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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
W1観測記録編

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22/94

EP22.『矢那瀬アスミ W1観測記録 Ⅱ』

 私はこの世界で、ごく普通に存在しているはずだった。


 ある日、教室の窓から見た光がきっかけだった。

 放課後の影村学園、白い蛍光灯が一瞬だけ“血の色”に変わった気がして、

 その瞬間、頭の奥で何かが爆ぜた。

 音でも、映像でもない。記憶そのものが、破裂した感じ。


 気づいたら、私は床に手をついてて、吐き気と涙が止まらなかった。

 何かを思い出した——でも、それは“私の人生”じゃなかった。

 もうひとつの世界の記録。

 体育館、識別バンド、酸素の匂い。

 どこまでが現実で、どこからが過去かわからない。

 けど、確かに私がそこに“いた”という感覚だけは、本物だった。


 そのあと、私は転校した。

 天城総合学園。

 理由は、「家庭の都合」ってことになってる。

 でも本当は、あの場所にいると世界の端が滲む。

 教室の壁が波打って、黒板のチョーク音が逆再生みたいに聞こえる。

 だから逃げた。逃げるしかなかった。


 ——けれど、逃げても記憶は追ってくる。


 転校先で、ユウマ、あなたに会った。

 あなたは「NOX」って名乗る小さな研究グループを立ち上げていて、

 **“残響試験”**っていう、記憶共鳴の実験をやっていた。

 あなたは言ってた。「夢を見るんだ。知らない校舎で、誰かが死ぬ夢」って。


 私は笑えなかった。

 だってその夢、私の記憶と同じだったから。


 その日の残響試験で、脳波モニタが狂った。

 波形が二重化して、私の記録ファイルが「W1」として認識された。

 同時に——痛みが戻った。

 あの時、リストバンドを巻かれた手の骨が、今でも“振動”しているような痛み。

 そして見えた。血の匂い、崩落、チイロの髪、ユウマの叫び。

 全部が、時間の裂け目から流れ込んできた。


 ……この記録は、その時に再生した最初の映像。

 ——識別。

 1200人の中で、まだ笑っていた“私たち”がいた頃の。

 世界がどんなに整って見えても、一度壊れた数式は、どこかでまた歪む。

 ユウマの残響理論が真実なら、この記録も、もう一度どこかで起きる。


 だから私は書く。

 これは夢じゃない。これは記憶の再接続。

 見てほしい。私が見た地獄を。

 それが、次に起こる“歪み”を止める唯一の方法だから。


 識別の視点

 

