20章 安寧の地
アルヴェンが没したという報せは、瞬く間に各国へ広がっていた。
——彼が残した、貿易の中心となる国。
その支配を巡り、他国は次々と侵攻を開始していた。
***
「アルヴェンは死んだ。もはやあの地を治める者はいない」
「ならば今こそ、我らがその地を手中に収める時だ」
平原を進む大軍勢は、真っ直ぐにアルヴェンの城を目指していた。
「……ん?あれはなんだ?」
城に近づいたところで、軍勢は足を止める。
城門の前には、大勢の人々が集まっていた。
「アルヴェンの兵か?……いや、違う」
「あの装いは……傭兵か?」
その群衆の中から、一人の人物がこちらへ歩み出てきた。
「ようこそ、侵略者の皆さん」
「なんだ貴様は?」
「この地を守る者……とでも、言っておけばいいかな」
「せっかく来てくれたところ悪いけど、ここは通せない。お引き取り願える?」
「守る者?はっ、何を言うかと思えば……」
「ただの傭兵風情が、正義の味方気取りか?」
「アルヴェンは死んだ。ただの傭兵が、この地を守る必要はどこにある?」
「私は、王不在のこの地を導いてやろうと、遠くの地よりはるばるやって来たのだ」
「邪魔をするというのなら、お前たちの命は無いと思え」
「ふぅん……それは面白い」
「だったらその言葉、そっくりそのままお返しするわ」
「あなたたちに、この国を治める資格は無い」
「それでもなお進むつもりなら……」
「何が起きても、文句は言わないでよね」
傭兵の女性は、まっすぐに相手の目を見据えていた。
「貴様、先ほどから舐めた口を……」
「もういい、これ以上お前に構うつもりはない」
「邪魔をするなら、この場で斬り捨ててくれる!」
将軍は手を高く掲げ、そのまま前方に突き出した。
「はっ!皆進めーッ!」
将軍の合図とともに、兵士たちはその傭兵に突撃した。
「……あたしは警告したからね」
「ネファリス」
「——はい。お任せください」
兵士たちが瞬きをしたその刹那、その人物は突如姿を現した。
「なっ、、どこから現れた……!?」
「——この国を脅かす者は……」
「——私が、排除します」
その言葉と同時に、周囲に強烈な光が広がる。
光の中から現れたのは、数多の魔獣と魔物たちだった。
——グルルルッ……
——オオオオォ……
「な、なんだあれは!?」
「——この地を守ります。思う存分、暴れてください」
女性の静かな合図とともに、魔獣たちは一斉に襲いかかった。
「うわあああ! 化け物だぁぁ!!」
「恐れるな! 魔獣ごときに遅れを取るな!」
「全軍、奮い立て! 突撃!」
「……まっすぐ突っ込んでくるだけじゃ、あたしは倒せないって」
魔獣の群れに紛れ、女性は静かに剣を抜いた。
「冥土の土産に教えてあげる」
「傭兵サラカの恐ろしさを……ね」
サラカは剣を構えると、攻め寄せる軍勢に向かってゆっくりと歩き出した。
「あいつ、何のつもりだっ!?」
「構うな!奴を殺してそのまま攻め込め!」
サラカに迫る兵士たち。
「……」
振り下ろされた剣が、サラカの頭上へ迫る。
しかし、兵士の手に剣が触れる感触は無かった。
「……は?」
直後、兵士の視界に映ったのは、逆さまになったサラカの姿だった。
サラカの持った剣から、血がしたたり落ちている。
その瞬間、兵士はようやく自分の状況に気が付いた。
兵士の体は真っ二つに切断され、宙を舞っていたのだった。
「じゃあね」
そう言い残すと、サラカは兵士たちの脇をすり抜けるように走り始める。
そして、手に持った剣を天高く掲げた。
「団長からの合図だ!行くぞお前ら!」
ブラッツの号令とともに、待機していた傭兵団が一斉に駆け出した。
「ネファリス、あんたは二人を頼んだぞ」
「後方から、俺たちを支援してくれ」
「——はい。お任せください、セルディス様」
「——スレン様とティーナ様には、指一本触れさせません」
「いやはや、味方になると頼もしい限りですなぁ」
「ガルム、お前もついてこい」
「団長に近づく奴らを、お得意の銃で撃ち抜け」
「了解ですぜ、兄貴!」
そう言うと、ガルムは銃弾を込めて狙いを定める。
——バンッ
「!」
銃声と同時に、サラカの前方にいた兵士が倒れた。
「姉さんに手ぇ出すのは許さねぇぜ!」
後方には、銃を構えたガルムが立っていた。
「ありがとうガルム!」
「みんな、ついてきて!一気に終わらせるよ!」
「よっしゃぁ!お前ら、団長に続け!」
「この戦い、全力で楽しもうじゃないか!」
ブラッツ率いる傭兵部隊が前線に合流すると、二つの勢力は本格的に激突を開始した。
***
「ティーナさん、全力でお願いします!」
「分かりました!スレンさん、見ててください!」
「あの時よりも、もっと凄くなったところをお見せしますから!」
ティーナは目を瞑り、祈るような構えをとる。
「風よ……巻き起これ……!」
「!」
その周囲に、凄まじい風が渦巻き始めた。
「くっ……うわあぁぁぁっ!!」
「——スレン様、私に掴まってください」
吹き飛ばされそうになるスレンの手を、ネファリスは咄嗟に掴んだ。
「あ、ありがとうネファリス!」
そんな二人には構わず、ティーナは詠唱を続ける。
「吹き荒れる嵐のように……地を這い、うねり蠢く蛇となれ!」
「はあぁぁぁぁぁっ!」
渦巻いていた風がティーナの手に集まり、巨大な蛇の形となって前方へと放たれる。
風の蛇は地面を這うように、敵兵たちへと突進していった。
***
——ガウッガウッ!
