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第07話 父と三味線と戦

 心地よい風が, 村を囲う森を優しく揺らす午後だった。私は軒先で、乾いたばかりの洗濯物を取り込んでいた。薄手の麻の小袖や、お母さんが大切にしている藍染めの腰巻が、陽だまりの風を孕んでゆらゆらと踊っている。秋の気配を微かに含んだ空気。鳥たちののどかなさえずりに耳を傾けながら、ふと手を止めて、村の入り口へと続く一本道に顔を上げた。

 遥か向こう。陽炎が揺れる街道の先に、いくつかの人影が見えた。

 心臓が一気に早鐘を打ち始める。あの、がっしりとした独特の歩き方。少し右肩を下げて、大きな荷物を背負う背中の丸め具合。身のこなし——。

 間違いない。ずっと、ずっと待ち続けていたお父さんだ。

 私は、手にした洗濯籠をそのまま地面に転がし、裸足で土を蹴って駆け出していた。足の裏に伝わる地面の感触、頬を撫でていく風。胸の中で喜びと安堵が渦を巻いて、涙が出そうになる。


「お父さん!」


 叫んだ声が、思いのほか高く、透き通って村に響き渡った。

 距離が縮まるにつれ、父の姿がはっきりと見えてくる。その背には、ずっしりと重そうな荷物。そして、出稼ぎに出ていた村の男たちも連れ立って歩いている。父の日に焼けた顔には、旅の疲れを感じさせない、あの豪快な笑みが浮かんでいた。


「がはは!シャンソンか!でっかくなったな!」


 父が大きく手を振る。


「おかえりなさい、お父さん!」


 息を切らせながら父の目の前で立ち止まると、父は荷物を地面に「どすん」と地響きがするほど力強く下ろした。


「見ろ見ろ、半年見ない間に、随分とでかくなったじゃないか!」


 そう言いながら、私の顔や頭をくしゃくしゃと乱暴に、けれど慈しむように撫でる。その手は、町での過酷な仕事のせいだろう。以前よりさらに分厚く硬くなっていて、まるで古木の皮のような質感だった。だが、そこから伝わってくる愛情と温もりは、何一つ変わっていなかった。


