9章 芽吹き
「すぅ……」
「……」
スレンが眠っていることを確認し、ネファリスは静かに部屋から出る。
サラカの部屋の前に立ち、ノックをしようとした時だった。
「何か用?」
「!」
背後からサラカに声を掛けられ、ネファリスは思わず体を震わせた。
「急に話しかけられると驚きます」
「あなたがこそこそしているからでしょ」
「それで、あたしに何か用?」
「はい」
「サラカ様に、伺いたいことがあります」
「中でお話しませんか?」
「……何か企んでる?」
「いいえ。ただお話を伺いたいだけです」
「……そう」
「なら入って。遅いから早く済ませましょう」
「かしこまりました」
***
「単刀直入に伺います」
「あの時、なぜスレン様を殺そうしていたのですか?」
「あの子が私に、殺してほしいって言ったから」
「本当にそれだけですか?」
「……何が言いたいの?」
「サラカ様のお話、皆様から伺いました」
「不愛想でもとても優しく、人を惹きつけるほどの強さと行動力を持っています」
「そんなあなたが、依頼でも無いのに命を奪うのは考えにくいです」
「……何か、スレン様を見るたびに思い出してしまうような過去があるのではありませんか?」
「!」
ネファリスの一言に、サラカが一瞬体を震わせた。
「……」
「ネファリスって、言ったかしら」
「はい」
「あまり、人のことを嗅ぎまわらない方がいいよ」
「それはなぜでしょうか」
「知られると、何かまずいことがあるということでしょうか?」
「……」
「!」
——ドンッ
ネファリスは壁に押しつけられる。
「……あなたも同じ目に遭いたいの?」
サラカの目は、森の中で見た時の同じだった。
「いえ、そのようなことは……っ」
「!」
——ドクンッ
突如、ネファリスの心臓が激しく脈を打ち始める。
(くっ……また……)
苦しい表情を浮かべながら、ネファリスは心臓を抑えていた。
「あなた、その目は……」
「!」
サラカに指摘され、ネファリスは咄嗟に目を瞑る。
その目はいつの間にか、赤い瞳に染まっていた。
(まだ……その時ではありません……)
自身にそう言い聞かせ、呼吸を整える。
やがて鼓動は治まり、ネファリスはサラカの方を向いた。
「……申し訳ございません、サラカ様」
「少し、度が過ぎました」
「……」
ネファリスから手を放すサラカ。
「ごめん、やり過ぎた」
「でも、人には知られたくない過去があるの」
「何でも真っすぐ聞かない方が身のためよ」
「かしこまりました。以後気を付けます」
「今日はもう遅いから、お互い休みましょう」
「はい。おやすみなさいませ、サラカ様」
そう言い残し、ネファリスは部屋を出る。
「……」
(やはり、何かを隠していらっしゃるのですね。)
(……サラカ様)
***
「ううっ……」
ベッドの位置が悪い。
朝日が目に直撃し、スレンは目を覚ました。
「眩しい……」
「……あれ?」
ネファリスの姿が見当たらない。
「どこに……行っちゃったのかな……」
着替えを済ませて部屋を出る。
「あ」
「!」
部屋を出た瞬間、サラカと目があった。
「……」
「お……」
「おはよう……ございます……」
「……おはよ」
「……」
(どうしよう……話せない……)
「何?」
黙ったまま、スレンはサラカを見つめてしまっていた。
「あっ……ご、ごめんなさい……」
「……」
「話していいから、何?」
「あ……」
「ネファリスさんを……見ていませんか……?」
「見てない」
「そう……ですか……」
(サラカさん、ずっとこっちを見てる……)
「……ああ、もう分かったから」
サラカがスレンの手を掴む。
「え……?」
「探しに行くんでしょ?ほら来て」
「ちょ……」
サラカに連れられて宿を出るスレン。
外ではガルムが銃の手入れをしていた。
「お、姉さんにスレンちゃん。おはようございやす」
「おはようガルム。ちょっと出かけてくる」
「こんな早くにですかい?」
「ネファリスがいないらしいから、探してくる」
ガルムの目には、手をつなぐ二人の姿が目に入っていた。
「なるほど、そういうことですかい」
「いやはや、若い子は仲良くなるのも早いんですな」
「違うから。あんたも暇なら依頼を見つけてきて」
「分かりやした。お二人の邪魔はいたしませんので」
「だから違うって」
「……」
スレンはただ気まずそうに二人の会話を聞いていた。
街の中を一通り探す二人だったが、ネファリスの姿は見当たらなかった。
「まったく、こんな朝からどこへ行ったのか」
「あ……あの……」
「何?」
「手……」
「手?あぁ」
サラカが手を放す。
「悪かったわね」
「……いえ」
「ネファリス、もしかしたら入れ違いで戻ってるかもね」
「一度宿に戻って……」
——ドーーン!
