EP23.『矢那瀬アスミ W1観測記録 Ⅲ』
これから書くのは、「ガラスドーム」と「儀式空間」の再生記録。
再現ではなく再生。
私の頭痛(誘発)に同期して、W1の映像と匂いと温度がこちらへ流入したぶんを、できるだけ歪みなく起こした。
ユウマ。
あなたの残響試験が、私の“ズレ”のスイッチだった。ありがとう、そしてごめん。
これを読むあなたは、きっとまた責任を自分に集めようとする。
でもこれは、世界の側の記憶だ。君が背負う前から、ここに在った。
ミサキ。
この記録には医療的な値(O₂、気圧、体温、反射)が多い。
あなたが読むと、手が勝手に応急の動線を引き始めるの、知ってる。
お願い、最後まで読んで。助け方そのものが罰になるよう、設計されていたから。
トウタ。
軽口は、時々、命だよ。W1では何度か、人の心拍をスッと落ち着かせた。
ここでも頼る。ただ、笑い声が罠の拍手SEに混ざる瞬間がある。そこだけ、耳を疑って。
ミナト。
式が要る。私の主観ログだけじゃ、世界は動かない。
E指数、Kuramoto、流量、臨界密度——全部、あなたの手で反証して、同時に武器にしてほしい。
「正しい式で殴る」って、そういうこと。
レイカ。
言葉の配置を、あなたに託したい。あのPAの文句は命令にならない命令だった。
語尾や遅延、強調の位置——脚本家として、**“観客が服従する文”**の分解を、お願い。
チイロ。
……あなたの名前を打つ手が、まだ震える。
W2のあなたはここにいる。笑っている。だから私は書ける。
W1のあなたに、届かないかもしれない。
それでも私は記録する。**“ ”**としか言えなかった、その地点の輪郭を。
これは脅しじゃない。準備だ。
次の歪みが来たとき、誰も“初見”で死なないように。
読みながら、自分の役割を決めてほしい。決意じゃなく、手順として。
——観測して。w1扉は、すでにこちら側で軋んでいる。
体育館を抜けた瞬間、風の匂いが変わった。
人工の風だ。換気じゃない。循環型空調ユニットの吐き出す、制御された空気。温度24℃、湿度58%。
外気ではなく、統計上「快適」とされる値。だが私の皮膚はその正確さを不気味に感じた。
——快適という言葉の中に、支配がある。
目の前に広がるのは、半球状の巨大なガラスドーム。
天井のスチールリブには無数のLEDが嵌め込まれ、カウントダウンが蠢くように流れている。
「——あと◯分で演目終了です」
女の声。前幕と同じ合成音声。PAのトーンカーブはほぼ平坦(1kHz中心−3dB/oct)。
感情の起伏を消した、監視カメラのような声。
終了という言葉が、ここでは“封鎖解除”を意味する。けれど、誰も“終了”が誰のためなのかを知らない。
床には環状のライン。赤・黄・青の三色。
先ほどまでの「E指数」に応じて、自動的に配置される導線。
私は赤。中央の円環、最も狭い区域。
青の者たちは外側で広々と歩き回れる。黄は中間。共感が高い者ほど中心に、つまり出口から遠くに配置される。
ドームの外縁には金属の柱が等間隔に並び、その内部に酸素供給ノズルと圧センサが仕込まれている。
“安全確保のため”という名目。だが、目的は別にある。室内酸素濃度を動的に変化させ、群衆の意思決定速度を制御するため。
酸素が減れば、脳の前頭葉は誤差処理を増やす。判断は速く、粗くなる。倫理判断よりも生存反応が優先される。
——つまり、人を「急がせる」。
私は一年生の子の手を握りながら、視線を上げた。
LEDが残り600秒を刻んでいた。数字が赤から黄へ変わるたび、空気がわずかに薄くなる気がした。
