4章 思惑の先に
「アルヴェン様!報告いたします!」
「エルドリオン率いる軍勢が、我が領内まで攻め寄せています!」
「……そうか。報告ご苦労だったな」
「アルヴェン様、本当によろしかったのでしょうか」
「私たちの身柄を引き渡せば、このようなことには……」
「いや、何も問題はない」
「いずれエルドリオン殿とは相まみえると思っていた」
「それが早まっただけだ。こちらとしても都合が良い」
「ユリック殿は、スレン殿を守っていてくれ」
「城の中にいれば安全だ」
「……はい、かしこまりました」
「アルヴェン様、どうかご武運を」
ユリックが天幕から出ていく。
それと入れ違いに、ネファリスが天幕へ入って来た。
「ネファリス、敵の動きはどうだ?」
「はい。アルヴェン様の読み通り、敵の軍は山の上に陣取っております」
「現在、先行した部隊が敵部隊と睨み合っている状況にございます」
「アルヴェン様はご予定通り、正面から進軍し、敵の注意をアルヴェン様に引き付けます」
「その間に、私たち別動隊が森の中より奇襲を仕掛け、要地を奪取」
「背後から敵軍を挟撃し、二方向から敵本隊を打ち崩します」
「十分だ。説明ご苦労だった、ネファリス」
「勝機は我らにある。全軍、進発せよ!」
「土足で踏み入ったこと、奴らに後悔させてやろう!」
***
「ほう」
「この布陣、向こうは準備万端といったところか」
「傭兵殿、先陣は任せてよろしいのですな」
「……」
サラカは戦場全体を見渡していた。
「問題ない。平地であれば出来ることは限られている」
「ただ、懸念点があるとすれば……戦場の両脇にある森」
「山の上に陣取っても、あの森の中までは見えない。奇襲をかけるにはうってつけの場所」
「高所は一見有利に見えるけど、寝首をかかれないように警戒しておいて」
「下手すれば、戦場の中央で敵に挟み込まれる」
「ほう、この一瞬でそこまで見えたか」
「さすがは傭兵殿だ。戦場のことを良く知っている」
「そこまで難しいことじゃない」
「でも安心して。奇襲させる間も無く速攻で攻め込むから」
「あたしが攻め込んだら、後詰を用意して」
「承知した。皆、奮起せよ!」
「アルヴェンを討ち、彼の地を我らのものとするのだ!」
号令と共に、二つの勢力が動き出した。
***
「……王様たち、大丈夫かな」
「私のせいで……大変なことに……」
交戦が始まった同時刻。
城の一室では、不安げな表情を浮かべたスレンがいた。
「スレン様、戻りました」
ユリックが部屋に入って来る。
「両軍の交戦が始まりました。私たちはここで待機するようにと」
「……うん」
「ねえユリック。私たちにも、何かできることはないかな」
「……ありません」
「アルヴェン様の想定外の動きをして、指揮を乱すわけにはいきませんから」
「……そうだよね」
「お気持ちは分かります」
「先日出会ったばかりである私たちのために、命をかけて戦ってくださっている」
「正直、なぜそこまでしてくださるのかは分かりません」
「ですが、私たちのことを思ってくださっているのは事実」
「黙って見ているつもりはありません」
「ユリックも……そうなんだね」
「私も、何か役に立てないかなって思ってる」
「でも……私はユリックみたいに強くないから」
「スレン様……」
「ねえユリック」
「私の魔法、みんなの役に立てないかな」
「まだお母様のように上手くは出来ない」
「でも、少しくらいの怪我なら治せる。だから……」
「——おい!お前達も来てくれ!」
部屋の外から兵士の声が聞こえる。
「化け物みたいな強さの奴が現れた!一人でアルヴェン様のもとまで接近している!」
「このままでは、アルヴェン様が……!」
「!」
「城にいる兵全員、アルヴェン様の元へ向かうように伝えてくれ!」
「……まさか、彼女が?」
ユリックの頭の中に、サラカの姿が浮かぶ。
「大変!王様を助けなきゃ……!」
「かしこまりました。私が行って参ります」
「私も行く!」
「だめです」
「だめじゃない!」
「!」
「ユリックにもしものことがあったら……私は……」
「それに、約束したでしょ?死ぬときは、二人一緒だって」
「スレン様……」
ユリックは少し考える。
「……戦場に出るのはだめです」
「ですが、後方で皆様をお助けするのであれば許します」
「ユリック……!ありがとう!」
「でも、ユリックが危なくなったら私も前に出る」
