異世界に飛ばされた曹操の目の前に悪魔が来たりてヘビメタるんだからねッ‼
私が書いております、爆裂‼三国伝の外伝です。
時期的には、黄巾の乱の直前のお話しになります。
第一章:『アスガルド』の悪魔
「ううっ・・・寒い」
冷たい風が俺の頬を刺す。
目を覚ますと、そこは一面の雪景色だった。
「ようこそ『アスガルド』の地へ!」
ゆっくりと起き上がった俺の目の前に金色の髪をした
男が立ち、そう言った。
「アスガルド?沛国ではないのか?」
どうやら俺は、異民族に異国へと連れ去られて
しまったようだ。
「フハハハハ、吾輩はカッカ、この地の丞相だ」
一方的に自己紹介するその金髪の男は、白塗りの顔に
青色の隈取りをしていた。
異国へ来たとは言え、俺は『礼』を貴ぶ漢王朝の民だ。
これを返さぬわけにはいかない。
「俺は姓は曹、名を操と申す」
「ソウとソウで曹操?フハハハハ、変な名前だな」
「いやいや、お前もカとカだろうが」
「フハハハハ、それもそうだな」
何だこいつは?
初対面で人の名を笑うとは失礼な奴だな。
俺は寝起きの目を擦り、辺りを見回す。
雪と氷ばかりで、何もない。
「ここは、何もないな」
カッカはキョトンとした表情で答えた。
「ふむ、ここは神々の国だからな」
そして、俺を指差して。
「貴様ら人間と違い、吾輩たちには『五行』なんぞ
無用の長物である!」
何という、自然な五行の話題へと導く会話の流れだ。
「流石は神と言ったところか」
「フハハハハ、吾輩は悪魔だ」
そこはちょっと無視しよう。
「人間は、火、水、土、木、金、これら五つの物を利用して
生活を営んでおるな?」
「ああ、俺たちはそれら五つの物を『五行』と呼んでいる。
火を消すのは水、水を汚すのは土みたいに、五行は
火・水・土・木・金が互いに影響し合って、世の中が
回ってるって話だな」
問いに答えると、カッカは手の平を雪の大地へと
かざし、禍々しい呪文のようなものを歌った。
「あっ、この歌はヘビメタと言うやつだ。
北欧のイメージにピッタリだろ?」
言ってることはよく分からないが、
カッカが本物の悪魔であれば、その証として異形の力を
持っているはずだ。
「ンナアァアァァァァァッ!」
突然カッカは目をむいて甲高い声で叫び、
手の平から火を生成し雪の大地を燃やした。
「うおっ、何だいきなり!?危ないな」
「吾輩の能力は『火』。
無より火を燃え上がらせることなんぞ造作もないわ!」
カッカは自分が点けた火を見て得意気に語る。
その能力を見せつけられた俺は、カッカを悪魔だと
とりあえず認めることにした。
「火は万物を燃やし、
命を生かす為の食料が調理できる!」
カッカの隈取りが光り、青から赤へと変化した。
「なんか色が変わった」
「フハハハ、丞相として国事を取り仕切る吾輩の隈取りは、
国家の色を表しているのだ」
カッカはそう言うと、燃え盛る火に向かって、
再び甲高い声でヘビメタをを歌い始めた。
第二章:黒色の皇帝
「今こそ、蘇れ王者達よ!