「!」
スレンの体が震え始める。
「何の音?」
「あっ……」
「え?」
「あれ……」
スレンが指差した方を向くサラカ。
そこには、かつて何度も見てきた禍々しい光が渦を巻いていた。
「あの光、まさか……」
サラカが街の外へ走り出す。
「さ、サラカさん……!」
スレンも急いでサラカの後を追いかけた。
***
「う、うわぁぁぁ!!」
「助けてくれぇぇ!!」
「伏せて!」
——グギャァァァ!
魔獣が消滅する。
「早く逃げて。出来るだけ街の中へ」
「あ、ありがとうございます!」
「団長っ!」
スレンに連れられ、ブラッツたちが駆けつける。
「何があった?」
「魔獣が現れた。前に見たやつとはちょっと違うけどね」
「なぜここにも魔獣が?」
「分からない。けど放っておいたら街が危ない」
「今は魔獣を排除するよ」
サラカが街の外へ駆け出した。
「姉さん!またただ働きですかい!?」
「甘いなガルム。こういうのは終わった後にお礼があるもんだ」
「なるほど、さすが兄貴」
「馬鹿なこと言ってんじゃないぞお前ら。行くぞ」
ブラッツの号令で、傭兵たちも魔獣の下へ向かっていった。
「どうしよう……ネファリスさん……」
「呼びましたか?」
「!」
後ろを振り返ると、そこにはネファリスの姿があった。
「び、びっくりした……今までどこにいたの……?」
「申し訳ございません。スレン様のお召し物を探しに行っておりました」
「街の外に魔獣が現れたのですね。私たちも参りましょう」
「スレン様は、私がお守りいたしますから」
「……うん、ありがとう」
***
「これは……猿か?」
——キーン!
「まじかよ。硬すぎて剣が通らないぞ」
「雷よ、降り注げ!」
——グアオオオオ!
全身で雷を浴びる魔獣だったが、少し経つと再び動き始めた。
「わずかに動きを止める程度ですか……」
「ティーナの魔法も効かないとはな」
「団長はどうやって斬った?ゴリラか?」
——グアァァァ!
「セルディス、あんたも斬られたいの?」
サラカは現れる魔獣を次々に斬っていた。
「冗談だ。だがどうすればいい?」
「俺たちで動きを止めて、団長に全部やってもらうか?」
「——皆様、私もお手伝いいたします」
背後から現れたネファリスは、素早く魔獣の首を狙った。
すると、魔獣の首はいとも簡単に切断された。
「……なるほどね」
「ブラッツ、あいつらの首を狙ってみて」
「首?」
ブラッツが剣を構えて魔獣へ切りかかる。
腕を振り回して反撃する魔獣。
しかし素早く身をかわし、ブラッツは魔獣の首を捉えた。
「はあっ!!」
ブラッツの斬撃は、魔獣の硬い皮膚を貫く。
直後、魔獣の首は宙を舞った。
「こいつは驚いた。案外簡単じゃないか」
斬られた魔獣は地に伏し、黒い靄のようなものを残して消滅した。
「ガルム、ティーナ、あなたたちは魔獣の動きを止めて」
「他のみんなはさっきの通り首を狙って」
「了解、団長!」
サラカの指示通り、ガルムとティーナは遠くから魔獣の動きを止める。
そして、他の者たちは魔獣の首を斬り落としていった。
「凄い……どんどん魔獣が……」
「これが、この傭兵団の力ですか」
ネファリスの後ろに隠れ、スレンはサラカたちの動きに見入っていた。
傭兵団の活躍により、突然現れた魔獣たちは全て消滅したのだった。
***
「ありがとうございます!」
「皆様がいなかったら、今ごろ街はどうなっていたか……」
「遠慮はいりません。思う存分お召し上がりください!」
傭兵団は、住人達からもてなしを受けていた。
「うめぇ!この肉すげぇ!」
