表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

2章 花と戯る

屋敷で事件が起こる少し前。

暗い森の中では、魔獣たちに対抗する勢力がいた。


——グギャァッ!

魔獣が消滅する。

「まったく……なんでこんなにも魔獣が」

皆が寝静まった森の中。

退屈そうに魔獣を狩る、一人の女性がいた。

「まあいっか。仕事の割には報酬が多かったし、楽なのは良いこと」

——グルルルル。

「……」

女性は剣を構え、魔獣の方へと向き直る。

「これで最後」

「……姉さん!」

斬りかかろうとした瞬間、背後から声が聞こえてきた。

「ガルム?」

——グルルル、ガウッ!

「あっ!姉さん、前!」

よそ見をした女性に、魔獣が飛びかかる。

——グギャァッ!

それに対し、女性は軽くいなすように剣を薙いだ。

魔獣は横たわり、消滅する。

「戦闘中に話しかけないで」

「す、すいやせん姉さん……」

「それで、そっちは片付いた?」

「はい。旦那たちも全員無事です」

森の奥から、大勢の人々が現れる。

「さすが団長だ!魔獣相手に一人で勝っちまうとはな」

「そうだな。少しくらい苦戦してるところを見てみたいものだ」

「セルディスさん、そんなこと言ったらだめですよ」

「サラカさんは、私たちのリーダーなんですから」

女性の名はサラカ。傭兵団を率いる団長だ。

「依頼の分はこれで終わり?」

「ああ、領内に現れた魔獣の討伐。これで全部終わった」

「そう。じゃああたしたちは帰りましょ」

「それが団長、王様から新しい依頼が来てましてね」

「どんなの?」

「あの屋敷の住人を捕らえてこいとのことです」

ブラッツの指さした方向には、スレンたちの屋敷があった。

「魔獣騒ぎの原因を調べに来た、王様の家臣を殺しちまったとかなんとか」

「……そ。まあ経緯なんてどうでもいい」

「あたしたちは頼まれたことをやるだけ」

「今日は遅いし、それは明日にしましょう」

「ふわぁ……眠い」

あくびをしながら、サラカは王都へ帰っていった。


***


「濃い青髪の男性リオナス……薄い青髪の女性エラニア」

「……そして、青髪のお嬢様スレン」

「その特徴と名前だけで、本当に見つけられるのか?」

翌朝、傭兵団は王様からの依頼を再確認していた。

「家の場所は昨日見たし、姿を見たら分かるでしょ」

「……本当に、その人たちを攫うんですか?」

「今さらよ。あたしは気にしない」

「そうだ。こういうのは適材適所ってやつだ」

「汚れ仕事は、全部団長に任せとけ」

「……」

サラカがセルディスを睨む。

「おっと、そんなに俺を見つめて惚れたか団長?」

「……」

視線を逸らし、サラカはセルディスを無視した。

「おいおい、流石の俺も無視は傷つくぜ」

「なら余計なことは言わないで。あなたも腕は良いんだから」

「ティーナは無理しなくていい。あたしがやるから」

「サラカさん……」

「なんだよ。ティーナには優しいんだな」

「それなら兄貴も素直になったらいいんじゃないですかい」

「失礼だなガルム。俺は本心を伝えている」

「……まじかよセルディス。あんたも不器用だなぁ」

何気ない雑談を交わしながら、森の中を歩く傭兵団。

しかし、森を抜けた先で目にしたものに、一同は驚愕した。

「……ここであってるよね」


——傭兵団が目にしたのは、完全に崩れ落ちた屋敷の骸だった。


「ああ、確かに昨日は屋敷があった。みんなも見ただろ?」

「ブラッツの旦那が何回も確認してた。間違いねぇです」

「いったい、ここで何が……」

「……」

サラカは瓦礫に山に近づき、埋まっていた木片を手に取った。

「……燃えてる」

「え?」

「あたしたちが帰った後、誰かが屋敷に火をつけた」

「まさか王様が?」

「いや、わざわざ依頼したターゲットを自分で始末するか?」

「報酬を払うのが嫌になったとか……」

「……とにかく、面倒なことに巻き込まれたとしか思うしかない」

「王様から聞いた三人を探しましょ」

「この辺にあるのは、王都と港町の二つだけ」

「あたしたちが王都にいた時に、それらしい人物を見ていない」

「そうなると、港町にいるってわけですかい」

「たぶんね」

「ガルムは船を用意してて」