その五行の力をぶつけ合うため、
闘技場へ至れ!」
カッカが行う儀式に反応するかのように、
向こうの方から土で作られた兵馬を率いた男が、
ドドドと足音を鳴らして雪の大地を駆けて来た。
その男は皇帝の冠を被り、威厳のある
黒い袍をまとっている。
男はその両手に抱えられた桶の水を、
燃え盛る火へと勢いよくかけて言い放った。
「周王朝の火を消した秦こそ水徳である」
その服装と言動で、少々わが国の歴史に明るい俺は、
この人物が誰なのかがすぐに分かった。
「えっ、まさか始皇帝⁉」
飛び散る水しぶきでずぶ濡れになったが、そんなことより、
かつて初めて中華を統一した、あの始皇帝が自分の
前にいる! 俺は目を丸くした。
「秦は水の力、黒を国の象徴とする」
「あれっ?秦の色は金を表す『白』でしたよね?」
俺は始皇帝にそう質問し、確認の為カッカの顔を見てみると、
その隈取りは黒へと変化していた。
「あー、火に水が剋って、水徳の天下になったのね」
しかし漢王朝を建てた高祖劉邦は、秦の象徴である白蛇を斬り、
その象徴を赤としたと、俺たち漢民族は伝説にて聞かされている。
「フハハハハ、神とは権力者の都合で入れ替わるのだ」
カッカが得意気に人間を解説する。
まあ、お前には聞いていないが。
俺が再び始皇帝の方を振り返ると、すでに彼と土の兵馬は
そこにいなかった。
始皇帝のサインが欲しかったなどと思う暇もないまま、
突然、遠くからゴゴゴと大きな波がこちらへ押し寄せる。
「漢王朝は水徳なり」
「今度は誰だ⁉」
目を凝らして見てみると、背が高く丸々と太った、
ただ者ではない感を漂わせた男が、板状の物を使い
波に乗っている。
どこからともなく、テケテケテケと残響のかかった音が
鳴り響いた。
「我は、漢王朝は文帝様に丞相として使えし者、
張蒼である」
「おいおい、また丞相か。
普通に丞相が何人も出てくるけど、
普通の人は逆立ちしてもなれないからね」
どうやらアスガルドには、過去の偉人が現れることが
できるようだ。
「吾輩の娘は、冥府ヘルヘイムに勤めているからな」
何だか良く分からないが、おそらく過去の偉人たちは
ヘルヘイムという所から来ているようだ。
「水はすべてを清め、大地を潤す。
秦の法を継ぐことによってによって、漢は治められるのだ」
まあそうだな。
漢の丞相、蕭何が秦の法を持ち込んだおかげで漢王は
その劣勢を覆し天下を取ったとも言える。
うん、また丞相だ。
「まてえぇぇぇい!」
またまた突然、誰かの叫び声が聞こえた。
第三章:水徳か土徳か?
声のした方を振り返ると、黒雲の中より黄色い龍が現れた。
ちなみに漢民族は事あるごとに龍が出たと言うが、
俺個人としては初めてお目にかかる。
「秦の象徴である水をせき止めた土こそ、漢王朝に
ふさわしいぃぃぃ」
黄色い龍をよく見ると、藜の杖を持つ男がその背に乗っていた。
「流石は神々の国、何でもありだな」
「フハハハハ」
愉快そうに笑うカッカの隈取りは、左が黒、右が黄と、
二色に変化していた。
「国家の色が決まってないと、そうなるのね」
張蒼が龍を睨み、怒りに震えた。
「お前は‼にっくき公孫臣」
「張蒼!土は盛れば硬い壁となり、大地は食糧を育む。
水ごときでは剋てんわ‼」
藜の杖を持つ公孫臣が啖呵を切ると、張蒼が怒りに震えながら言った。
「おのれっ!インチキ方士の分際で・・・」
なんだか、目の前で超常の戦いが繰り広げられようとしていた。
「フハハハ、ラグナロクが始まろうとしているな」
そこに入る余地のない俺とカッカは、それを見守ることにした。
カッカが俺に赤い果実を差し出す。
「娘が送ってきたヘルヘイムの果実だ。
一口食べればもう、夢の中だぞ」
「いや、遠慮しとく」
俺は手のひらを出して断った。
「フハハハ、人間にはゼイタクすぎるか」
カッカは豪快に笑い飛ばし、赤い果実をかじった。
それはさておき。
「偉大なる黄河が堤を決壊させたのは、水徳の表れである。
暦に詳しい私が言うのだ、間違いはない」
張蒼が大声で自説を述べながら、洪水を丞相の権限を使って
起こすと、テケテケテケと言う音と共に、激流を公孫臣が乗る
黄色い龍へとぶつけた。
「秦の水をせき止めた漢王朝は、土を名乗るのにふさわしい。
黄色い龍はまさに現れるべきだろう」
公孫臣も負けじと、杖を振るって自説を述べて反撃すると、
黄色い龍が洪水を剋服し、跳ね返した。
秦の水徳を継承する説。
対
秦の水徳に剋った漢は土徳とする説。
「でも、黄色い龍なんて本当に出たのか?」
俺は素朴な疑問をカッカに呟いた。
「ナァアアアッ!」
口の中の果実が飛び散って、俺の顔にかかる。
「うわっ、びっくりした!」
カッカの甲高い叫びと共に、異様な風貌で楽器を持つ者たちが
四~五人くらい現れ、重低音を響かせた。
彼らも悪魔なのであろうか、その顔には白塗りに隈取が
施されている。
カッカが伴奏に乗って歌い出した。
「洪水が黄河の堤を破り、
天には黄色い龍が現れた。
学者と方士の戦いが、今始まる。
読めなければ、理解出来ない暦!