「こちらの野菜も、とても新鮮で美味しいです」
「うちの畑で取れた自慢の野菜です。もっと召し上がってください」
「さすが、兄貴の言った通りでしたなぁ」
「だろ。困っている人は助けた方が良い」
「お前は狡猾だな……まったく」
「あら、あなたが団長さん?」
一人の女性がサラカの前に現れる。
「ええ、そうだけど」
「まあ、可愛らしいお顔!」
「私、街で一番大きい服屋を営んでいるの」
「ちょうど、さっき作り終わった服があるの」
「ぜひあなたに着てほしいわ」
女性はそう言い、一枚の服を取り出した。
「……」
「どうかしら!きっと似合うと思うわ!」
「良いじゃないか。団長に似合う」
「着ている姿を、俺たちにも見せてくれ」
「セルディス……」
「……そう、だ!」
「この服、全体的に青でまとまってるし……あの子の方が似合うんじゃない?」
サラカがスレンを指差す。
「髪の色も合ってるから……ね?」
「まあ、ほんとうね!きっと似合うわ!」
「私……?」
「そうねすね、スレン様にお似合いかと思います」
「私もお手伝いいたしますので、ぜひ着てみましょう」
「えっ?え……?」
スレンが女性とネファリスの抱えられる。
「ちょ……離して……!サラカさん……!」
「……」
スレンが二人に連れていかれる。
サラカはスプーンを口に運びながら、わざとらしく視線を逸らしていた。
「惜しかったな」
「セルディス、わざとでしょ」
「でも、サラカさんも似合っていたと思いますよ?」
「ティーナまで……やめてよね」
スレンが席を立ってから数分が経過する。
ネファリスたちに連れられて、スレンは姿を現した。
「どうかしら、私の自信作は!」
「おお!似合ってるじゃないか嬢ちゃん!」
「スレンちゃん良いねぇ!ははっ!」
「ううっ……そうかな……」
「はい。とても似合っていますよ」
「……」
「ありがとう……みんな」
***
宴が終わり、静まり返った街の中。
サラカは一人、ネファリスを探して歩いていた。
「……ああ、いた」
「ネファリス」
暗い街の中で、ネファリスはサラカに呼び止められる。
「サラカ様?いかがされましたか?」
「ついてきて」
「?かしこまりました」
サラカに連れられ、ネファリスは路地の奥にたどり着いた。
「こんなところで、私に何か御用ですか?」
「……魔獣の弱点、何で知ってるの?」
「え?」
「あなたは迷いなく首を斬り落とした」
「それはなぜ?」
「それは……」
「皆様が、胴を斬ることに苦戦されていたので……」
「私は首を狙った、それだけです」
「それにしては、あなたの動きには迷いがなさ過ぎた」
「斬った後の余韻に浸るくらいにはね」
「……」
「教えてくれる?」
「それは……まだ言えません」
「まだってことは、いつか教えてくれるの?」
「……はい」
「そう」
「それって、あなたが今朝いなかったことにも関係ある?」
「……」
「あなたは隠し事が下手ね。これも言えないこと?」
「……はい」
「私の……出自に関わることなので」
「……それならこれ以上は聞かない」
「え?」
「知られたくないことはあたしにもある。だから深入りはしない」
「……あたしが聞いたら、あなたは意地でもあたしのことを知ろうとするでしょ」
「いつか聞かせてくれる時が来たら、その時に話して」
「魔獣退治、手伝ってくれてありがと」
サラカは静かにその場を去った。
「……」
「……何でしょうか、この気持ちは」
胸に手を当て考える。
「……サカラ様は不思議な方です」
「本当に……悪い方なのでしょうか」
「……」
「私のやっていることは……」




