5章 星が落ちる頃
「いやああああぁぁぁぁ!!!」
スレンの叫び声が聞こえ、サラカは我に返る。
黒い影の方を振り向き、そのまま剣で斬りかかった。
「——」
咄嗟に避けるも、サラカの攻撃はついに命中した。
左肩から血を流し、そのまま勢いよく木に叩きつけられる。
「——これ以上、戦闘の継続は困難です」
そう言い残し、黒い影は光の中へと消えていった。
「ユリック……!ユリック……!」
スレンは必死に魔法を唱えていた。
しかし、傷は塞がらず、血は流れ続けていた。
「スレン……様……」
「約束を……守れず……申し訳ございません……」
「嫌だ……嫌だよユリック……!」
「私を一人にしないで……」
「置いていかないでよ……!」
「!」
——置いていかないで!
「……え?」
(何……今の……)
突然、サラカの頭に流れ込んできた知らない記憶。
しかしそれは、妙に現実味を帯びていた。
「約束したもん……死ぬ時は一緒だって……」
「私も……ここで!」
スレンは短剣を取り出し、自らの胸に突き付ける。
「……いけません……スレン様」
「!」
ユリックは刃をつかみ、その剣を止めた。
「あなたは……ここで死んではいけない……」
「勝手なこと言わないでよ……!」
「ユリックがいなかったら……私は一人ぼっちなんだよ……!」
「嫌だよ……嫌だよ……!」
「……」
「スレン様は……一人ではありません……」
「頼もしい方が……いらっしゃるではありませんか……」
「え……?」
ユリックがサラカの方を見る。
「サラカ様……」
「スレン様のことを……お願いいたします……」
「は……?」
「ちょ、何勝手なこと言って……!」
「お願い……します……」
「スレン様のことを……守ってください……」
「!」
ユリックの視線は、真っ直ぐサラカの目を見ていた。
「スレン……様……」
「申し訳……ございま——」
ユリックの手が、スレンの手から零れ落ちた。
「ユリック……?」
「ねえ……起きて……」
「またいつもみたいに……剣を教えてよ……」
「ねえ……ねえ……ユリック……!」
動かなくなったユリックの手を、スレンは強く握りしめていた。
「あ……ああ……っ」
「あああああああああああああ!!」
黒い影との因縁は、ユリックの命を失う結末を迎えた。
何かが崩壊したように、心の底から泣き叫ぶスレン。
サラカはその光景を、ただ黙って見ていることしかできなかった。
***
「ユリック……ユリック……」
静まり返った森の中。
放心状態のスレンを背負ってサラカは歩いていた。
「……」
——置いていかないで!
「……」
(全部忘れたはずだったのに……なんで今さら思い出すの……)
(……この子がいるから)
頭の中で繰り返されるその言葉に、サラカは歩みを止める。
木を背もたれにし、スレンをその場に下ろす。
(私には……関係ない……)
スレンに背を向け、その場を立ち去ろうとする。
「ユリック……嫌だよ……」
「一人に……しないで……」
「!」
——助けて!一人にしないで!
(何なの……これ……)
背後から聞こえてきたか細い声に、思わずサラカの足が止まる。
サラカの頭の中では、スレンとは違う別の声が聞こえていた。
(何で……今になって……)
「一人に……しないで……」
「!」
スレンの声が近くなり、サラカは体を震わせる。
背後を振り返ると、そこには立つスレンの姿があった。
「……ついてこないで」
「あたしはあなたの子守りなんてできない」
「嫌だよ……」
立ち去ろうとするサラカにスレンは抱き着く。
「お願い……お願い……」
「一人にしないで……」
「!」
”一人にしないで”
その言葉を聞き、咄嗟にスレンを振り払った。
「……離して。あたしには帰る場所がある」
「あなたは王様のところで面倒を見てもらって」
「……」
「嫌だよ……連れて行ってよ……」
下を向いたまま、再びサラカの手を掴むスレン。
「置いていかないでよ……!
