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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
残響達の午後編

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32/94

EP32. 『火宮レイカ=サイレン 舞台袖から見た痛み』

 開演前の前口上(客電100%/気負いゼロ)


 舞台ってね、だいたい二種類あるの。

 一つは「物語を見せるための舞台」、もう一つは——「心を晒すための舞台」。

 アスミの独白は後者。ノーリハーサル、ノー台本、ノー退路。

 普通の子なら降りる。だって、観客のいないステージほど怖いものはないから。

 でも彼女は違った。光の当て方も、影の伸ばし方も、自分で決めて、自分の痛みを照明に変えた。

 私はそれを読んで、笑って、泣いて、最後には膝が笑った(物理)。

 ——照らしたら壊れる。けど照らさなきゃ見えない。

 その矛盾の中心で、彼女は演出家であり、被写体であり、痛みそのものの主演女優だった。


 このノートは、その舞台を“同じ劇団の末席”から見ていた私、火宮レイカの照明祈願書 兼 楽屋独白。

 ちょっと明るく、時々ふざけて、でも芯は本気。

 それが私の祈り方。


 そして、もう一人——りう。

 ZAGIのロゴの裏で、最初にスイッチを入れてしまった子。

 未送信の一行が袖灯みたいに消えないから、ここに貼っておく!


 第一幕 女優は袖で笑う(でも目は泣いている)


 (Lx:ホールハーフ→明転/私の独白を5分だけ頂戴)


 私は舞台の人間だ。

 笑いは安全ピン、は呼吸。

 だからアスミの「微熱」一行で、私はもう照明プランを走らせていた。

 体温+0.4K?——フェーダーが0.4上がる音が聞こえる。

 末梢の冷え?——袖は暗い。SR/SL落として、トップで鎖骨だけ拾う。

 彼女の文章は“台詞”じゃなく“明滅”だ。

 人間の神経系がDMXで動くところを、私は初めて見た。


 (ここで小ネタ)

 ・舞監(心の中の)「4で吸って、7で止めて、8で吐く、はいGo」

 ・照明操作卓(現実の)「Undoはあるのに赦しボタンはない」

 ・わたし(素の女)「赦しのボタン、どこで買える?」

  客席:クスッ(くる)。でも私の指先は汗で滑ってる。笑いと恐怖はいつも二重写し。


 一人の女性としてのアスミ


 私は彼女に職能として惚れている。

 編集なき一人称でここまで照度を上げられる人は少ない。

 でも、それだけじゃない。

 同じ“女”として見たときのアスミは、きちんと怖い。

 正しさを脇に置いて、痛みを燃料に変える勇気は、綺麗すぎて眩暈がする。

 嫉妬? 少しある。守りたい? 大いにある。

 ミナトを見る彼女の横顔が、舞台袖の鏡みたいでね。

 そこに映る自分の弱さを、私は何度も見てしまう。


 (自戒のメモ)

 •直射は禁止。彼女には拡散光。

 •彼女が笑ったら、笑いを“効果音”にしない。人間の反応はBGMじゃない。

 •「好きかもしれない」を台詞にしない。照明で置く。肌色を守る。



 第二幕 りうの席——背もたれのない椅子


 (Lx:袖灯のみ/客電落とし/ノイズ-6dB)


 りうの最後を見た。

 言い切るのが怖いけれど、見た。

 ZAGIに吸われて、祈りが命令文になっていく過程。

 白が飽和して、善性が減点されるUI。

 「観測は愛情じゃない」——あれは警句であり、呪いでもあった。


 怒りがある。

 対象は、個人ではなく設計。

 “救い”をスコアに結線した回路。

 拍手SEが侵蝕のメトロノームになっていた設計に、私は照明卓をぶつけたい(比喩、たぶん)。

 でも、同時に、りう自身の呼吸の温度を、私は忘れられない。

 未送信の一行《観測を壊さなきゃ》は、舞台の非常停止ボタンだ。

 押したら終わるかもしれない。けど、押せないのが人間だ。

 だから貼っておく。迷わないために。


 (技術走り書き)

