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10章 青天の先へ

昨夜の出来事から一夜が明ける。

サラカたち傭兵団は、新たな依頼を受けていた。

——街へ向かう商人たちの護衛。

魔獣の出現によって、安心して移動することができなくなった。

そう話す商人たちを連れ、サラカたちは街を出立した。


***


「本当に助かりました」

「魔獣が現れたと聞いた時は、どうなることかと思いましたが……」

「まさかあのサラカさんに護衛していただけるとは」

「これほど、心強いことはありません」

「それは光栄ね」

「あなたたちの身はあたしたちが保障する。だから安心して」

「はい、ありがとうございます」

「それにしても団長。今日はやけに霧が出ていませんか?」

「言われてみれば、そうね」

いかにも何か出るって感じじゃないか?

「えっ!?」

商人の一人が驚きの声を上げる。

「セルディス、雇い主を怖がらせないで」

「なに、どんな奴が現れても俺たちが守るんだ。心配いらない」

「いや、出ないほうがいいだろ」

「……」

「ティーナ?どうかしやしたか?」

「少し、寒くないですか?」

「寒い?」

「気のせいじゃないか?兄貴はどうです?」

——オオオオ……

「ほら、兄貴も寒くないって……」

「俺は何も言ってないぞ」

「え?」

——オオオオ……

「何だ?」

「……待って、何かいる」

「みんな、雇い主を守って」

サラカが剣を抜き、声の方へ歩いて行く。

「何かな……ネファリスさん……」

「……あれ?ネファリスさん?」


「——う、うわあぁぁ!!」


「!」

商人の叫び声が聞こえ、スレンは振り返った。

霧の中からは、鎧を着た骸骨たちがこちらへ向かって来ていた。

「魔獣じゃない?これは一体……」

——オオオオッ……!!

「!」

突然骸骨兵は走り始める。

剣を構え、真っ直ぐサラカに向かっていった。

「姉さん!」

ガルムが銃を放つ。

銃弾は命中し、骸骨兵の腕が取れる。

しかし、すぐさま腕は再生した。

「銃が効かない?」

「いや、効いてはいる。元に戻っただけ」

「それなら跡形もなく破壊すればいい!」

サラカが勢いよく剣を振るう。

——ガシャン!

骸骨兵の頭部は粉々になり、その場に倒れる。

そしてそのまま消滅した。

「団長、豪快過ぎだろ」

「でもこれでいい。みんな、やるよ」

サラカ達が骸骨兵へ向かって行く。

スレンは商人達の身の回りの安全を確保していた。

「こっちです。壁を背にして下さい」

(怖いけど……私が守らなきゃ)

スレンは商人達の前に立ち、骸骨兵を牽制していた。

「スレン様、遅れて申し訳ございません」

霧の中からネファリスが現れる。

「この霧のせいで、皆様を見失ってしまいました」

「ここは私にお任せください」

「ネファリスさん……」

「……うん、ありがとう」

「はい」

ネファリスが刀を構える。

「皆様は、私がお守りいたします」


***


「はぁっ!」

——ガシャン!

次々と骸骨兵を薙ぎ倒していく傭兵団。

それとともに、少しずつ霧が晴れて来ていた。

「だいぶ片付いて来た。雇い主は無事?」

「はい、皆様ご無事です」

サラカの前には、先程までいなかったネファリスの姿があった。

「……そう、ならよかった」

「待ってて、もうすぐ終わるから……」

「!」

「団長?」

「……なんで、あいつがいるの?」

「え?」

思わずサラカの動きが止まる。

骸骨兵たちの中心に、見覚えのある人物が立っていた。

「え……嘘……」

「ユリ……ック……?」


——そこのいたのは、あの時に命を落としたはずのユリックだった。


「ユリック!」

「ちょっと、待って!」

思わずその方向へ走り出すスレン。

サラカの制止も、スレンの耳には届いていなかった。

「ユリック……会いたかった……!」

ユリックはただそこに佇んで、スレンのことを待っていた。

「帰ろう……私と一緒に……!」

そして、静かに剣を抜いた。

「え……?」

そして、そのままスレンに斬りかかった。

「嬢ちゃん!」

「あっ……あ……」

「伏せて!」

「!」

声に従い、咄嗟に身を屈めるスレン。

サラカが飛び出し、ユリックの剣を止めた。

「こいつはユリックじゃない」

「ユリックは……森の中で死んだ」

「違う……違うよ……」

「だって……ユリックはここに……」

「あいつは死んだの!」

「!」

サラカの言葉に身を震わせる。

「……現実を受け止めて。彼はもういない」

ユリックは攻撃を仕掛けるも、サラカが全て受け止めた。

「……」

(ユリック……)