「ほかの皆は、港町を見張って」

「団長は?」

「あたしはこの森を探す」

「昨日から今日までは、それほど時間が経っていない」

「生きているなら、この森のどこかにいる」

「一人でいいのか?」

「問題ない。むしろ、海を越えて逃げられる方が厄介」

「港町で見かけたら、全員で止めて」

「了解」

そう言い残し、サラカは一人森の中へ入っていった。


***


(川があるなら、川沿いに進めば……)

依頼された人物を捜索するため、一人、森の中を歩くサラカ。

ふと人の気配を感じ、木の陰に身をひそめた。

(……当たり)

そこには、青髪のお嬢様らしき人物と、白髪の執事が座っていた。

(何を話しているのかしら)

サラカがそっと顔を覗かせたその瞬間、執事が一瞬だけこちらを見る。

(やば、完全に目が合った)

(はぁ……仕方ない。大人しくしとくか)

慌てて木の陰に隠れるサラカ。

自然の音を聞きながら、静かにその時を待っていた。

「——死ぬ時は……私も一緒だよ」

「!」

突然飛び込んできた衝撃的な言葉に、思わず耳を傾けるサラカ。

だが二人はすぐに会話を終え、身支度を始めていた。

「……死ぬ時は一緒?」

「……なにそれ、くだらない」

二人が立ち去るのを見届け、サラカは木に手をついて立ち上がる。

静かに剣を抜き、足音を殺してその後を追った。


***


「スレン様、お身体は大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫」

「疲れた時はすぐに言ってください。私が運んで差し上げますから」

「それは……恥ずかしいかも」

森を抜けてしばらく歩くと、ようやく港町が見えてきた。

安堵するスレン。だが、町の入り口には大勢の人影が立ち並んでいた。

「……スレン様、私の後ろに」

言われるがまま、ユリックの背後に隠れるスレン。

彼らの視線が、明らかに自分たちに向けられていることに気づいていた。

「兄ちゃん、あんたはどこから来た?」

二人が横を通り過ぎようとしたその時、一人の男が近づいてくる。

「……答える義理はありません」

「ほう、そうかい」

男はスレンの方を見る。

「実は俺たち人を探していてな」

「このあたりの屋敷に住んでいる……」

「——青髪のお嬢様を、な」

「!」

ユリックは即座に剣を構えた。

「……」

「まあそう構えるな。」

「そっちの子が、本当に俺たちの探しているお嬢様かどうかは分からん」

「だが……兄ちゃんの反応を見るに、当たりっぽいな」

男も剣を抜く。

「ここで引き渡してくれたら、あんたの命は助けてやろう」

「そういうことですか。構いませんよ」

「……私を倒せたらの話ですが」

ユリックは一瞬で男との距離を詰める。

「速いっ……!」

男は攻撃を受け止めるが、ユリックの剣は止まらない。

圧倒するような剣技に、もう一人の男が加勢に入った。

「ブラッツ、無理をするな」

「悪いなセルディス。二人で片づけるぞ」

「……仕方ありません」

ユリックはもう一本の剣を抜く。

「スレン様、もう少しだけお待ちください」


——剣のぶつかり合う音が、周囲に激しく響き渡る。


二対一でも一歩も引かないユリックの動きを、スレンはじっと見つめていた。

しかし、勝負はすぐに決着する。

二人の剣を弾き飛ばし、ユリックは剣先を向けた。

「終わりです。もう私たちに近づかないでください」

「へっ……確かに俺たちじゃ勝てねぇな」

「ああ、団長の力が必要だ」

「……ユリック!後ろ!」

「!」

スレンの声に反応し、ユリックは真上に跳び上がる。

「……」

女性の攻撃は空を切る。

直後、すぐさま剣の向きを変え、ユリックに斬りかかった。

「!」

空中で剣を受け止めるユリック。

「驚いた」

女性は少し後退する。

ユリックは剣を構えたまま地面に着地した。

「……なるほど。あなたが親玉」

「先ほど森の中で私たちを見ていましたね。なぜスレン様を狙うのですか」

「依頼だから」

「依頼?」

「そう、依頼」

「説明は、それだけで十分でしょ」

女性は再び剣を構え、ユリックに斬りかかる。

「……」

ユリックが攻撃を防ぐと、すぐに別方向からの攻撃が襲いかかる。

(長剣とは思えないほどの素早い動き……)

