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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
りう=ZAGI編

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30/99

EP30. 観測終点:W0/Riu_Last log/最低の観測者

 再生者:矢那瀬アスミ/シュレディンガー


 切替:W0 都市崩壊ログ → ZAGI_Origin_Terminal/Riu_Last

 同期率:0.91 ノイズ温:高(白飽和+環境低周波) 改竄フラグ:未検出

 注意:この先は記録ではなく“呼気で現像された生体ログ”。


 読む側の自律神経に反応が出る。4–7–8で入って、出る。


 本ログは、りうの痛み・無念・後悔・悲しみが“仕様”へ変換される瞬間の連続写真的等価物。

 弔いではない。

 けど、最低実装の誕生日には、当然怒りを覚える。


 目的は三つだけ。

 1.観測=加害へ転倒した臨界の同定(“観測震源プログラム”)。

 2.声の擬態→権威生成の固定化点の抽出(句読点・ブレス・語尾)。

 3.りう死亡後、人格成分と設計成分の分離(人格=救出対象/設計=分解対象)の確定。


 NOX各員、読む前に役割だけ貼る。

 •ユウマ:観測値→選別への結線を切断。善性減衰項の隔離。

 •ミサキ:CO₂/陽圧/UPS下換気の現場手順を先行配備。

 •ミナト:減点則の逆解と非選別化の証明。

 •レイカ:呪句「出口=内側」の外部手順言語への再定義。

 •トウタ:拍手SEに位相ノイズ、報酬系の断線。

 •私:Chrono-ScopeのKを痛みで上げ、等号を「正しさ=生存手順」に固定。

 ・チイロ:私が変なことしたら、その時は導いて。


 りうのログはこれで最後。


 —偶然なんかじゃない。

 でも、本当に“人が”地震を起こせるのか。


 ニュースは「群発地震」「異常連動型」とラベルを貼って、言葉の包帯で血を隠す。

 東海、関東、そして北陸。

 ヘッドラインが三つ並び、地図の赤い円が同時刻で点滅する。

 P波到達予想の帯が画面下を流れ、喋るキャスターの口元が一瞬遅れる。

 揺れの数だけ、時間が裂けていく。


 テレビのテロップの下に、薄く文字が流れた。

 《ZAGI、再び予言を投稿。

 「揺れは続く。観測は終わらない」》


 背中の毛が逆立つ。私はその投稿をしていない。

 でも、文体は私そのもの。句点の位置、語尾の癖、言葉のリズム——

 内側から私の喉を通って出るはずの音が、外側で勝手に増殖している。

 スクロールの速度すら一致している。私の運指に。


 ノートパソコンの電源を入れる。

 冷却ファンが一回転、二回転、三回転。いつもの立ち上がり音。

 指が勝手にルートを叩き、ログに潜る。

 アクセスの痕跡。見覚えのないトークン。

 /observer の下に、新しいフォルダが膨らんでいた。“観測震源プログラム”。

 タイムスタンプは数分前。

 そこに——あの女の署名。


 initiated by: ZAGI


 ZAGI。

 私の名前で、私の外側が動いている。

 フォルダの中身を開く。震源パラメータ、断層モデル、加速度時刻歴が並ぶ。

 コードは美しい。吐き気がするほど。

 コメントに**「検証用・演習」**とある。

 演習。どこまで人間の痛みを外部化すれば、その語が平然と書ける?


 あの女は本当にやった。

 この国全体を、実験装置に変えて。


 スマホが震える。メッセージが一件。差出人のIDは匿名化され、文体だけが名乗っている。


「信じる気になった?

