8章 光に手を引かれ
賊たちを討伐し、一夜が明ける。
翌朝、サラカは依頼人のもとを訪れていた。
「サラカさん、ありがとうございます!」
「これでようやく、安心して街の外に出ることが出来ます!」
「良かった。何かあればまた私たちを頼って」
「もちろんです!ありがとうございました!」
お礼を言い、男性がその場から立ち去った。
「この街はもう大丈夫か」
「次はどこに……って」
(ん?あれは……)
「嬢ちゃん凄いんだぜ。俺の傷を一瞬で直してくれたんだ」
ブラッツが昨夜の出来事を話している。
スレンの周りには、話を聞きに来たティーナたちが集まっていた。
「もしかして、治癒魔法ですか?」
「習得は難しいと言われているのに、スレンさん凄いです」
「そんなことができるのか!?」
「それなら、俺の怪我も治してくれないか?」
「……はい」
スレンが傭兵の傷口に手を添える。
優しい光に包まれ、傷はみるみる塞がっていった。
「おお!本当だ!傷が治った!」
「ありがとう、スレン!」
「……」
サラカは遠くから、その様子を伺っていた。
そしてしばらく眺めた後、何も言わずにその場から立ち去って行った。
***
「……」
負傷した傭兵たちを治療するスレン。
スレンの体に、少しずつ疲労が溜まり始めていた。
「スレンさんありがとうございます!」
「……はい」
最後の傭兵の治療も終わった。
スレンにお礼を言い、傭兵たちは帰って行った。
「それにしても便利な力だな」
「治癒魔法は、人々を助けたいと思う心が大切なんです」
「それに、魔法を扱う高度な技術も必要です」
「スレンさんの優しさ、それに努力の賜物だと思います」
「へえ、凄いんだな嬢ちゃんは」
「ますます団長があんな態度を取ってるのが不思議なくらいだ」
「……」
「スレン様、顔色がよろしくないようですが」
「……」
スレンは体を傾け、そのままネファリスの肩にもたれかかる。
「スレン様?」
「おい、嬢ちゃん大丈夫か?」
「……気を失っています。魔法を使い過ぎたのでしょうか」
「今は休ませてあげてください」
「そうか……悪いことをしたかな」
「いいえ。これはスレン様の自信に繋がる良いことです」
「他者のことを思い、生きる理由を与える」
「そうすれば、必ず元のスレン様に戻ることができるはずです」
「そうですね……私もそう思います」
「だが、あんたはなぜそこまで嬢ちゃんのことを気にかけてんだ?」
「嬢ちゃんたちと出会ったのも、俺たちが王様のところへ行った時だろ?」
「……」
「ユリック様が亡くなられて、スレン様の精神は不安定になってしまわれました」
「私たちが、サラカ様を止められなかったことも原因の一つです」
「待機するように言われていたユリック様は戦場へ赴き、命を落としてしまいました」
「ですので、せめてスレン様が一人で生きたいと思えるようになるまでは……」
「私が、そばでお支えしようと決めたのです」
「なるほどな」
「スレン様はお強いです」
「きっかけさえあれば、必ず立ち直ることができるはずです」
「まあ、団長と険悪なままだと気まずいだろうからな」
「手伝えることがあったら言ってくれ」
「はい。私も協力します」
「ブラッツ様、ティーナ様、ありがとうございます」
「……ううっ」
「このままだと、スレン様を起こしてしまいますね」
「私が宿までお連れしてきます」
「それでは、失礼いたします」
***
——お父様みて!ユリックに教わったの!