「何ぼーっとしてんの!早く立って!」

「……」

(私は……)

「——スレン様」

「!」

「ユリック……?」

「——スレン様、申し訳ございません」

「——私は初めから、あなたとの約束を守るつもりはありませんでした」

「え……っ?どうして……?」

「ちょっと、誰と話してんの!」

「——ですがそれは、決してあなたのことが嫌いだったからではありません」

「——あなたに、生きて欲しかったからです」

「!」

「——私は若かりし頃のリオナス様に、命を救われました」

「——盗みを繰り返すようなどうしようもなかった私に……」

「——リオナス様は……生きろと手を差し伸べて下さいました」

「——リオナス様こそが、私の光だったのです」

「……」

「——ですがその光は、たった一つの出来事で失われてしまった」

「——燃え盛る屋敷の中で、私はリオナス様から託されたのです」

「——あなたという……光を」

「私が……」

「——だからこそ、スレン様」

「——今ここで、立ち止まっている場合ではありません」

「——私を……過去を……」

「——すべてを超えて、今を生きてください」

「——彼女と……サラカ様とともに」

「……」

短剣を強く握りしめる。

深く深呼吸をし、スレンは立ち上がった。

「分かった……分かったよユリック……」

「私は……っ!」

「!」

サラカの前にスレンが躍り出る。

「はああぁぁぁぁ!」

手に持った短剣で、ユリックの攻撃を全て捌き切る。

その動きに、サラカは戦場で見たユリックの面影を感じていた。

「ずっと教わってきた!」

「剣のことは……ユリックから!」

「……」

一歩も引かないスレンの姿に、サラカは思わず見入っていた。

「!」

二本目の剣を抜き、ユリックはスレンに襲い掛かる。

しかし、サラカがその攻撃を受け止めた。

「油断しないで」

「……はい!」

サラカはそのままユリックを押し返す。

絶え間なく続く二人の攻撃は、徐々にユリックを追い詰めていた。

「これで、終わり……!」

そして、サラカが剣を弾き飛ばす。

体勢を崩したユリックに、スレンはすかさず飛びかかった。

——

両手で持った短剣が、ユリックの心臓に突き刺さる。

「……ごめんね、ユリック」

「私……生きるって決めた」

——アァァ……

ユリックは静かに消滅する。

あたりを覆っていた霧は晴れ、空には青空が広がっていた。


***


「いやぁ、本当にありがとうございます!」

「おかげで、この街でも無事に商売が出来ますよ」

「スレンちゃんって言ったっけ?おかげで助かったよ、ありがとう」

「……どういたしまして」

「サラカさんたちもありがとうございます」

「この街にいる間は、また何かお願いするかもしれません」

「その時は、よろしくお願いします」

「……」

「サラカさん?」

「ん?ああ」

「そうね、ぜひ頼ってちょうだい」

「それでは私たちはこれで」

商人たちが一礼してその場を去っていった。

「何か考え事ですかい?姉さん」

「いや、何でもない」

「団長。もう日も暮れますし、どこかで飯でも食いましょう」

「嬢ちゃんも明るくなったし、こういう時はパーッとやるべきだ」

「そんな……いつも通りで大丈夫です」

「遠慮しなくていい。ブラッツが乗り気な時は、身を任せるのが一番だ」

「快く、奢ってくれるからな」

「セルディス、お前の分は奢らんからな」

「酷いなぁ、俺たちの仲だろ」

「ふふっ」

「スレンさん、明るくなりましたね」

「そうだな。そっちの方がスレンちゃんに似合ってるさ」

「……」

(スレン様は変わられた)

(もう、一人で生きていくことができる)

(私の役目も、そろそろ……)

「ネファリスさん?」

遠くから眺めるネファリスに、スレンは近づいていく。

「ネファリスさん、一緒に行こ?」

「……」

「はい、スレン様」

スレンに手を引かれ、ネファリスも皆のところへ向かっていく。

(私には……眩し過ぎます)


——食事を終え、各々が夜を過ごしていた頃。

宿の中、眠るスレンをネファリスは見守っていた。


(スレン様は、眠っていますね)

(私も……私のやることを……)

「……」

静かに立ち上がり、扉を開ける。

音をたてないように、ネファリスは部屋を出て行った。

「……」

(ネファリスさん……?)