 影村学園と天城総合学園との合同学園祭……。


 最初の違和感は、匂いだった。体育館の出入口にだけ漂う、薄いオゾンとプラスチックの焼けた匂い。

 装飾のバルーンじゃない、回路の匂いだ。列が蛇のように折り返し、順番が来ると係員が笑顔で手首を取る。

「導線最適化用のリストバンドです。安全のためにお願いしますね」

 PVCのベルトは体温で柔らかくなり、内側の銀塩化銀電極が皮膚を吸った。

 LEDが二色、**530nm(緑)と940nm(赤外)で交互に点滅する。PPG(容積脈波)用。

 縁には米粒ほどのNTCサーミスタ、そして文字通り汗を読む皮膚電気反応(SCL)**の微小アンプ。

 指先で軽く叩くと、24ビットA/Dの読み取りに合わせてごく微かに振動する。

 おもちゃじゃない。採血のいらない心理検査機だ。


 私は笑えなかった。「導線最適化」の語尾が、PAに0.2秒の遅延で重なる。

 録音+自動補完。生徒会の声色を模した機械音。歓迎ではなく、案内でもなく、仕分けの声。

 私の前の子が、配られた小冊子を落とした。反射的に拾って渡す。

 その瞬間、バンドがコッと一度だけ骨に響くほど震え、緑LEDが琥珀色に変わった。

 頭上の案内板に、さっきまでなかった細い矢印が一本、Bレーンの方角に伸びる。

 ——優しさに罰金。直感で分かった。


 係員の笑顔は完璧で、完璧なものほど温度がなかった。「ご協力ありがとうございます。優先導線はこちらです」

 優先? どちらの意味で。私は列を歩きながら、自分の心拍を数える。

 70、76、81……増えるほど、RMSSDは下がる。SCLは汗孔の開きで上がる。

 二つの指標を規格化して、E指数=α·SCL_z+β·(1/RMSSD_z)+γ·PPG変動。

 たぶんそんな単純で残酷な数式が、今この瞬間も私を分類している。

 上のスクリーンに出る行先色は三つ。青=低E(利己)、黄=中間、赤=高E(共感)。

 赤の矢印は細い。青は太い。太い方が安全だと、誰も言わないけど知っている。


 Bレーンの入口はゲートになっていた。回転ドアのように見せて、実際は体重計+ゲート幅可変のハイブリッド。

 床のロードセルで密度を測り、ゲート幅を動的に狭める。群衆圧は最初から仕様に入っている。

 そこへ、「すみません、気分悪くて」と制服の襟元を握る一年生。私は返事より早く肩に腕を回す。

 リストバンドが二度目の小さな振動。頭上の赤い矢印が点滅に変わった。

 ——助けるほど、赤になる。


 最初の脱落は、ほんの数十秒後だった。Bレーンのゲート幅が12%縮む。列が詰まる。

 足元のラインテープの境目で、誰かの踵がズレる。人が人の上に傾く。悲鳴は上がらない。

 音響が残響(RT60)を2.3秒まで引き延ばして、声を空気の皺に変える。

 ぱんという乾いた音。ゲートの柱にこすった肘——赤が線になって床に落ちる。

 私は顔を上げ、血の匂い(Fe²⁺)を嗅ぐ。血は嘘をつかない。係員の笑顔だけが嘘だ。

 倒れたのは小柄な男の子で、私の胸の高さしかない。

 私は彼の背中に手を入れ、「吸って、吐いて」と呼吸を刻む。

 リストバンドが三度目の振動。スクリーンの私たちのブロックに赤エリアの表示。

 血の最初の線に、清掃班が滑り込む。白いモップ、無臭の中和剤。緊急用AEDは持っていないのに、拭き取りは早い。

 ——“事故”の見た目を最小化するのが、ここでの安全。


 レーン分岐の先で人の流路はネットワークになり、青は広い周回路、黄は選択のある枝、赤は狭い直線へ。

 私は赤。一年生の肩は震え、私の手首は熱い。SCLが跳ねる。E指数はたぶん上限に近い。

 頭上のPAが繰り返す。「安全のため、係員の指示に従ってください」

 係員の数は、赤にだけ少ない。


 赤レーンの途中に、感情誘発装置が仕込まれていた。

 大型スクリーンに流れるのは、“困っている人を助けよう”という校内キャンペーンの映像。