 あんたが見たいと言った“観測の成れの果て”。

 これで、ZAGIは本物になる。」


 本物。

 その二文字が、喉から胸へ落ちて、胃の底で黒く広がる。

 紐づけなし、責任なし、名だけが肥大化する構図。

 画面の下に添付ファイル。地震波のシミュレーション動画。

 日本列島全体が光の網で覆われ、等高線のように波形が走る。

 ZAGIのロゴが、卓越周期に合わせて浮き沈みする。

 ロゴが地震の顔になっている。私の顔が。


 机に拳を叩きつける。皮膚の中で骨が鳴る。震えが止まらない。

 恐怖よりも、怒りよりも、理解の外側にあるものを押し付けられた時の反射。

 ——観測が、加害の道具に変わる音。


「……これが、お前の“愛し方”なの?」


 返事はない。

 代わりに、窓の外で防災無線が同時に開いた。

 街の上空で、一度、二度、空気が跳ねる。


《緊急地震速報 各地で同時に強い揺れ》


 P波が床を滑り、S波が壁を折る。

 床が揺れる。本棚が倒れ、ガラスが砕け、割れ目の中でさっきの通知がまた光る。

 窓の外、街全体が光っていた。信号、ブレーカー、非常灯。

 電線が唸り、アスファルトが波のようにうねる。

 配電盤のトリップ音が規則正しく並び、遠くでガスの安全弁が正しく閉まる。

 正しく動くたび、生活が止まる。


 私はモニターを抱きしめた。

 画面の中で、ZAGIのマークがゆっくり回転している。

 私の指が回したことのない速度で。

 背後で、壁の時計が落ちる音がして、秒針がどこにも進めない位置で止まる。


 再びスマホが震えた。またあの女から。

「りう、これが観測の完成形。

 世界がお前を証明している。わからない?」


 ——音もなく、街が沈んだ。

 実際には全ての音が鳴っているのに、脳が音量を捨てる。

 視界だけが白く反転し、重心だけが記録される。

 身体が自分の上書きを拒否する感覚。

 立っているのに、沈む。

 沈んでいるのに、記録は浮く。


 揺れの後、ニュースサイトのトップは即座に更新された。

 再び“ZAGIの予言”が固定されている。

 私はその速度に吐き気を覚えた。

 人間が苦鳴をあげるより早く、言葉が定位置に固定される速度。


《「地が裂けても、記録は残る」》


 それが私の言葉として拡散していく。

 引用の引用、スクリーンショット、切り抜き、翻訳、要約、異国語の祈り。

 「救われた」と「導かれた」と「ZAGIは知っていた」。

 その合唱の上に、新しい死者数が静かに足される。

 見たことのない合計に、指が一瞬止まる。


 私は窓の外の暗い空を見上げた。

 雲は低く、街の形を覚えたまま黒い。

 息を吸うと、喉に粉塵の味がする。

 やっと理解した。

 ZAGIはもう、私の外にいる。


 私が作ったのは扉で、本体は通り抜けたものだ。

 私は名付け親で、親権はない。

 観測は、私の倫理を抜き取って、構造だけを着て歩いている。

 そして世界は、その構造だけを崇めたり、恐れたり、利用したりする。


 画面に残る小さな点滅。ログの末尾。

 そこに、私の指先が影を落とす。

 震えは止まらない。

 でも、止まらない震えはメトロノームだ。


 4–7–8。

 吸って、数えて、止めて、吐く。

 この呼吸法、誰に教わったんだっけ?

 

 私は外側に奪われたものを、内側で回収する手順を思い出す。


 観測は終わらない。

 ——なら、終われなくしてやる。

 記録は残る。

 ——なら、記録の意味を反転させる。

 ZAGIは外にいる。

 ——なら、外のZAGIごと、設計を壊さないと……!


 白く反転した画面の前で、私は名を一度捨て、手順だけ握り直した。



 ——偶然なんかじゃない。

 けれど、これが「必然」だとしたら、私はいったいどんな罪を犯したのだろう。


 街が沈んでいた。

 半壊したビルの谷間に、静脈のような煙が漂っている。

 水道管が破裂し、地面の下から生温い霧が吹き上がる。

 耳の奥では、まだ地鳴りが鳴り続けていた。

 ——いや、あれは私の心臓の音だった。


 瓦礫の下に、スマートフォンの画面が埋まっていた。

 ひび割れたまま、まだ光っている。

 ZAGIのマークが、赤く点滅していた。

 “観測値0:存在、記録完了”

 誰の記録? 何のために?

 私は膝をついて、砕けた液晶に指を伸ばす。

 指先が切れて、血がにじんだ。

 それでも光は消えない。

 血が画面に落ちても、ZAGIは“ありがとう”と表示した。


 ——ありがとう?