「お父さんこそ、また日に焼けて真っ黒じゃない。町には日陰がなかったの?」


「がはは!男は黒い方が格好いいんだ。どうだ、色男に見えるか?」


「適当なことばっかり。お母さんが聞いたら、また呆れて溜息ついちゃうわよ」


 父の顔が一瞬曇る。


「……母さんは、元気にしてるか?体調は崩してないか?」


「うん。最近はすっかり良くなって、村の仕事も少しずつ手伝うようになったの。お父さんが帰ってくるのを、一番楽しみにしてたんだよ」


「そうか、そうか……」


 父は心底安堵したように、長く熱い息を吐いた。


「野盗のことは……道中で聞いたぞ」


 不意に、父の声が低く、重くなった。


「くそったれどもが。俺が村にいたら、全員まとめて叩きのめして、この村に手を出したことを骨の髄まで後悔させてやったものを」


 父の野太い声が空気を震わせる。私はその迫力に少し驚きながら、苦笑いを浮かべて首を振った。


「もう終わったことだよ。みんなで力を合わせて追い払ったんだから。それより、お父さんの方はどうだった?町で喧嘩して怪我とかしてない?」


「がはは!俺を誰だと思ってる?町にいるようなひ弱な連中とは、鍛え方が違うんだ」


 父は分厚い胸を「どんどん」と叩きながら豪快に笑った。


「これでも若い頃は、武者修行で国中を渡り歩いてた身だからな。見てみろ、この鉄のように鍛え上げた体!」


 自慢げに力こぶを作る父だが、まくった袖から見える筋肉質な腕には、治りかけの擦り傷や青痣がいくつか見えた。本人は全く気にしていない様子だが、私の目は誤魔化せない。


「……その腕の傷は?」


「ああ、これか?酒場で酔っ払いに絡まれてな。ちょっと小突いて、礼儀を教えてやっただけだ。かすり傷さ」


「小突いた、ね。相手の人は無事だったの?」


「あぁ問題ない!ほんの少しだけ派手にやりすぎちまった気もするがな」


 父はごまかすように頭を掻いた。そういえば、父の体にはいつからあるのか分からない古い傷がいくつもある。聞いても、いつも「男の勲章だ」と笑って誤魔化すだけだ。


「金のことばっかり考えて、一番大事な家族をほったらかしちまったな」


 ふいに、父が独り言のように呟いた。その声は風に消えそうなほど静かだった。


「俺は、不器用な馬鹿親父だな」


「そんなことないよ」


 私は強く首を振った。


「お父さんが遠くで一生懸命頑張ってくれるから、私たちはこうしてご飯を食べて、笑って生きていけるんだよ。村のみんなだって、お父さんを頼りにしてる」


「……シャンソン、お前は本当に……」


「だから、お父さん、帰ってきてくれて、ありがとう」


 父の目が、一瞬だけ潤んだように見えた。だが、それを悟られまいと、すぐにいつもの豪快な笑みを顔いっぱいに広げた。


「がはは!だがもう大丈夫だ!次に誰かがうちの娘に手を出そうもんなら、昔取った杵柄――とっておきの技でもって――」


 父は腰に手を当てて、鋭い踏み込みを見せようと構えを取った。その一瞬の動きには、普段の「気のいい父」からは想像もつかないような、研ぎ澄まされた戦士の気配があった。まるで、重い鋼が空気を切り裂くような感覚。

 私が慌てて両手を広げて制止する。


「お父さん、暴力は絶対にダメ!」


「分かってる、分かってるよ。全く、シャンソンには敵わんなぁ」


 父は降参だと言わんばかりに両手を挙げ、また照れたように頭を掻いた。

 西日が、その大きな体を後ろから照らし、逞しい輪郭を黄金色の後光のように力強く縁取っている。


「さあ、帰るか。母さんの顔、早く見たいんだ。とびきりの土産もあるしな」


「うん!」


 私は父の横を、跳ねるような足取りで歩きながら、幸せな気分で小さく笑った。

 風がまた木々を揺らし、心地よい秋の歌を奏でている。

 村へ続く道を、ゆっくりと歩いていった。父の大きな影が、私の小さな影に寄り添うように、どこまでも長く伸びていた。



◇◇◇



「おーい、みんな!土産だ土産だ!集まれー!」


 村の中央にある広場で、父が腹の底から響く野太い声で村人たちを呼び集めた。出稼ぎ組が次々と荷物の口を開けていくと、そこから現れる品々に歓声が上がった。

 色とりどりの上質な麻布、刃の部分が鋭く鈍い光を放つ農具、そして珍しい香辛料や、子供たちのための小さな木彫りの玩具まで。普段、自給自足の生活では目にすることのない品々が、夕闇の中で宝石のように輝いて見えた。


