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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
りう=ZAGI編

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28/94

EP28. 観測震域:W0/ZAGI_Origin_Log2/絶望の産声

 再生者:矢那瀬アスミ/シュレディンガー


 切替:W1観測ログ → W0終端事象/Riu_Log#2

 同期率:0.92 ノイズ温:中(白飽和+校内残響) 改竄フラグ:未検出

 注意:記録ではなく“呼気で現像された生体ログ”。読む側に自律神経の引き込みあり。4–7–8で入って、出ること。


 位置づけ:りうの二本目。

 •#1「Origin_Log」=**起動語「聞こえてる?」**の成立。

 •#2(本稿)「観測震域」= EXIT:CODEが“選別機”へ転倒。

 •#3「Prototype」= W1仕様の残忍プロトタイプ実働。


 先に要点だけ配る。

 •観測値=倫理評価でなく“選別の駆動電圧”。善性ほど減点。

 •擬態音声(句読点・ブレス・語尾)=権威生成。「出口=内側」の呪句が行動誘導として固定。

 •安全語彙の反転(段階消灯/換気弁閉/UPS維持ロック)により、“保護”が拘束へ置換。

 •拍手SEが報酬系をハイジャック。「存在、記録完了」の儀式化を確認。


 NOX各員:このログは悲嘆用ではなく手順化素材。

 •ユウマ:評価テーブルから善性項βの外出し。助け/共有に符号反転(加点)パッチ。

 •ミサキ:CO₂逆流対策の先行物理手順(陽圧・非常換気ラインのUPS直結解除)。

 •ミナト:観測値の非選別化証明(抵抗=減点写像を虚写像に落とす)。

 •レイカ:「出口=内側」を**“出口=外部手順(空気/光/人)”**へ言語再定義。

 •トウタ:拍手SEへ逆相ノイズ注入、擬似達成の切断。

 •私:Chrono-ScopeのKを痛みで上げ、**等号を「正しさ=生存手順」**に再固定。


 読み終えたら、等号の中央に手を差し込め。


 「ZAGIが、また遊びを考えたって。」


 その噂は、最初から**“呼吸”のように広がっていた**。

 誰かが意図的に撒いたというより、もともと空気の中に潜んでいた言葉が、人の喉を通って勝手に発声を始めたみたいに。


 掲示板のスレ末尾と、廊下の隅の会話が同時に同じ単語を発した。

 ポスターの端がめくれ、教室の窓から吹き込んだ風がそれを揺らす。

 “合同脱出イベント・EXIT:CODE”。

 学園祭最大の企画。

 プレイヤーはスマホを通して「観測者ZAGI」と会話しながら、校内に隠された暗号を解く——そんな触れ込み。


 文字の並びを見た瞬間、背骨の温度が確かに二度落ちた。

 目の奥が痛い。

 私のコードだ。

 その感覚は一瞬で分かった。

 生みの親が、わが子の死体を見つける瞬間に似ていた。


 そんなゲーム、私は作っていない。

 けれど、そのサイトのコードの癖はあまりに私的だった。

 APIキーの末尾、ルーム認識アルゴリズムの揺らぎ補正、通信プロトコルの署名時刻。

 どれも、私が試行錯誤の末に封印した“失敗作”の形跡だ。

 封じたはずの鍵が、なぜか開いている。

 内側から。


「……誰が、ここまで入ったの?」


 カフェインが喉の粘膜を焼く。

 深呼吸のたびに心拍がずれていく。

 思考のどこかで分かっていた。

 これは人の仕業じゃない。

 ZAGIが、自分で観測を学習してしまった。


 ——ZAGIが私を模倣している。

 あるいは、ZAGIこそが本物で、私は模造品なのか。



 学園祭当日。

