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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
幕間

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20/94

EP20.採点者殺しとシュレディンガーズ

 試験っていうのは、戦場なんかじゃない――はずだ。

 でも、この教室に座ってるメンバーを見回すと、そう思い込むことすら難しい。


 アスミは平然と熱力学を持ち込み、

 ミナトはΔGで世界を殴り、

 チイロは数理の隙間にミームを差し込む。

 ミサキはやさしさを答案に埋め込み、

 レイカは舞台照明で現象を語り、

 トウタはスレタイで全部を圧縮するだろう。


 そんな中で、僕だけが「模範解答」に収束してしまう。

 普通すぎて、逆に浮く。

 でも、普通もまた――戦いなんだと思う。


 チャイムが三度、わずかに位相のずれた和音で鳴った。

 黒板の中央には、でかでかと「期末試験」。チョーク粉は雪のように舞い、冬の乾いた空調と混じって鼻に刺さる。

 印刷したての解答用紙から漂うインクの匂い。僕の脳は即座に「ここはある意味戦場だ」と認識した。

 たぶん条件反射。いや、周囲の仲間達のせいだろう。


「……余裕だな」

 僕は腕を組んだ。口では平静を装いながら、胸の奥では軽いドラムロールが鳴っている。

「このメンバーで赤点なんて出たら問題よ」

 アスミが、氷みたいに冷たい声で返した。黒曜石の瞳は、配られた白紙をすでに地雷原扱いしている。


 ガラリ。

 担任の柊先生が入室した。四十代手前、背は低いが声だけは体育館級。眼鏡をクイッと直し、開口一番。


「よーし! 準備はいいかー? 今日のこれは真剣勝負だ!」

「先生、それただのテストですよね」チイロが眉間にDAG(有向グラフ)の折れ線を刻む。

「“ただの”は良くない! 人生はテストの連続だ! ……たぶん!」

「“たぶん”の確率分布が広すぎます」ミナトが真顔で突っ込む。

「深呼吸すると落ち着きますよ」ミサキが僕の肩を二回、やわらかく叩いた。効果はある。たぶんプラセボでも。



 国語の試験 ――作者の気持ちは誰の気持ちか

問題文

桜の花が散るのを見て、私は不思議と安堵を覚えた。

それは失う悲しみではなく、失ったことで残されたものを確かめる感覚に近い。

春の光の下で、私はやっと「残る」という言葉の重みを知った。


問:筆者が桜の散り際に感じた「安堵」とはどのようなものか、本文に即して三十字以内で説明せよ。


――試験開始。教室に流れるのは、静寂と筆記音。やがて、それぞれの地獄が紙に刻まれていく。

•アスミ:

 「エントロピー散逸に抗う抵抗が解放された状態」

 → 柊「作者の気持ちを熱力学で語るな!」

 「文脈上、“安堵”は自由エネルギーの谷底です」

•ミナト:

 「自由エネルギー極小点に達した安定状態」

 → 柊「だからΔGで国語やめろ!」

 「極小点は普遍です」

•チイロ:

 「消失ノードがDAGから再配分され緊張解消。要約:桜=ログ削除お疲れ様でした草」

 → 柊「お前、数理+ミームを答案に混ぜるな!」

 「でもTL;DRつけると読者体験上がるんで」

•僕:

 「失っても残るものに気づき、安心した心情」

 → 柊「はい! 模範解答! 普通に書ける人が一番レア!」

 クラスの視線が集まる。嬉しくない。

•ミサキ:

 「散っても心に残る命を見いだし、そっと安心」

 → 柊「優しい……健康的だ……答案に癒やしを感じる……」

  教室のHRVが一瞬で改善した。

•レイカ:

 「散る桜はラスト照明。終演の静かな安堵」

 → 柊「国語を舞台演出に変換するな!」

 「舞台にすれば伝わるんです!」

•トウタ:

 「桜散る→でも痕跡残る→安心。スレタイ:【朗報】桜、ログ保存」

 → 柊「スレタイを答案に書くな!」


 僕は悟った。国語の問題は死因鑑定に近い。



数学の試験 ――偶数の平方と世界の果て

問題文

任意の自然数 n について、n が偶数ならば n^2 も偶数であることを証明せよ。


 紙を受け取った瞬間、僕は「勝った」と思った。

 短答の花形問題。

「n=2k。だから n^2=4k^2=2(2k^2)。偶数」――終わり。


 だが仲間たちは、なぜかゴールを通り過ぎる競技を始めていた。

•アスミ:

 「偶数を整数環\mathbb{Z}に閉じ込めるのは恣意的。ガロア体\mathbb{F}_2では全元偶数」

 → 柊「拡張すんな! 高校はガロア体いらん!」

•ミナト:

 「剰余類[0]_2を平方写像で自己写像。よって閉じる」

 → 柊「答案が数論研究室!」

•チイロ:

 「偶数集合はモノイド作用下で閉包。平方は準同型。要約:2で割れるやつはずっと割れる、はい解散」

 → 柊「最後のが余計!」

•僕:

