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14章 応え合わせ

「サラカさん、おはようございます」

扉の外からスレンの声が聞こえる。

「私たち、村の人から受けた依頼をこなしてきます」

「何かあれば、ティーナさんを頼ってくださいね」

「それじゃあ、行ってきます」

スレンの足音が、だんだん遠ざかっていく。

「……」

サラカはおもむろに、窓の外を眺めた。

(いつまで、こうしてるんだろ……あたし……)

——どうして助けてくれなかったの?

「!」

窓に映る自分の姿が、次第に歪み始める。

サラカは反射的にカーテンを閉じた。

「……」

(許して……ソウカ……)

陽の光が届かない、真っ暗な部屋の中。

サラカはただ一人で震えていた。


***


「畑に現れた、害獣の退治ですか?」

宿から少し離れた場所。

スレンは一人で、依頼主のもとを訪れていた。

「はい。僕たちでも何とかなると思ったんですが、思った以上に凶暴で……」

「取り押さえようとしても暴れ回って、怪我人が出る始末です」

「サラカさんであれば問題ないと思ったので、ぜひお願いします」

「分かりました!お任せください!」

「ありがとう。良い報告を待ってるよ」

男性がその場を去っていく。

「……」

(サラカさんであれば、って言ってたけど……)

「……まあ、大丈夫だよね?」


男性を見送ると、スレンはその場を後にする。

街へ戻った時には、ブラッツたちが宿の前に集まっていた。

「戻りました」

「おかえりなさいませ、スレン様」

「スレン、依頼の内容は?」

「畑に出た害獣退治、って言ってました」

「ほぉ、害獣の退治とは珍しい」

「そうだな。近頃は魔獣ばかりだったからな」

「……申し訳ございません」

ネファリスが小さく頭を下げる。

「冗談だ。真に受けないでくれ」

「兄貴、ネファリスさんにそれは伝わりづらいですぜ」

スレンが持っていた依頼書を見ながら続ける。

「その依頼の他にも、この村の近辺に住み着いている賊の討伐と……」

「街まで向かう馬車の護衛。三つの依頼が来てますね」

「三つか。それなら手分けしてやるとしよう」

「問題は、誰がどれを担当するかですねぇ」

「嬢ちゃんたちは、害獣退治で良いんじゃないか?一番安全そうだ」

「ガルムも銃が役に立つんじゃないか?お前もそこを担当すればいい」

「了解ですぜ、旦那」

「なら、ブラッツたちに賊討伐を任せるか」

「そうだな。護衛はセルディスが適任だ」

「頼んだぞお前達」

「団長こと、俺たちで支えてやろう」


***


依頼書をもとに、スレンたちは小さな村を訪れていた。

その村のほとんどは畑が占めており、周囲には野菜や果物が豊かに実っている。

「……来ませんね」

草むらの中で身を潜めるスレン・ネファリス・ガルムの三人は、害獣の到来をじっと待っていた。

「そうさなぁ。害獣がいるって聞いてきたが、鳥一羽すら飛んでないぞ?」

「もしかすると……その害獣を恐れて、動物たちが近寄らないのかもしれません」

「スレン様、害獣の特徴などは何か仰っておりませんでしたか?」

「うーん……」

「とても凶暴で、暴れ回って……」

「取り押さえようとすると、怪我人が出たっていう話は聞いたよ」

——ガサッ

「おっ、やっと来たか……?」

しかし草むらから出てきたのは、小さな猪だった。

猪は畑に入り込み、のんびりと野菜を貪り始める。

「なんだ?あんなに小さい奴だったのか?」

ガルムは草むらから身を出し、猪へと近付いていく。

「ガルムさん、危ないですよ!」

「大丈夫だって」

「ほら、人のもん食ってんじゃねぇよ。早く山へ帰りな」

——グギャ?

「!」

ガルムが触れようとしたその瞬間、猪とは思えない鳴き声が響いた。

——グッ……

——グギャァァァ!!

