第01話 目覚め
翌朝、私はまるで生まれ変わったような感覚で目を覚ました。
体は軽く、心は清々しく、何もかもが昨日までと違っている。
外の鳥たちの羽ばたきは、いつもよりゆっくりで、時間が静かに流れている。
同じ朝なのに、何かが確かに変わったような気がした。
私は、風変わりなデザインの紅色のカチューシャをなでた。これについては、塔に登ったなどと言ったら母に叱られると思うと急に怖くなり、昨晩聞かれた時に、町に続く小道で拾った事にしておいた。
あー、嘘ついちゃった。まあ、本当のこと言っても信じてもらえないし、面倒くさいことになりそうだし……これでいいよね。
我が家は、山と川と畑に囲まれた山村にある。
村はずれに私が昨日登った古代の塔がある以外は、ごくありふれた村だ。
屋根は藁ぶき、壁は土壁、ところどころ歪んでるけどご愛嬌。村の中では、けっこう大きめな家で、住んでるのは私、母、姉、そして今は、ちょっと遠い港のある町に出稼ぎに行っている父の4人。
「シャンソン、早く起きないとスープが冷めるわよー」
「はーーい!」
私は、母が用意してくれた食卓についた。粗末な木の食卓には、素朴ながらも心温まる朝食が並んでいた。
私は、昨日の事をぼーっと考えながらパンをスープにつけて食べていた。ちょっとつけすぎて、ふにゃふにゃになったパンを口に運ぶ。
あれ?なんかいつもとパンの味が違うような……?味をしっかり感じるというか。まあ、お腹すいてるからかな。
すると、そのとき、
「きゃっ!」
姉の手が滑り、スープのお椀がテーブルの端から落ちた。しかし、それが床に当たることもスープがこぼれることもなかった。私の手が、無意識のうちに素早く伸び、それを捉えたのだ。
「……え?」
「……は?」
それを見ていた家族は目を丸くする。
「今……シャンソン、あんた、どうやって?」
「え、わかんない……勝手に手が動いてたっていうか……」
姉が驚きの声をあげる。私自身も驚いていた。
あ、あれ?なんか体が勝手に動いた……?えーっと、何が起こったんだっけ?と先ほどのことを思い出す。
姉がスープのお椀を落としたその時、私は時間が引き伸ばされたように感じた。お椀が姉の手を離れ、ゆっくりと回転しながら宙を舞う。その軌跡が鮮明に見え、私の指先が自然とそれに伸びる。
私がお椀を掴むと、スープが弧を描いて飛び散った。
けれど、その動きもはっきりと見えていた。私はすぐさま手首をひねり、お椀の口をスープの落下点に向ける。半ば静止した世界の中、飴細工のようにも見えるそれらは、まるで吸い込まれるようにお椀の中へ戻っていく。そのすべてが元通りに収まり、スープは一切こぼれていなかった。
「わ、わたし……なにしちゃってるの?」
私は、信じられない思いで自分の手を見つめた。
昨日までの自分とは、確かに何かが違う。
…この変化は、いったい何なのだろう?
◇◇◇◇
朝食の後、いつもの日課――河原での水汲みに出かけた。
普段と同じ、何気ない景色も、今日はどこか違って見える。川のせせらぎも、風に揺れる草木も、すべてが鮮明で色鮮やかに感じられた。
桶に水を汲み終えたとき、ふと、河原に転がる平たい石が目に入る。
あー、きょうは楽しみなアレがあるけどそれまで暇だな……ちょっと遊んでから帰ろうかな。
「よし! 水切りをしよう!」
私はにんまりと微笑み、小さな手で石を拾い上げた。指先で表面の滑らかさと、持ちやすい位置を確かめる。
そして、勢いよく振りかぶり、より沢山の水しぶきを立てながら遠くまで飛ぶように思い切り投げる。
――その瞬間だった。
ズバババババババシュ!!!
目の前で、ありえないことが起こった。
石は風を切るような鋭い音を立て、水面に触れた途端、衝撃波のように波紋を広げた。いつもなら軽やかに跳ねるはずの石が、まるで魔法のように水を切り裂いていく。跳ねるというより、水を突き破りながら突進しているようだった。
「えっ……?」
驚いている間にも、石は止まらない。川を越え、対岸の岩に当たって落ちる――かと思ったが、それは粉々に砕け散り、一瞬遅れパーン!!という音が響く。
私はしばらく呆然とした。
「な、何これ……!?」
だけど、胸の奥でワクワクする気持ちが膨れ上がってくる。
「どんどん投げてみよー!」
私は次々と石を拾い、投げる。投げるたびに、石は空気を、川を切り裂き、弾け飛んだ。
「すごい、すごい! これ、私がやってるの!?」
ふわりと風が吹き、太陽の光を浴びた私の髪が揺れる。
私は自分の手のひらを見つめた。この小さな手が、今、信じられないような力を宿している。自分の中に何かが目覚め、ゆっくりと羽ばたき新しい世界へと飛び立つように思えた。