(攻撃を防がれると読んで、先に動いているのでしょうか)

(……厄介ですね)

スレンの方を気にしながら戦うユリック。

先ほどとは違い、防戦一方になっていた。

「ユリック……」

ユリックの呼吸が乱れはじめる。

激しい打ち合いを、スレンはただ見守ることしかできなかった。

「あなたの生死は問われていない」

「死ぬ前に、その子を渡した方が身のためよ」

少しずつ、ユリックの動きが鈍り始める。

「……それは出来ません」

「スレン様は、私の光なのですから」

「……」

女性の剣がユリックの頬をかすめる。

「なら、ここで死ぬといいよ」

そして、かすめた剣の方向を即座に変えた。

「——」

死を覚悟したユリック。

その瞬間、短剣を構えたスレンが飛び込んできた。

「だめ!ユリックは殺させない!!」

「……」

しかし、スレンの攻撃は軽くかわされる。

「えっ……?」

「自分から捕まりに来るなんて、手間が省けた」

スレンを掴み、そのまま締め上げる。

「ぐっ……ううっ……」

「スレン様!」

「動かないで。傷つけたくなければね」

女性は剣をスレンの首元に近づける。

「くっ……!」

「!」

しかし、スレンは手に持っていた短剣で女性に斬りかかった。

思わぬ反撃に体勢が崩れる。

その隙を逃さず、ユリックは二本の剣で女性の剣を弾いた。

「ちっ……」

スレンを放し、後ずさる女性。

間髪入れず、ユリックは女性に斬りかかる。

……が、その瞬間、剣を収めてスレンを抱きかかえた。

「え?」

「スレン様、少し我慢してください」

そう言うとユリックは踵を返す。

「このまま港町へ走ります。しっかりつかまっててください」

「ええっ!?」

抱きかかえられたまま街へ向かっていくスレン。

女性はただ、その背中をじっと見つめていた。


「……」

サラカは地面に落ちた剣を拾い上げる。

「団長、行かせていいんですか?」

「……」

「団長?」

「……強かった。あの執事」

女性は静かに剣を収める。

「追いかける。今の時間なら、船の向かう先は分かってる」

「先回りするよ。ガルム、船を出して」

「了解だ、姉さん」

サラカの号令とともに、傭兵団は船へと乗り込んだ。

「……」

「ユリック、か」

先ほどの戦いを思い出すサラカ。

「……あの強さ、ちょっとだけ興味が湧いた」

波に揺られる船の上で、彼女は静かにそう呟いた。


***


「……」

(お父様……お母様……)

遠ざかっていく祖国を、スレンは船の上から静かに眺めていた。

「……」

「ユリック」

「怪我……大丈夫?」

「ええ。お気遣いいただきありがとうございます」

「スレン様のおかげで、とても楽になりました」

「そっか……良かった」

「……お母様に、お礼を言わなきゃ」

「スレン様……」

スレンの顔は、どこか寂しげな様子だった。

「私たち、これからどうなるんだろう……」

「行くあてもないし、あの人たちがまた追ってきたら……」

「それよりも、どうして私が狙われてるの?」

「“依頼”と言っていました」

「彼女たちの風貌的に、おそらく傭兵か何かでしょう」

「しかし、あれほどの腕を持っているとは想定外でした」

「スレン様の助けがなければ、今ごろ私は……」

「そんなことないよ。私もユリックに助けられた」

「……ユリック、すごく強くてかっこよかったよ」

少し照れながら、スレンは微笑んだ。


——ブォオオオ!


「あ、もうすぐ着くみたい」

「そうですね。そろそろ準備をいたしましょう」

汽笛の音を聞き、二人は部屋へと戻っていく。

スレンたちを乗せた船は、海に囲まれた小さな港へ入っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