幕間1 一日花
「また負けたのかよサラカ!弱っちー!」
昼下がりの広場には、子供たちの声で賑わっていた。
「これで七連敗だよー?もう誰にも勝てないんじゃないのー?」
「う、うるさい!」
「剣なんて出来なくても、何も困らないもん!」
「剣以外も出来ないだろー?何言ってんだよー!」
「ううっ……っ!!」
「おい、お前たち!」
一人の男性が広場へ近づいてくる。
「げっ、鬼おやじだ!」
「みんな逃げろ!!」
子供たちは一目散に逃げて行った。
「全く……」
「サラカちゃん、気にしなくていいよ。誰にでも苦手なものはあるさ」
「剣が上達しなくても、この村はお城の兵士たちが守ってくれている」
「サラカちゃんは、何も心配はしなくていい」
「おじさん……それあんまり嬉しくないよ」
「ごめんごめん」
「剣が上手くなりたいなら、いっそ兵士にお願いしてみるのはどうだ?」
「お願いしたよ」
「でも、あたし弱いからだめだって」
「……もういいや、お母さんの手伝いしてくる」
「そうだね、それも大切なことだ」
「うん。じゃあね、おじさん」
***
「お姉ちゃんおかえり!」
「ただいまソウカ」
家に帰ると、ソウカが元気よく出迎えてくれた。
「お姉ちゃん、今日もみんなに負けたの?」
「お洋服、泥だらけだよ?」
「あらあら、とんだおてんばさんだこと」
「サラカはおうちのことを手伝ってくれたらそれでいいんだよ」
「無理に剣を上達する必要はないからね」
「でも……あたし何も得意なことないし」
「剣なら振ってるだけだし、簡単だと思ったのに……」
「お姉ちゃん、まっすぐ突っ込んでいくからだよ」
「もっと、横とか後ろに動かなきゃ」
「ふふっ、ソウカの方が上手いんじゃないかしら」
「ええっ!?いやだよ、ソウカにも負けるのは……」
「大丈夫だよ、私剣使わないし」
「お姉ちゃんと一緒にいるだけでうれしい!」
「……」
「お姉ちゃんもうれしい?」
「うれしい……よ」
「良かった!」
「じゃあもう剣なんてやめて、私と一緒にお母さんとお父さんのお手伝いをしようよ!」
「……うん、そうする」
***
「サラカ!今日も勝負しようぜ!」
「あ!ずるいぞお前。また勝てる相手を選んでるな?」
「だめだよ!お姉ちゃんはもう剣を振らないの!」
「私とずっと一緒にいるんだから、ね?」
「なんだよーやめちゃったのか?」
「それならいいや。また別のことで遊ぼうぜー」
「……」
(ほんとうに、剣を辞めてよかったのかな)
(まあ、ソウカが嬉しそうだしもういいか)
***
「近頃の領内は物騒だねぇ……」
「そうね。この間は近くの貴族同士で争いがあったみたい」
「たくさん人が亡くなったって聞いたけど、私たちは大丈夫かしら……」
「大丈夫だよ、ここにはお城の兵士たちがいるからねぇ」
「それに、若い子たちは皆剣の訓練をしてるじゃないか」
「あたしが死ぬまでは、この村は安泰だよぉ」
「まあおばあさん、そんなこと不吉なこと言わないで」
「……」
***
「お母さん」
「あらサラカ?どうしたの?」
「最近、この辺が危ないってみんな話してるよ」
「私たちも、逃げた方がいいんじゃないの?」
「大丈夫よ。見回りに来る兵士の数も増えているし、心配はいらないわ」
「それよりもサラカ、ちょっとおつかいを頼める?」
「ソウカは寝ちゃってるから、あなたしかいないの。お願いね」
「はーい」
***
「おっ、サラカちゃん。今日は一人でおつかいかい?」
「うん。ソウカは寝ちゃってるから私だけ」
「おじさん、野菜とお肉をちょうだい」
「はいよ。いつもお手伝いして偉いね」
「——急げ!」
「ん?なんだ?」
「おい!みんな避難しろ!」
「隣の国の奴らが攻め込んできた!」
「近くの村が襲われてるんだ!巻き込まれないように早く逃げろ!」
「村……!?」
カゴを置いて、その場から走り出すサラカ。
「お、おい!サラカちゃん!」
引き留める店主の声は、サラカの耳に届いていなかった。
***
(だから言ったのに……!)
(お母さん……!ソウカ……!)
ひたすらに森の中を走るサラカ。
村に到着した時、目にしたのはあちこちが燃える悲惨な光景だった。
家は崩れ落ち、道には血を流した村人たちが倒れていた。
「——」
言葉を失うサラカ。
村人たちから視線を外し、自分の家まで走っていく。
(お城の人たちはどこ……!なんで誰もいないの……!)
「——しっかり痛めつけてから殺せよ」
「——二度と俺たちに逆らわないと、残りの連中への見せしめにするんだ」
「!」
誰かの声が広場から聞こえてくる。
その言葉は、想像するだけで背筋が凍るようなものだった。
(見つかったら……あたしも……)
息を殺し、その場を後にするサラカ。
燃え尽きた家の間を、必死に走り抜ける。
そして、崩れた家に挟まれているソウカの姿を目撃した。
(ソウカ……!)
「ううっ……」
「あっ……おねえちゃん……!」
「助けて……!」
(だめっ!声を出したら……!)
「——誰だ!」
「!」
声が二人の方へ近づいてきた。
「まだ生き残りがいたか。捕まえろ!」
(い……いや……)
ソウカを前に、サラカの足が止まる。
気づいた時には、サラカは自身が来た道へ走り出していた。
「嫌だよ!置いていかないで!」
「助けて!一人にしないで!」
「おねえちゃん!!」
(ごめんなさい……)
(ごめんなさい……ソウカ……っ)
耳をふさいでひたすらに森を駆け抜ける。
村の外まで響くソウカの声が、サラカの耳に届くことは無かった。