「くそっ、この……!」
「おりゃぁっ!」
ブラッツの剣が兵士を斬る。
「魔獣と連携するとは思いもしなかったな」
「案外、可愛げがあるんじゃないか?」
静かに佇む魔獣をブラッツは軽く撫でた。
「団長、そっちはどうだ?」
「こっちもだいぶ片付いた。後は……」
「おい!何か突っ込んでくるぞ!」
「!」
兵士が放った言葉にサラカは振り返る。
「あれは……ティーナの魔法!?」
「まっずい……!皆避けて!」
サラカの叫びに反応し、傭兵団は即座に退避する。
その魔法は兵士も魔獣もお構いなく、すべてを吹き飛ばしていった。
「……まあ、今はいっか」
サラカは剣を構え直すと、再び前線へと踏み込んでいった。
***
「——ティーナ様」
「——無限に生み出せるとはいえ、あの子たちも生きているのですよ」
「——少し、やりすぎではありませんか?」
ネファリスは表情こそ変わらないが、その声にはわずかな怒気がこもっていた。
「す、すみません。つい……」
「とんでもない威力、さすがティーナさん」
「私たち……よく生きていられたね……」
「ええいっ!傭兵ごときに何を手こずっておる!」
「私が出る!皆も続けっ!」
そう叫ぶと、将軍は馬に乗って前線へ突撃を開始した。
「団長、大将のお出ましだ!」
「ええ、任せて」
最前線では、サラカが一人で将軍を待ち受けていた。
「あなたがどれほどの腕かは知らないけれど」
「ここまで来たんだから、強いに決まってるよね」
「ちょっとは楽しませてよ?」
「舐めるな若造が!」
将軍が馬から飛び上がり、そのままサラカへ斬りかかる。
「……」
その攻撃を、サラカは軽々と受け止めた。
「なんだ、期待外れだった」
「な、何だと——」
将軍の体から勢いよく血が吹き出す。
サラカの剣は、将軍の体を斬り裂いていた。
「呆気ないものね……って」
「うわ最悪……この服新調したばっかなのに……」
返り血を浴び、サラカは不満げに踵を返す。
「次から気をつけなきゃ……はぁ」
剣についた血を振り払い、サラカは傭兵団のもとへと帰っていく。
侵略者との勝負は、一瞬で幕を閉じたのだった。
***
「お願いします……サラカさん!」
傭兵団が港町に戻ると、数人の町人がサラカを取り囲んでいた。
「だから言ったでしょ。あたしは王様になるつもりなんか無いって」
「そこをなんとか……!」
「いや、まいったな……」
一歩も引かない町人に、サラカは頭を抱える。
サラカを見つめるその目には、切実な思いがにじみ出ていた。
「それなら、スレンが王様になればいいんじゃないの?」
「元々お嬢様なんでしょ?ネファリスもいるし、大丈夫じゃない?」
「えっ!?私は無理だよ!?」
「お父様みたいに、国のことなんて全然分からないし……」
「……ていうか!お姉ちゃんが頼まれてるんだから、お姉ちゃんがやってよ!」
「だから、あたしはあたしは無理だって……」
「そこを何とかお願いします!」
「サラカさんたちがいてくれるから、今は何とかなっていますが……」
「いなくなったと知ったら、他国が何をしてくるか分かりません!」
「それはそうだけどさ……」
「だからって、王様になる必要はないでしょ?何か別の方法はないの?」
「それでしたら、私に良い案があります」
「ネファリス?」
「サラカ様がこの地に留まること、それが抑止力となるのであれば」
「この地に、傭兵業を営むギルドを設立してはいかがでしょうか?」
「ギルド?」
「はい」
「幸いにも、この地は多くの人々が行き交っています」
「ギルドができれば、傭兵たちが集まります」
「そして、その頂点にサラカ様がいらっしゃる……」
「そのような体制を築けば、他国の者も容易には手を出せないはずです」
「なるほど、それは良い案ですね!」
