11章 青色の花
「それじゃ、船の場所まで戻りましょ」
傭兵団は荷物をまとめ、街を出立した。
「丸三日も船をそのままにして、あいつら何していやすかねぇ」
「さぁな。案外、お前がいなくて気楽にしてるんじゃないか?」
「酷いなぁ兄貴は。俺を何だと思ってるんすか」
「旦那も、こういう時は何か言ってくだせぇ」
「俺はお前たちの言い合いを楽しく聞かせてもらってるぞ」
「口を挟んだら、楽しみが減っちまうからな」
「見世物扱いってことですかい!?」
「なら、こういう時は女の子の意見が大事だ」
「ティーナやスレンちゃんはどう思う?酷いと思わないか?」
「慣れてしまいましたね、私は」
「私も……仲が良いなと思ってますよ」
スレンが微笑みながら答える。
「良かったなガルム。俺たちは仲が良いみたいだ」
「いやいや……まあ、それならいいですが」
「そうだ。ネファリスさんはどうだ?」
「あんまりこういう時に話さないからな……って」
「スレンちゃん、ネファリスさんはどこだ?」
「え?」
スレンの横に、ネファリスの姿はなかった。
「あれ?街を出た時はいたんですけど……」
「ネファリスさん!どこですか!」
ネファリスの返事はない。
周囲を見渡す一同だったが、それらしき人影すら見当たらなかった。
「……前にもこんなことがあったよな」
「商人たちを護衛した時だ。いつの間にかネファリスは姿を消した」
「そして骸骨兵が現れたと同時に、ネファリスも姿を現した」
「まさか、ネファリスさんが魔獣たちを?」
「……どうやら、そうみたい」
「え?」
あたりに霧が漂い始める。
「これって、前と同じ……」
「!」
霧の中で光が発生する。
濃霧の中から、骸骨兵たちがゆっくりと姿を現した。
「なるほどな。これで決まりだ」
「まさか、ネファリスが裏切ったのか?」
「そんな……」
「ネファリスさん!いるんですか!?」
スレンが必死に声をあげる。
しかし、現れたのはネファリスではなかった。
「——見つけた」
スレンたちの前に現れたのは、森の中で見た黒い影だった。
「あいつ……!」
「——排除」
「みんな避けて!」
黒い影はサラカに向かって魔法を放つ。
背後の木に命中し、木の幹はドロドロに溶け始めた。
「な、なんだありゃ!」
「このっ!」
ガルムが銃を撃ち込む。
しかし、銃弾は黒い影をすり抜けた。
「——お前は、標的ではない」
「——狙いは、お前だ」
腕を前に出し、サラカの方を向ける。
「そう、受けて立つわ」
黒い影に向かって斬り込むサラカ。
放たれた魔法をかわし、そのまま黒い影へ斬りかかった。
「——ついてこい」
サラカの剣は黒い影をすり抜ける。
そのまま霧の中へと、二人は消えていった。
「サラカさん!」
後を追いかけようとするスレンたちの前に、再び骸骨兵たちが姿を現す。
その中心には、ユリックの姿もあった。
「ユリック……」
「嬢ちゃん!今はこの状況を切り抜けるのが先だ!」
「……分かりました」
「ユリックは……私が相手をします!」
スレンは短剣を構えた。
***
霧の中心部では、サラカが黒い影を追いかけていた。
「どこまで逃げる気?」
「何度やっても結果は変わらない」
「——そう、だな」
「——私が、相手なら」
「は?」
「——お前の弱み、聞かせてもらった」
「——相手をするのは、私ではない」
黒い影が両手を広げる。
「——お前に、超えられるか?」
「——お前の、過去を」
「!」
「な……なんで……」
「ソウ……カ……?」
サラカの前には、剣を構えるソウカの姿があった。
***
「くっ……!」
スレンはユリックを相手に応戦していた。
しかし、ユリックの攻撃は激しく、なんとか持ちこたえている状態だった。
(さすがに一人はきついかな……)
「嬢ちゃん!大丈夫か!」
骸骨兵を倒しながら、ブラッツがスレンに声をかける。
「まだ大丈夫です!皆さんは、周りの骸骨兵たちを!」
「そうは言っても、スレンだけじゃ厳しいだろ」
「かと言って、こちらもぎりぎりですぜ!」
「ティーナ、俺の後ろに来い。魔法でスレンを援護しろ」
「セルディスさん……わかりました!」
ティーナはセルディスの後ろに隠れ、魔法の詠唱を始める。
「風よ……切り裂け!」
——ブォォン!
鋭い風の刃が、ユリック目がけて襲い掛かる。
しかし、ユリックは素早く身を引き二本目の剣を抜いた。
「!」
そのままスレンの腹部を突き刺すユリック。
しかしスレンは身を捩り、ユリックの攻撃を回避した。
一進一退の攻防が続く。
少しずつ、スレンの息が乱れ始めていた。
「はぁ……はぁ……!」
(だめ……ここでやられるわけにはいかない……)
(サラカさんが……奥に……)
「!」
ユリックの攻撃を防いだ瞬間、短剣が弾き飛ばされる。
「しまった……っ」
「スレンさん!」
「はぁぁぁっ!」
——キーーンッ
「嬢ちゃん!剣を拾いな!」
「あっ……ありがとうございます!」
ブラッツが攻撃を防いだ。
その隙にスレンは剣を拾い、再び体の前に構える。
「大丈夫そうだな。後は頼むぜ!」
ブラッツは後ろへ飛び、スレンの背後に回り込む。
そのままスレンに近付く骸骨兵たちを薙ぎ払った。
(あの動き……使える……!)
「ティーナさん!」
「私が距離を詰めたら、魔法を撃ってください!」
「スレンさん……?」
「……分かりました!」
スレンは短剣を逆手に持ち替えると、地を蹴ってユリックに飛び込んでいく。
その攻撃に対し、ユリックは剣を振り上げた。
「……風よ、切り裂け!」
その瞬間、背後から風の音が聞こえてきた。
(ここで……!)
魔法が命中する瞬間、スレンは後ろへ飛んだ。
「あの動き、さっき旦那がやってた……!」
「へぇ、嬢ちゃんもやるじゃないか」
スレンが避けたことで、その背後から風の魔法が飛び出してくる。
突如現れた魔法に反応出来ず、ユリックは後ろに吹き飛ばされた。
「これで終わり……!」
体勢を崩したユリックに対し、スレンは隙を逃さず短剣を突き刺した。
——アアアア……
ユリックの両手から剣が零れ落ちる。
「……さようなら、ユリック」
「今まで私を守ってくれてありがとう」
「どうか……安らかに眠って……」
——ス……レ……
ユリックは黒い靄となり、そのまま空へと消えていく。
スレンの短剣は、ユリックがいた地面に突き刺さっていた。
「……」
ユリックの消滅と同時に、周囲を覆っていた霧が晴れる。
骸骨兵たちも、傭兵団によって全て消滅していた。
「サラカさんのところへ急がないと……!」
短剣を握りしめ、スレンは一人霧の中へと走っていった。