訓練用の短剣を構え、その場で振り回すスレン。
「凄いじゃないかスレン。さすがは私の娘だ」
「はい。スレン様はとても筋が良いです」
「私が教えたことだけでなく、私の動きを見て覚えてしまいます」
「そのせいで、少し無茶をされることもありますが……」
「ふふっ、本当にそうよ。見ていてヒヤヒヤするわ」
聞こえてきた声とともに、スレンの体が光に包まれる。
しばらくして光が消えると、スレンの体から擦り傷が消えていた。
「剣の訓練も大切だけど、スレンは皆を助けられる人にならなきゃ」
「お母様ありがとう!」
「やっぱりお母様の魔法はすごいね」
「わたしにも、できるようになるのかな?」
「もちろんよスレン。あなたはとても優しいから」
「きっと、立派な魔法使いになれるわ」
「お母様……うん!」
「わたし、がんばるよ!」
***
「……」
「お母……様……」
スレンは静かに目を開ける。
「あ……れ……」
知らない天井が広がっている。
周りを見渡すと、座っていたネファリスと目があった。
「お目覚めですか?スレン様」
「あ……」
(夢……なんだ……)
「スレン様?泣いていらっしゃるのですか?」
「え……?」
頬に手を当てると、自分が涙を流していることに気が付いた。
「……ごめんなさい」
「また謝りました。スレン様は悪くありません」
「理由を、聞いてもよろしいですか?」
「……」
「……夢を見たの。小さかった頃の……」
「お父様と、お母様と……ユリックが、まだ生きてた時の……」
「……ううっ」
涙が抑えきれなくなる。
そんなスレンを、ネファリスは優しく抱きしめた。
「ネファリス……さん……?」
「私では、皆様の代わりになることができません」
「ですが、少しだけもかまいません」
「安心していただければ、私は嬉しいと思います」
「……」
「あり……がとう……」
「……はい。どういたしまして」
初めて聞いたお礼の言葉に、ネファリスは笑みを浮かべた。
——コンコンコン
扉が開き、サラカが部屋に入ってくる。
「……邪魔をした?」
「少しだけ、タイミングが悪いかもしれません」
サラカの姿を目にし、慌てて顔を隠すスレン。
「……」
「そう、悪かったわね」
「でも、言っておかないといけないことがある」
「スレン」
「!」
突然名前を呼ばれ、心臓が締め付けられる。
震えるスレンを、ネファリスは再び抱きしめた。
「そう構えないで。ただお礼を言いに来ただけ」
「皆の怪我、治してくれてありがとう」
「——」
「それだけ。明日にはこの街を出発する」
「あなたたちも、支度をしておいてね」
「じゃあね」
——パタン
「……私はサラカ様のことがよく分かりません」
「ですが、今のは良いことだと分かります」
「……うん」
「私も……そう思う……っ」
「スレン様、悲しいのですか?」
「違うの……嬉しいの……」
「ぐすっ……」
「そうなのですね」
「少しだけ、分かったような気がします」
***
賊から砦を解放した傭兵団は、次の町へ到着していた。
その町の広場では、スレンとネファリスが剣の訓練をしている最中だった。
「スレン様、よろしいですか?」
「……お願い」
スレンは短剣を構え、ネファリスと向かい合う。
「かしこまりました」
「ですが、危なくなったらお止めいたします」
ネファリスも刀を構える。
そして、スレンへ斬りかかった。
「……」
(ユリックに教わった……)
(この動きの次は……)
「兄貴、スレンちゃんたちは何をしてるんで?」
「訓練だそうだ」
(攻撃を防ぐ……そして近付く……)
(掴まれそうになったら……後ろに……)
「へぇ、大したもんじゃないですか」
「隠れているだけかと思ったら、意外と動けるんだな」
(ここでかわして……剣を前に……)
「あっ……!」
足がもつれて地面に倒れる。
「ううっ……」
「大丈夫ですか?」
顔を上げると、ネファリスが手を差し伸べていた。
「……うん」
ネファリスの手を取り立ち上がる。
「もう……一回お願い」
「いいえ、少し休憩いたしましょう」
「え?」
「体のバランスを保てていませんし、呼吸も乱れています」
「このまま続けると、また倒れてしまいますよ」
「……分かった」
「スレン様。何か焦っていらっしゃいますか?」
「……」
「スレン様が見た夢のことでしょうか?」
「……うん」
「当たりました」
「ですが、焦ってはいけません」
「体を壊してしまったら、元も子もありませんから」
「剣も魔法も、スレン様は上手く扱えています」
「だからこそ、無理はしないようにしてください」
「うん……分かった」
「あちらの日陰で休みましょう」