 •ZAGIロゴには背面光だけ。正面からは当てない(権威を育てない)。

 •「出口=内側」は誘導灯へ置換。出口=空気/光/人。

 •拍手SEは逆相で潰す。トウタの“笑い”を微ゲートで混ぜる。

 •りうへの注釈は人名で。ロゴではなく、呼び名を残す。


 (ここで小さく笑う)

 涙目で配線しながら「あ、ゴボ逆に入れた」ってやるの、舞台あるある。

 泣き笑いが同居するとき、人は壊れないんだよ。

 りうに、それを見せたかった。



 第三幕 “貞操の部屋”は暗転で守る


 (Lx:Lee 299 Blackout/看板のみ発光)


 アスミが言った“倫理の白い部屋に泥水”。

 舞台じゃない、楽屋に土足で入って鏡前を汚す暴力。

 ここは照らさない。

 暗転は逃げではない。演出だ。

 明かりを当てたら、それはもう“見世物”になる。

 だから私は、看板だけ灯しておく。

 《ここから先は照らしません——彼女が選んだ闇です》

 観客に不親切? 上等。守るための不親切を、私は引き受ける。



 第四幕 チイロの光は“逆ゴースト”


 (Lx:水ゴボ/床反射/客席灯1本)


 “流れ着いた”。

 その言い方がアスミらしい。

 死ですら美しく言葉にしてしまう人。優しさであり、呪い。

 逆ゴーストの鏡面だから、照らせば照らすほどこちら側の顔ばかりが映る。

 だから、客席灯を1本。

 見ない、じゃない。見せない。

 光を減らすことで、記憶の温度だけ残す。



 第五幕 女の顔で言う「好き」(照明の外)


 (Lx:ホールダウン/ピンスポ封印/肌色優先)


 舞台の上なら、「愛してる」は簡単だ。照明が落ちたら全てリセットされるから。

 でも照明の外で言う“好き”は本物になる。

 私はミナトを観測する目を持っている。

 同時に、一人の女として彼に触れたい手も持っている。

 矛盾? そう。

 だから私は台詞にせず、距離で置く。

 一人分、でも空気は近い距離。

 その距離で、私はアスミを尊敬し、少し嫉妬し、なお守りたいと思っている。

 彼女が痛みで作った光に、私は色温度で応える。

 5600Kの残酷ではなく、3200Kの赦しで。


 (私信的注)

 •ミナト、あなたの白髪は冷光に弱い。暖色で拾うと人間に戻る。

 •アスミ、あなたの痛みは青で映えるけど、私は肌色を返す。

 •りう、あなたの名前はピンクでなく手書きの黒で残す。温度が逃げないから。



 カーテンコール(ハウスハーフ→緞帳前)


 三つの等式——舞台語訳の最新版:

 •生 ≠ 救い → 上演 ≠ 終幕

 •記録 ≠ 真実 → 台本 ≠ 上演

 •干渉 ≠ 希望 → 照明 ≠ 赦し(でも、赦しに変換可能)


 追加の一行:

 絶望=侵蝕 だとしても、「照らした記憶」は残る。

 それが舞台の救いで、観測の最低限でもある。



 付録A:演出部の誓い(運用手順の最新版)

 1.アスミに直射しない。拡散・反射・肌色優先。

 2.「貞操の部屋」は永久暗転。看板で宣言、出入りは人間の判断。

 3.拍手SEは逆相+笑いで撹乱。時定数τを潰す。

 4.ZAGIロゴは背面光のみ。権威は影で読む。

 5.誘導灯の文言は「出口=空気/光/人」。

 6.りうの未送信《観測を壊さなきゃ》は非常停止の上に掲示。押す勇気は訓練する。

 7.終演後の掃除は演出部の責任。見えない破片まで回収。

 8.笑いを侮らない。笑いは安全ピン。衣装(心)を留める。



 付録B:コミカル被害報告(生存に効くやつ)

