第03話 招かざる客
真夜中に目が覚めた。窓の外には三日月が浮かび、重い空気がまとわりつくように漂っている。風の音が奇妙に揺らいでいた。
私は枕元にある棒状の道具を手に取り、カンッ!と机に打ち付けた。魔石ロウソクだ。木の棒の先端に安価なクズ魔石を金属の輪で固定しただけの簡素な作りで、衝撃を与えると青白い光が揺らめく仕組みになっている。
この魔石ロウソクは庶民の間で手軽な照明器具として普及している。普通のロウソクほど明るくはないが、風で消える心配がなく、一度衝撃を与えれば1時間程度は光り続け、繰り返し使用できるのが利点だ。村人たちは皆、夜中にトイレに行く時や急に明かりが必要になった時のために、枕元に一本置いている。
ただし力加減にコツがいる。衝撃が強すぎるとクズ魔石が赤熱して壊れてしまうからだ。
今、そのクズ魔石からの淡い光が、粗末な木造の部屋をぼんやりと照らし出している。壁に塗り込められた泥は乾いてひび割れ、その隙間から重苦しい夜風が忍び込んでくる。
肌がざわりとし、胸の奥で、何かが警鐘を鳴らしている。
私は寝床を離れ、外へ出る。
遠く。とても遠くから複数の、殺気を帯びた何かが、こちらに向かって来る。
足音は聞こえない。声も聞こえない。でも、確実に感じる。
「……何か来ている……きがする」
私はそう呟き、すぐに家族を起こすために家に戻った。
母と姉は、並べた藁の寝床でぐっすりと眠っていた。昼間のブドウ踏みの疲れが残っているのか、どちらも深い眠りに落ち、寝息は静かで穏やかだった。
「お母さん、姉さん、起きて! 何かおかしいわ!」
「シャンソン、どうしたの?」
母が寝むそうな目をこすりながら、心配そうに私を見た。
「東の方から……何かが来てるわ」
姉のシャンツェはまだ浅い眠りの中でかすかに眉を動かした。私は今度は彼女の腕を軽く叩いた。
「姉さん、起きて!」
小さく唸りながら寝返りを打ち、髪をかき上げた。目を開いたものの、まだぼんやりとしている。
「……ん、何?」そう呟き再び目を閉じる。
何度かそれを繰り返した後、事情を説明すると静かに起き上がり、窓の外を眺めた。彼女は目が良く、私よりもずっと遠くを見渡すことができる。しばらくすると、姉が一瞬目を細めて、ぼそりとつぶやいた。
「……遠くからいくつも青い光が近づいてきてる。数は20個より少ない位」
その言葉を聞き私たちの胸がはねた。こんな時間に人が近づいている。しかも、それが一つではなく、いくつも見える。事前の連絡もなく、しかもこんな時間に訪問してくる集団なんて歓迎すべきものでないのは明らかだ。
「村長の家に行くわ」母はそう言って簡単に身支度を済ませた。
私と姉もすぐに支度をして、家を出た。母は少し迷った顔をしていたけれど、何も言わず私達を一緒に連れて行った。村長の家はすぐ近くにあり、起こすと不機嫌そうな顔でノソノソとでてきた。
「こんな夜中にどうしたんだ?」
「村長、魔力光が見えるの。大勢の人間が近づいてきているわ。何か嫌な予感がする」
「本当ですか?もしかしたらそれは、噂の野盗かもしれない。最近、近隣の村が幾つかやられたらしい。首領の人相書きも届いている」
村長が玄関でゴソゴソと何かを探した後「ホレ…」と右頬に特徴的な傷のある男の絵を見せた。
そして村の主要な人員が村長の家に集められ、対策の話し合いが行われた。
「どうしたらいいんだ?」
「逃げるしかないわ」
「逃げた所で行く当てなんかない」
私たちの村は、総勢46人。ただ、ほとんどが女性や子供、老人。力を使って戦うことができる者は限られている。そして、住み慣れたこの村を捨て逃げ出したところで都合よく我々を受け入れてくれる所なんてない。何か策を考えなければならない。
私は胸を張り、立ち上がった。
「私が作戦を考えるわ!」
村人たちが驚いた顔を見せる。小さな体で、大きな声を上げる私に、少し戸惑いの表情が浮かんだ。
「シャンソンちゃん、君が?」
「まだ10才だろ? 本当にそんなことできるのか?」
村人たちの反応は、私が予想していた通りだった。10才の少女が、どうしてそんな事ができようか。
でも私の心の中になぜだか分からないけど、この危機を乗り切るための考えが幾つも自然と湧きだしてくるのだ。だから今はそんなことを気にしている暇はなかった。
「できるわ! 私が言ってることを試してみて。絶対にうまくいくから」
村人たちがそれでも戸惑っているのが見えた。でも、母が私の肩に手を置いて、力強く言った。
「聞くだけ聞いてあげて。ほら、シャンソン、言ってみなさい」
その言葉に、村長は頷いた。
「分かった聞こうじゃないか……」
私は胸を張って、朗々とした声で伝えた。
「まず、ブドウの皮を使います。それに油を混ぜて、向こうから村へ来るために必ず通る小道にある、少し谷底の方に傾斜しているあの危険な岩場にまきます。これで足元が滑りやすくなり、敵の動きを制限できるでしょう」
村人たちが目を見開き耳を傾ける。
私は更に声を張り、歌うように続けた。
「それから、槍働きのできる方は手ごろな長さの木材の先端を槍の形に加工して、小道の上段の茂みに隠れます。その後、期を見て一斉に仕掛け、敵を谷に追い落とします。年配の方は、壺に油とクズ魔石を入れ蓋をした物を用意。小道の前後の高台の上に控え、味方に当たらないよう注意しつつ投てき、敵隊列の両端を塞ぐ形でこれを支援します」
私は大きく息を吸い込み、魔石ロウソクを掲げた右手を力強く振りながら、普段感じた事のない異常な感情に囚われつつ、大声で堂々と言い放った。
「皆さん、今こそ、心をひとつにして立ち向かいましょう!否!立ち向かうぞ!この戦いは村を守るため、そして愛する家族を守るための戦いだ!我らの覚悟こそが、未来を守る力となる!この戦場で諸君らの覚悟を証明せよ!可及的速やかに戦闘準備を整え、本奇襲作戦により、敵に壊滅的な打撃を与えるのだ!」
私は作戦を説明し終わった。
その瞬間、胸に満ちていた熱のような物が、すうと外に流れ出ていくような感覚に襲われた。
緊張のせいか記憶もどこか曖昧だ。
……ふー!ちょっと……疲れちゃったかも。でも、ちゃんとできたかな?
少し照れくさくて、肩をすくめながら、周囲の大人たちに向けて微笑んだ。
すると全員がなぜか目をギラつかせ、興奮したような顔をしている。不敵に笑っている者もいる。
……なんか、こわい
村長が言った。
「時間がない。他に良い案がないなら、それで決まりだな」
村長はしばらく周りを見回し、それを異議なしと取り言った。
「分かった。さっそく実行に移そう」
準備が始まると、村人たちは熟練の兵士のように無駄なく動き、それぞれの作業に取り掛かった。私は水切りのことを思い出し、麻袋に手ごろな石を集めながら考える。――私が守るべき人々はここにいる。そして、なぜだか分からないが、彼らを導く役目が自分にあるような気がした。
「準備ができました」
村人たちが、持ち場につく。
そして、青い光の群れが近づく。
戦いの時が近づく。