「私の魔法が、ユリックに届かないからね」
***
「ぐはっ……!」
たった一人の傭兵によって、兵が次々と倒れていく。
「なんだあいつは……化け物か!」
「まさか、あれが傭兵サラカか……!」
吹き抜ける風のように、誰一人として彼女を捉えることはできなかった。
「案外脆いものね。後詰なんて必要なかったかしら」
「一斉かかれ!奴に攻撃の隙を与えるな!」
「……」
「突撃するだけで勝てるなら、あたしはここにいない」
「!」
サラカの剣が、兵士の首に突き刺さる。
「——」
「貴様っ!」
兵士の剣は空を切る。
サラカは体勢を低くすると、そのまま周囲を薙ぎ払った。
「がはっ……」
サラカを囲んでいた兵たちが倒れる。
そのまま立ち上がり、アルヴェン目がけて走り出した。
「アルヴェン様をお守りしろ!」
アルヴェンの前に陣形を組む兵たち。
「どいて、死ぬよ」
「怯むな!迎え撃て!」
兵たちが剣を構え突撃する。
その頭上から、一人の人物が勢いよく飛び出した。
「!」
攻撃を防ぎ一歩退くサラカ。
「へぇ、来たんだ」
サラカの目の前には、ユリックの姿があった。
「アルヴェン様、彼女は私にお任せください」
「……光よ」
倒れていた兵士の傷が塞がる。
「ケガをされた方はこちらに……!私が治療します!」
アルヴェンの後ろでは、スレンが兵たちを治療していた。
「あなた方、なぜここに!」
「アルヴェン様、命令を守らなかったことは謝罪します」
「ですが……ただ見ているほど、私は恩知らずではありません」
「しかし、奴は危険だ。あなただけでは……」
「それはやってみなきゃ分からないわよ」
サラカがユリックに斬りかかる。
「……」
二本目の剣を抜き、ユリックはサラカの攻撃を受け止める。
「止めた……!?」
その様子に、兵士たちはただ驚いていた。
「やっぱりあなたは強い。これは退屈しなさそうね」
サラカが初めて笑みを浮かべる。
「退屈を凌ぐために、あなたは人を殺すのですか!」
「それは違う。あたしは強い人と戦いたいだけ」
二人の剣戟は激しさを増していく。
周囲にいる者たちが、かろうじて目で追えるほどの速さまで到達していた。
「……」
「はははっ、良い!」
サラカの剣が二重に見えてくるユリック。
(……本当に人間なのか、この方は)
攻撃を弾き、一歩後退するユリック。
「休憩?構わないよ」
「万全な状態で、あなたと戦いたいから」
サラカの息は少しだけ乱れていた。
「……今ならやれる。行くぞ!」
周囲にいた兵たちがサラカの背後から近づく。
「お待ちください!」
「……邪魔しないで」
「!」
ユリックの静止を聞かず、兵たちはサラカへ突撃する。
しかし、サラカの剣は兵たちの腹を切り裂いていた。
「あがっ……」
「動きが……見えない……」
「……邪魔が入るなら仕方ない。休憩は終わり」
「ほら、構えて」
呼吸を整えながら、ユリックはサラカに目を向けた。
「!」
だがその目が捉えたのは、サラカの背後に忍び寄る黒い影だった。
「——排除」
黒い影は手を前に突き出す。
その瞬間、黒煙をまとった何かがサラカ目がけて飛来した。
「危ないっ!」
「え?」
サラカが振り向くよりも早く、ユリックはサラカを地面に押し倒した。
何が起きたのか理解できないまま、背中に地面の感触が残る。
ユリックは素早く剣を拾い上げ、サラカの前に立ちはだかった。
「……何者ですか」
「——なぜ、邪魔をする?」
「——そいつは、あなたの敵だ。
ユリックの問いに、黒い影が淡々と答える。
そして、再び手をサラカへ向けた。
「——そこを、どけ」
「……」
それでもユリックは動かなかった。
「——理解出来ない」
サラカは剣を拾い、静かに立ち上がる。
「何者?」
「分かりません。ですが、あなたを狙っているようです」
「……さしずめ、アルヴェンの兵ってとこかしら」
「——仕方ない」
黒い影は両手をゆっくりと広げる。
「——全て、排除する」
黒い影の周囲がまばゆく光を放つ。
次の瞬間、光の中から魔獣たちが姿を現した。
「!」
「あれって……まさか……!」
スレンの呼吸が荒くなる。
屋敷の近くで見た光、この国へ来た時に見た光。
——目の前の光は、あの時見たものとまったく同じものだった。
「ま、魔獣!?なぜここに!?」
——ガルルルル……
魔獣の目に、兵たちの姿が映る。
——グルァァァァ!!
