3章~導きの潮騒~
——船を降りた二人は、船主に聞いた街へと向かっていた。
「漁業や商売が盛んな街ですか」
「美味しい海産物や、珍しい名産品などもありそうですね」
「そうだね」
「王都以外は行ったことがなかったから、少しだけ楽しみかも」
「……」
「申し訳ございません、スレン様」
「え?どうして謝るの?」
「……いえ、お気になさらないでください」
「?」
(いけませんね……スレン様を不安にさせてしまいました)
心の中で軽率な発言だったと反省するユリック。
「それよりもスレン様、街が見えてきましたよ」
「本当だ。……あれ?」
安堵した二人の前に、人の集団が立っていることに気が付いた。
「なんだろう……人がいっぱい……」
「!」
集団に近づく二人。
視線の先にいた男には、見覚えがあった。
「もしかして、あの人たちって……」
「見つけた」
集団をかき分けて、一人の女性が歩いてくる。
「!」
「なぜここに……どうやって先回りを」
「船の行く先なんて、簡単に分かる」
「あとは、それより早く到着するだけ」
——現れたのは、サラカだった。
「ユリックって言ったっけ」
「あなたの強さ、興味がある」
「私の……?」
「そっちの子には手を出さない」
「だから、もう一度戦って」
「……」
ユリックの前にスレンが立ちふさがる。
「だめ……」
「あなたは殺さない。どいて」
「ユリックも殺しちゃだめ……!」
「……」
にらみ合いが続くスレンとサラカ。
——剣を抜いた直後、サラカたちの背後の森で謎の光が発生した。
「!」
「今の光は……!」
「?」
後ろを振り返るサラカ。
そこにいたのは、屋敷の近くで見かけた魔獣の群れだった。
「何あれ……!?」
「あれが……魔獣!?」
動揺するスレンたちに、サラカは疑問を抱いていた。
「どうして驚くの。あなたたちがやったんでしょ」
「え……?」
「魔獣を使って邪魔な人を消した。違うの?」
「誰がそんなことを……」
「……なるほど、そういうことでしたか」
「?」
ユリックは剣を構える。
「私たちは魔獣と関係がありません」
「ですので、詳しくお聞かせいただきたい」
「依頼主のことは話せない」
「でも、あたしに勝ったら聞かせてあげてもいい」
「団長!そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
出現した魔獣は、無作為に襲いかかっていた。
「ひっ……」
魔獣がスレンに向かってくる。
「させません」
——グギャアァァ!!
「……」
「仕方ない」
サラカはユリックの方へ向かっていく。
「!」
剣を構えるユリックだったが、サラカはそのまま横を通り過ぎる。
そして、ユリックに迫る魔獣を斬った。
——グギャアァァ!!
「勝負は後。一時休戦としましょ?」
「……ええ」
「スレン様、私から離れないでください」
「う、うん。分かった」
二人は魔獣へ向かっていく。
「……」
そんなスレンたちを、遠くから眺める人影があった。
***
「はぁっ!」
——グギャァアァ!
「……」
「それで最後ね」
倒れた魔獣が消滅する。
「あなた方は、この魔獣を知っているようでした」
「いったいどこで?」
「むしろこっちが聞きたいくらい」
「何で知らないの?あんな近くにいたのに」
「私が付近を見回っていた時、魔獣はすでに姿を消していました」
「だからこそ……」
ユリックは剣を構える。
「すべてを、話していただかなくてはなりません」
「……いいよ」
サラカも剣を構える。
——お二人とも、矛を収めてください。
突然聞こえてきた声に、二人は動きを止める。
スレンが声の方を向く。
そこには、さっきまではいなかった女性が立っていた。
「ここはアルヴェン様の治める土地です」
「無用な争いは、ご遠慮願います」
「無用とは失礼ね。誰?あなた」
「私はアルヴェン様にお仕えする、ネファリスと申します」
「魔獣が出現した報告を受け、鎮圧に参りました」
「ですが、あなた方が魔獣を全て倒してしまいましたので、私はその役目がなくなりました」
「それで?」
「それで……と、いいますと?」
「役目を終えたなら帰ればいいでしょ」
「そういうわけには参りません」
「私が任されたのは、領内の治安維持です」
「目の前で争いが起こりそうなのであれば、私はそれを止めなければいけません」
「……」
ユリックは剣を収める。
「申し訳ございません、ネファリス様」
「はい。これであなたは問題ありません」
ネファリスがサラカの方を見る。
「……はぁ」
大きくため息をつき、サラカが剣を収める。
「これでいい?」
「はい。ありがとうございます」
「魔獣を倒してくださった皆様を、アルヴェン様のもとへお連れいたします」
「なんでよ」
「お礼が言いたい……から、でしょうか」
「……」
(……スレン様)
ユリックは小声でスレンに話しかける。
(この方についていけば、一時的に追跡をかわせるはずです)
(よろしいですか?)
