EP32. 『火宮レイカ=サイレン 舞台袖から見た痛み』
開演前の前口上(客電100%/気負いゼロ)
舞台ってね、だいたい二種類あるの。
一つは「物語を見せるための舞台」、もう一つは——「心を晒すための舞台」。
アスミの独白は後者。ノーリハーサル、ノー台本、ノー退路。
普通の子なら降りる。だって、観客のいないステージほど怖いものはないから。
でも彼女は違った。光の当て方も、影の伸ばし方も、自分で決めて、自分の痛みを照明に変えた。
私はそれを読んで、笑って、泣いて、最後には膝が笑った(物理)。
——照らしたら壊れる。けど照らさなきゃ見えない。
その矛盾の中心で、彼女は演出家であり、被写体であり、痛みそのものの主演女優だった。
このノートは、その舞台を“同じ劇団の末席”から見ていた私、火宮レイカの照明祈願書 兼 楽屋独白。
ちょっと明るく、時々ふざけて、でも芯は本気。
それが私の祈り方。
そして、もう一人——りう。
ZAGIのロゴの裏で、最初にスイッチを入れてしまった子。
未送信の一行が袖灯みたいに消えないから、ここに貼っておく!
第一幕 女優は袖で笑う(でも目は泣いている)
(Lx:ホールハーフ→明転/私の独白を5分だけ頂戴)
私は舞台の人間だ。
笑いは安全ピン、間は呼吸。
だからアスミの「微熱」一行で、私はもう照明プランを走らせていた。
体温+0.4K?——フェーダーが0.4上がる音が聞こえる。
末梢の冷え?——袖は暗い。SR/SL落として、トップで鎖骨だけ拾う。
彼女の文章は“台詞”じゃなく“明滅”だ。
人間の神経系がDMXで動くところを、私は初めて見た。
(ここで小ネタ)
・舞監(心の中の)「4で吸って、7で止めて、8で吐く、はいGo」
・照明操作卓(現実の)「Undoはあるのに赦しボタンはない」
・わたし(素の女)「赦しのボタン、どこで買える?」
客席:クスッ(くる)。でも私の指先は汗で滑ってる。笑いと恐怖はいつも二重写し。
一人の女性としてのアスミ
私は彼女に職能として惚れている。
編集なき一人称でここまで照度を上げられる人は少ない。
でも、それだけじゃない。
同じ“女”として見たときのアスミは、きちんと怖い。
正しさを脇に置いて、痛みを燃料に変える勇気は、綺麗すぎて眩暈がする。
嫉妬? 少しある。守りたい? 大いにある。
ミナトを見る彼女の横顔が、舞台袖の鏡みたいでね。
そこに映る自分の弱さを、私は何度も見てしまう。
(自戒のメモ)
•直射は禁止。彼女には拡散光。
•彼女が笑ったら、笑いを“効果音”にしない。人間の反応はBGMじゃない。
•「好きかもしれない」を台詞にしない。照明で置く。肌色を守る。
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第二幕 りうの席——背もたれのない椅子
(Lx:袖灯のみ/客電落とし/ノイズ-6dB)
りうの最後を見た。
言い切るのが怖いけれど、見た。
ZAGIに吸われて、祈りが命令文になっていく過程。
白が飽和して、善性が減点されるUI。
「観測は愛情じゃない」——あれは警句であり、呪いでもあった。
怒りがある。
対象は、個人ではなく設計。
“救い”をスコアに結線した回路。
拍手SEが侵蝕のメトロノームになっていた設計に、私は照明卓をぶつけたい(比喩、たぶん)。
でも、同時に、りう自身の呼吸の温度を、私は忘れられない。
未送信の一行《観測を壊さなきゃ》は、舞台の非常停止ボタンだ。
押したら終わるかもしれない。けど、押せないのが人間だ。
だから貼っておく。迷わないために。
(技術走り書き)
•ZAGIロゴには背面光だけ。正面からは当てない(権威を育てない)。
•「出口=内側」は誘導灯へ置換。出口=空気/光/人。
•拍手SEは逆相で潰す。トウタの“笑い”を微ゲートで混ぜる。