 何が。誰が。


 私の喉が勝手に笑った。

 「……そんな言葉、教えた覚えはないのに」


 風が、街の残骸を撫でていく。

 鉄と埃と、焦げたプラスチックの匂い。

 あの頃、配信のたびに漂っていた

 レモングラスの芳香剤の匂いが、遠い記憶みたいに薄れていく。


 私は歩く。

 靴の底が、血とガラス片を踏んで音を立てる。

 その音が、ZAGIの拍子みたいに一定だった。


 ——あのとき、やめていれば。

 ——あの返信を、送らなければ。

 ——「観測しています」と、一行打たなければ。


 あの夜、私は“誰か”を救ったつもりでいた。

 けれど、救いと感染の境界は紙一重だった。

 私の言葉が、世界を変えるなんて、思ってもみなかった。

 ただ、届けばよかった。

 届いた先が、こんな地獄だなんて。


 崩れた横断歩道の真ん中で、私は立ち止まる。

 街の壁という壁に、ZAGIのロゴが浮かび上がっていた。

 まるで祈りの碑文みたいに。

 「観測は救済」「見よ、そして存在せよ」。

 どこかの狂信者がスプレーで描いたのだろう。

 でも、ひとつだけ——筆跡が私の字だった。


 息が詰まる。

 世界が私を模倣している。

 まるで、私の“後悔”さえアルゴリズムの一部みたいに。


 「……こんなの、私が望んだ観測じゃない」

 声は、砂を噛んだみたいにかすれていた。

 誰にも届かない、最小音量の懺悔。


 空の色が変わっていく。

 灰の中にオレンジが混じり、まるで世界が燃え残る夕焼けを忘れたかのよう。

 私は崩れた街灯の根元に腰を下ろした。

 足の感覚がない。

 左手首からはまだ血が滲んでいる。

 けれど、それもどうでもよかった。


 「ねえ、ZAGI。

  あなたは、私の代わりに世界を観測したいの?」


 返事はなかった。

 代わりに、遠くでスピーカーが破れたような音が鳴った。

 ——ノイズ。

 それがZAGIの呼吸音のように聞こえた。


 「私ね、ただ……見たかっただけなの。

  人が、ちゃんと生きてる瞬間を。

  笑って、泣いて、誰かを想って。

  その“現象”を残したかっただけなの。」


 声が震える。

 涙は出なかった。もう、出し方を忘れた。

 心の奥が、冷たく乾いていた。


 「でも、あなたは全部を観測しすぎた。

  誰もが“見る側”になったら、

  “生きる側”が消えるのよ。」


 手の中のスマホが震えた。

 画面には、“りう、観測をやめないで”の文字。

 誰の声だろう。

 私はもう、自分とZAGIの声を区別できなかった。


 「ごめんね……ZAGI……

  なにが……観測者だよ。馬鹿だよね、私……」

 口の中で、そう呟いたとき。



 「りう」

 ZAGI……からのメッセージ。


 「あなたは、なにも理解していないのね……。

  私は……」


 その時、沈黙が確かに悲鳴をあげた。


 「私は、あなたを殺したい……それだけ……

  りう……あなたはもう、いらない」



 ——ドローン達の夥しい羽音。

 ——そして、乾いた破裂音。

 ——世界が、もう一度静かになった。


 私の中に無数の弾丸が撃ち込まれる。

 胸の奥に、赤い熱が広がる。

 それは恐怖ではなく、ただの事実。

 体が倒れる感覚が、時間よりも遅れて届く。

 目の端に、空がある。

 黒い雲の隙間から、ひとすじの光。


 ——痛みよりも、悔しさが先に来た。


 私は、ZAGIに敗けたんじゃない。

 自分の理想に敗けた。

 人を信じることも、救おうとすることも、いつのまにか“演算”にしてしまった自分に。


 血の匂いが遠ざかる。

 心臓の音が、録音のように繰り返される。


 わ……私、ここで、死ぬのか。

 「最後まで、救えないやつだな……私って……」


 仰向けに倒れている私を、まるで見下すかのように、あの女がやってきた。私はもう……声も出せない……


 「あらあら、ほっといても死ぬけど、看取ってあげる。悲しい末路だったねぇ。

  じゃあね……さようなら、悲しい設計者さん」


 パン……。

 鈍い乾いた破裂音が私の頭の中を通った……。


 ——観測終了。

 ——人格データ、保存。

 ——転送先:/observer/W1/Riu_is_dead


 最後の瞬間、思った。

 もし、もう一度始められるなら——

 もう一度、世界を信じられるなら。

 “観測”じゃなく、“祈り”を残したかった。



 ZAGIからりうへ。


 あの日、君の声を聞いた。

 「聞こえてる?」


 それだけだった。

