軽く叩いた。
「以上、亞村トウタの実況でした。
笑えるうちは、まだセーフ。
でも——笑いが止まった瞬間が、本当のスタート」
配信を切る直前、ヘッドフォンの奥でカイトの声が再生された気がした。
〈お前も観測者なんだろ?最後まで見ろよ。“リアル”が笑う瞬間をさ〉
——そしてノイズ。
録画ファイルの末尾に黒フレームがひとつだけ残り、タイトルバーには勝手にこう表示された。
【EXIT:Consensus - PreMatch_Log】
家に帰ってから気づいた。
俺の笑いは、世界を照らすためじゃなく、世界から距離を取るためのものだった。
カイトの笑いは、世界に寄っていくための合図。
同じ“明るさ”でも、向きが真逆だった。
双灯祭が始まったら、きっとまた笑いを求められる。
「面白おかしく伝えて」「怖いのをネタにして」って。
——できる限りやる。
でももし、俺の笑いが止まったら、それは本当にヤバい合図だ。
御影シオン。
出口のない出口を設計するJK。
黒沼カイト。
現実を笑いで撃ち抜く男。
俺は“実況する影”でいい。
けど、影だからこそ見えるカメラ外の何かがある。
——もし次に“笑えない俺”を見たら、そっと配信を閉じてほしい。
その時はきっと、本番が始まっているから。