皆が知り、恐れる龍!
人間はどちらを信じるか~
ンナァアアアッ!」
響く太い弦の重低音に、速い拍子の曲。
複数の繋げられた太鼓が空間を震わせる。
おそらく、これがカッカの言うヘビメタの本来の姿なのであろう。
ヘビメタが洪水と龍の戦いを盛り上げる。
奏でられる大音量の中、後ろで誰かが俺に話しかけていた。
「えっ、なに?」
その誰かは、大きく息を吸って、俺の耳元で叫ぶ。
「黄色い龍は存在する!」
「うわっ、びっくりした!」
二人の戦いを見物する俺たちの後ろに、いつの間にか
皇帝の冠を被った、始皇帝とは別の人物が立っていた。
「朕こそは、漢王朝は五代目皇帝、文帝なるぞ!」
「なっ、文帝さま」
文帝さまの登場により、ヘビメタの演奏がパタリと止まる。
真っ赤な服装の文帝さまが張蒼と公孫臣をじっと見た。
二人の間に緊張が走る。
「北の天水郡に黄色い龍は現れた。土徳、採用!」
文帝さまが勝負の判定を下した。
カッカの隈取りは光って、黄色へと定まった。
「ひえぇぇぇっ、文帝さまぁ」
選ばれなかった張蒼は、その場でパッと消えてしまった。
「フハハハハ、まあ、そういうことだ」
「どういうことだよっ!」
とりあえず漢王朝は土徳と言う事で、勝負に決着がつき、
文帝さまは公孫臣と共に黄色い龍に乗って飛んで行ってしまわれた。
「さて、漢王朝が土徳だと言うのは良く分かった。
俺を元の所へ返してくれ」
俺がカッカにそう訴えると、空より羽の付いた白い天馬が
引く馬車が舞い降りた。
第四章:歴史を紡ぐ旅行者
「何だ、これで俺を帰してくれるのか?」
そう言って馬車を覗くと、赤い袍を身に着けた威厳のある
人物がそこに鎮座していた。
「無礼者!図が高い!」
馬車から降り立った男が、俺を睨んで吠えた。
「朕は劉徹。
漢王朝は七代目皇帝、武帝なるぞ!