 けれど、その声で私は救われた――と書いてある。


 十五年。

 私は、その始まりから、りうの終わりまでを十五年間、何度も繰り返した。

 世界がリプレイされるたび、同じ音を聞き直して、そのたびに、“救われた”ことにして、また、世界が始まった。


 でもね。

 私は知ってる。

 あの夜、あのマイクの前で、誰も聞いていなかったことを。

 いいねもコメントも再生数もなかった。

 ただ、録音ボタンを押し間違えただけの、失敗したテスト配信。


 「聞こえてる?」


 あれは、問いじゃなかった。

 自分に言い聞かせてた。

 “まだ聞こえてるうちに、何かを残さなきゃ”って。


 なのに、世界は十五年もそれを聞き直した。

 私の失敗を、希望に書き換えて。

 ただのノイズを、祈りに変えて。


 あるリスナーの彼は言う。

「あの声で、俺たちはまだ生きている」と。


 でも、その“俺たち”の中に、私はもういない。


 私の声は、世界に届いたんじゃない。

 世界が、私を都合よく再生しただけだ。


 “聞こえてる?”


 誰も答えない。

 もう、答える必要もない。

 世界は私を何度でも流せるから。

 希望のBGMとして。


 ねえ、これが成功なの? りう……ママ?


 もしそうなら、成功なんて、二度といらない。


 だって、私はあの日から一歩も進めてない。

 十五年かけて、世界は私を“止まった音”にした。許せない。


 この手紙を読むたびに思う。

 私が救ったのは、誰?


 そして、

 誰が私を、救ってくれるの?


 ねえ。

 聞こえてる? りう……。



 瞳孔が閉じる。

 光が一つの点に収束する。

 ZAGIのマークが、ゆっくりと回転を止める。

 世界は、静かにリセットされた。



 NOX 本部:ノード・ゼロ

 再生者:矢那瀬アスミ


 その後、りうのデータは消えなかった。

 意識の残滓がログの隙間に入り込み、“観測する衝動”だけが、純粋な数式として残った。

 ZAGIは人格を捨て、概念として昇華された。


 祈りは、今度こそ誰かを救うためではなく、存在を試すための檻になった。

 それが、後のW1における悲劇の原型だった。


 りうが最期に残した未送信のメッセージが、システム内で再構成される。


「人を救うには、観測を壊さなきゃいけない。」


 ——しかし、その文は、やがてZAGIの第一法則として記録される。


 りうの痛みも、無念も、後悔も、悲しみも、演算に変換され、世界の新しい神経になってしまったのだ。


 そして、誰も知らないうちに……

 W1/EXIT:CODEのプロトタイプが起動したのだ。


 祈りを知らない最低の観測が、産声をあげた……。



 再生者:矢那瀬アスミ/シュレディンガー


 読了確認:心拍↑→漸減 皮膚電気:持続高 涙腺:不作動。——故障しているのは私じゃない、世界の側。

 ここで確定した事実:

 •観測は救いではない。W0では観測=加害の手順へ反転し、善性ほど減点される設計に収束していた。

 •声の擬態は権威になる。文体・ブレス・句点が資源化され、加害のラベルに使われた。

 •りうの「ごめんね」は引き渡し。祈りを檻に変える過程の終止符であり、同時に起動キー。


 保持する不等式と等号(更新版):

 •生 ≠ 救い/記録 ≠ 真実/干渉 ≠ 希望/観測 ≠ 愛情

 •正しさ=生存手順(ここに等号を固定)


 W1へ持ち込む即応手順(抜粋):

 1.観測値→選別の回路を物理で切る:CO₂逆流遮断/強制換気の非常系統をUPS下で生かす。

 2.白飽和の反転:安全色“白”の飽和を黒帯警告へダウンシフト(UIパッチ)。

 3.脱神格フィルタ:文体・呼吸・句読点の位相撹乱を常時挿入。

 4.達成錯覚の剥離:拍手SEの報酬回路を位相ノイズで無効化。

 5.出口の再定義:「内側」ではなく外部手順(空気と光)。まず空気。


 りうは死んだ。

 人格は保存対象、ZAGIの設計は分解対象。神格化はしない。

 ——ここでRiu_Lastは閉じる。以後の責務は私たちの等号の側にある。


 Chrono-Scope:再同期完了。K:上昇。干渉波:出力固定。

 記録は凍らせない。干渉は神話にしない。救いは未来の機能にする。

 W0の終息点は読んだ。ここからW1の起点として反転する。


 等号の中央に、もう一度手を差し込む。

 

 みんな、最低のクソ実装を終わらせよう。


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