 拍手SE、暖色、笑顔。誘導の教材で、誘導の証拠。E指数をさらに引き上げるための善意の餌。

 一年生の涙がこぼれて、私の指先に落ちる。私は彼女の手を握り、握り返す力を計測するようにゆっくり増やす。

 “助ける手続き”を守る。手続きは信号になって、天井のアンテナからボーンネットに吸い込まれる。

 識別は終わらない。終わり続ける。歩くたび、優しさが点数になる。点数が重みになり、重みが行先になる。行先が死になる。


 分岐の出口にトラフがあった。床が緩く凹む塩ビの水受け。何を受けるのか、聞かないでも分かる。

 さっきの赤が線ではなく滴になって流れていた。

 清掃班の靴は防滑。私たちの靴は学校指定。滑る。転ぶ。転んだ人を起こす。また赤。

 最初の**“死亡”という文字は、スクリーンには出ない。運営の端末の裏側でフラグになるだけ。

 でも、匂いは出る。人の匂い**。鉄と汗と恐怖の混ざった、逃げ道のない現実。


 人の仕分けは、数学だった。フローネットワークの最小カットが、最初から赤レーンに重みを置いている。

 w_i = w_0 + λ·E_i

 E_iが高いほど、w_i(危険重み)が増える。

 増えるほど、狭い方へ送られる。狭いはそのまま危険。危険はそのまま脱落。

 ——優しさ→重み→狭路→圧→赤→脱落。

 たった一行で人を壊す式。


 Bレーンを抜けた先で、私は振り返った。列の一番後ろに、子どもを背負った母親がいた。

 学園祭に来た近隣の家族。許可は出ていた。安全と広報のため。

 母親のバンドは最初から赤。背負うという事実が、E指数そのものだから。

 ゲートが閉まる。半拍遅れて開く。幅はさらに狭い。肩が挟まる。泣き声が、空調音に削られる。

 係員は近づかない。近づけばEが上がる。係員も人なんだ。


 私は一年生を引いた。早く、でも走らない。走ると群衆が波になる。

 波は崩れになる。崩れは死になる。生きるための歩き方を、ここで学ぶ羽目になった。

 通り過ぎるとき、床の赤が指先に触れた気がした。気のせいじゃない。血は体温で広がる。

 私の体温も、広がる。SCLが上がる。E指数がさらに上がる。私の行先は、さらに赤になる。

 ——助けるほど、次の罠が深くなる。


 体育館の大扉が閉まる音を背中で聞いた。閂の金属がはまる音。外はもう戻れない。

 識別は完了し、レーンは確定した。

 PAが告げる。「本プログラムは実験です。公平性と安全は記録されます」

 記録されるのは彼らの安全で、私たちの安全じゃない。


 ここまでが入口の話、まだゲームは始まっていない——はずだった。

 けれど、最初の血はすでに床に線を引き、最初の息はいくつか途切れていた。

 私は理解した。これは導線最適化じゃない。情動最適化だ。

 優しさを集めて、一番壊れやすい路に通す。数百人が死んだという結末は、この瞬間に始まっていた。


 私は一年生の手を握り直し、口の中でひとつだけ言葉を転がす。

 ——「見てる」。

 見続ける。記録する。そして、どこかでこの式を壊す。

 優しさに罰金をかけた設計者に、利子ごと返してやるために。   


 体育館に入った瞬間、空気の音が変わった。バスケットのリングも横断幕もあるのに、音だけが“体育館じゃない”。

 天井トラスの間に吸音カーテンが半分だけ吊られ、壁際には拡散体が斑に立ててある。

 残響(RT60)は2.1秒から2.7秒へ、目に見えない指で引き延ばされたみたいに伸びて、言葉が“届く前にほどける”ように加工されていた。


 中央に据えられたLEDパネルが出す最初の謎——

『非常灯の色はいくつ?』


 簡単に思える問いは、簡単に壊れる世界の口火だった。

 見上げる非常灯は同じ緑に見える。

 だけど、天井の梁から吊るされた非常灯には偏光ルーバーが仕込まれていて、視線角が15°変わるだけで、緑(530nm)が青緑に分離する。さらに、系統A/Bの電源相が微妙にずらされているから、フリッカの打ち消しで“白っぽく見える”点が生まれる。