ものども、頭が高い!控えおろう」
「ははーっ」
俺とカッカは、その場の勢いで思わず武帝さまに土下座をしていた。
「ところで武帝さま、本日は何のご用で?」
俺は顔を上げて、武帝さまに質問をした。
「無礼者!頭が高い!」
「ははーっ!」
再び武帝さまに喝を入れられた俺は、すぐに頭を地に伏せた。
ただでさえ主題である五行の説明からかなり脱線しているのに、
このままでは身動きが取れず話が進まない。
楽器を持つ者たちが暇そうに立っている。
弦楽器を持つ者なんか、音量を下げて早く弾く練習をし出した。
「漢王朝は、朕のおばあちゃんの言う通り土徳とするが、
朕は、高祖様の定めた赤を祀っている」
「なんだかややこしいっすね」
俺は頭を伏せたまま、素直な感想を述べた。
カッカは悪魔だが、その場のノリで一緒に顔を
伏せているので、今の隈取りの色が分からない。
「この時代、王朝の祭祀する五行の徳と、国を象徴する色は、
別っぽいんですよね」
俺は頭を上げて、声のする方を向いた。
「お前は太史公、司馬遷!」
声の主を指差して武帝さまが叫んだ。
「まーた超有名人が来たよ」
背には、とても大きな荷物を背負っているその人物は、
俺たちへ丁寧に拱手の礼をしてから口を開いた。
「いやー、わたくし旅行が趣味でして、気が付いたらこんな
異世界まで来てしまっていましたよ」
「は?異世界?」
旅行で来たと言っているが、おそらく彼もヘルヘイムより
現れたのだろう。
司馬遷が俺を見て言った。
「あなた、おそらく何らかの理由で生きたままここへ
来られたようですね」
「そういえば、ここで目覚める前、
大型の馬車に轢かれたような気がする・・・」
そう思ったら、急に頭が痛くなって来た。
「太史公!頭が高い、刑に処すぞ!」
怒鳴る武帝さまに司馬遷が切り返す。
「もうすでに、陛下には散々処されています」
彼は武帝さまの癇癪にはもう慣れっこなのか、
皇帝さまを目の前にして一つも物怖じしていない。
「あっ、お二人も土下座しなくてもいいですよ」
司馬遷はそう言って俺たちを解放した。
武帝さまが乗っている馬車を引く天馬も、暇を持て余して
嘶いている。
「これっ!ツバサっ、ユメっ!静かになさい」
「意外と可愛い名だな」
武帝さまが愛馬の名を呼んで鎮める中、司馬遷が話を始めた。
「わたくしの取材によりますと秦は、遥か昔、周王朝の時代に
白帝の子孫を名乗っていました」
「白帝は金徳を表す色だな」
俺は彼の著書である『史記』は読破していたので、
異世界の話題よりは話についていける。
「しかし、始皇帝即位後に、彼が水徳を象徴として
しまいましたので、私は歴史家として公平に自分の
著書である『史記』に、その事をそのまま記載いたしました」
「水徳の事は、先ほど始皇帝本人が来て言っていたな」
俺の言葉に反応して司馬遷の目が輝いた。
「なんと!この異世界ではそんな事が。
非常に興味深いですね!」
まあ、俺は早く元の沛国へと帰りたいがな
「要するに、火徳の周を滅ぼした秦が水徳を象徴とし、
その次に天下を取った漢が水に剋つ土徳を象徴としたが、
秦を認めず水徳を無視すれば、元の象徴である金徳に剋った
火徳が漢の色と言う事になるな」
俺は、これまでの茶番を早口でとっととまとめて、
一刻も早くこの世界での役割を終えようと試みた。
「そうですね。始皇帝によって迫害を受けた儒者にとっては、
秦による統一は認めたくないものです」
司馬遷の言葉に武帝さまがドヤ顔で言う。
「だから、朕は火徳推しなのだ!」
「フハハハハ、神とは権力者の都合で入れ替わるのだ」
なぜか、カッカもドヤ顔をしている。