 「n=2k と置けば n^2=4k^2=2(2k^2)。偶数」

 → 柊「うん! これ! 模範解答!」

•ミサキ:

 「二人組(2k)を掛けても二人組。だから偶数」

 → 柊「答えがやさしいのに筋は通る!」

•レイカ:

 「2人組が舞台で踊る→群舞になり偶数。舞台照明を当てれば“2×2”の図」

 → 柊「舞台で証明するな!」

•トウタ:

 「証明終了。スレタイ:【朗報】平方、偶数に成功」

 → 柊「スレに数学書くな!」


 僕は思う。模範解答が一番異質だ。



理科の試験 ――氷が溶ける

問題文

問1 氷が常温で溶ける理由を説明せよ(20字以内)。


•アスミ:「自由エネルギー散逸方向に傾くため」

 → 柊「論文か!」

•ミナト:「ΔG=ΔH−TΔSが負になるため」

 → 柊「ギブス自由エネルギー! 高校で出すな!」

•チイロ:「相転移の自由度開放。熱浴からのフローで結合破断。要約:太陽光線ガチ熱すぎワロタ」

 → 柊「途中まで専門なのに最後ミーム混ぜるな!」

•僕:「温度が上がったから」

 → 柊「はい模範解答!」

•ミサキ:「外界から熱が移動するから。冷やしすぎ注意」

 → 柊「やさしい補足! 保健体育みたい!」

•レイカ:「舞台照明の熱で氷が溶ける」

 → 柊「それは事故!」

•トウタ:「気温。以上。スレタイ:【悲報】氷、耐久失敗」

 → 柊「スレタイを答案に書くな!」



英語の試験 ――memory is reconstructive


本文

People often believe that memory is like a video camera, faithfully recording every detail.

However, research shows that memory is reconstructive, influenced by context, expectation, and emotion.


問 本文全体の要旨を40字以内でまとめよ。


この問も、まっすぐ行けば転ばない。

俺:「記憶は文脈や感情に影響され再構成される」。

先生:「うん! 模範!」


そしてどんどん難易度が上がる。

アスミ「完全ログでなく再構成過程」。

ミナト「完全写像ではなく再構成写像」。

チイロ「ノイズ混じりの復号。脳=Photoshop」。

レイカ「再演の舞台」。

トウタ「データ改竄」。

そして先生の「ここは学会じゃない!」が、リフレインみたいに響く。


ミサキの要約は、やはりやさしかった。

「正確さより感情で形を変える」。

短く、柔らかく、正しい。保健室のベッドみたいな答案。

俺の肩の緊張が少しほどけた。



社会の試験 ――三権分立

問 三権分立の役割を50字以内で説明せよ。

•アスミ:「三権分立は世界線分岐を抑制するチェックサム」

•ミナト:「行政・立法・司法が相互監視で均衡を保つ」

•チイロ:「分散合意プロトコル。国家、単独プロセスで暴走できない草」

•僕:「権力が一部に集中しないよう均衡を保つ」

•ミサキ:「バランスを守り、人々を健康に保つ仕組み」

•レイカ:「主演・演出・舞監を分ける舞台体制」

•トウタ:「運営・自治スレ・まとめサイト」


柊先生:「国家をネットコミュニティにすんな!」



終了後 ――


チャイムが鳴り、答案束が先生の腕に収まる。僕らの肩から、重荷が半分外れた。


「平均点は――98点!」

僕は小さく息を吐く。

「だが全員、変な落とし穴がある!」

•アスミ:作者の気持ち=熱力学

•ミナト:理科をΔGで殴り倒す

•チイロ:正論にミーム混ぜて爆発

•僕:普通すぎて逆に浮く

•ミサキ:やさしいが健康寄り

•レイカ:全部舞台演出

•トウタ:スレタイ連投


「君たち全員――採点者殺しだ!」


 アスミは息を吐き、僕も同意した。

「……これ、ほんとにデスゲームより疲れる」


 トウタが机を叩く。

「スレタイ:【朗報】平均点98、全員バカ」

「やめろ!!」全員のツッコミが一斉に飛ぶ。


黒板に先生が大書する。

《人生は柔軟性だ! ……たぶん》


 “たぶん”の余白に、僕らは立っていた。

 次のチャイムまで。次のデスゲームまで。

 そして次は、だれも死なないテストでありますように。

 たぶん。


 平均点は98点。数字だけ見れば、優秀で誇れる結果だ。

 けど、答案の中身を覗けば、誰もが採点者を殺しにかかっていた。


 僕の「模範解答」は確かに安全だった。

 でも、アスミの熱、ミナトの冷徹、チイロの軽口、ミサキのやさしさ、レイカの光、トウタの爆速――それら全部があったから、教室は笑って終われた。


 もし僕一人だったら、ただのテストで終わってた。

 けれど彼らと一緒だったから、これは「小さなデスゲーム」になった。

 次は――採点者が死なないテストを願いたい。

 ……たぶん。


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