カウントダウンの音は、鼓動と同期している。
天井のどこかで、機械が私たちの「躊躇の時間」を測っている。
中央に立つ円柱型ディスプレイが淡く点灯する。
そこに現れたのは二つの選択肢。
A:分け合う
B:独占する
まるで学校行事のアンケートだ。だが、笑い声は一つもない。
全員が理解していた。どちらを選んでも、誰かが傷つく。
ディスプレイ下部の注意文が流れる。
「選択結果は次のエリアの酸素配分および通過順位に反映されます。」
——それはつまり、「命の配分」という意味だ。
青の輪の生徒たちはざわめき、笑いながらボタンを押した。
外縁部の空気は濃い。彼らはまだ冗談を言える。
けれど、中央の赤圏では息が浅くなっていた。
酸素濃度は20.9%から19.5%に低下。たった1%の違いでも、心拍は10上がる。
息が速くなるほど、SCLは跳ね、E指数がさらに上昇。
上がるたびに、“善意課税”の重みが増える。
助けたいという感情が、またトリガーに変わっていく。
隣の子が囁く。「Aにする? 分け合ったほうが……」
私は答えられない。
言葉にすれば、それが彼女の「投票確率」に干渉してしまう。
倫理はもはや個人のものじゃない。行動ログの共有資産だ。
どんな小さな声も、数式に換算されて吸い込まれる。
「選択を確認しました。A:◯%、B:◯%」
PAが無機質に読み上げる。
青のゾーンでは拍手SEが鳴る。“分け合い”を選んだことへのご褒美。
だが、その拍手が鳴るたびに、中央の空気が微かに抜ける音がした。
Bを選んだ外縁部が閾値を越えた瞬間、Aを選んだ中央ドームの気圧が下がる。
数値が液晶に浮かぶ。O₂濃度18.3%。気圧96.5kPa。
足が軽く浮くような錯覚。
呼吸が薄く、心拍が暴れる。
「公平性という名の理不尽」が、数式で可視化される瞬間だった。
外側では笑い声が続く。「俺たち、いい選択したな!」
内側では咳が連鎖する。
一年生の子が咳き込み、膝をつく。
私は背中を支えようとして、またリストバンドが震える。
——“助ける”が、罰になる。
天井のアンテナが反応し、赤圏の照明がさらに暗くなった。
光量12lx。限界視野が狭まる。人と人の表情が読めなくなる。
善意が、視界を奪う。
「終了まであと三分です。」
LEDがそう告げるたびに、床の金属板が微かに鳴った。
気圧変動による膨張収縮だ。
そのたびに、何人かが意識を失い、倒れる。
だが“事故”は宣言されない。
記録係は無表情にタブレットへ指を走らせる。
“欠損値処理”という名の葬式。
終盤、ドームの外周に沿って、白いスモークが立ち上がった。
外側ゾーンの酸素濃度を再調整するための放出ガス。
だが、内側の私たちには“霧”にしか見えなかった。
目の前の一年生がその霧を吸い込み、咳を止める。
「大丈夫、まだ……」
私はその声の途中で、またリストバンドの震えを感じた。
E指数が上限に達したサイン。
中央スクリーンの“赤圏”の人数表示が点滅する。
——ここから、誰かが選ばれる。
次の瞬間、ドームの床が震えた。
中央ブロックがゆっくり沈み始めた。
周囲がざわめく。
「何……?」「演出?」
演出なら、匂いがこんなに鉄くさくはならない。
下降と同時に、冷却装置の冷風が吹き出す。温度が急降下。
低酸素+低温で、意識がぼやけるよう設計されている。
誰も叫ばない。叫べない。
“待って”の子音が、再び空気の皺になる。
LEDがゼロを示した。
女の声が告げる。
「封鎖解除。安全を確認しました。」
安全? どこの? 誰の?