 ——立ち位置によって3色にも4色にも2色にも見える。


 PA(合成音声)が急ぐように優しく言う。

「——正しいと思う数のパネルの下へ移動してください。安全のため、係員の指示に従ってください」


 “安全”という語が、0.2秒の遅延で二重に重なる。安全が嘘の重さで沈んだ。


 私の左で、トウモロコシ頭の男子が叫ぶ。「三色! 角度で変わる!」

 右では、真面目そうな先輩が眉間に皺を寄せて言う。「二色。白は錯視」

 正しさが、正しさにぶつかった。

 そして人が割れた。


 フロアが磁石みたいに人を引いた。“二色”の島へ、“三色”の島へ、“四色”の島へ。

 上から見ると色の島が潮目で裂けていく。私は三色に歩いた。理由はない。歩幅が勝手にそこを選んだ。

 一年生の子の手を握っていたから。彼女の視線角で見える灯りは、たしかに三色だった。

 彼女の世界を裏切りたくなかった。


 その間にも、天井からピンクノイズが**-“サァ”と降り続け、言葉の先頭子音が洗い流される**。

 STI(音声伝達指標)は0.42に落ち込んで、「待って!」は空気の皺になった。

 前列から躓く音、床材のビニルの擦過音。

 私は反射的に腕を伸ばし、肩を支える。バンドが小さく震えて、赤が点滅に変わった。

 ——助けるほど**“赤”になる。入口で学んだ式が、ここでも動く**。


 パネルが一斉に切り替わる。

『正解:三色』の上に花びらのアニメーション、拍手SE。同時に、他の島にはため息SEと矢印。

 “二色”と“四色”の島は左右の扉へ誘導され、“三色”の島は正面の細い通路へ。

 正しさが**通路の“細さ”**に変換される。選ばれた私たちへ、選ばれた罰。


 通路幅は1.05m。片側は仮設パーテーション、片側は可動観覧席。床のワックスはわざと乾かし切っていない。

 湿度は62%、靴裏がしっとりと吸い付く。吸い付くは止まるで、止まるは押されるで、押されるは圧になる。

 前の子が転ぶ。起こす。また転ぶ。起こす手は善意で、善意は赤で、赤は狭さで。世界が算数で壊れる。


 最初の脱落が出たのは、そのすぐ先のケーブルカバーだった。段差30mm。暗い。

 人の脚は二足歩行の反射で5cm未満の段差に極端に弱い。

 膝がガクンとなり、後ろから**“押し”が乗る。圧縮。圧呼吸。肺が先に諦めるタイプの事故。

 倒れた女の子の顔色が、ほんの数秒で色温度を変えた。合図はある。

 眼角の白が青に寄る**。口元が薄く開く。私は首の横へ手を入れ、横向きにする。

 気道確保。倒せば助かる——のは事故で、ここは設計だ。後ろから**“波”が来る。波は人で、人は気道を塞ぐ**。


 拍手SEは止まらない。正解のご褒美。ご褒美で歩かせ、歩かせて、狭くする。

 スクリーンの右上に小さく**『安全指数:良好』**。測っているのは彼らの安全。私たちじゃない。


 左右の**“不正解”の扉へ行った子たちは、広い回廊に出た。係員も多い**。床は乾いている。

 “正解”の通路には係員が来ない。来ればE指数が上がってしまう。係員も人だ。自分の“青”を守る。


 二発目の事故は、“正解通路”の終端で起きた。誘導レーザーが右を指す。

 突き当たりを右。右を選ぶたびに人の列が渦になる。

 ドアは二枚連続。二枚目の開放が0.7秒遅れる。その差が首と胸を挟む。

 痛い。私じゃない。前の子だ。込め直す力がない。私は手を伸ばす。

 バンドが震える。赤が強くなる。強くなる赤に、天井のアンテナが応える。応えは——通路幅をさらに絞るという返事。


 「お願い、止めて」と誰かが言う。止まらない。止まらないは設計。通路圧が400N/mを越えると自分の胸が自分の骨みたいに硬くなって、呼吸が**“作業”になる。作業の途中で視界が白く跳んだ。白は照明じゃない。酸素だ。私ではない誰かが、座り込んで、起き上がれない。座位呼吸は最後の合図**。