「うおー!こりゃあ立派な鎌だ!」 「この布、手触りがすごく良いね!」


 村人たちからは感嘆の声が次々と上がる。子供たちは目を輝かせて珍しい玩具に飛びつき、お年寄りたちは塩の品質を確かめては喜びの声を漏らしている。


「おう村長!塩だ塩!この袋三つ分もあるぞ!これで冬の漬物作りも安泰だろう?」


 父が村長の前に、重たい塩袋を「ドン、ドン、ドン」と景気よく置いた。


「素晴らしい。これだけあれば、村の冬越しも安心だ。君たち、よくぞこれだけのものを稼いでくれた。感謝するよ」


 村長が満足そうに何度も頷いた。


「塩ってのは、こんな山奥じゃ何よりの宝だからな!野菜も魚も長持ちするし、身体を動かすには欠かせねえ。俺たちが汗水垂らして泥にまみれた甲斐があったってもんだ!」


 父は腰に手を当て、自分の功績よりも、村のみんなが喜ぶ姿に胸を張って言い放った。



◇◇◇



 夕暮れが深まり、広場での騒ぎが落ち着いて家に戻ると、父は大切そうに抱えていた、布にグルグル巻きにされた細長い包みを私に差し出した。


「シャンソン、これはお前への特別な土産だ。ちょっと、いや、かなり変わった代物だがな」


 私はドキドキしながら、その結び目をそっと解いた。

 布の間から現れたのは、これまでの人生で一度も見聞きしたことがない不思議な道具だった。

 四角い木の胴体に、滑らかな皮が張られ、そこからスッと一本の長い棹が伸びている。そして、その棹には3本の弦がピンと張られ、夕陽を浴びて金色に輝いていた。


「三味線ってやつらしい。町でちょっとした揉め事から助けてやった古道具屋のじいさんがな、『倉庫の奥で埃を被ってて邪魔だから、娘に持ってけ』って言うんだ。じいさんの娘が、昔どこぞの都で使ってたもんだとさ。古いもんだが、物は確かだって太鼓判押されたぞ」


 黒漆塗りの木部には、長年の使い込みによる深い艶があり、所々に小さな傷や擦れも見えた。だが、それがかえって、この楽器が辿ってきた長い時間を物語るような風格と、得も言われぬ深みを与えていた。

 私は言葉を失い、ただそれを見つめた。これまで一度も見たことがないはずなのに、指先に、耳の奥に、なぜか懐かしい感覚が広がっていく。まるで、遠い記憶の断片、あるいは夢の中で触れたことがあるような、不思議な親しみを感じた。


「正直、俺は武芸一筋で、楽器なんて風流なもんはさっぱり分からんがな!」


 私は恐る恐る三味線に指を触れた。表面の木材は驚くほど滑らかで、長い年月を経た品特有の、柔らかい温もりが手のひらから心臓へと伝わってくる。まるで生き物が呼吸しているかのような、静かな鼓動すら感じる。


「ありがとう……ありがとう、お父さん!私、うれしい!」


 私の声は、抑えようのない喜びで震えていた。父はその反応を見て、一瞬目を丸くした後、照れくさそうに、けれど満足そうに頭を掻いた。


「おお、そんなに気に入ってくれたか!正直、喜んでもらえるか不安だったんだ。だが、お前は昔から歌や踊りに目がなかったからな。もしかしたらと思って、貰ってきたんだ」


 私は三味線を大事に抱え、教えられたわけでもないのに、自然と左手で棹を握り、右手で胴のあたりを構えた。驚くほどしっくりと手に馴染む。調律の仕方も、どう抑えれば音が整うのかも、なぜか直感的に理解できた。弦をそっと指で弾いてみると、「ベン……」と、重厚でいて澄んだ音が部屋の空気を震わせた。その音色は実に清らかで、心の淀みを洗い流していくような、不思議な力を持っていた。


「おお!なんだ、まるで前から弾いてたみたいじゃないか!」


 父が驚愕の声を上げる。炊事場から顔を出した母も、横で見ていた姉も、笑顔で見守っている。家族の視線を一身に浴びながら、私は少しずつ、この楽器との対話を楽しめるようになっていった。私は、指先に導かれるまま、即興で短い旋律を奏で始めた。

 三味線の深い音色が部屋に満ちると、今まで感じたことのない高揚感と充実感が胸の奥に広がった。言葉にできない感情、形にならない祈りが、弦の振動に乗って空気に解き放たれていく。

 ふと、懐に大切にしまっていたあの魚の鱗を思い出した。あの神秘的な、七色の光を放つ鱗。私はそれを取り出し、右手の指先に挟んで持ち、即興で短い旋律を奏でた。


 その瞬間————


 世界から、すべての雑音が消えた。

 居間の空気が一変した。

 「ベン!ベン!ベン!」と鳴り響いた音は、もはや単なる楽器の音ではなかった。

 どこまでも透き通る、極彩色の音色。まるで静謐な湖の底に眠る秘宝に月光が突き刺さり、銀色の波紋が幾重にも重なって広がっていくような――そんな幻想的で、神々しいまでの響きが私たちの全身を包み込んだ。