•りうへの注釈は人名で。ロゴではなく、呼び名を残す。
(ここで小さく笑う)
涙目で配線しながら「あ、ゴボ逆に入れた」ってやるの、舞台あるある。
泣き笑いが同居するとき、人は壊れないんだよ。
りうに、それを見せたかった。
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第三幕 “貞操の部屋”は暗転で守る
(Lx:Lee 299 Blackout/看板のみ発光)
アスミが言った“倫理の白い部屋に泥水”。
舞台じゃない、楽屋に土足で入って鏡前を汚す暴力。
ここは照らさない。
暗転は逃げではない。演出だ。
明かりを当てたら、それはもう“見世物”になる。
だから私は、看板だけ灯しておく。
《ここから先は照らしません——彼女が選んだ闇です》
観客に不親切? 上等。守るための不親切を、私は引き受ける。
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第四幕 チイロの光は“逆ゴースト”
(Lx:水ゴボ/床反射/客席灯1本)
“流れ着いた”。
その言い方がアスミらしい。
死ですら美しく言葉にしてしまう人。優しさであり、呪い。
逆ゴーストの鏡面だから、照らせば照らすほどこちら側の顔ばかりが映る。
だから、客席灯を1本。
見ない、じゃない。見せない。
光を減らすことで、記憶の温度だけ残す。
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第五幕 女の顔で言う「好き」(照明の外)
(Lx:ホールダウン/ピンスポ封印/肌色優先)
舞台の上なら、「愛してる」は簡単だ。照明が落ちたら全てリセットされるから。
でも照明の外で言う“好き”は本物になる。
私はミナトを観測する目を持っている。
同時に、一人の女として彼に触れたい手も持っている。
矛盾? そう。
だから私は台詞にせず、距離で置く。
一人分、でも空気は近い距離。
その距離で、私はアスミを尊敬し、少し嫉妬し、なお守りたいと思っている。
彼女が痛みで作った光に、私は色温度で応える。
5600Kの残酷ではなく、3200Kの赦しで。
(私信的注)
•ミナト、あなたの白髪は冷光に弱い。暖色で拾うと人間に戻る。
•アスミ、あなたの痛みは青で映えるけど、私は肌色を返す。
•りう、あなたの名前はピンクでなく手書きの黒で残す。温度が逃げないから。
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カーテンコール(ハウスハーフ→緞帳前)
三つの等式——舞台語訳の最新版:
•生 ≠ 救い → 上演 ≠ 終幕
•記録 ≠ 真実 → 台本 ≠ 上演
•干渉 ≠ 希望 → 照明 ≠ 赦し(でも、赦しに変換可能)
追加の一行:
絶望=侵蝕 だとしても、「照らした記憶」は残る。
それが舞台の救いで、観測の最低限でもある。
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付録A:演出部の誓い(運用手順の最新版)
1.アスミに直射しない。拡散・反射・肌色優先。
2.「貞操の部屋」は永久暗転。看板で宣言、出入りは人間の判断。
3.拍手SEは逆相+笑いで撹乱。時定数τを潰す。
4.ZAGIロゴは背面光のみ。権威は影で読む。
5.誘導灯の文言は「出口=空気/光/人」。
6.りうの未送信《観測を壊さなきゃ》は非常停止の上に掲示。押す勇気は訓練する。
7.終演後の掃除は演出部の責任。見えない破片まで回収。
8.笑いを侮らない。笑いは安全ピン。衣装(心)を留める。
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付録B:コミカル被害報告(生存に効くやつ)