(う、うん。ユリックに任せるよ)
(かしこまりました)
「ネファリス様、ぜひ案内をお願いできますか?」
「かしこまりました」
「あなた方はどうされますか?」
「……お断りする。あたしたちはやることがあるから」
「そうですか。かしこまりました」
「帰るよ」
「いいんですかい?」
「仕方ない」
「了解だ、団長」
傭兵団が港町へ向かって歩き始める。
「……面倒なことしてくれたわね」
すれ違いざま、サラカはユリックにそう言い残した。
「そうでした」
「お二方のお名前を、お伺いしてもよろしいですか?」
「私はスレン」
「私はスレン様にお仕えする、ユリックと申します」
「スレン様にユリック様ですね。お聞かせいただきありがとうございます」
「アルヴェン様のところまで案内いたします。ついてきてください」
ネファリスに連れられ、二人は城へと向かった。
***
「……」
船の上でサラカは考えていた。
(魔獣を見た二人の反応。そして王様から聞かされた話)
(どちらかが嘘をついている。多分、王様の方だけど)
「……はぁ」
(あと少しだったのに)
(誰も私に勝てない。だからずっと退屈だった)
(やっと対等な相手を見つけたと思ったら……あの従者に邪魔されるし)
(……アルヴェンって、あの国の王様だったっけ)
(どうにかして、あそこから彼を連れ出す方法があれば……)
「……」
「しっかし姉さん、どうしやす?」
「依頼を失敗したとなると、王様に何言われるか分かりやせんぜ」
「……」
「姉さん?」
「ん?ああ、依頼?」
「失敗することくらいある。気にしないで」
「何か考え事ですかい?」
「大したことじゃない」
「……」
ガルムに背を向け、再び海の方を向く。
(ただの傭兵が、一つの国相手にするのは不可能)
(それに、私の勝手でみんなを巻き込むことはできない)
(あの王様と戦う口実があれば……)
「……」
考えた末、サラカは一つの結論に至る。
「……そっか。その手があった」
「姉さん?」
(エルドリオン。あの王様を利用すれば……)
(彼を……戦場に引きずり出せるかもしれない)
「……ガルム」
「はい?」
「依頼のことはあたしが責任を取る」
「だから少しだけ待ってて」
「一人で大丈夫ですかい?」
「大丈夫。心配しないで」
(先に利用したんだから、少しくらいいいよね)
***
——同時刻。
スレンたちはネファリスに連れられ、アルヴェンのもと訪れていた。
「よくぞ来てくれた。ネファリスから話を聞いている」
「領内に現れた魔獣を退治してくれたそうじゃないか」
「この国の王として、礼を言おう」
「もったいないお言葉です。アルヴェン様」
「それに……私たちだけの力じゃありませんから」
「む?そうなのか?」
「はい。傭兵団の方々もいらっしゃいました」
「何やら揉めておりましたが、あの方たちとはどのような関係なのでしょうか?」
「スレン様、お話ししてもよろしいですか?」
「……」
「……うん。大丈夫」
「何やら複雑な事情がありそうだな。よければ聞かせてもらえないだろうか?」
「私も、力になれることがあるかもしれない」
「アルヴェン様……」
「かしこまりました。お話いたします」
「私たちは、海を超えた向こうの国からこの地を訪れました」
「というのも、スレン様のお屋敷が襲撃に遭い……」
「ご両親を……亡くされてしまいました」
「……」
「私たちは、命からがら屋敷を脱しました」
「しかし、それからその傭兵団が……スレン様を狙って襲いかかって来ました」
「私は、彼の地を治めるエルドリオン様が手を引いていると推測しています」
「それはなぜだ?」
「数日前より、私たちの領内に魔獣が現れ始めました」
「……それが原因で、エルドリオン様の家臣が命を落としました」
「エルドリオン様は、リオナス様が魔獣を使って家臣を殺害したと疑っていました」
「その家臣は、リオナス様と政策の面で対立していたようです」
「ですが我々は、ここに来るまで魔獣の姿を見たことがありませんでした」
「身の潔白を証明するため、奔走していたある日のことです」
「私たちの屋敷に火を放ち、リオナス様と……」
「スレン様の母君、エラニア様が命を落としました」
「……」