「う、うわぁぁぁ!!!!」
敵味方の区別なく、魔獣は無差別に襲いかかった。
魔獣の群れによって、戦場はたちまち混沌に包まれていくのだった。
***
「ちっ、しつこい……」
森の中まで逃げるサラカ。
黒い影は魔法を放ち、執拗にサラカを狙っていた。
——諦めろ。
放たれた魔法が木に命中する。
幹はボロボロに溶け始め、大木は大きな音とともに倒れた。
「……はぁっ!」
ユリックが黒い影に攻撃を仕掛ける。
その影は素早く身をかわし、攻撃を回避した。
「——あなたを、傷つける気はない」
「——狙いは、そいつだけ」
黒い影は、再びサラカに向かって魔法を放つ。
「やられっぱなしでいられないっての!」
サラカは影に向かって突っ込んだ。
紙一重で魔法をかわし、そのまま影へ斬りかかる。
「……」
しかし、サラカの攻撃は黒い影に当たらなかった。
「——終わりだ」
「……何度も同じ手は通用しない」
サラカは黒い影の腕を掴み、そのまま空へ向けた。
「——」
魔法はそのまま空へと打ち上がる。
「実体があるならやることは変わらない」
サラカは剣で突き刺そうとする。
しかし、黒い影は逆の手をサラカの顔に近づけた。
(あの魔法が来る……)
気配を察知し、サラカは腕を離して後退する。
「触れた物を溶かす魔法か」
「当たれば死ぬ……厄介ね」
「……それで、あなたはなんであいつに敵対するの?」
「見たところ、あいつはアルヴェンの仲間っぽいけど」
背後に立っていたユリックに問いかける。
「屋敷の近くで発生した光……その時と、同じ光を放っていました」
「領内で見た怪しい人影も、おそらくあの者です」
「あの者が……スレン様の日常を壊した元凶」
「リオナス様、そしてエラニア様……」
「お二方の仇は、ここで討たせていただきます」
ユリックは剣を構える。
「……そう。苦労してたんだ」
「それなら今が、その恨みを晴らす時じゃない?」
「あなたと協力するのも悪くない」
「ええ。一時休戦といたしましょう」
「——仕方、ない」
黒い影は再び両手を広げ、体から光を放つ。
光とともに、大量の魔獣が姿を現した。
「——二人とも、ここで排除する」
***
「はあっ、はあっ……」
(ユリック……どこ……)
黒い影に追われるサラカを追い、ユリックは森の中へと入っていった。
そんな彼の背中を、スレンは必死に追いかけていた。
——グゥゥゥォォォオ!!
「!」
(ここにも魔獣が……)
木の陰に身をひそめるスレン。
(ユリック……どこに行ったの……)
(嫌だよ……一人にしないで……)
——ミシミシッ
(何の音……?)
——バキィン!!
「!」
目の前で大木が倒れる。
(あそこだ……あそこにいる……)
スレンは立ち上がり、音の方へと走っていく。
目線の先には、黒い影と戦うサラカ。
そして……魔獣と戦うユリックの姿があった。
(私が行っても邪魔になるだけ……)
(何か……私にできることは……)
胸に手を置いて考えるスレン。
そんなスレンの姿に、ユリックは気づいていた。
(スレン様……申し訳ございません)
(あなたをおいてここまで来てしまいました)
(ですが、お許しください)
(お二人の仇は、私が必ず……)
「!」
「ユリック!危ないっ!!」
スレンは思わず飛び出した。
ユリックの背後からは、静かに魔獣が迫っていた。
「はあぁぁっ!」
スレンは短剣を取り出し、魔獣へ向かっていく。
そして、飛び掛かる魔獣の喉元を突き刺した。
——グギャァァ!!
魔獣はその場に倒れる。
隙を逃さず、ユリックはその魔獣を斬った。
「スレン様……ありがとうございます」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「ううん、いいの」
「私も手伝う。邪魔になるかもしれないけど……」
「……いいえ、スレン様はお強くなられました。私の背中を頼みます」
「二人で、ともに戦いましょう」
「……」
黒い影は二人の方を眺めていた。
「ぼーっとしてどうしたの?さっきから避けてばっかり」
「もう一度、あたしに魔法を撃ってきてよ」
「……その腕ごと斬り落としてあげる」
「——」
サラカから溢れ出す殺気に、黒い影は思わず身を引いた。
「逃がさない」
急接近するサラカ。
咄嗟に魔法を放つが、サラカには命中しなかった。
「……終わりよ」
サラカがそう呟いた時だった。
一瞬にして、黒い影の動きが固まる。
背後を気にする黒い影につられ、サラカは振り返る。
——サラカの目に映ったのは、腹部から血を流すユリックの姿だった。