「皆様、スレン様のことを心配してくださっていますよ」
「え……?」
ネファリスが手を向けた方を見ると、セルディスとガルムがこちらを見ていた。
「悪いな。じろじろ見てしまって」
「あんなに動けるとは意外だった。スレンちゃん、実は強かったんだな」
「……うん」
「スレン様。褒められた時はお礼ですよ」
「あ……」
「あり……がとう……」
「それにしても、あんたたちもだいぶ傭兵団に馴染んできたな」
「そうですねぇ。初めはあんなに険悪だったのに」
「姉さんも、前よりはマシになった気がしやす」
「お二方は、サラカ様とのお付き合いは長いのでしょうか?」
「俺はブラッツの後に加入した。元々はあんたと同じ、王様に仕える騎士だったんだ」
「それならなんでここにいるかって話だよな。聞きたいか?」
「はい。聞かせていただけますか?」
「いいだろう」
「それはつまり……俺が団長にやられたからだ」
「俺の仕えていた王様は、エルドリオン以上にやばい奴だった」
「民から略奪を図るわ、気に入らない奴は身内でも痛めつけるわで、そりゃ国中から反感を買った」
「俺も隙を見てバックレようとしてたが、一歩遅かった」
「各地の将軍や義勇兵が城に攻め込んで来たんだ。王様を討ち取りにな」
「その中に団長やブラッツもいた。傭兵として」
「俺は王様の前に立ちはだかったんだが、団長にボコボコにされてな」
「その強さに惚れ込んで、今ここにいるってわけだ」
「兄貴、その話好きっすねぇ」
「当たり前だろ?俺の人生が変わったんだ」
「団長は俺の腕を買ってくれている。冷たいところもあるがな」
「そういうガルムも……出会いの印象は最悪だったのに、今ここにいるじゃないか」
「そうなのですか?」
「ええまあ、最悪といえば最悪でしたね」
「よければ聞かせていただけませんか?気になります」
「そうまっすぐ聞かれると恥ずかしいな……」
「なら話さなくていいぞ」
「兄貴……それはないですって」
「俺が傭兵団に与えた功績は、一番でかいと思ってますから」
「功績?」
「ええ!」
「何を隠そう、あの船は俺の船なんですから!」
「あの大きな船が……ですか?」
「……まあ、正確には俺の船じゃありませんがねぇ」
「見ての通り俺は元々海賊でした。といっても、船長じゃなくてただの下っ端」
「船長は名の知れた賞金首で、もちろん色んな奴から狙われていやした」
「さっきの兄貴の話を聞いたら分かる通り、依頼を受けた姉さんにも狙われていた」
「その時は既に傭兵団が出来ていやした」
「国を潰したとてつもない強さの傭兵が船長を狙っている」
「そんな奴に狙われたとなると、命がいくつあっても足りやせん」
「だから俺は、船長たちが上陸した島で寝静まっている間に、数人で船を奪って逃げた」
「そしてその傭兵を見つけて、船長の首を差し出した」
「見事賞金首を捕らえたと姉さんたちは称えられやしたが、一方で俺たちは裏切り者扱い」
「しまいには海賊の仲間だからと処刑されそうになって、必死に姉さんを頼ったんです」
「この船を渡すから、俺たちも連れて行って欲しいって」
「それ以来姉さんの傭兵団は、海を越えてどこへでも駆け付けるようになりやした」
「依頼を受けた先で仲間が増えて、今の傭兵団があるってわけです」
「なるほど。そうでしたか」
「皆様、サラカ様に惹かれて集った同志たち、ということですね」
「動機は何であれ、そうかもな」
「バラバラな俺たちが、団長のおかげで一つにまとまっている」
「生きてりゃ不思議なこともあるもんだ」
「そこまで人を惹きつけるのであれば、昔のサラカ様はどのような方だったのでしょうか」
「姉さんの昔の話は聞いたことありやせんね」
「誰も聞きやしないし、自分からも話すこともありやせん」
「まあ、今さら聞くことでもない」
「今の団長に惹かれて、俺たちが集まったからな」
「そうですね。兄貴も良いこと言うじゃないっすか」
「俺はいつも良いことしか言っていない」
「……やっぱり兄貴は変ですぜ」
「変なのはお前の方だ」
「……ふふっ」
二人の会話を聞いていたスレンは、思わず笑みがこぼれる。
「おっ、スレンちゃんやっと笑ったな」
「え……?」
「ずっと暗い顔をしていたからな。笑っている方が似合っているぞ」
「そっ……そうですか……?」
「素敵だと、思いますよ。スレン様」
「……ありがとう……ございます」
下を向いたまま、スレンは二人にそう言った。
「……」
(サラカ様の過去は、誰も知りえませんか)
(ブラッツ様にもお話を伺いたいところではありますが……)
(一度、サラカ様に直接お話を伺っても良いかもしれませんね)