「それからのことです。彼女たちがスレン様を狙って来たのは」
「……おそらく、エルドリオン様からの依頼を受けて」
「……」
「……これが私たちの現状です」
「私たちがこの国にいれば、あなた方を巻き込んでしまうかもしれない」
「目眩しのように使ってしまったことは、謝罪いたします」
「……すまないな」
「え?」
「辛いことを思い出させてしまった」
「この国にいることは、何も問題ない」
「もしあなた方を引き渡せと言われても、要求には応じないつもりだ」
「そのような思いをした人間を、見捨てるほど……私は非道ではないからな」
「……ありがとうございます」
「しばらくはこの地に身を置くと良い」
「ネファリス、二人に部屋を用意してくれ」
「かしこまりました」
「どうぞ、ついて来てください」
「……アルヴェン様、ありがとうございます」
「うむ。そなたはまだ若い」
「大変かもしれないが、落ち着くまでここにいて良いぞ」
「ありがとうございます」
スレンはお辞儀をする。
ネファリスに連れられ、二人は部屋を出ていった。
「……」
***
「まさか失敗するとはな」
「大陸一の傭兵と聞いていたが、ただの噂だったか?」
サラカはエルドリオンのもとを訪れていた。
「……連れて来られなかったのは事実」
「けど、一つだけ言っておく」
「捕らえろと言ったのに、なぜ余計なことをしたの?」
「余計なこと?」
「依頼された人物が住む屋敷を燃やした」
「そのおかげで、どこにいるのか分からなくなったの」
「失敗した原因の一つに、あなたが関わっていることを忘れないで」
「はっ、何を言い出すかと思えば……」
「私が屋敷を燃やしたという証拠はどこにある?」
「そなたの評判を下げたくなければ……」
「言い訳などせずに、どう責任を取るか考えてはどうだ?」
「責任ね……あなたもおかしなことを言う」
「一国の王が、ただの傭兵に責任を取らせようとするなんて」
「実際、あなたも大したこと無いんじゃないの?」
「貴様……っ!エルドリオン様に何を言うか!」
「黙って聞いていれば、先ほどから無礼なことばかり……!」
衛兵たちは剣を抜いた。
「エルドリオン様、この者を今すぐ始末いたしましょう!」
「止さぬか」
「あら、あたしは構わないよ」
「ここにいる全員でかかってきてもね」
サラカが剣を構える。
——殺されるのはどっちかしら。
「!」
あまりの気迫に身を引く衛兵たち。
「……皆、剣を収めよ!」
エルドリオンの声が響く。
「エルドリオン様……しかし……」
「収めよと言っている」
「……!申し訳ございません」
衛兵たちが剣を収める。
「……わしも、少し頭に血が上ってしまったようだ」
「傭兵殿、我々の非礼を詫びよう」
「……」
サラカは剣を下した。
「……私も悪かった」
「責任を取ることは出来ないけど、一つだけできることはある」
「申してみよ」
「私の専業は人さらいじゃない」
「加減をせず、ただ戦場で剣を振るうこと」
「二人の身柄を引き渡すように、文を送ったことは聞いてる」
「応じなければ、全勢力をもって実力行使に出ることも」
「その軍の最前線に……あたしが立つ」
「あたしが先陣を切って、アルヴェンまでの道を作る」
「彼を討ち取れば、二人の身柄も確保できて、彼の領地まで手に入る」
「それに噂の元も断てるし、無駄に兵を失うこともない」
「メリットしかないと思うけれど」
「ほう、それは魅力的な話だな」
「……そなたが、噂通りの実力であれば」
「この期に及んでまだ疑ってるの?
「それなら試してもらっていい」
「あたしが城の外に出るまで、全力で殺しに来て」
「もし生きて外に出ることが出来たら……その時は、実力を認めてもらう」
「ははっ、この兵の数相手にか。舐められたものだな」
「良かろう。どのみち役に立たないなら死んでもらうつもりだった」
「城の者に伝えよ。傭兵殿を始末しろとな」
「はっ!」
衛兵が部屋を出ていく。
「……」
サラカが剣を抜き、エルドリオンに背を向ける。
「さっきの分溜まってるんでしょ?殺してみてよ」
衛兵たちが剣を抜く。
「……その減らず口、すぐに聞けなくしてやろう」
「全員でかかれ!」
衛兵たちはサラカに向かっていく。
「……楽しみましょう。全力で」