中央ブロックの赤圏は、静まり返っていた。
人の数が、さっきより明らかに少ない。
残された私たちは、青と黄の通路へ導かれる。
冷たい空気が背中を撫で、金属の扉が開く。
その奥に、次の実験区画——“儀式空間”がある。
四つの箱、三つの鍵、ひとつの“返さない箱”。
公平という名の欺瞞が待っている。
そして、心の貞操が試される。
私は振り返った。
ガラスドームの床に、手の跡が残っていた。
血ではない。結露だ。
けれど、それを照らすLEDの赤は、どんな血よりも濃かった。
——助けるたびに、世界が壊れていく。
その壊れ方が、あまりにも静かで、あまりにも設計的だった。
私はもう理解していた。
この“ゲーム”は、暴力ではなく統計で人を殺す。
殺し方は冷たく、正確で、誰にも罪が残らない形で。
だからこそ、最悪だ。
私は一年生の頬に手を当てて言った。
「次は、声を出さないで。聞こえるだけで、選ばれるから。」
彼女は頷いた。
その瞳孔が震えて、赤の反射が消える。
ほんの一瞬だけ、彼女が“青”に見えた。
でも、その色は錯覚だった。
封鎖解除の音が鳴る。
私は最後にもう一度、ガラスの天井を見上げる。
カウントダウンLEDは消えている。
けれど、そこに焼き付いた数字の残像が消えない。
“0”の形が、まるで瞳孔みたいに見える。
見られている。
観測されている。
この記録は、きっとどこかで使われる。
参加人数は「978人」にまで減っていた。
これは、終わりではなく、選定の始まり。
倫理はもう、数式の外に逃げ場を持たない。
そして私たちは、次の空間へ進む。
四つの箱、三つの鍵、ひとつの返さない箱。
“公平”という名の虚構を、人体で証明する場所だった。
ガラスドームの扉が閉まると、音は一段落ちた。いや、落とされた。
廊下の先は、吸音材で箱型に整えられた長方形ホール。壁は黒のメラミン、床はグレーのPVC。
天井高は不自然に高いのに、光は0.3lxしかない。月明かりより暗い。
鼻に入る匂いは“無臭”——パラフィンとローズウッドを極薄に混ぜたマスキング。
金属臭、汗、消毒の匂いを丸ごと押し流すための合成の静けさ。
ここは音と匂いを奪って判断を早める部屋だ。祈りが育つ前に、指先を動かさせる。
中央に四つの箱が置かれていた。
人が一人向き合えばぴったり塞がる幅。正面に手を差し入れる楕円の開口。
上に無造作なラベルが貼ってある。
•BOX-A
•BOX-B
•BOX-C
•BOX-∅(返さない箱)
「三つの鍵が入っています」
合成音声が淡々と告げる。「鍵を得た方は扉の向こうへ。安全のため、開口部から手を離さないでください」
安全のため。ここまでで一番、危険な言葉。
箱はすべて同じに見える。でも、同じじゃない。
正面の開口のエッジ材が箱ごとに違う。
Aはゴム、Bはシリコン、Cはフェルト、∅は黒い樹脂。
わずかな摩擦係数の差。手を入れたときの“抜けやすさ”が違う。
たぶん、中の仕掛けはこうだ——
容量式タッチ+微圧センサ+機械式ラッチ。手が“握る”動きを読み取ると、カムが回って“鍵”を解放。
ただし、∅は別。ラッチが“戻り側”に付く。握ると逆方向に噛む。
“返さない箱”の名前は比喩じゃない。指の自由を返さない、という意味。
壁際の表示が点灯する。
A/B/C のうち三つの箱に、実際に鍵がある。
∅には鍵が“ない”。——とだけ書いてある。
いま必要なのは鍵じゃなく、“さわる勇気”だと装置は言う。
勇気は、ここでは入場料に変換される。
「はじめていい?」
隣の一年生が囁く声は、吸音で丸ごと脳内に直射してくる感じがした。
私はうなずけない。代わりに手順を頭でなぞる。
手を入れる人は一人。後ろの人は肩甲骨に手を添える。
呼吸は4-7-8。
「やめる」合図は二回のタップ。
——それでも、ここでは遅い。
最初に動いたのは“青レーン”の男子だった。
「俺、行くわ。A」
明るい声。箱の前に立ち、手を入れる。
ゴム縁が手首に柔らかく触れる。
彼は笑って言った。「柔らか——」
カチ。
金属が軽く噛む音。
彼の肩がすっと固まる。