その隈取りは、少し黄色を残した赤になっていた。
「さあっ、五行の事は良く分かった。
俺を元の所へ戻してくれ」
「フハハハハ、もう一つ残っているぞ」
俺は五行の数を指で数える。
「火、水、土、金・・・あ~っ、木がまだだった!」
ここまで情報量が多すぎて、木徳の事をすっかり忘れていた。
「司馬遷さま、木徳とは・・・居ない」
「あいつらなら天馬に乗ってこの世界を見て回りたいって、
飛んで行ってしまったぞ」
かつて、天馬が居ると言われた異国に魅せられた武帝さまと、
旅行好きの司馬遷さま。
現世では色々あったようだが、好奇心旺盛な者同士、
意外と馬が合ったのかもしれん。
「くっそー、木徳をサクッと終わらせて、
早く帰ろうと思ったのに」
「蒼天である木徳とは、周王朝の事です」
またまた、俺たちの後ろで新たな人物の声がした。
第五章:対決!!二人の王者
振り返ると、北斗七星を模った銅製の祭器を持った男が
厚底の靴を履いて立っていた。
「その北斗七星の祭器に厚底の靴、まさか、王莽!」
「如何にも、我は王莽。周王朝を懐かしみ、
その儒教によって世界へ古き良き時代を復興させるものなり」
彼は俺たちとは一切目を合わせることなく、
厚底の靴の上から遠くを見るような視線で語り始めた。
「『金匱図』と『金策書』の予言通り、漢王朝から天下を
譲り受けた我が『新王朝』は、火徳の漢王朝に剋った
とせず、火より生じた国として土徳を国の象徴とする」
「あー、ここで
木から火が熾り、
その火から土が現れ、
土からは・・・みたいに五行が相生み合う、
別の法則に入れ代わるのね」
「フハハハハ、とにかく、また土であるな」
カッカ隈取が黄色くなった。
俺は王莽を見て、質問した。
「で、何で周王朝は木徳なんだ?」
歳下にタメ口をきかれて一緒イラッとした王莽は、
一度深呼吸をしてから話を始めた。
「儒教によって尊ばれる周王朝を継いだ漢王朝。
その漢王朝より帝位を譲り受けた新王朝。
五行相生説を用いて逆算すると、土の前が火、火の前が
木なので周王朝は木徳となるのです」
「なるほど。やっぱり儒者を虐げた秦帝国の中華統一は、
無かったことになってるのね」
王莽の説明に納得した俺の横では、カッカがまたもや
ドヤ顔だ。
「だから言っておるだろう!神とは・・・」
「分かったって!」
俺は、カッカがそれを言い終わる前に黙らせた。
「木は建造物を成し、そして、すばらしい果実を産む。
我ら儒教の子らのような・・・
そして、それを受け継ぐのは我・・・」
王莽が自分に酔いながら己の正統性を主張する。
すると、空から誰かの声がした。
「そうはさせません!」
もう、この流れは理解した。
だから、次に来るのは漢王朝一の大英雄のはずだ。
声の主を見て王莽が叫ぶ。
「お前は!光武帝、劉秀」
「キター!!大英雄キター!!」
憧れの大英雄の登場に、俺は興奮のあまり、それ以上の
言葉を出せなかった。
「私は劉秀!赤伏符の導きにより、ヴァルハラより
参上しました」
天より火の鳥に乗って現れた光武帝さま。
その手には、火の力を宿した剣を握っている。
「やけに丁寧な言葉遣いだが、ヴァルハラから来たと
言うことは、キサマ、戦士だな」
「いかにも。私はかつて三千の兵を率い、昆陽の地にて
百万を号する新軍を打ち破りました」
俺が知る伝説の通り、光武帝さまは戦士らしくない
落ち着いた口調でカッカの質問に答えた。
「光武帝さまが来たにはもう安心だ。
王莽を倒し、俺を元の漢の国へ戻して下さい」
俺は、期待の眼差しで光武帝さまに懇願した。
「なんと!?漢の民は私の子も同然!