猪は突然、奇妙な叫び声をあげる。

そして、その体はみるみる巨大になっていった。

「うおっ!?」

ガルムは慌ててその場から後ずさる。

「先ほどの姿の……十倍以上の大きさはあります」

「こんなのどうするの!?」

「とにかく、やってみなきゃ分かんねぇ!」

ガルムは銃を取り出し、猪に向かって発砲する。

——グギャッ!

「効いてます!」

——グギャァ!!

怒った猪はガルムに突進してくる。

「危ねぇ!」

ガルムが避けると、猪はそのまま木に激突する。

しかしその大木は、一瞬にして真っ二つに折れた。

「やばいなあれは……当たったらただじゃ済まねぇぞ」

「ど、どうしよう……ネファリス」

「……良い機会です」

「え?」

「お二人とも、私にお任せください」

そう言うとネファリスは、目を瞑り、深く息を吸い込んだ。

「……」


「——あの猪を……倒してください」

放たれた光とともに、ネファリスの背後に魔獣の群れが姿を現す。

「!」

——グルルゥゥ……

——ガウッッ!!

魔獣たちは一斉に猪へ飛びかかっていく。

——グギャァァァ!!

負けじと激しく応戦する猪。

さながら動物たちの縄張り争いのような光景が広がっていた。

「——まだ……足りませんか」

「ね、ネファリスさんか?」

静かに目を開けたネファリスに、ガルムは思わず驚きの声を上げる。

ネファリスは再び目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。

(——もっと上手く……)

(——もう一人の……私の意識を……)

——ドクンッ

「——くっ……」

激しく脈打つ心臓を両手で押さえながら、ネファリスは目を見開く。

そして、両手を大きく開いた。

「——あの獣を……仕留めてください」

「!」

光の中から現れたのは、二人が予想だにしていないものだった。

「ありゃぁ……いつしかの骸骨兵じゃ!?」

——オオオオ……

ネファリスの背後から現れた骸骨兵は、猪へ一直線に向かっていく。

——グギャァァァァァァァ!!

激しく暴れまわる猪に対して、骸骨兵は代わる代わる斬りかかっていく。

やがて、猪の動きは目に見えて鈍っていった。

——グッ……ガウッ……

「だいぶ弱ってるよ!」

「よっしゃ、俺も行くぞ!」

ガルムが猪に向けて銃を発砲する。

銃弾が命中し、猪が動きを止めた。

「——今です」

ネファリスが刀を抜き、その場から姿を消す。

次の瞬間、猪の正面に現れた。

「——これで……っ!」

両手で刀を握りしめ、脳天に刀を突き刺した。

——グギャァァァァァァァ!!