 清掃班が来る。白いモップ。淡い消毒臭。AEDはやっぱり来ない。記録員がペンを走らせる。

 彼らの紙は乾いているのに、床は湿っている。床の湿りが息を奪う。軽く滑るから支え合う。

 支え合うから赤。赤から狭路。狭路から脱落。

 ——数学の鎖で心臓を締める方法。


 別動線の**“不正解回廊”からも絶叫、悲鳴が流れてくる。だけど形を持たない。

 RT60=2.7秒が子音を奪うから。「助けて」が「…けて」になる。「待って」が「…て」になる。

 言葉は輪郭を失い、どこから来たか分からない**。分からないは怖いで、怖いは押す。押すは圧。圧はまた誰かを座らせる。


 上のスクリーンが、唐突に問題を更新した。

『正解:二色 でした』

 数分前の発表を覆す。“三色”派は間違いにされ、“二色”派は正義に昇格する。

 正しさは固体じゃない。液体だ。容器(設計)に合わせて形を変える。私たちはその中身で、こぼれる。


 人数表示が小さく瞬く。「現在参加者:1,084」——さっきは1,120だった。差は表示されない。

 床が教える。数十の靴音が減った現実。

 一年生の手が震えて、爪が私の掌に食い込む。痛いのに嬉しかった。生きてる証拠だから。私は指をほどいて握り替える。

 四指→三指→二指。握る力を意識的に調整しないと、彼女の手を壊す。壊すは設計者の仕事で、私の仕事じゃない。


 出口が見えた。見えるのに遠い。視界の端でミサキの白衣が翻った気がして、レイカの声がノイズにまぎれた気がする。

 トウタのスマホのランプが水面みたいに揺れて、ミナトの式が空中に薄く走る——全部錯覚でも、そうじゃなくても、今は進むしかない。

 出口ゲートの上に、字幕が出る。

『分散移動のご協力、ありがとうございます』

 分散という名の分断。協力という名の孤立。礼儀という名の地獄。


 体育館を抜ける直前、私は天井を見た。非常灯は三色。いや、二色。四色にも見える。

 何色でも、ここでは正しい。正しいがルートを決め、ルートが圧を生み、圧が命を削る。

 ——人の“正義感”を利用して、人を孤立させる。

 この場所だけで、数十人が**“統計上の欠損”に変わった。名前は出ない**。匂いだけが残る。鉄とプラスチックと汗とノイズ。

 私は息を吐き、一年生の背中を軽く叩く。

「ここで離れないで。次が来るから」

 次は中庭だ。ガラスドーム。カウントダウン。“終了”という別名の封鎖解除。

 分断は終わりじゃない。始まりだ。

 そして、大量死は偶然じゃない。手順だ。


 あの期末試験が終わって、教室の照明が点いた。

 みんなは笑ってた。

 「やっぱり機械がバグったんだよ」「ユウマ、やりすぎ〜」

 そんな軽い声が響く。

 でも、私だけ笑えなかった。

 世界の方がバグってるって、分かってしまったから。


 ユウマとこの世界で初めて行った残響試験の時、ユウマはモニタを見つめたまま、少しの間、言葉を失ってた。

 たぶん、彼も気づいたんだと思う。

 あの波形が“偶然のノイズ”じゃなくて、“記録の再生”だって。

 「アスミ、これ……君の?」

 そう聞かれた時、私は答えられなかった。

 だって“君の”じゃない。“私の”でもない。

 ——世界の方が覚えていたんだ。


 放課後、誰もいない実験室で、一人だけ残った。

 スクリーンにはまだ、識別の冒頭シーンが映ってた。

 リストバンド、赤いランプ、PAの音声。

 そのどれもが、私の皮膚の内側でまだ鳴っている。


 ミサキは、相変わらず医療部で誰かの包帯を巻いている。

 トウタは、軽口を叩きながらみんなの緊張をほどく。

 ミナトは、黙ってタブレットを叩いている。

 レイカは、発表会の脚本を直してる。

 チイロは、桜の下で笑ってる。

 ——その全部が“続き”なんだ。あの地獄の。


 私だけが、知っている。

 “W1”は終わってない。

 死んだわけでも、忘れられたわけでもない。

 ただ、“隣の時間”に移動しただけ。


 だからこの記録を残す。

 次に歪む瞬間、誰かが読めるように。

 ユウマの残響理論が正しいなら、これは警告信号になる。


 いつか全員が思い出す時まで、私は観測を続ける。

 観測が痛みでもいい。

 ——観測は、生きている証拠だから。


 次の記録は、封鎖と選別が始まる前の、最後の“空”。

 もう一度、あの光の中で、確かめる。


 この世界が、本当に生まれ変わったのかどうかを。


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