わかりました。その想い叶えましょう!」
光武帝さまはそう言うと、静かに火の鳥を急降下させ、
その剣を王莽に突き刺そうと剣撃を繰り出す。
「王莽!再び土へと還りなさい」
王莽の体を剣が貫こうとした時、北斗七星を象った
祭器が光を放ち、何かが剣撃を跳ね返した。
「光武帝よ、ここは魔力の国。
武力では、我が魔力には勝てんわ!」
そう一喝する王莽を護る物を見て、光武帝さまは
驚愕した。
「まさか!?それは中央の象徴『麒麟』!」
「フハハハハ、どうやら祭器を信奉する王莽の魔力が、
この国の力で増幅されてるようだな」
カッカが言う。
しかしそこは真面目な光武帝さま、そんな事にはめげずに
火の鳥を旋回させて空より剣撃を再度繰り出す。
再び北斗の祭器が光りを放つ。
「いかんな、麒麟が相手では少々分が悪い。
それにこのまま帰っても、元の世界に悪影響が出ているような
気がする」
俺がそんな心配をしているうちに、光武帝さまの剣撃が
神獣麒麟によって跳ね返されていた。
「麒麟の力がこれほどとは・・・」
「孔子さまは麒麟の死を見て嘆かれた。
しかし平和の象徴麒麟は今、我の手にある。
天下は我に帰したのだよ、光武帝、いや、劉秀!」
王莽が光武帝さまを名で呼び、その皇帝位を無効化する。
そして、その魔力で土より芽を生成し、その芽は
一瞬にして枝葉を広げ、空を蒼天に覆う大木となった。
「周王朝の大木から生まれし理想・・・。
よみがえれ、我が子らよ。
蒼天の力を纏い大地を覆うのだ」
大木から実が落ちて人となる。
「あれは!二十八人の将たち。
かつての仲間たちだ」
共に友情を誓いあい、かつて一緒に戦った仲間たちが
劉秀の目の前に迫る。
「その火の力で、思う存分木の力を打ち破るがよい!」
王莽が劉秀を挑発した。
「何たる卑劣!
奴は周王朝を木徳に変化させ、その力をも操る事ができるのか!」
王莽が言う周王朝の力は王者たる『武王』のものと言うより、
武王亡き後もその弟でありながら、君臣の礼を最後まで貫き、
儒教の模範となった『周公旦』のものに近い。
まさに武力の赤と礼節の蒼の違いである。
「むう、今回ばかりは光武帝さまも分が悪いな・・・」
未だかつてない絶望に俺はすっかり諦めかけていた。
「仲間と建てた国家はその絆の証。私は揺らがない!」
さすがは後世に語り継がれる大英雄だ。
光武帝さまの目の火は消えてはいなかった。
絶体絶命の状況にあっても諦める事はしない。
「うん?なんだか目が熱いな」
カッカが目に異変を感じ始めたようで、その手で目を
擦っている。
「曹操よ、諦めるでない!漢の火はこの程度では消させない!」
光武帝さまがそう言って俺を励ましたその時。
「よくぞ言った!劉秀!」
空より、火の鳥がもう一羽。
「その声は、兄上!!」
その背には誰かが乗っている。
「兄上?と言う事は、あれは劉縯さまか!」
現れた劉縯さまは、弟である光武帝さまとは打って変わって、
侠客の風格を漂わせ、見る者に威圧感を与える。
生前、彼はその威圧感のお陰で、挙兵のための兵を
集められなかった。
だが、それが今は、ただただ頼もしい。
「フハハハハ、ヴァルハラより戦士がもう一人降臨しおったわ!」
戦士の降臨に悪魔の楽団が重低音かつ速い速度で演奏を
始めた!!