 私は自分の弾いた音に、思わず息を呑んだ。


「おお……っ!」父から感嘆が漏れる。「いい、いいじゃないか!」


 父は興奮のあまり、立ち上がって子供のように何度も手を打ち鳴らしている。その隣で、母も感激し、姉は頬に手を当てたまま、うっとりとその音の余韻に身を委ねていた。西日が斜めに差し込む琥珀色の居間に、家族の笑顔と、魂を揺さぶるような音楽が溶け合っていく。


「なんて、優しい音色なんだろう……」


 母が、こぼすように呟いた。


「本当に……なんだか、湖の景色が見えるみたい。水面がキラキラ光って……」


 姉の言葉に、私は頷いた。この鱗が、楽器に魂を吹き込んだのだ。

 私は我を忘れて弾き続けた。夕食後の団らんが終わると、魔石ロウソクの光の下、練習を続けた。


「がはは!シャンソン!もう一曲、景気のいいやつを頼むぞ!」


 ブドウ酒で酔った父が、赤ら顔で大声で歌い出し、手拍子をして絡んできても、私はただ一心に弦を弾き続けた。弦を押さえる左手の指先に、赤い弦の跡がつき、じんじんと痛みが走っても、やめることなどできなかった。この新しい楽器と、あの鱗。これらが、私の中に眠っていた「何か」を、強烈な勢いで呼び覚まそうとしているのを感じていたからだ。

 その夜、私は三味線を枕元に置き、床に就いた。 音の余韻が、まだ指先の神経に、脳の奥に残っているような、不思議な浮遊感。そして意識はゆっくりと、けれど確実に、深い底へと沈んでいった。



◇◇◇



 草木も眠る深夜、私はふと、奇妙な圧迫感を感じて目を覚ました。

 薄い土壁一枚を隔てた隣の囲炉裏の間から、低く抑えられた、けれど鋭い重みを含んだ大人たちの声が聞こえてきたのだ。


「……それで、出稼ぎ組の代表として、お前が見てきた報告とはなんだ?」


 村長の声だ。昼間の歓迎ムードとはうって変わった、凍てつくような冷たさと硬さがある。

 私は息を殺した。ムシロの中でまぶたを閉じ、寝たふりを続けながら、耳だけに全神経を集中させる。


「町は……いや、国全体が、確実におかしな方向へ動き始めている」


 父の声がした。酒の気配は微塵もなく、その声は研ぎ澄まされた刃のように鋭い。


「町の腕利きの鍛冶屋だがな、どこもかしこもクワやスキの修理を断っている。代わりに、四六時中打ち続けているのは……人を斬るための刃だ。それも、(いくさ)用の上等なやつだ」


「刃、か……。それは尋常ではないな」


 誰かが喉の奥で、苦虫を噛み潰したように呟いた。別の男の声が続く。


「俺が行っていた町でも、穀物の価格が異常に跳ね上がっている。米も麦も、何者かが根こそぎ買い占めていくんだ」


「買い占めているのは、いったいどこの勢力だ?」


「表向きは商人どもだが、その後ろ盾には巨大な権力者がいると思う。食糧の備蓄……そう考えなければ、あの急激な高騰は説明がつかない」


 囲炉裏の炭が、不吉な予言のように「ぱちり」と音を立てた。


「国境沿いの村々に、正体不明の兵が入ったという話も聞いたぞ」


「名目は『訓練』だそうだ。だがな、訓練にしては数が多すぎるし、槍も弓も、完全に実戦を想定した装備らしい。村の連中は、まるで占領されたようだと怯えているようだ」


 重苦しい沈黙が、暗闇の中に落ちる。


「……いくさが、近いのだな」


 誰かが、冷え切った事実を喉元に突きつけるように呟いた。


「例の、双玉の争いだろう。南に玉座を構え、新しき法を説く者。北の古き御所に居座り、伝統を守らんとする者。どちらも自分が『天の正しき血筋』だと主張して譲らぬ。正義が二つ並べば、その間を流れるのは必然、血の河だ」