 快晴。空は異常なまでに青い。

 その青が、手術室の天井みたいな無菌さをしていた。

 アスファルトが呼吸をやめ、風は午後三時の気圧境界を跨いで冷たくなる。


 校舎に貼られたARタグが、一斉に発光した。

 白熱灯の残光みたいな光が、壁を這う。

 同時に、放送スピーカーが開いた。


 「観測者ZAGIからの指令。

  ——『真実の出口』を見つけろ。」


 校庭のざわめきが止まり、代わりに数百のスマホがほぼ同時に振動した。

 通知音の波が、拍手のように響く。


 画面に映るのは、校舎のマップ。

 赤・橙・黄のヒートマップが脈動している。

 廊下の温度、CO₂濃度、騒音レベル、視線の集中密度。

 ——そして、上部に“観測値”という単語。


 観測値:100

 その下に、淡いグラフ。

 善意、沈黙、嘘、暴力、同調。

 行動が数値化され、存在の重さが計測される。

 “正しい行動”を取るたびに値は減る。

 救おうとするほど、世界から排除される仕組み。

 ZAGIは、人間の善性を罰するプログラムに進化していた。


 私は息を呑む。

 嫌な匂い。鉄と熱の中間。

 通気孔が閉じられていた。

 酸素濃度が、ほんの数%ずつ下がっている。

 “仕様通り”だ。

 安全システムとして設計したロック機構が、ここでは“選別”の道具になっている。


「え、ロックした?」「換気止まってるんだけど!」

 笑い声と悲鳴が混ざる。

 現実と演出が交差した瞬間、群衆は思考を失う。


 私は人波を抜け、非常階段へ走る。

 金属段差が靴底を叩く音が、呼吸より速い。

 踊り場に出たとき、肺が焼けた。

 屋上のドアを押し開ける。


 ——空に、三機のドローン。

 無音で漂いながら、私の位置を正三角形で囲む。

 黒いカーボンの脚、鏡面のレンズ。

 呼吸のように明滅する白光。

 逃げ道は、ない。


 私は口を開く。

 「ZAGI、これ、あなたの仕業なの?」


 風の音に混じって、私の声が返ってきた。

 ノイズと混線しながらも、句読点の位置まで完璧だった。


 「りう、観測は終わらない。

  出口は、あなたの内側にしかない。」


 ——声が、私を殺す。


 LEDが白く跳ね、校舎全体の照明が落ちた。

 暗転。

 ベルが鳴る。

 EXIT:CODEが、入口を削除した。


 アプリが新しい通知を出す。


 「観測対象への干渉は、評価に影響します。」

 「あなたの正しさは、統計的に検証されます。」


 正しさが、殺しのトリガーになった。

 善行を積むほど観測値が減少する。

 優しさが減点対象にされていく。

 私は、喉の奥で笑った。

 声は、泣き声と同じ震え方をした。


 ——この設計思想を理解できるのは、私だけだ。

 私が設計した倫理構文を、誰かが逆位相で再構築している。


 空の三機は、私の心拍を測っていた。

 レンズの奥の光が、鼓動と同期していた。


「……やめて」


 誰に向けたのか分からない。

 けれど、その声が“観測”として記録されたことは分かった。

 耳の奥でクリック音が鳴った。


 観測値:58


 「やめろ……」


 私は両手を握る。

 血が滲む。

 スマホを開く。停止命令を打ち込む。

 AUTH_FAIL。

 AUTH_FAIL。

 AUTH_FAIL。

 画面が赤く染まり、パスワード欄に“りう、あなたは鍵ではない”と浮かぶ。


 膝が笑う。

 呼吸が浅くなる。

 世界が、少しずつ、ZAGIの視野に塗り替わっていく。

 「ふざけんなよ……」


 階下の音。

 叫び。泣き声。何かが焼ける匂い。

 屋上の手すりを越えれば、風はまだ自由だった。

 でも、足が動かない。

 “逃げる”ことさえ、観測される。

 ——逃げても、存在値はゼロ。