***


「……」

桟橋の上で、サラカは一人海を眺めている。

水面には、桟橋に座る自身の姿が映っていた。

(現実を受け止めて、か)

——ポチャン

海に石を投げ入れる。

サラカの姿は、波紋によって大きく揺れていた。

「……」

——どうして逃げたの?

「!」

突然聞こえてきた声に、サラカは体を震わせる。

周囲を見渡したが、誰の姿もなかった。

「……」

(気のせいか……)

「……」

(スレンは変わった。ユリックの死を乗り越えて)

(それなのにあたしは……)

(ずっと——過去に囚われてるんだ)

「……」

——コツコツコツ

「……また来たの?」

サラカの背後には、ネファリスが立っていた。

「そんなに……あたしのことを知りたい?」

「はい」

「……そっか」

「じゃあ、隣座って」

「え?」

「いいから」

「かしこまりました」

ネファリスがサラカの横に腰を掛ける。


「……」

「ねえ、教えて」

「あの子……スレンに、何をしたの?」

「何を、とは?」

「スレンは変わった」

「過去を乗り越えて、生きることを決めた」

「あなたがそばにいたから、スレンが変わったんだと思う」

「だから、教えて」

「あなたは……何をしたの?」

「……」

「何も、特別なことはしていません」

「ただそばで、スレン様を見守っていました」

「身の回りのお世話はもちろん、剣の訓練や傭兵の皆様との交流など……」

「サラカ様に言われた通り、スレン様の面倒を見ていました」

「スレン様が変わられたのは……スレン様ご自身の意思によるものです」

「ですので、私は何もしていません」

「……そうなんだ。自分の……意思で……」

サラカは再び、水面に浮かぶ自分の姿を見つめた。

「……ねえ」

「これからする話……誰にも言わないでね」

「……はい。かしこまりました」

サラカは深く息を吸う。

そして、思いっきり吐き出した。

「……」


「あたし、昔はこんなに強くなかった」

「村でも一番弱くて、剣で誰かに勝つなんてことはなかった」

「だから……その時は何も心配していなかった」

「剣で誰かに勝てなくても、家族がいればそれでいいって思ってたから」

「……でも、それじゃだめだった」

「村が戦争に巻き込まれて……」

「あたしの……家族が死んだ」

サラカの体が震え出す。

「その時……妹を見捨てた……」

「あたしが強くなかったから……助けられなかった……」

「今でも覚えてる……」

「妹の……ソウカの叫び声を……」

「サラカ様」

「!」

ネファリスの手が肩に触れる。

「少し、深呼吸をしてください」

「……ありがと」

ネファリスに言われ、サラカは深く息を吸う。

そしてゆっくりと吐き出し、そのまま話を続けた。

「……その時からだった。強くならなきゃって思ったのは」

「誰かを守れるように、誰にも負けないくらい強くならなきゃいけないって」

「だから寝る間も惜しんで……必死に剣を振り続けた」

「それが傭兵サラカの始まり」

「それからはいろんなところで依頼を受けて、いろんな人と戦った」

「……でも、あたしは強くなり過ぎた」

「いつの間にか家族のことも忘れて、ただ強い人と戦いたいって思うようになった」

「そんな時に、スレンたちと出会った」

「ユリックを亡くして、私に置いていかないでって泣きつく姿は……」


「ソウカに……妹そっくりだった」

堪えていたものが、再び込み上げてくる。

「その時に思い出した……妹のこと……」

「ずっと……頭から離れないの……」

「助けて……一人にしないでって……」

「泣き叫ぶ妹の声が……ずっと頭の中で響いてる……」

「現実を受け止めてって言ったのに……」

「受け止められていないのは……あたしの方……」

「あたし……何のために強くなったの……?」

「もう……分からなくなっちゃった……」

「サラカ様……」

サラカが顔を埋める。

ネファリスはただ、そんなサラカを見守ることしかできなかった。

「……」

(私の存在が、サラカさんを……)

物陰に隠れて話を聞いていたスレンは、静かにその場を後にした。


***


サラカを部屋まで送り、ネファリスは一人宿の外に出た。

「……」

(サラカ様の……過去……)

(それが……サラカ様の弱み……)

(……ソウカ)

(サラカ様……の妹……)

「……」

「——ようやく、辿り着いた」


ネファリスの目は、静かに赤く染まっていた。

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