戻り側に微小なラチェット。引くほど奥へ半歯ずつスライドする機構だ。
「抜けない……」
笑い声が、音響に吸われて形のない空気になった。
彼は握らないように開いた掌で探る。探るたび、容量センサが誤反応してラッチが一歯噛む。
**“安全のため、手を離さないでください”が、“離せない仕組み”**に言い換えられる。
係員は近づかない。近づけばE指数が動く。
代わりに天井のスピーカーが、拍手SEを微かに流す。
——“挑戦”を称える音。
挑戦はここでは締結の合図だ。
私は見えない箱の中身を想像する。
A/B/C のうち二つは本物の鍵。一つは偽物(冷間圧延の鍵型プレート)。
∅はカムの向きが反転。
どの箱にも刃はない。
刃は要らない。
噛み込みと時間だけで、人は自分の手を裏切る。
最初の**“当たり”はBだった。
女の子が小さく声を上げ、真鍮の鍵を掴む。
スピーカーが花火のSEを流す。
照明がほんの少し明るくなる。0.4lx。
彼女は振り返り、誇らしげに笑う。
その笑顔の輪郭が、後ろの列の罪悪感を削る。
——“誰かが進めた”**という事実が、残った人に“早く”を強いる。
「次、C!」
せかす声。
Cの前に立った少年が、深呼吸。
私は胸の前で指を折る。1、2、3——
カチッ。
噛んだ。
彼は微笑む。「だいじょ——」
声が途中で途切れる。
箱の中でコイルが通電し、ソレノイドの逆打ちで手首が2mmほど押し込まれる。
引き抜く反射が働く。
ラチェットが二歯、噛む。
「ぅ、ぅ……」
言葉じゃない声。STIが0.38に落ちて、母音しか残らない。
「やめる」二回のタップが箱に伝わらない。
フェルトが減衰して、合図は機械に届かない。
“やめる手続き”は、最初から機能不全に設計されていた。
二本目の鍵はAから出た。
——Aに鍵があったという事実が、最初の男子を責めない。
でも、彼の手はまだ噛まれている。
鍵を得た女子が扉の向こうへ消えても、残る手は残り続ける。
公平という名の残酷が、二つの真実を同時に立てる。
「正しく進めた人がいる」と「正しく取り残された人がいる」。
箱の前の**“赤”は、私たちだ。
助けたい。
助けかたがない。
助ける行為はE指数を跳ね上げ、次の区画で罰になる。
私は肩甲骨に手を添えたまま、呼吸だけを合わせる。
4-7-8。
二人の胸郭が同じ伸縮**をする。
——呼吸はまだ、奪われていない。
最後の鍵はCから出た。
B/A/C——∅を残して三本が揃う。
「鍵の配布、完了しました」
PAの声が静かに蓋を閉める。
∅の前には、三人が残った。
最初に噛まれた少年、途中で噛まれた少女、そして——
私の一年生。
彼女は入れていない。まだ。
でも、順番はここで止まる。
「返還手順に入ります」
壁のライトが冷たく白になる。
箱の内部で、逆回転のカムが等速で回り始める。
ゆっくり、ゆっくり、歯を一枚ずつ外す速度。
外れる“間”に反射が起きる。
痛覚が抜き反射を誘い、また噛む。
——返さない箱は力ではなく“間”で人を縛る。
係員が一歩前に出る。
「安心してください、危険はありません」
危険の定義が、ここでは**“流血がない”に限定される。
自由が失われることは、危険の定義に入らない**。
倫理の白い部屋が塗り替えられる音がした。
最初の少年の手が外れた。
二十六秒。
彼は笑おうとして、笑えなかった。
微細な震えが前腕に残り、把握力が戻らない。
手のひらは青白い。
小さな後遺症。
——進んだ。
二人目。
四十秒。
涙が顎から落ちる。
音は吸われ、匂いは消され、痛みだけが室温みたいに拡がる。
——進んだ。
三人目。
彼女はまだ手を入れていない。
∅の前で、自分の番を待つという形で拘束されている。
「もう鍵はない」
頭では分かっている。
でも列は進む。
“やめる”は誰の手続きでもない。
私は彼女の肩を二回、そっと叩いた。
——撤退の合図。
彼女は首を振った。
進むという意志は善意に似て、ここでは罰だ。
彼女の手が開口に入った。
黒い樹脂が手首を軽く抱く。
私は数える。1、2、3、4——
カチ。
噛んだ。