「……しつこい」
サラカは手を振り払い、そのままスレンを突き飛ばした。
「大体、なんであたしがあんたを託されなきゃいけないの?」
「全部あいつが勝手に言ったこと……」
「頼むから、あたしに関わらないで」
「……」
スレンは下を向いたまま固まっていた。
少しの間をおいて、スレンは静かに短剣の刃を持つ。
そして、そのままサラカの方へ腕を伸ばした。
「……して」
「は?」
「じゃあ……」
「私を……殺して」
「自分じゃ……死ねない……」
「ユリックに……言われたから……」
「……ふざけないで。もうあたしを巻き込まないで」
「ううっ……」
サラカの返答に、スレンは力なくその場に顔を伏せた。
「嫌だよ……一人は嫌……」
「私には……何も残ってない……」
「ここで……楽にしてよ……」
「……いい加減にして」
「!」
サラカは倒れていたスレンの胸元を掴み、そのまま木に押さえつける。
「人の気持ちも知らずに……そんなこと言わないで!
サラカの気迫に気圧され言葉を失う。
しかし、スレンも心の叫び声を止めることは出来なかった。
「嫌……だよ……」
「お願い……だから……」
「——」
サラカの中で、何かが崩れ落ちた。
もはや、理性を保つことはできなかった。
「はっ、ははっ……」
「!」
急に息が出来なくなる。
何が起こったのか理解出来ないスレンの目には、首を絞めるサラカの姿が映っていた。
「そんなに死にたいなら……望みどおりにしてあげる!」
「あいつは悲しむだろうね」
「命を託した人間に……主人を殺されるなんて!」
「あぁっ……がっ……」
「でも仕方ないよね」
「その主人自身が望んだ事なんだから!」
「あっ……あ……」
視界がぼやけ、激しい頭痛が襲いかかってくる。
焦るスレンは、反射的にサラカの腕を掴んでいた。
「何?殺してって言ったのに、死ぬのが怖くなった?」
「本当に自分勝手なお嬢様ね」
「死にたくないならもっと抵抗してよ」
「ほら!」
サラカの力が強まり、スレンの足が地面から離れる。
スレンには、振りほどくほどの力は残されていなかった。
「い……やぁ……」
掴んでいた手は、サラカの手から滑り落ちる。
スレンの体は、力なく宙に浮いていた。
「……」
——何をしているのですか?
突然聞こえてきた声の方を向くサラカ。
そこに立っていたのは、以前に出会ったネファリスだった。
「手、離したほうが良いと思います」
「スレン様が、死んでしまいます」
「……」
スレンの首から手を放すと、スレンはその場に倒れこんだ。
「げほっげほっ……!」
「はぁっ……はあっ……!」
必死に息を吸うスレン。
その目には涙が浮かんでいた。
「なんで……どうして……?」
「お父様も……お母様も……」
「ユリックも……」
「みんな……私を置いて行っちゃった……」
「私も……楽になりたい……」
「なのになんで……」
「死ぬのが怖い……」
「なんで……なんで……!」
「……」
「どこへ行くのですか?」
その場を立ち去ろうとするサラカに、ネファリスは声をかける。
「……後のことはあなたが何とかして」
「あたしはもう……関係ないから」
「待ってよ……」
「置いていかないで……!」
スレンはサラカへ手を伸ばす。
しかし、サラカは一言も発さずに森の外へと消えていった。
***
「アルヴェン様」
「おおネファリス、戻ったか」
「よくぞ別動隊を導いてくれた」
「お前たちのおかげで、私たちはエルドリオン殿を討ち取った」
「この戦い、我々の勝利だ」
「スレン殿たちも、これで御身が危機にさらされることはないだろう」
「……」
「む?どうかしたか?」
「アルヴェン様、ご報告がございます」
「報告?」
「ユリック……ユリック……」
アルヴェンが放心状態のスレンを目にする。
「スレン殿……?」
「ネファリス、何があった」
「お話いたします」
「ですが先に、スレン様をお部屋に」
「ああ、分かった」
「皆は戦後の後始末を頼む」
「はっ!かしこまりました!」
「……では行こうか」
「はい、アルヴェン様」
スレンを背負ったまま、ネファリスは城の中へと帰っていく。
「……」
「いったい、森の中で何があったというのだ?」