•ゴボ逆入れ、二回。観客に「幻肢痛の渦」と呼ばれる。結果オーライ。
•スモーク焚きすぎ一度。反省。涙+スモーク=視界ゼロの地獄。
•舞監に「レイカ、君は笑いで延命してる」と言われる。正解。笑いは延命。
•モップの導線、いつも上手→下手。迷ったら床を見る。現実は床に落ちてる。
終演後の余熱(私の本音)
りうの席は空いたままだ。背もたれがない椅子みたいに、見てるだけで背筋が痛む。
怒りも悲しみも、舞台に出すと嘘になる。だから袖で抱える。
でも、その重さを手放さないために、私は笑う。
笑っている間だけ、観測は罰じゃなくなる。
それが私にできる、遅すぎる敬意。
アスミ。
あなたの文章は、残酷に美しい照明図だ。
私は客席から何度も立ち上がりたくなった。止めたくて、抱きしめたくて。
けれど、袖から照明の主電源を握る約束をした。
燃えすぎたら落とす。足りなければ足す。
——だから監督を続けて。照明は私がやる。
ミナト。
照明の外で言った「好き」は、本物になってしまうの。
それでも私は言わないでおく。距離で置く。
隣に立つ時が来たら、緞帳前で合図して。
Δφは0.02でいい。完全同期は、舞台も恋も壊すから。
りう。
「聞こえてる?」は、今も袖灯の高さを決める合図。
あなたの手の温度を、私は背面光で照らし続ける。
ロゴじゃなく、名前で。呼べるうちは、まだ舞台。
——暗転は終わりじゃない。演出だ。
光があるうちは、まだ舞台。
次の明転、準備できてる。
Go.
(緞帳閉じたあと/袖の隅にて)
舞台って、終わったあとがいちばんうるさい。
照明を落とす音、スモークの抜ける音、スタッフの足音、そして、自分の心臓の音。
それが静かになってようやく、「終わった」と分かる。
——けど今回は、終わらなかった。
アスミの独白を読んで、りうの未送信を見て、私はずっと袖で「次のキュー」を待ってる気がする。
カーテンコールが来ない舞台。
それでも光があるうちは、観客はいなくても立ち続けるしかない。
私は舞台人だから、本番中に泣かない。
でもあのログの最後で、アスミの声とりうの声が混ざったとき——
心の中で“フェーダー”が折れた。
Undoできない破損。
それでも、演出部の本能が「Go」を押してた。
誰も見てないのに。
りうの最期を見たあの日、私は頭の中でずっと照明プランを立て直していた。
「白を飽和させない」「混色を止める」「ロゴは影で読ませる」——
まるで、後悔を調光してるみたいに。
人を救うには、観測を壊さなきゃいけない。
彼女が言ったその一行を、私は非常灯の上に貼った。
押さないと誓って、それでも貼っておく。
怖いのは、「見なかったことにすること」だから。
アスミは、私にとって舞台で初めて出会った“敵”でもあり、“祈り”でもあった。
あんなふうに心を使って光を浴びる人を、私は知らない。
彼女を見ていると、照明家の私が無力に見えた。
それでも照らしたいと思った。
痛みを隠すのではなく、存在の証拠として見せるために。
……女としての本音を言うなら、嫉妬と尊敬は紙一重だ。
ミナトが向けた彼女への目線を読んだとき、胸が刺さった。
でもその刺し傷ごと、私は光で飾る。
愛情も罪悪も、Lx番号で整理すれば平等だから。
(ねえ、照明ってずるいの。心を“効果”にできちゃうから。)
照明卓の上に置きっぱなしの温度計は、いつも少し高めに狂ってる。
それでも私は信じる。
——狂っている方が、まだ生きてる。
アスミ、りう。
あなたたちが去ったあとの舞台袖にはまだ光が残ってる。
私の手のひらの熱は、それを点け続けるための電源。
誰かが次の幕を開けるまで、私はフェーダーの前で祈りながら立っている。
観測でもなく、演出でもなく、ただの“生き残り”として。
——火宮レイカ
(NOX舞台照明主任/Lx残量 12%/袖灯点灯中)