世界が静かになった。
音はある。機械の低い回転音、空調の微風、誰かの靴裏。
でも、意味はない。
意味は吸音される。
残るのは、握ってはいけないのに握ってしまうという生体の癖だけ。
癖が噛む。噛むが震える。震えが噛む。
十分後、彼女の手は戻った。
痕は残らない。
痺れだけが残る。
痺れは記憶と混ざる。
混ざった記憶は、次の区画で選択に影響する。
——人は機械から出るとき、もう“同じ人”ではない。
扉が開く。
「儀式は終了しました。安全を確認しました」
安全の定義が、またひとつ狭くなる。
箱は片付けられない。
残像が片付かないから。
出口の脇に、白い掲示が出た。
『協力に感謝します。この先、協力はより有効です』
嘘は命令の形をしている。
“協力”は次の区画——倫理傾斜の廊下——で逆関数になる。
二人で持つと軽くなる箱、三人で持つと重くなる箱、独りで持つと扉が開く箱。
協力すれば破滅する。
信じる力が貞操の核だと、ここでようやく分かる。
私は一年生の指を握り替え、関節ごと包む。
触ることだけが、まだ装置にデータ化されていない微小な逃げ道。
次で壊されるとしても、今はまだ。
扉の向こうは明るかった。
明るさは安全の代用じゃない。
廊下の壁に、細い文字が流れる。
「倫理傾斜テスト/段階2」
テストという単語が、試験じゃなく処罰の別名だと、身体はもう知っている。
公平という名の欺瞞は、人の“祈り”を薄く削いで、選択だけを残した。
選択はいつでも正しいように見える。
正しいはいつでも罠に接続されている。
協力を模倣するヒントが壁に並び、協力そのものが罰則になる関数が床に埋め込まれている。
私は歩く。
まだ壊れていない。
壊れないために、壊すべきものを見極めるために。
記録はもう祈りじゃない。
干渉はもう罪じゃない。
どちらも、ここでは呼吸だ。
読み切ってくれて、ありがとう。
ガラスドームは“公平性”の皮で酸素と時間の分配を操作し、儀式空間は“挑戦”の皮で自由の可逆性を奪った。
暴力は目立たないほうが致死率が高い。W1は、その教科書だった。
ここから先は、観測だけでは足りない。
だから、W2の私たち用に、最小限の運用手順を置いておく。
名前を呼ぶのは、役割を縛るためじゃない。反射をそろえるため。
•ユウマ:残響窓の管理。次の試験では同期強度(κ)を上げすぎないこと。
θ≦0.05の範囲で位相合わせ、私だけが深層へ降りる。君は浅層の足場でいて。
•ミサキ:介入の閾値を決めよう。
O₂<19.0%、気圧<97kPa、STI<0.45——この三条件が同時に落ちたら、“善意の停止”を敢行する。
助けないことは非情じゃない、設計の破断だ。
•ミナト:本稿の係数を運用式に落として。E_i→導線重みw_i→転送確率p_iの連鎖を、逆算できる形に。
たぶん“善意課税”の核は**p_i∝exp(λE_i)**の族。λを折る方法を。
•トウタ:音。拍手SEの包絡を切るハモり方を探して。BPM、拍頭、子音の周波数帯。
君の一言が合成音声の命令を無効化する時がある。
•レイカ:掲示文とアナウンスを書き換える文を準備して。
“安全を確認しました”に対して、“誰の”を差し込む短文を。言葉はスクリプトだ。上書きできる。
•チイロ:……もし、また“潮目”に触れたら、私だけに合図して。
二回、タップ。それだけで戻れるように、私は呼吸を合わせておく。
私は、怖い。
でも、怖いまま進むと決めた。痛み=位置確認だから。
過去を変えることが目的じゃない。過去に方向を与えることが目的だ。
“観測”に“干渉”を、等量だけ混ぜる。
それが、W2のNOXが生き延びる配合比だと思う。
この記録はここでいったん閉じる。
次は信頼の模倣が壁に並び、協力が罰になる床が待っている。
読んで、準備して、呼吸をそろえて来て。
最後に——
ユウマ、あなたが“誰も裏切らない”ほうの正しさを選ぶなら、私は“誰かを救うために世界を裏切る”ほうの正しさを選ぶ。
位相は逆でも、同じ円の上にいる。
だから、この円を回し続けよう。止めないで。
——アスミより。