「依頼をこなしていけば、ギルドとしての評判も自然と上がりますし……」
「何より、サラカさんがいるってだけで信頼も集まります!」
「ネファリス凄い!」
「スレン様、ありがとうございます」
「サラカ様はいかがでしょうか?」
「……まあ、それならいいよ。あたしも自由でいられるし」
「何より、スレンも落ち着ける場所があった方がいいでしょ?」
「うん。ありがとうお姉ちゃん」
「それにここなら……いつでもみんなに会いに行けるから」
「……そう。じゃあそれで決まりね」
「本当ですか!?」
「ただし、国のことはそっちで決めてね」
「あたしたちはあくまで、ギルドの傭兵だから」
「分かりました!そちらはお任せください!」
「本当にありがとうございます、サラカさん!」
「けどよ、場所はどうするんだ?」
「俺たちもだいぶ人数が増えたし、ここの宿だけじゃ部屋が足りねえだろ」
「それなら問題はありません」
そう言うとネファリスは、遠くに見える城の方を指さした。
「あの城の現在の所有者は私です」
「アルヴェン様が亡き今、賊が住み着いてはいけませんから」
「私が見回りをしながら、城の手入れをしておりました」
「ネファリス……だから一人でどこかに行ってたんだ」
「はい」
「あの城を丸ごと、私たちのギルドとして活用いたしましょう」
「へえ、城に住めるなんて昔を思い出すな」
「近くに船を停められる場所もあるし、悪くない立地ですな」
「なんだか、楽しみになってきましたね」
「ギルドを開くのはいいとして、名前はどうするんだ?」
「普通に傭兵ギルドでいいんじゃないの?」
「だめですよ、サラカさん」
「こういうのは、人が集まりやすい名前にしないと!」
「それならティーナは、何か良い案があるの?」
「えっ?いや、私は……」
「何?自分で言っておいて考えてないの?」
ギルドの名前について、皆それぞれが案を出し始める。
しかし、思った以上にしっくりくる名前は出てこなかった。
「……このままだと決まりそうにないですし、街の皆さんを巻き込んで名前を決めませんか?」
「そうね。その方が、色んな案が聞けるかも」
「……」
「……あの!」
町人たちがその場を離れようとした時、スレンが大きく声を上げた。
「スレン?」
「私、一つだけ名前の候補があります!」
皆が注目する中、スレンは少し緊張した様子で言葉を続けた。
「私たちは今、傭兵同士という関係です」
「別々の場所で生まれて、別々の場所で出会って……」
「血の繋がりは無いけれど、長い時間を一緒に過ごしてきました」
「それはもう、家族といっても過言ではないくらいに」
「変わりゆく家族、もう一つの家族」
「……そんな意味を込めて、こういう名前はどうですか?」
「——アルターファミリア、っていう名前は!」
「へえ、なかなか良いセンスじゃないか嬢ちゃん」
「親しみやすさもありますし、私はいいと思います!」
「本当ですか!?」
「ええ、あたしもいいと思う」
「それなら、ギルドの名前はそれで決まりね」
「素晴らしい名前です!町の者を代表して言わせてください!」
「これからも……この国をよろしくお願いします!」
「ええ。分かったわ」
「それじゃあ帰りましょ」
「あたしたちの、アルターファミリアへ」
町人たちに見送られながら、傭兵団は港町を後にした。
(ユリック。私、やっと見つけたよ)
(ユリックが言ってた、安息の地っていうやつを)
街を出て歩くスレンは、そっと空を見上げながら、ユリックのことを思い出していた。
(それに、新しい家族ができたんだ)
(お父様とお母様にも……早く紹介したいな)
(ユリックは……喜んでくれるかな)
(……いや、喜んでくれるよね。だって……)
——ユリックも、私の大切な家族だから。




