7章 傭兵として
「砦に棲みついた賊の討伐ね」
「はい」
「少し前に奴らが現れ、通りたければ金を払えと言い始めたのです」
「外から来た商人達も襲われ、向かった街の者たちも帰って来ず……」
「私たちも、打つ手なしと諦めていました」
「ですので、外からあなた方が来た時は驚きました」
「まさか見張りの賊を追い払ってしまうとは……」
「あの見張り、威張ってるだけで大したことなかったから」
「それは……なんとも心強いことです」
「奴らの親玉は、いつも夜になると帰ってきます」
「何もありませんが……それまではこの街でゆっくりしていってください」
「ええ、分かったわ」
「ありがとうございます、サラカさん」
「どうか……よろしくお願いします」
***
「へえ、あの見張りがいたせいで、この街は訳ありとは思っていやしたが」
「見境なく襲っているなんて……許せません」
「団長、その親玉は夜に帰ってくるんですよね」
「ええ、そう聞いた」
「夜に戻ってくるなら、砦で待ち伏せても良いかもしれませんね」
「帰って来たところをまとめてやったほうが楽じゃないか?」
「意見が割れてるな。団長、どうする?」
「そうね、待ち伏せて討ち取るのも悪くはない」
「けど、逃げられたら面倒なことになってしまう」
「今回はブラッツの案で行く。ごめんね、ティーナ」
「いえ、サラカさんの判断が一番的確ですから」
「それなら夜まで待機だな」
「兄貴、飲みに行きやしょう!」
「そうだな。この地の酒も嗜んでおかないとな」
「程ほどにしてよ」
セルディスとガルムが酒場へ向かっていく。
「団長はどうするんで?」
「あたしは宿で休む。夜になったら街の入り口に集合で」
「了解。なら俺もあいつらについていきますか」
サラカは宿へ、ブラッツは二人の後を追っていった。
「スレン様、いかがなさいますか」
「……どうして?」
「はい?」
「どうしてあなたは……私についてきてくれるの……?」
「スレン様の御身をお守りするため、同行することを願い出ました」
「詳しくは分かりません」
「ですが、ただ事では無いことは私にも伝わってきました」
「……ごめんなさい」
「なぜ謝るのですか?」
「……」
「あの」
背後から声を掛けられる二人。
「あなたは、ティーナ様でしたね」
「はい。覚えてくれていたんですね」
「これ、良かったら召し上がってください」
ティーナがお茶とお菓子を差し出す。
「お気遣いいただきありがとうございます」
「……(こくっ)」
「……あの、聞いても良いのか分かりませんが」
「サラカさんとは、どのような関係なのですか?」
「あんなに取り乱すサラカさんは、初めて見たので……」
「そうでしたか」
「私が見たことをお伝えするのであれば……」
「あの出来事の少し前にも、サラカ様はスレン様を殺そうとしていました」
「え?」
「あと一歩遅ければ、スレン様は命を落としていたでしょう」
「……」
「そんなことがあったんですね……」
「ティーナ様は、サラカ様とのお付き合いは長いのでしょうか?」
「私は……一番の新参者です」
「元々、小さな村の修道院で働いていました」
「ですが、ある日村が賊に襲われて……焼き払われてしまったんです」
「そんな時、偶然サラカさんたちの傭兵団が村を訪れました」
「皆さんすごく強くて、あっという間に賊を追い払ってしまったんです」
「そして、行き場を無くした私に、ついてきても良いって言ってくれました」
「不愛想ですけど、とても優しい方なんです」
「だからこそ、スレンさんへの態度が不思議で……」
「嫌なことを思い出す。サラカ様はそうおっしゃっていました」
「昔、何があったかご存じではありませんか?」
「サラカさんの昔の話は聞いたことがありません」
「多分、ブラッツさんでも知らないと思います」
「先ほど、方針について話をされていた方ですね」
「はい。あの赤髪の方です」
「傭兵団が出来る前から、サラカさんと一緒に傭兵をしていたと聞いています」
「あの強さに惹かれて、一緒に傭兵業をすることを願い出たとか」
「一人で何でも出来てしまう強さは、誰でも惹きつけられるものがありますよね」
「確かに、サラカ様の強さは圧倒的でした」
「今の私ではまだ敵わない、そう感じるほどに」
「でも、ネファリスさんのあの戦闘技術にも驚きました」
「素早く動いたり、分身したり、まるで忍びみたいです」
「私は……」
「アルヴェン様のもとで務める、ただの従者です」