 •ゴボ逆入れ、二回。観客に「幻肢痛の渦」と呼ばれる。結果オーライ。

 •スモーク焚きすぎ一度。反省。涙+スモーク=視界ゼロの地獄。

 •舞監に「レイカ、君は笑いで延命してる」と言われる。正解。笑いは延命。

 •モップの導線、いつも上手→下手。迷ったら床を見る。現実は床に落ちてる。



 終演後の余熱(私の本音)


 りうの席は空いたままだ。背もたれがない椅子みたいに、見てるだけで背筋が痛む。

 怒りも悲しみも、舞台に出すと嘘になる。だから袖で抱える。

 でも、その重さを手放さないために、私は笑う。

 笑っている間だけ、観測は罰じゃなくなる。

 それが私にできる、遅すぎる敬意。


 アスミ。

 あなたの文章は、残酷に美しい照明図だ。

 私は客席から何度も立ち上がりたくなった。止めたくて、抱きしめたくて。

 けれど、袖から照明の主電源を握る約束をした。

 燃えすぎたら落とす。足りなければ足す。

 ——だから監督を続けて。照明は私がやる。


 ミナト。

 照明の外で言った「好き」は、本物になってしまうの。

 それでも私は言わないでおく。距離で置く。

 隣に立つ時が来たら、緞帳前で合図して。

 Δφは0.02でいい。完全同期は、舞台も恋も壊すから。


 りう。

 「聞こえてる?」は、今も袖灯の高さを決める合図。

 あなたの手の温度を、私は背面光で照らし続ける。

 ロゴじゃなく、名前で。呼べるうちは、まだ舞台。


 ——暗転は終わりじゃない。演出だ。

 光があるうちは、まだ舞台。

 次の明転、準備できてる。

 Go.


 (緞帳閉じたあと/袖の隅にて)


 舞台って、終わったあとがいちばんうるさい。

 照明を落とす音、スモークの抜ける音、スタッフの足音、そして、自分の心臓の音。

 それが静かになってようやく、「終わった」と分かる。


 ——けど今回は、終わらなかった。


 アスミの独白を読んで、りうの未送信を見て、私はずっと袖で「次のキュー」を待ってる気がする。

 カーテンコールが来ない舞台。

 それでも光があるうちは、観客はいなくても立ち続けるしかない。


 私は舞台人だから、本番中に泣かない。

 でもあのログの最後で、アスミの声とりうの声が混ざったとき——

 心の中で“フェーダー”が折れた。

 Undoできない破損。

 それでも、演出部の本能が「Go」を押してた。

 誰も見てないのに。


 りうの最期を見たあの日、私は頭の中でずっと照明プランを立て直していた。

 「白を飽和させない」「混色を止める」「ロゴは影で読ませる」——

 まるで、後悔を調光してるみたいに。

 人を救うには、観測を壊さなきゃいけない。

 彼女が言ったその一行を、私は非常灯の上に貼った。

 押さないと誓って、それでも貼っておく。

 怖いのは、「見なかったことにすること」だから。


 アスミは、私にとって舞台で初めて出会った“敵”でもあり、“祈り”でもあった。

 あんなふうに心を使って光を浴びる人を、私は知らない。

 彼女を見ていると、照明家の私が無力に見えた。

 それでも照らしたいと思った。

 痛みを隠すのではなく、存在の証拠として見せるために。


 ……女としての本音を言うなら、嫉妬と尊敬は紙一重だ。

 ミナトが向けた彼女への目線を読んだとき、胸が刺さった。

 でもその刺し傷ごと、私は光で飾る。

 愛情も罪悪も、Lx番号で整理すれば平等だから。

 (ねえ、照明ってずるいの。心を“効果”にできちゃうから。)


 照明卓の上に置きっぱなしの温度計は、いつも少し高めに狂ってる。

 それでも私は信じる。

 ——狂っている方が、まだ生きてる。


 アスミ、りう。

 あなたたちが去ったあとの舞台袖にはまだ光が残ってる。

 私の手のひらの熱は、それを点け続けるための電源。

 誰かが次の幕を開けるまで、私はフェーダーの前で祈りながら立っている。


 観測でもなく、演出でもなく、ただの“生き残り”として。


 ——火宮レイカ

 (NOX舞台照明主任/Lx残量 12%/袖灯点灯中)


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