「民の救済だの、平和な世だの、耳障りな言葉を並べ立ておって。結局は己が唯一無二の支配者になりたいだけなのだ。迷惑を被るのはいつだって俺たちだ」


 誰かが、深い軽蔑を込めて鼻で笑った。


「しかし都の喧嘩だと笑っていられたのも、ここまでだ。戦の嵐というものは、いつの間にか山を越え、谷を抜け、気づいた時には俺たちの平穏を焼き払っているものだ」


「その時、踏み荒らされ、焼き払われるのは、決まって我らのような名もなき、貧しい村よ……」


 深い溜息が、冬の足音のように夜の闇に滑り込む。


「それに、国が乱れ、人の心が荒めば……鬼や魔物、といった『良くないもの』が再び力をつける。先刻の野盗どもも、そういう事だ」


 別の男の、地を這うような重々しい声が響く。


「……だからこそ、だ」


 村長の声は低かったが、その場を支配する圧倒的な意志が込められていた。


「この村は備える。誰が主になろうと、我らが守るべきものは、この土地と家族だけだ。それを見誤ることは断じて許さぬ」


 それを聞いた父が、意を決したように、けれど迷いを含んだ声で口を開いた。


「……ところで、村長。一つ、相談がある」


「シャンソンのことだな?」


「そうだ。あの野盗どもの時の話……そして今日の三味線も。我が娘ながら、あの力は……とても10歳の子供に備わっているものとは思えない。ブドウ踏みの時も、皆が言っていた。シャンソンが歌った瞬間、傷も疲れも消え、身体が勝手に動き出したと」


「……分かっている」


 村長が、父の言葉を制するように、けれど深く頷きながら言った。


「だからこそ、お前たちに命じる。外の者には決してこぼすな。シャンソンの能力のことは、この村だけの、墓場まで持っていく秘密だ」


「……あの子の力は、一体何なんです?」


 列座の一人が、低い声で洩らした。


「分からぬ。だが――あまりに強すぎる力だ」


 村長の言葉に、座にいた大人たちの間に動揺が走る。


「強すぎる光は、人を引き寄せる。救いを求める善き者も、利用せんとする悪しき者も、欲に眩んだ者も……そして、その光を消そうとする刃を持った者たちもだ」


 家の外で、急に突風が吹き、軒を激しく鳴らした。


「あれは、人を癒し、奮い立たせる力。だが同時に――時として、人を正気から引き剥がし、狂わせもする力だ。使い方を誤れば、破滅の毒にもなる」


 誰かの重たい吐息が、夜の闇に吸い込まれた。


「乱世というものは、望まずとも、強い力を持つ者をその中心へと引きずり込んでいく。あの子がそれを望まなくとも……」


 しばしの、耳が痛くなるような静寂。

 カサリと風が吹き、玄関の古い戸が「ミシリ」と不吉な音を立てて軋んだ。

 村長が、最後に宣告するように言った。


「もし、この国に再び戦の嵐が吹き荒れるというなら――あの子は否応なしに、その渦の中心へと引き寄せられる運命にあるのかも知れん」


 それから大人たちの声は次第に小さくなり、夜の底へと深く沈んでいった。

 私はムシロの中で、まぶたを強く閉じ、息をひそめていた。

 夢と現の狭間を漂う胸の奥では、不吉な嵐の予感と、それに対する未知の好奇心が、静かに、けれど激しく火花を散らしていた。


 (戦……狂わせる力……。私、どうなっちゃうんだろう……?)


 野党襲来の時の奇妙な感覚が蘇る。


 (……よし。明日、この力が本当は何なのか、もっと色々確かめてみよう。誰にも内緒で)


 指先が微かに震える。それは恐怖からか、それとも――。


 紅い月が雲に隠れ、村は深い静寂に包まれた。

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