表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

0章 夜明けの前に

(熱い……苦しい……)

(お父様……ユリック……助けて……)


***


「ふわぁ……」

ある日の朝。

太陽に照らされ、スレンは目を覚ました。

「……うん、今日も良い天気」

窓の外を眺めて伸びをする。

着替えを済ませ、スレンは部屋を出た。

「おはようございます、スレン様」

この執事の名はユリック。

スレンの父、リオナスに仕える忠実な従者だ。

「おはよう、ユリック」

「ねえ、今日はお出かけしてもいいでしょ?」

「ずっと街に行ってないからさ……ね?」

「だめです。今日はエラニア様とのご予定があります」

「魔法の勉強をなさるのでしょう?」

「ううっ、魔法は苦手だよ……」

「お母様の言ってること、難しくて分からないんだもん」

「ねえユリック、今日も剣を教えてよ」

「剣の訓練は体を動かせるから楽しいの。勉強は退屈だし……」

「ね?それならいいでしょ?」

「……スレン様?」

ユリックがスレンを睨む。

「うっ……」

思わず肩をすぼめるスレン。

あの目はもうすぐ怒ってしまう。スレンは直感した。

「分かった……お母様のところへ行くよ……」

「はい。その意気ですよスレン様」

「朝ごはんの支度が出来ています。食堂へいらしてください」

ユリックは微笑んで食堂へ歩いて行った。

「……」

逆方向へ歩き出すスレン。

「ちょっとくらいなら……」

「ス~レ~ン~さ~ま~?」

「!」

スレンの肩に手が触れる。

「どちらへ行かれるのですか?」

「は、ははっ……間違えただけだよ……!」

方向転換して食堂へ走るスレン。

(ううっ……今日は諦めるしかないか……)

(明日こそは……必ず……!)

「……」

「全く……スレン様は油断出来ませんね」

「さて、私も領内の見回りに行って参りますか」

 

