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第8話:「因果の彼方、真実の残響」

書物を抱きしめたまま、ユークは凍りついた書庫の奥深くを見つめた。シエルの言葉が、彼の胸に重く響く。犯人は、単なる知識の盗用者ではない。彼は、この神殿の、世界そのものの根源に触れる真実を、ユークに「知ってほしい」と願っている。その意図は、彼らの行動の痕跡から、痛いほど伝わってきた。


「犯人は、一体何を伝えたいんだ?」


ユークの問いに、シエルは静かに答えた。


「この神殿の『真の姿』……それは、神意の解釈と称して、人々を縛り付けてきた『因果の鎖』のことよ。そして、勇者の存在を消し去る術式は、その鎖を断ち切るための、あるいは、新たな鎖を生み出すための、禁忌の儀式だったのかもしれない」


彼女の言葉は、ユークの思考を深い淵へと誘った。神殿の調律官たちは、世界の因果律を管理し、神意を司る者とされてきた。だが、もしその「管理」が、特定の目的に沿って因果を操作し、人々の運命を捻じ曲げる行為だったとしたら? そして、勇者の存在が、その「因果の鎖」を破壊する可能性を秘めていたとしたら?


ユークは、手に持つ『因果の連鎖と禁忌の術式』を再び開いた。そこには、触媒の選定方法だけでなく、特定の存在の「概念」を因果の表層から一時的に消滅させるための複雑な術式が記されていた。それは、単なる殺害ではない。存在そのものを、世界の記録から抹消しようとする、冒涜的な試みだった。


そして、失われたはずの『予言の具現化と神意の解釈』。その書物が勇者の存在と予言の石板が密接に結びついていると詳述しているとすれば、犯人は勇者が世界の因果に織り込まれた「予言」の「鍵」であることを知っていたことになる。


「犯人は、勇者が世界の因果に深く関わる存在であり、その死が単なる一個人の終焉ではないことを知っていた。そして、その『鍵』を破壊することで、何らかの『真実』を露わにしようとした……」


シエルが、書庫の奥に視線を向けた。


「あの『虚無の螺旋』は、勇者の存在が消滅したことの証拠であると同時に、世界に刻まれた『問い』でもあるわ。この因果の檻は、本当に神の意志によって築かれたものなのか、それとも、人の手によって作られた幻想なのか、と」


ユークは、書物を閉じ、書庫の埃舞う空間を見渡した。ここに眠る膨大な知識は、神殿が長年にわたって隠蔽してきた「不都合な真実」を内包しているのかもしれない。歴代の調律官たちが記した報告書の中にも、その片鱗が隠されている可能性がある。


彼は再び棚の間を歩き始めた。今度は、犯人が何を参照したかだけでなく、神殿が何を「隠してきた」のか、その痕跡を探すように。彼の指先が、ある一冊の報告書で止まった。それは、数百年前に記された、ある調律官による「予言の石板の再解釈」に関する報告書だった。通常は閲覧禁止とされているはずの、その報告書もまた、わずかに引き出された痕跡があった。


報告書を開くと、そこには、歴代の調律官たちが公式に発表してきた「神意の解釈」とは異なる、予言の新たな解釈が記されていた。それは、勇者の誕生が、世界の因果を揺るがす「特異点」となる可能性を示唆していた。そして、その特異点が、神殿の存在意義そのものを問うものである、と。


「……勇者は、因果の『歪み』だったというのか?」


ユークの声に、困惑と、微かな怒りが混じった。神殿は、その「歪み」を修正しようとしたのか? あるいは、利用しようとしたのか? そして、犯人は、その「歪み」を利用して、神殿の隠蔽を暴こうとしたのか?


シエルが、ユークの横に寄り添う。


「真の目的は、まだ分からない。でも、一つだけ確かなことがあるわ」


彼女の瞳が、静かな光を宿していた。


「この書庫は、沈黙の底で、過去の囁きを続けている。そして、その囁きは、あなたに、この世界の『真の歴史』を問いかけている」


因果の檻は、その深淵の記憶の全てを開示しようとしている。次に彼らがたどり着く場所には、勇者の死の、そして神殿の秘められた真実が、待っているだろう。その真実が、ユークの、そして世界の運命を、大きく揺るがすことを予感しながら、彼は書庫を後にした。光が差し込む入り口が、彼らを新たな謎へと誘うかのように、静かに輝いていた。

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