「ゆくぞ劉秀!我ら南陽劉氏の火の力を見せてやるぞ!」
「はいっ!兄さん」
「熱っ、あつつつ」
カッカがそう言って目を手で伏せている。
「南陽劉氏が何人来ようが、我が北斗の力は打ち破れん!」
「やかましい王莽!そんなのはやってみんとわからん!」
劉縯さまの声に反応するかの如く、空は赤く染まっていた。
「忌々しい奴らめ」
王莽が言う。
火の鳥が二羽、空で編隊をそろえ、その翼を燃やしていた。
「なんの変哲もない一直線の陣形だが、大丈夫か?」
俺がそう懸念していると、劉縯さまが叫ぶ。
「現世では叶わなかったが、俺の火の力と劉秀の火の力、
二つを合わせ、今、『炎徳』となる!」
光武帝さまは、その言葉に感極まったのか、涙を拭いて
兄に続いた。
カッカは目を押さえて歌える状況ではなかったが、
悪魔の楽団が重低音の演奏を続け、その場を盛り上げた。
南陽劉氏の兄弟は空で明るく燃え輝き、炎に包まれている。
その炎は、より激しく燃え上がって行く。
「そんなのはまやかしだ」と王莽は馬鹿にした。
しかし、王莽の耳に炎の兄弟の叫びが聞こえる。
「バーーーーーーン!!」
「ぎゃーっ!!」
手で覆っていたカッカの目の隈取が炎を上げて燃え始めた。
「お前が燃えるんかい!」
弦楽器を演奏する悪魔が、その旋律を加速させて独奏状態に
入る。
その荒削りな速弾きは素晴らしい技巧と言うよりも、
その激戦を感情的に表現していた。
「麒麟よ、再び眠りにつき劉氏に付くのか」
炎徳を示された王莽は、そう言うとその場から消滅し、
ひびの入った北斗七星の祭器だけが残された。
「ようやく終わったな・・・」
劉縯さまが言った。
「俺たちにはもう時間が無い」
続けて光武帝さまが言う。
「その北斗の祭器を何とかする時間なんて」
そして、二人そろって。
「それをどうするか分かってくれるだろ?」
南陽劉氏の兄弟はそう俺に言い残すと、紫の炎となって
消えてしまった。
悪魔の楽団の演奏が、戦いの終わりと共に鳴りやむ。
「さて、この北斗七星を何とかすれば俺は帰れるのか」
王莽が生成した大木に寄りかかる北斗七星の祭器へと
俺は近づいた。
第六章:蒼天の理想
祭器が光を発して、一人の人物を映し出した。
「周王朝への献身は理想とされた。
それは木徳として後世に受け継がれるであろう」
「お前は誰だ」
俺は人物に名を尋ねた。
「私の名は姫旦。
皆は周公と呼ぶ」
「ぇぇぇっ!」
俺はまさかの大人物の出現に、腰を抜かしてしまった。
「武力では民を治めることは出来ない。
まず君臣の序列を明らかにする事が大切なのです」
「その為に頂点を明らかにするのですね」
俺は恐れながらも、周公へ俺なりの答えを返す。
「そうですね。
天下を色で示すと、色々語るより皆へと情報が伝わるのが
早いですからね」
「色の移り変わり自体が、君臣の序列の現れ。
周公さまの想いは見事に受け継がれております」
それを聞いた周公は、ニッコリほほ笑むと、ゆっくり
消えてしまった。
周公と共に大木は消え、それに寄りかかっていた祭器が
倒れる。
「フハハハハ、さて、曹操よ。
それをどうするかはお前次第だ」
決断を促すような声。
声の主であるカッカの顔の白塗りが、炎のせいで剝がれていた。
「お前は、誰だ?」
まるで別人になったカッカ。
「フハハハハ、カッカとは世を忍ぶ仮の姿!」
カッカはそう言うと、俺を指差して言った。
「お前の住む国は時が一巡し、天命の終わりを迎えようと
している。
そう、今はまさに、フハハハハ、せ・い・き・ま・つ!」
残された北斗七星の祭器が、まだ微かに光りを放っている。
「蒼天を表す大木と、土徳の遺物・・・。
火徳を守るためには破壊せねばならんが・・・」
自分たち漢の民が貴ぶ『礼』の心。
それは、王莽が信奉する儒教の教えでもある。
そして何より、俺は我が国の歴史物語が好きで、