***


「おはよう、お父様」

食堂に入ると、リオナスが食事をとっていた。

「スレン、おはよう」

「起きて早々、ユリックの手を焼かせていたようだな?」

「ち、違うよ」

「ずっと街に行ってなかったから、ちょっと遊びに行きたかったの」

「でも、今日はお母様との魔法の勉強があるって……」

「そういうことだったのか」

「すまないな、スレン。本当はもっと自由にしてやりたいのだが……」

「ここのところ、良くない噂が流れていてな」

「噂?」

「ああ」

「少し前に、領内で騒ぎがあっただろう?」

「お屋敷の周りが、ピカーッて光ってたこと?」

「そうだ」

「その光が発生してから、近くで魔獣が現れ始めたらしい」

「だが、私たちは魔獣を見たことがない。見回りに出たユリックを含めて、だ」

「しかし、それを調査をしに来たエルドリオン様の家臣が、領内で消息を絶ってしまったんだ」

「それが原因で、私が命を奪ったと疑われてしまってな……」

「どうにか疑いを晴らさなくては、安心して街へ行かせてやることが出来ないんだ」

「何、心配しなくてもいい」

「すぐいつものように、街へ出かけられる日が戻ってくる」

「それまでは退屈だと思うが、皆と一緒にこの家を守っていてくれ」

「……それが終わったら、遊びに行ってもいいんだよね?」

「ああ、もちろんだ」

「良かった!」

「それじゃあ、今日はお母様と一緒に魔法の訓練を頑張るよ」

「その調子だスレン」

「それじゃあ、私は少し出かけてくるよ」

「今回の件が落ち着いたら、母さんとユリックと四人で出かけよう」

「王都で美味しいものを食べて、演劇を見て……」

「今まで出かけられなかった分、みんなで満喫しようじゃないか」

「楽しそう……!」

「うん、絶対だよ。約束だからね!」

「いってらっしゃい、お父様」

「ああ、行ってくるよ」

リオナスが部屋から出て行った。


***


「うーん……」

魔導書をじっと見つめるスレン。

「やっぱり難しい……書いてることが分からないよ」

「焦らないでスレン。少し休憩しましょう」

エラニアはスレンの隣に座った。

「お母様は、これ全部読んだの?」

「ええ、ずいぶん昔のことだけどね」

「実は私も、勉強は苦手だったの」

「お母様が?」

「そう」

「でも、国のために怪我を負ってしまう皆を見て、じっとしていられなかったの」

「戦うことが出来なくても、役に立てることがある……」

「そう思って、私は治癒魔法を学び始めた」

「もちろん最初から上手くいくなんてことは無かったわ」

「少しずつ学んでいくうちに、ようやく少しの怪我なら治療出来るようになった」

「その時に自信がついたの。やってきたことは間違いじゃなかったって」

「だからスレンも、少しずつでいいの」

「投げ出さずに続けることが大切。だから、一緒に頑張りましょう?」

「お母様……」

「……うん、分かった。少しずつ、頑張ってみるよ」

「痛っ……!」

スレンの指から血が流れる。

「スレン、大丈夫?」

「ごめんなさい。本で指を切っちゃった……」

「……」

エラニアがスレンの手を掴む。

「お母様?」

スレンの手を傷口に近づけるエラニア。

「スレン、やってみて?」

「え?」

「教えたこと。ね?」

「あっ、そっか」

「……」

スレンは目を閉じて集中する。

「……」

「光よ……傷を癒して……」

スレンの手を優しい光が包み込む。

「……」

ゆっくりと目を開けるスレン。

「……あっ!」

「傷が……治ってる……!」

「やったよ!お母様!」

エラニアに抱き着くスレン。

「ふふっ、凄いわスレン。あなたにも出来たじゃない」

「これが最初の一歩。今の感覚を忘れないようにね」

「うん!」


「絶対、お母様みたいになってみせるから!」


***


「……」

屋敷の一室で、リオナスは物思いにふけていた。

「エルドリオン様は、なぜそこまで私を……」


——二日前、リオナスはエルドリオンの下を訪れていた。


「お前の政策は素晴らしいものだ、リオナス」

「いずれはこの国の王になる器だと……」

「そのように噂をされる程にな」

「勿体なきお言葉です、エルドリオン様」

「ですが、これは私一人では成し遂げられなかったことです」

「私を信じ、支えてくれる民や仲間がいる」

「その者たちの思いに、私は応えなければなりません」

「お前の良いところが出ているな。殊勝な心掛けだ」

「ありがとうございます」

「……だがな、リオナス」

「少しばかり、他の者の意見を軽んじているのではないか?」

「軽んじる……?」

「長らく王家を支えてくれた者たちからは不満の声が上がっておる」

「お前の生い立ち故、納得いかない者もいるのだろう」

「平民だったお前が、今や国の方針を決める立ち位置にいる」

「それは素晴らしいことで、皆から称賛されるべきだが……」

「少しだけでも良い。彼らの意見にも、耳を傾けてはどうだろうか」

「……」

リオナスは少し考える。

「……申し訳ございません、エルドリオン様」

「皆様の仰ることは、私が一番理解しています」

「元々平民である私は、皆様の考えとは違うかもしれない」

「ですが私たちが取り組んできた政策を、ここで曲げるわけにはいかないのです」

「今だけは私の行いを……許していただけないでしょうか」

「ふむ……」

エルドリオンは少し考える。

「……よかろう。他の者には私から話しておこう」

「ありがとうございます」

「この御恩、必ず結果でお返しいたします」

「では、私はこれで……」

「待て」

退室しようとしたリオナスを、エルドリオンは呼び止める。

「エルドリオン様?」

「リオナス、もう一つ確認しておかねばならないことがある」

「確認?」

「そうだ」

「——お前、領内で魔獣を飼いならしていないか?」

「魔獣……?」

「先日目撃された謎の光」

「その光と共に、魔獣が現れるようになった」

「どうやらその出どころは、お前の領内だそうじゃないか」

「わしはお前を疑っておる」

「私を……?」

「そうだ」

「魔獣の出所を調査に向かった私の家臣が消息を絶った」

「家臣はお前の政策に意見を申していたからな」

「それが気に入らず、魔獣をけしかけたのではないか?」

「そんな……私は決してそのようなことは……」

「それに、私は魔獣を見たことがありません」

「何かの間違いではないのでしょうか……?」

「間違いであれば、このようなことにはなっていない」

「先日、私は腕の立つ傭兵団を雇った」

「今はその者たちが魔獣の掃討を行っている」

「もし、今回の事件にお前たちが関わっているとすれば……」

「お前の命は無いと思え。分かったな」

「……」

「……失礼いたします」

リオナスは頭を下げ、その場を立ち去った。

「……」

「貴族の儲けを民に分け与え、国全体を豊かにしていくか」

「……はっ、いかにも平民らしい考え方だ」

「民たちの感触は良いかもしれぬが、貴族から反発があるのは当然だろう」

「魔獣も丁度良い時に現れたものだ」

「忠臣とはいえ、あやつは死んで正解だった」

「……これを機に、奴にも退場してもらおう」

「奴が消えれば、他の者たちからの不満も減るだろう」

「リオナス……お前はここで終わるのだ」


***


——そして、事件が起こる少し前。

リオナスは城であった出来事を、エラニアに話していた。


「あなた、本当に王様がそのようなことを……?」

「ああ」

「……どうやら私は、エルドリオン様に目をつけられているらしいな」

「私がやってきたことは、間違っていないと信じたいが……」

「こうなってしまった以上、今は身の安全が最優先だ」

「エラニア。今日から当分、スレンと一緒に夜を過ごしてくれ」

「え?」

「……胸騒ぎがするんだ。気のせいかもしれないが」

「スレンには、このことを伝えないの?」

「そのつもりだ」

「……これ以上、スレンを苦しませたくないからな」

「あなた……」

「……分かったわ。スレンには、一緒に寝たくなったってお願いする」

「でも、事情はそれとなく伝えておくからね」

「一人にされたら、スレン拗ねちゃうでしょ?」

「……ははっ、これは手厳しいな」

「その辺はお前の判断に任せるよ」

「二人でスレンを守ろう」

「ええ、もちろんよ。あなた」


***


——その日の夜。

エラニアは、隣で眠るスレンを見守っていた。


「すぅ……すぅ……」

「……」

スレンの方へ手を向けるエラニア。

優しい光が、スレンの体を包み込む。

「うっ……ううん……」

「!」

一瞬、身をよじったスレンだったが、再び静かな寝息を立て始める。

「すぅ……すぅ……」

(……良かった、眠ってる)

エラニアは安心したように、そっとスレンの頭を撫でる。

(スレン……)

(あなたの身に何があっても……)

(私が……必ず守るわ)

心の中でそう祈りながら、エラニアはスレンを静かに抱きしめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