第1話:勇者は、予言より早く死んだ
その死体は、空を見ていた。
崩れた神殿の中央に横たわる、血塗られた白銀の鎧。それは、誰の目にも疑いようなく、“英雄”の亡骸だった。
「勇者が……死んでいる……?」
ざらついた声が、喉の奥から絞り出された。その顔は知っていた。この国が選定した七柱、その中でも「救済の預言」を託された少年。未来で魔王を討ち滅ぼす者。世界の希望。聖典にその名を刻まれた、絶対の英雄。
――それが、今、ここに、死んでいた。
しかも、予言が指し示す「戦いの刻」より、はるかに早く。
「時間が……狂っている……?」
呟いたのは、元・神殿調律官の男、ユーク=ヴァレル。異端と罵られ、二年前にその職を追われた元・天才検閲者。因果の糸と神意を読み解くはずのその瞳は、眼前の矛盾に凍りつき、ただ虚空を見つめていた。
「この死は、世界を壊すぞ……」
静かに、背後に歩み寄る気配があった。薄桃色のローブ。鋭く光る瞳。そして、淡く弧を描いた唇が、耳元で囁く。
「ようこそ、“勇者殺し”。ここからは――契約者である、わたしの仕事」
それが、彼女との再会だった。“災厄の魔女”を名乗る、異端の存在。世界を破壊する呪いと共に生きる女。
「犯人は、まだこの神殿のどこかにいる。そして、きっと“真理”に気づいてほしくて……あなたをここに呼んだ」
彼女は、指を鳴らした。
刹那、神殿の時が止まる。空も、風も、腐臭すらも、その動きを止めた。
「始めよう。この《予言殺し》のミステリーを、
――解いてみせて、ユーク」
世界は、勇者の死を許さない。預言に逆らったその罪を、今、逆照会する。
この死に“犯人”がいる限り――真実は、決して、消えない。