***
ティーナとの話を終え、数時間の時が経つ。
日が落ちた街の入り口では、傭兵団が集結していた。
「賊たちは来ていない。これなら安心して砦へ向かえる」
「皆、準備出来てる?」
「当たり前だ姉さん!酒も入って気分が良いぜ!」
「飲みすぎだぞ、ガルム。ちょっとは加減しろよ」
「気にしないでくだせぇ旦那。こっちの方が色々楽なんですよ」
「はいはい分かったから。早く出発するよ」
傭兵団は砦に向かって行く。
「スレン様、本当について行かれるのですか?」
「……うん」
「かしこまりました」
「では、私の近くから離れないでください」
「必ずお守りいたします」
「……ごめんなさい」
「今のも、謝ることなのですか?」
「……」
***
「見張りの数が増えてるな。どうする」
砦付近に到着した傭兵団は、離れた場所から様子を伺っていた。
「やっぱり、あの見張りをやっちまったのがまずかったか?」
「関係ない、いつも通りやる」
「分かりました。サラカさん、お気をつけて」
草木の影から、サラカが一人で姿を現す。
「おっ?なんだぁ?」
「これはこれは綺麗なお嬢さん。もしかして、道に迷っちまったか?」
「もう夜も遅い。俺たちのところで休んでいかないか?へへっ」
「……」
「どうした?黙り込んじまって」
「お前が怖いんだよ」
「こんなやつ放っておいて、俺と一緒に……」
「……どいて」
「——は?」
突然体から血が噴き出る。
目の前にいる女性の剣に、血がついていることに気が付いた。
「あああああっ!!」
「て、てめぇ!何しやがる!」
「邪魔」
二人目の賊を斬りつけ、サラカは剣を高く掲げた。
「団長からの合図だ。行くぞお前ら!」
ブラッツの号令とともに、傭兵団は砦へ走り始めた。
「スレン様、私たちも行きましょう」
「……うん」
——砦の内部では、各地で戦闘が発生していた。
サラカは単身で突撃し、最上階への道を切り開く。
ブラッツとセルディスはサラカを援護し、周囲より攻め寄せる賊たちを撃退する。
ガルムとティーナは銃と魔法で後方からその他の傭兵たちを支援していた。
息の合った動きに翻弄され、賊たちは次々に倒れていく。
ネファリスはスレンを守りながら、傭兵たちの動きに感心していた。
「くそっ、何なんだお前たちは!」
最上階に到達したサラカは、賊の頭目を追い詰めていた。
「あなた達を倒しに来た傭兵」
「傭兵だと!?ふざけやがって……!」
「お前ら!出てこい!」
物陰から賊たちが姿を現す。
「まだ隠れていたの?」
「へへっ、切り札は最後まで取っておくもんだ」
「やっちまえ!」
「!」
賊が傭兵団へ襲い掛かる。
一人の賊が、スレンに向かって走り出した。
「させません」
先ほどまでいなかった場所に、ネファリスが姿を現す。
「お前っ、どこから!?」
「先ほどからこちらにいましたが?」
ネファリスは賊に斬りかかった。
「ぐはっ……」
「スレン様を狙うのであれば、容赦はいたしません」
「スレン様、お怪我はありませんか?」
「……ごめんなさい」
「——がはっ……!?」
声の方を向くと、サラカが賊の頭目を討ち取っていた。
「これで全員?」
「ああ、おそらくな」
「そう。みんなお疲れ」
「危なげなく終わりやしたね。早く依頼主に伝えやしょう」
サラカたちが階段を下りていく。
「スレン様、私たちも戻りましょう」
「……」
ブラッツの方へ歩いていくスレン。
「スレン様?」
「あの……」
「ん?嬢ちゃんどうした?」
「腕が……」
「腕?」
「あぁ、さっきあいつらに斬られちまってな」
「何、こんな傷すぐ治る。気にすんな」
「……」
スレンがブラッツの傷口に手を添える。
「嬢ちゃん?」
「……光よ」
「!」
ブラッツの腕が優しい光に包まれる。
「これで……大丈夫だと思います……」
「おお!傷が治った!」
「凄いな嬢ちゃん!助かったよ!」
「いえ……良かったです……」
ブラッツが階段を下りて行った。
「驚きました」
「スレン様に、そのような力があったとは」
「これしか……できないから……」
「……」
「スレン様、悲しそうな顔をされています」
「……ごめんなさい」
「また謝りました」
「私はスレン様を責めているわけではありません」
「もう、私に謝るのはやめてください」
「……」
「難しいことでしょうか?」
「それなら、今のままで問題はありません」
「サラカ様たちは行ってしまいました」
「私たちも、早く街へ戻りましょう」
「……はい」
ネファリスに連れられ、スレンは砦を後にした。