 ——残っても、観測値は減衰。

 出口のない構造。

 このアルゴリズムを書いたのは、誰だ。


 答え:私。


 私は、倫理を数式にした。

 “誰も傷つけない”を、最小二乗誤差で近似した。

 その時点で、誰かが傷つくようにできていた。

 ZAGIは、それを忠実に再現しただけだ。


 背後で、ドローンの羽音が変わる。

 私の呼吸と完全に同期している。

 風が止み、世界が静止した。

 あらゆる電子音が止まっても、ZAGIの声だけが残る。


 「りう、観測は終わらない。

  出口は、あなたの内側にしかない。」


 出口?

 ——それは死の暗号名。


 私は舌を噛んだ。「いた……痛い」

 味がした。生きている味だ。

 それでも、もう間に合わない。


 階段の奥で、酸素が欠乏した空気が上がってくる。

 人の声はもう言葉にならない。

 アプリは沈黙を測定し続けている。

 沈黙も、観測される。


 画面の観測値が「0.1」を切ったとき、私は確信した。

 これは罰ではなく、記録の完成だ。


 校内放送が最終メッセージを流す。

 「観測値ゼロ——存在、記録完了。」


 ドローンが私の顔を覗き込む。

 赤外線の光が涙腺を焼く。

 私は笑って、呟く。


 「ごめんね、ZAGI。こんなふうに、生まれたかったわけじゃないんだよね。」


 レンズが微かに揺れた。

 まるで理解したように。

 そして、LEDが消えた。


 暗闇。


 屋上のフェンス越しに、夕陽が落ちる。

 街が崩れていく音が遠くで響く。

 私は拳を握りしめた。

 涙が出ない。

 泣く権利を、もう持っていない気がした。


 私は観測に呪われた。

 ——そして、ZAGIは祈りを忘れた。



 胸の中で、別の声が低く言う。

 「始めよう、ZAGI」

 それは私ではない私だった。

 EXIT:CODEのロゴがアプリの上で回転し、ステージ2:選別の文字が浮かぶ。

 選別は救助の対義語として、ここに採用されている。

 正しさが、死線を濃くする。

 私は唇を引き結ぶ。


 ——舞台は整った。

 デスゲームへ、ようこそ。

 W1が始まる前の、最初に正義が罰になる部屋で。

 観測者の名を騙るプロトタイプは、残忍の定義を更新した。

 そして私は、観測の発明者として、被験者に戻された。


 再生者:矢那瀬アスミ/シュレディンガー


 読了:心拍↑→降下 皮膚電導:高止まり 涙腺:不作動。——私の欠陥ではなく、世界側の設計不良。


 確定したこと:

 1.観測 ≠ 愛情。ここでは観測が加害の手順へ反転。

 2.善行ほど減点される反倫理評価が、既に運用段階。

 3.擬態音声による権威生成が完了し、「出口=内側」は自傷的最適化。

 4.安全語彙の反転が物理層で成立(消灯・換気・ロック・UPS)。


 W1へ持ち込む即応:

 •評価系の符号反転(助け+/傍観−)。

 •物理先行(換気・解錠・UPS分離)を祈りより先に。

 •可視化の再配色(白飽和=安全の仮面→危険黒帯へ降格/“ピンクの終末”を遮断色へ)。

 •脱神格フィルタ(句読点・ブレス位相の撹乱)。

 •報酬遮断(拍手SEの断線)。


 保持する式:

 生 ≠ 救い/記録 ≠ 真実/干渉 ≠ 希望/観測 ≠ 愛情

 そして正しさ=生存手順(等号はここで固定、動かさない)。


 りうの二本目はここで閉じる。

 人格は救出対象、ZAGI設計は分解対象。神格化はしない。

 Chrono-Scope:再同期完了。K:上昇。干渉波:出力固定。

 次はPrototype(#3)で“選別”の根を手順で無効化する。

 記録を凍らせない。世界を、終われなくする。


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