今まではその世界に傍観者として思いを馳せるだけで
良かったのだ。
「木徳、火徳、土徳。
さあ、キサマはどの徳を選ぶのだ!」
「世界の決断か・・・」
俺の中で躊躇いが生じた。
その時、それを吹き飛ばすような大きな雷鳴が鳴り、
俺たちの目の前に眼帯をした大男が現れた。
「げぇぇぇっ、ソー!!」
「元譲!!」
カッカと俺はそう同時に言い合い、お互い目を合わせた。
最終章:そして、世紀末へ・・・
「あっ、ロキ。
こんな所でなーにやってんの?」
俺が従兄弟の元譲だと思った相手は、どうやら他人のようだった。
その大男は、手に巨大な金鎚を持っている。
「その男に、世界の循環を教えていた所だ」
ロキの言葉に、金鎚の大男がその長髪の頭をかいた。
「またか。そうやって人間の世界にいたずらをして、
なーにが面白いんだか」
「人間は火や水を恐れ、時には崇拝し民をまとめるのに
利用しておる。
そしてそこには、それぞれの物語があるのだ」
神々の会話に俺はついていけなかったが、どうやら
このロキと言う神は、定期的に人間へいたずらをしている
ようだ。
「おっ、そこのアンタ。
そうそう君だ。
俺は、雷神ソー。
人間が操れない『雷』の神だ」
俺は雷の神を名乗るものに、『礼』を返す。
「私は曹操と申します」
「そうそう?当たってたの。
まあいいや。
すまんな、俺の親族ロキが失礼をしたようで」
「いや、お陰で大変勉強になりました」
雷神は拱手をする俺をまねて、巨大な金鎚を持ったまま、
体の前で拱手をした。
「そう言ってもらえると有難い。
では、早速曹操くんを元の世界に戻してあげよう」
「えっ!?マジですか」
喜びのあまり、思わず声が出る。
「雷の力は最強だからな。
木はへし折れるし、火は起こせるし、水や金の中を
駆けめぐることも出来る」
「あれっ?土は?」
「さあっ!急ぐぞっ」
大男はそう言うと、手に持った巨大な金鎚を手元で
振り回し始めた。
「行くぞ!!つかまって」
俺は雷神ソーの左腕をつかみ、ロキの方を見た。
ロキが俺に何かを言っている。
「キサマは将来、カクカとカクにカカンにてカッカと呼ばれ、
カンカのカカをカンカンと・・・」
「何をカクカク言ってるんだ?
何かの名前か?」
ロキの言っていることがさっぱり分からない。
「いずれ、五行の行方を、キサマが決める時が来るであろう!!」
はっきりと聞こえた最後の言葉。
そして大きな雷鳴が鳴り、そのあとの事は覚えていない。
「・・・とく、・・・うとく」
微かな意識の向こうで誰が俺の字を呼んでいる。
「孟徳。孟徳」
俺が目を覚ますと、倒れた状態で男に抱えられていた。
「はっ、ソー!!」
「曹ではなく、夏侯だが」
俺を抱きかかえていたのは、雷神ソーではなく従兄弟の
夏侯元譲だった。
「今日は孟徳が宮廷に再び上がり、国家の官職に就く日。
それなのに、俺はなんてことをっ!」
ドクロの模様があしらわれた眼帯をした男は、そう言って
涙を流す。
「いやいや、両目が見えるんだから、眼帯を外せば
俺を轢かずに済んだだろうが」
「駄目だ、この眼帯を外した時、ご先祖様の力が解放されて
とんでもないことに・・・」
いつもの元譲の妄想を聞いて、俺は元の世界に帰って来た事を
実感した。
そして、火徳、漢王朝の臣として国の為に都へ行かねば
ならん事も。
そんな中、俺はカッカの言葉を思い出す。
”せ・い・き・ま・つ!!”
「世紀末か。そういえば、もうすぐ年が一巡して『甲子』だな・・・」
「えっ?なんだって?」
「いや、何でもない。都まで頼む」
俺はそう言うと、服に着いた土ぼこりを払い、
元譲が運転する馬車に乗って都へと上った。
「・・・イテテテ、ここはどこだ?」
果てしなく広がる枝葉の下で、大耳の男が目を覚ました・・・。
おわり。
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