猪は激しく叫び、その場に倒れる。

「……うまくいきました」

魔獣たちが消滅すると、ネファリスの目は元の穏やかな灰色へと戻っていた。


「凄い、凄いよネファリス!」

スレンが駆け寄ってくる。

「お役に立てて、何よりでございます」

「こいつぁ驚きやした。まさか魔獣だけじゃなく、あの骸骨兵まで使いこなしちまうとは」

「またもう一つの人格に乗っ取られたんじゃないかって、心配しやしたぜ?」

「ご心配をおかけしました」

「皆さん!」

遠くから、依頼主の村人が駆け寄ってきた。

「ありがとうございます!この猪です、僕たちが見たのは!」

「こんな姿になるなら、最初っから教えてくだせぇ」

「す、すみません……てっきり、サラカさんが来られるのかと思いまして」

「ですが驚きました!魔獣を呼び出して対抗させるなんて!」

「はい。上手くことが運んで、私も安心いたしました」


「お、おい!来てくれ!」

倒れている猪の方から、別の村人の声が聞こえてくる。


「この猪、上質な脂が乗っている!いい肉になるぞ!」

「それは本当か!?」

「ああ、間違いない!」

「すぐに食えるようにする!少し待っててくれ!」

男は勢いよく家の方へ走っていった。

「そうです、皆様もぜひ召し上がっていかれませんか?」

「え?私たちもいいんですか?」

「ええ!あなた方はこの村を救ってくださった!」

「もちろん、依頼料とは別ですので!」

「それはいいですなぁ!俺は喜んでいただきやす!」

「私も……せっかくなら食べてみたいです」

「ネファリスも食べるよね?」

「はい、ぜひ」

三人は村人に連れられ、広場へ向かって行った。


***


「よお、やっと来たか」

「遅かったな。そっちは上手くいったか?」

酒場には、酒を飲むブラッツとセルディスの姿があった。

「ええ、そりゃもう上手くいきすぎやした」

「うめぇ肉までご馳走になって、大満足ですぜ」

「ネファリスが凄かったんですよ」

「魔獣を呼び出して、大きな猪を倒しちゃいました」

「それに、あの骸骨兵もですぜ。俺も驚きやした」

「魔獣?骸骨兵?……大丈夫なのか?」

「はい。私の意識は保っています」

「そりゃ良かった。あの物騒なやつが出てきたら大変だからな」

「それより、いつからそんな芸当が出来るようになったんだ?」

「少し前に、スレン様と出かけた時です」

「賊に襲われた時に、あの人格が私に話しかけてきました」

「力を求めろ……と」

「ですがその力を求めれば、私はもう一つの人格に支配されてしまいます」

「その人格の存在を……宿主である私が認めることになりますから」

「ですので私が、その力を奪い取りました」

「どのような原理なのかは分かりません」

「ただ確実に言えることは、魔獣を呼び出せるようになったということです」

「そしてこれを利用すれば……」

「おそらく、サラカ様を救うことが出来ます」

「団長を?」

「はい」

「スレン様が過去を乗り越えたように……」

「サラカ様にも、ソウカ様のことを乗り越えていただきます」

「そうすればきっと……元のサラカ様に戻るはずです」

「なるほどな」

「確かに、実際にスレンは変わった。やってみる価値はある」


「ったく……団長は一人で抱え込みすぎなんだ」

「全部一人でやって、少しくらい俺たちにも頼ればいいものを」

「え?」

「そうですなぁ。仕事中以外は、ずっと一人で何かしてやすし」

「妹さんのことも、この間まで知りやせんでした」

「そういえば、ブラッツさんが一番最初にサラカさんと出会ったんですよね?」

「その時のサラカさんって、どんな感じだったんですか?」

「団長か?今と変わらないな」

「最初に会ったのは、義勇兵として戦争に参加した時だ」

「誰にも頼らず一人で突っ走って、敵をどんどんなぎ倒していく」

「あの強さは今でも覚えてる。だからこそ、俺は同行することを願い出た」

「一緒にいりゃあ敵になることはないし、俺の名も売れると思ったからな」

「まあ、結局団長が強すぎて今に至るんだがな」

「旦那も十分強いじゃないですか」

「それなら今ごろは、傭兵ブラッツの名が轟いているはずだぜ」

「けど、今思えば一つだけ違うことがあるな」

「違うことですか?」

「俺が出会った頃は、強者を求めるというより、誰かを助けることが目的だった」

「義勇兵として参加したのも、その影響だろうな」

「報酬も要らないって言い始めるから、代わりに俺が貰っといた」

「お前はちゃっかりしてるな」

「貰っとかなきゃ損だろ?」

「だが、今思えばその時からだったんじゃないか?」

「妹さんへの、贖罪が始まったのは」

「……」

「昔は強くなかったと、仰っておりましたね」

「力をつけて、人々を救うために剣をとったのでしょう」

「誰を頼ることもなく、一人で全てを背負って」

「一人で……」

「……」

ネファリスの言葉に、スレンはあることに気が付いた。

「……もしかして」

「嬢ちゃん、どうした?」

「分かったかもしれません」


「今のサラカさんに……必要なものが」

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